どうやら世界が滅亡したようだけれど、想定の範囲内です。

化茶ぬき

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第二章

第34話 過剰な演出

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 脱出する方法も然ることながら、疑問がある。

 普通のゾンビもどきなら人間を食べることも共食いをすることもないが、変異種がゾンビもどきを食べる理由はなんだ? 個体αなら食べた分だけ体がデカくなって筋骨隆々になり、個体βなら犬のような獣になるから? だから食べる、と結論付けるのは暴論だろう。

 とはいえ、仮に食べた分だけ体がデカく強靭になるんだとしたら放っておくわけにもいかない。外にいるゾンビもどきも食べ尽してくれるかもしれないという期待もあるが、代償が大き過ぎる。殺せないかもしれない変異種二体よりも、確実に殺せるゾンビもどき百体のほうがまだマシだ。

 現状での最悪は、奴らが俺たちに見向きもせずにこの場を離れること。次が、俺たちが殺されて二体ともが次のどこかへ向かうこと。

 あの二体にまだ自我が残っているのなら俺たちを無視してどこかに行くことはしないだろう。そうでなくても今はまだゾンビもどきを食べることを優先しているはずだから、この付近にゾンビもどきがいる限りは離れない可能性が高い。

 詰まる所、相討ちであったとしても変異種は殺さなければならない、ってことだ。

「……武器が必要だな。一度六階に戻ろう」

 そうして六階へ。

 荒らされていないってことは、窓から飛び降りたという推測が正しかったんだろう。

「武器、何がいる?」

「昨日の火炎放射器はまだ使えるか?」

「燃料は少ないが、昨日くらいの数なら問題なく相手に出来るはずだ。私が持つので良いのか?」

「ああ、頼む」

 元からの想定では、確かに変異種のような強いゾンビが出てくると準備はしていたが、思っていたよりも早く相手にすることになり焦っているのも事実だ。ショットガンやら爆弾などを使う予定ではあったが……それでも殺せるか怪しいところだ。

「零くん、うちは?」

「お前には大刀があるだろ。それを抱えながら別の武器を使うのは無理だ」

 何より、おそらく変異種の体を引き裂くか突き刺すかをできるのは源生の作った仮想武器だけだろう。まぁ、それでも心許無いというのが本音だが。

「他には? 何が必要だ?」

「必要かっつーと……薬品関係は全部上か?」

「おそらくは」

「じゃあ、ちょっと上に行ってくる。お前らは休んでろ。たぶん十分くらい戻ってくる」

「オッケー」

 エレベーターではなく階段を駆け上がって七階へ。向かうのはゾンビもどきが縛り付けられていた部屋だ。

 食い散らかされたゾンビもどきの死体を前に、部屋の中を見回した。

 ベッドに手術道具にとあらゆる物が揃えてある。斑鳩先生の性格からして、必要なものは全てこの部屋にあるはずだ。つまり、毒も薬も。

「……左側だな」

 角に違和感がある。構造的に存在していないはずの柱があるということは――角に指を掛けて引き出すようにすれば壁が外れてガラスケースが姿を現した。中には瓶が並べられているが、当然のように鍵が掛かっている。代わりと言ってはなんだが、こっちにはハンマーがある。

 曰く、ゾンビもどきを薬で殺すことは容易いらしいが、向こうもこちらを殺しに来ている中で打ち込むのは至難の業だ。薬品の種類は多いが、触れるだけで人を殺せるようなものはない。硫酸では火傷のように肌が爛れるだけで、危険な化学物質も精製できなくはないが安全性や時間の観点から作ることは難しい。

 使える薬品があるとすれば――

「これか」

 狭心症に使う薬だ。他の瓶に比べれば小さい瓶だが、同じように保存しているのは怖いもの知らずだな。まぁ危険性を知っていれば問題は無いが。

 とりあえず、瓶そのものをコットンで包み込んで多少のことでは衝撃が伝わらないようにテープで固定した。これでも不安ではあるが、最終手段としてリスクを背負うくらいは仕方が無い。

 六階へと戻れば弾ける金属音が聞こえてきた。

「あ、零くん」

 こちらに気が付いた二人は合わせていた大刀の柄と警棒を離して近寄ってきた。

「準備運動は終わったか?」

「うんっ!」

「そちらの準備は?」

「まぁ……勝てば官軍、くらいの気持ちで行こう」

「わぁ、零くんって感じだぁ」

 話しながら点滴用スタンドを担いでエレベーターへ。

「一先ず、どう動くべきかを伝えておく。一階に着いたら火炎放射器で牽制、変異種がいたら外には出ずに受付のある待合室まで誘導する。そうしたら俺とカナリアを残して、音羽は警備室に向かえ」

「救出に?」

「それもあるが、万が一のときに備えて待合室のシャッターを下ろしてくれ」

「だがそれじゃあ――」

「もちろん死ぬ気は無い。監視カメラか何で状況を見守って、俺たちが奴らを殺したらシャッターを開けてくれ。その逆なら、お前らだけで逃げろ。この電話を渡しておく。安全な施設まで案内してくれるはずだ」

 衛星電話を差し出せば、渋々ながら受け取って頷いて見せた。

「よ~し、殺ろっか」

 話も纏まったところでカナリアの言葉を合図にエレベーターのボタンを押した。

 緊張感漂う空気を吸い込んで――火炎放射器を構える音羽を先頭に、カナリアの横で点滴用スタンドを構えた。

「行くぞ!」

 扉が開かれた瞬間に放たれた炎によって廊下が覆われたが、後退していくβ型変異種の姿が見えた。見た目が獣なだけに火には敏感だと思ったが、やっぱり退くのか。人間らしいところが残っているのか、ゾンビもどきに恐怖心が芽生えたのかはわからないが、これ以上に進化させるわけにはいかない。

 真っ直ぐに進めばβ型変異種の退いた待合室があり、右に進めば警備室があり外に出られる。ゾンビもどきの姿は無いが、ここで別れるのは得策じゃない。

「放射を続けながら直進だ」

 音羽の肩を叩きながら言えば、振り返ることなく頷いて歩き出した。

 前方に広がる熱がこちらにまで伝わってくるが、何故だか体の芯が冷えている。冷静というよりは、おそらく緊張感に近い。……嫌な感覚だ。

 前を行く音羽が待合室に脚を踏み入れた時――覆う影に気が付いた。

「っ――そ!」

 名前を呼ぶよりも先に背中を押すと、俺と音羽の間に待合室の長椅子が叩き付けられ、掠ったのか火炎放射器のタンクが吹き飛ばされた。

「ちょっと失礼」

 その言葉と同時にカナリアが俺の横を通り抜けて待合室に入っていった。そっちは放っておいてもいいとして、音羽の無事は目視で確認――脇にいるであろう変異種に対して抜いた銃の引鉄を引きながら待合室に入った。

「音羽、怪我は無いか?」

「ああ、押してくれたおかげでタンクが壊されただけで済んだ。……あれは、何が目的なんだ?」

 音羽の視線を追っていけば、動かずにこちらを見据えるα型の変異種がいた。体格が変わっているせいでわかりにくいが残っている服からして斑鳩先生だろう。待合室の中ほどではカナリアがβ型変異種を牽制している。

「ここは俺とカナリアに任せて音羽は行け。どうやらあいつは俺に用があるらしい」

「……大丈夫か?」

「どうだかな。まぁ、願ったり叶ったりの状況だ。あとは――」

 言い掛けたところで、背後にいたカナリアが声を上げた。

「あ、ちょっと待って! その先うちが言いたい! ここは俺に任せて先に行け! でしょ?」

 その言葉に苦笑いを浮かべた俺と音羽は視線を交わせ頷いた。そうして出て行く音羽を見送りながら変異種に手招きすればこちらに向かって来た。

 じわじわとにじり寄ってくるだけで、待合室の中央でカナリアと背中合わせになった。

「襲って来ないってことは、向こうもこうなることを望んでいたって感じかな?」

 シャッターが下りてきたことに変異種二体も気が付いたようだが、逃げ出す素振りも焦る素振りも見せない。カナリアの言う通り、こういう状況になるのを望んでいたのかもしれないな。もしくは確実に殺せる機を窺っていた、か。

「さて――文字通りの八方塞がりだ。どうにも、勝てる気がしねぇな」

「あはぁ、零くん弱気だねぇ。こっちのワンちゃんと交換する?」

「日本刀を持っていても狼と殺り合う気は無ぇよ。わかっているな? カナリア。ここなら二対二――まぁ、実質は一対一だ。周りを気にせず本気を出して良いぞ」

「や~、ははっ。じゃあ、お言葉に甘えて」

 駆け出し戦い始めたカナリアを背中で感じながら、錠剤を手に握り締め、下ろしたバックパックを受付カウンターの向こう側に放り投げた。

 俺は土門のように体格的に優れていないし、カナリアのようなナチュラル体力馬鹿じゃない。目の前の変異種は教会で出くわしたほどデカくはないが、それでも二メートル程度はあるし、元が人間だったせいか当然のように人間らしい動きが窺える。つまり単純に、強いってことだ。

「はぁ……医学生が過剰摂取とはな」

 手に持っていた体に悪影響が出る手前の分量のカフェイン剤を口に含んで噛み砕いた。こう見えても結構疲れているわけで――世界が滅亡してからこっち、中々にシンドイ日々が続いている。

 とはいえ、どれもこれも未だに想定の範囲内を出ていない。今でさえ大きく外れていないんだ。多分、この先も変わりはしないだろう。

 さぁ、心拍数も上がってきたことだし、こっちも始めるとするか。
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