どうやら世界が滅亡したようだけれど、想定の範囲内です。

化茶ぬき

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第二章

最終話 想定の範囲内

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 本来であれば何よりも先に美夏たちを捜すべきなのだろうが、見つけ出したところで今はまだ外も安全とは言えないから、屋上に行くのが先決だ。

 階段を駆け上がっていく途中にゾンビもどきの姿は無いが、屋上に出る扉の前で待ち構えるように立っている変異種を見付けた。

「邪魔だ!」

 放り投げたハンマーは回転しながら変異種の頭に突き刺さり倒れ掛かっているのを足蹴にして、そのままの勢いで屋上へと続く扉を押し開いた。

 そこにいた草壁は座った状態から立ち上がって、こちらにペットボトルを投げ渡してきた。

 水か。ここで変に毒を飲ませるようなことはしないだろう。口の中にある血を濯いで吐き出してから、半分ほどまで飲んで足を進めた。

「人は喉が渇く。厄介な体だよな?」

「生きてる証拠だ。お前らとは違う」

 飲み干したペットボトルを投げ捨てて拳銃を手にすると、三メートル程まで近付いた草壁がこちらを見下ろしてくる。

「我々が人間を殺す理由がわかるか?」

 我々、か。

「殺人衝動があるから、じゃないのか?」

 問いに対して疑問符で返せば、草壁は遠い目をして校庭のほうに視線を飛ばした。

「恥ずかしいんだ。欲を持ち、無駄なことを考えている人間を見ると、自分が元々ああも醜い生き物だったのかと思うと殺したいくらいに恥ずかしくなる。だから、何よりも先に殺す。すぐに殺す。気持ちが悪いんだ。お前ら人間は」

「まるで自分たちが上位互換だとでも言いたげだな。生きたいと望む欲さえなくなれば、それはもはや人間では無い。たしかにお前は食わなくても眠らなくても生きられるのかもしれないが、だからといって他人を否定するんじゃねぇよ」

「すでに生物として上位種なんだ。次元が違う。お前は虫を殺す時に、その虫が何を考えているのかなどと考えるのか? そこにいるから、存在しているから、殺すのだろう?」

 到に話が通じないレベルにまで脳が犯されているのか。まぁ、そもそもウイルスが発症していて会話が成立していること自体が特異であって、そこに期待するのは間違っている。

「……最後の問答だ。草壁、お前の目的はなんだ?」

 すると、真っ直ぐこちらに視線を飛ばしてきた。

「世界を救う。食わず眠らず犯さず、人類全てから欲望が無くなれば争いは無くなる。多少の荒療治は必要だろう。お前ならわかってくれると思ったんだが……零士。お前の目的は?」

「世界を救う。欲があるからこそ人間だ。生きたいと望み、死にたくないと願うのが人間なんだ。食わず眠らず何も望まない人間を、人間とは呼べない。俺は――自分の心から逃げるつもりは無い」

「そりゃあ見解の相違だなぁ。望むならお前もこっち側に迎え入れてやろうと思ったが、仕方が無い。俺の手で殺してやろう」

「俺はお前を引き戻す。これも、所詮は想定の範囲内だ。やることは変わらない」

 次の瞬間、飛んできた銃弾が草壁の頭に直撃したが、撃ったのが普通の弾だったのか傷一つ付けることなく弾け飛んだ。それを合図に構えた拳銃の引鉄を引いた。

 間隔を開けることなく腹部目掛けて全弾を撃ち込んだが――無傷か。それも予想通りだ。

 即座に距離を詰めて、血清の入った注射器を握り締めて振り被った。こっちは一滴でも打ち込めば勝ちなんだ。

「甘ぇ」

 呟くような言葉と共に振り下ろされた拳で体ごとコンクリートに叩き付けられるのと同時に持っていた注射器を落とした。

 これまで受けたどの攻撃よりも重い。

「くっそ――」

 出血を感じて打った側頭部の傷に触れてみたが、傷は浅い。

「これが血清か。こんなもの刺さるわけがないだろう」

 握り潰され、血清の入った注射器はあと一本。不意を打つのが無理なら、動けなくさせてから打ち込むとしよう。

「テメェ、その力……どうなってる?」

「俺たちには脳のリミッターが無い。故に、体の力を百二十パーセント引き出せる。肉体は思いのまま――どうだ? こちら側に来る気になったか?」

「答えがわかっていて訊くのは虚しくないか?」

「虚しいという感情すらない」

「……そうか」

 手甲を嵌めて構えれば、草壁が背中に回した手にはトンファーが握られていた。たしか仮想武器の中にもトンファーはあったが、源生は完成させていなかった。

 つまり、それは普通のトンファーなのだろうが、持っているのが草壁だ。とはいえ――先手必勝!

「ふんっ」

 殴り掛かった拳を軽くいなされたが、構うことなく殴り続ければ全てトンファーで防がれる。そして、カウンターを狙うように振り被られた拳を避けて眼帯で視界を遮られているほうに回り込むと、先を読まれていたかのように振り返った草壁に殴り飛ばされた。

「――っそ」

 なんとか両腕で防げたが、素の力にトンファーの硬度が合わさって腕が痺れている。骨に問題は無さそうだが――自覚してしまう。どう転んでも、俺では草壁に勝てない。

 ……どうせ賭ける命が一つなら。

「諦めたのか?」

「いや、ここからが本番だ」

 手甲を落とし握った拳を構えると、それを見た草薙は笑顔を見せてトンファーを落とし、同じように構えて向かい合った。

 まずは俺から握った拳で顔面を振り抜けば避けることなく受け――今度は草壁の拳を顔面に受けた。

 意識を飛ばすな。踏ん張って、歯を噛み締めろ。

 次いで、二撃目、三撃目と殴り、殴り返されて、こっちは血を吐いているのに草壁は平然とした顔でこちらを見下ろしてくる。拳が駄目なら、脚だ。

 ノールックの下段蹴りから中段蹴り、跳び上がって反対の脚で上段蹴りをしたところで足首を掴まれた。

「終わりだ」

 呟くのと同時に俺の体が浮き上がると、そのまま振り下ろされた。

「っ――!」

 体を捻って頭を守ったが、それでも叩き付けられた衝撃を殺すのは無理だった。出血、全身打撲、骨折……これまでのあらゆる蓄積が今になって浮き出てきている感覚だ。

 震える腕でなんとか立ち上がったが、足元も覚束なければ視界もぼやけている。

 痛みは生きてる証拠? 死んだほうが良いと思える時もある。だが――今はその時じゃない。

 傷口に手を当てて、その血を草壁の目に向かって投げ飛ばした。

「っ――ふっ、ざけやがって!」

 目を擦りながら眼帯を外そうとする姿を見て、片手に注射器を持ち、抜いた鋸刀を草壁の体に対して斜めに振り下ろした。

「硬ぇな、くそが」

 響いた金属音で確信した。こいつの体は鉄の硬度とかいう以前に、もはや鉄そのものだ。そりゃあ殴る蹴るが効くはずが無い。

 そして、眼帯を外した草壁の目はゾンビもどきの眼になっていて、俺の姿を捉えると胸倉を掴んで持ち上げられた。

 抵抗しようにも体に力が入らない。それでもなんとか振り上げた鋸刀を草壁の首元に突き立てれば、その瞬間に注射器と共に刀を奪い取られて俺自身は放り投げられた。

「お前は知っていたはずだ。意思だけではどうにも出来ないと、気持ちだけで人間は救えないと。だが、俺なら救える。なら救える。まだ遅くは無いぞ?」

 注射器を握り潰し、鋸刀を手ににじり寄ってくる草壁を見上げながら動かない体に鞭を打ち、這うように退いていく。

「いいや……お前には誰も救えない。たしかに、意思だけではどうにも出来ない。気持ちだけで人間は救えない。だが、その感情すらも無くなった奴を人間と呼べるのか!? だったら、俺は――」

 その時、飛んできた銃弾が草壁の体に当たり弾けた。が、その後も二発、三発と銃弾が体を直撃する。

 しかし、それを気にすることなく近付いてきて俺に向かって鋸刀を振り上げた瞬間――五発目の銃弾が草壁の脇腹に穴を開けた直後、体内で爆発を起こした。

「ぐっ――」

 徹甲榴弾。草壁は油断せず、気も抜かない。ただ、好機があるとすれば意味の無い攻撃を受けている時と、敵に止めを刺す瞬間。大鳳は上手いことやってくれた。傷さえ作らせれば、あとは俺の仕事だ。

 勢いよく立ち上がるのと同時に取り出した手榴弾のピンを外して、俺と草壁の間に放り投げ――苦しみながら反射的に向けられた鋸刀に腹を貫かれながら体を密着させると、真っ直ぐ目が合った。

「よぁ、草壁。一緒に世界を救おうぜ」

 次の瞬間――二人の間を別つように起きた爆発で体が吹き飛ばされた。


 ――――


 体が動かない。微かに映る空には色が無い。音が籠る耳には、おそらく傍らでもがき苦しむ草壁の声が聞こえている。

 爆発と共に血清の染み込んだ短針、約二千本が弾け飛んだ。変異種の皮膚には刺さらないだろうが、傷口があればそこから血清が流れ込む――はずだ。

 まだだ……まだ死ねない。

 勝鬨を上げろ。勝利を知らせる雄叫びを。

「――――」

 聞こえた。これで、準備は整った。これで、救われるべき世界へ選択肢を与えられた。

 これまでもそうだったように、これからも全て――想定の範囲内でしか動かない。その道が正しいかどうかは、別にして。



『――生き残った全世界の人類に朗報だ。を滅ぼす方法がわかった。今すぐ生きている人間の血液で血清を作れ。それを地域に一体だけいる、言葉を交わせる奴に打ち込めば、そいつと繋がっている敵は動きを停止する。だが、大事なのは同時に決行することだ。作戦日時はグリニッジ標準時、一月一日の零時。それまでに準備を整えておけ。この放送は全世界あらゆる言語に音声翻訳されて繰り返し放送される。それでは――幸運を祈る』
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