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序章:新たなる日々
2話:母のお願い
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王が去った後、参列していた男達も退室していく。そうしてようやく、ランバートは体を起こす事を許された。
軽く伸びをして、固まりそうな肩を回して辺りを見る。この兵府宿舎で陛下に面会する為に使われるこの部屋は、滅多な事では入る事ができない。
高い天井には美しいフレスコ画が描かれ、この国で有名な物語の一場面を楽しむ事ができる。高い位置にある窓からは惜しみなく陽の光が入り、室内は予想以上に明るい。白い壁面には国旗の他に、各兵府のエンブレムが描かれた幕が下がっている。
「ランバート・ヒッテルスバッハ」
「はい」
後ろで声がして、そこに1人の男が立っているのに今更気づいた。ランバートはそちらに向き直り、剣を腰に掛けて歩み寄った。
「部屋まで案内しよう。宿舎の案内は同室の者に任せてある。着替えてから回るといい」
「有難うございます」
同室者。その存在を今更思い出したランバートは少し考える。ここにいる限り寮での生活となる。同室者はかなり重要な問題だ。
まぁ、誰とでもそれなりに上手くやる術は持っている。ランバートは案内されるがまま、1階の廊下を抜けて2階へと上がっていった。
そもそもランバートが騎士団に入る事になった原因は、1カ月程前に遡る。
ランバートはこの国の四大貴族家の一つ、ヒッテルスバッハ家の末っ子だ。自由奔放に生き、趣味の多い生活はそれなりに楽しくはあったが満たされない何かがある事は確かだった。
そんなある日、彼の実母がふらりとやってきて、いつも通り気ままにお茶など飲みながら突然のように言ったのである。
「ねぇ、ランバート。私、綺麗な息子が欲しいわ」
「はぁ?」
大概の狂言や妄言に慣れていたランバートも、母のこの発言には耳を疑った。
母も見た目は若く繕っているが、中身はそれほど若くない。父もこれ以上の子は望まないだろうし、無茶な要求としか思えなかった。
「孫の間違いじゃないのかい、母上」
「息子。ねぇ、どうにかしてちょうだい」
「どうにかって。俺が子供でも作れば、孫になるしな」
「ダメよぉ。その子が大人になる頃には私しわしわじゃない。そうじゃなくて、今すぐ若い息子をはべらせたいのよ」
「無茶だよ。若い男のパトロンでもすればいいじゃないか」
「それじゃ味気ないのよ。ほら、傍にいるけれど手が届かないってのがいいんじゃない」
この人は大概の妄言を現実にしてきたが、流石に今回ばかりは無理だ。
そう思ったランバートの脳裏に、ふと一つの可能性が過った。そして母を見ると、ニッと悪戯な笑みを浮かべていた。
「騎士団に入れと?」
「あんたならいけるわよ」
「確かに、剣も馬術も趣味の一つとして好きだけど、人間的に受け入れてもらえるかの問題があるよ。知ってるだろ? 俺がどんな組織にも馴染めなくて、結局仕事もろくにしてないの」
そこを自信もって言ってはいけないのだけれど、仕方がない事実だ。
多趣味で頭もよく、剣や馬術もお手の物。生まれもいいと完璧なのだけれど、人間やはり何かが欠けて生まれるものなのだろう。ランバートにもそういうものがあった。そしてそれは、とても重大な欠陥だった。
その頭脳や才能を見込まれあちこちから声がかかるのだが、人に合わせる生活というものや雁字搦めの序列、同じ組織内での嫉妬やそれに伴う陰湿な空気と虐め。そういうものに嫌気がさしてしまい、1年もしないうちに仕事を辞めてしまう。
元々情熱など殆どない性格でもあって、周囲を冷めたまで見てしまい余計に世と疎遠になりつつある。
「今の所、騎士団以外では男同士の結婚は認められていないわ。養子も考えたのだけれど、どうにも幼すぎて。子育てはしたくないのよね」
「そんな完成品を欲しがるような事を言わないように。相手は人間なのだから。俺なら育てる楽しみもあると思うけれどね」
「無理よ。あんた飽きっぽいから。どう、やってみない?」
母のごり押しに、ランバートは考えてしまった。
この国の騎士団はその発言権と武力において他国とは比べようもない力を持っている。序列は厳しいが、陰湿だという話は聞かない。部署も多くあり、所属すると専門分野に特化した職務となる。
主な部署は、対外国や内乱時に力を発揮する騎兵府。城の警備や陛下の護衛を主とする近衛府。諜報を主とする暗府。大きな戦や軍事的対外国との交渉の指揮を執る宰相府がある。
その他にも隊をサポートする為に、医療府、調理府などがある。これらは主だった四府をサポートし、日々の生活を支えてくれる。
そしてこの騎士団では女人禁制の法があるかわりに、唯一男同士の婚姻が許されている。男同士の友情や親愛の末の愛というのが、こういう場では多いらしい。
以上が、ランバートの知る騎士団の情報。そして、母の言わんとしていることは大いに理解した。
「ランバート」
誘惑的な瞳で息子を見る母の視線に、ランバートは深く溜息をつく。そして自分でも驚くほどあっさりと、それを承諾してしまった。
おそらく、そろそろ家での生活にも飽きたのだろう。窮屈でも未知の世界を覗いてみたい誘惑はあった。
何よりも興味があった。騎士団と呼ばれるこの国一番のエリート集団がどんなものなのか。その中身が。
こうしてランバートは、騎士団に入団する事となったのである。
軽く伸びをして、固まりそうな肩を回して辺りを見る。この兵府宿舎で陛下に面会する為に使われるこの部屋は、滅多な事では入る事ができない。
高い天井には美しいフレスコ画が描かれ、この国で有名な物語の一場面を楽しむ事ができる。高い位置にある窓からは惜しみなく陽の光が入り、室内は予想以上に明るい。白い壁面には国旗の他に、各兵府のエンブレムが描かれた幕が下がっている。
「ランバート・ヒッテルスバッハ」
「はい」
後ろで声がして、そこに1人の男が立っているのに今更気づいた。ランバートはそちらに向き直り、剣を腰に掛けて歩み寄った。
「部屋まで案内しよう。宿舎の案内は同室の者に任せてある。着替えてから回るといい」
「有難うございます」
同室者。その存在を今更思い出したランバートは少し考える。ここにいる限り寮での生活となる。同室者はかなり重要な問題だ。
まぁ、誰とでもそれなりに上手くやる術は持っている。ランバートは案内されるがまま、1階の廊下を抜けて2階へと上がっていった。
そもそもランバートが騎士団に入る事になった原因は、1カ月程前に遡る。
ランバートはこの国の四大貴族家の一つ、ヒッテルスバッハ家の末っ子だ。自由奔放に生き、趣味の多い生活はそれなりに楽しくはあったが満たされない何かがある事は確かだった。
そんなある日、彼の実母がふらりとやってきて、いつも通り気ままにお茶など飲みながら突然のように言ったのである。
「ねぇ、ランバート。私、綺麗な息子が欲しいわ」
「はぁ?」
大概の狂言や妄言に慣れていたランバートも、母のこの発言には耳を疑った。
母も見た目は若く繕っているが、中身はそれほど若くない。父もこれ以上の子は望まないだろうし、無茶な要求としか思えなかった。
「孫の間違いじゃないのかい、母上」
「息子。ねぇ、どうにかしてちょうだい」
「どうにかって。俺が子供でも作れば、孫になるしな」
「ダメよぉ。その子が大人になる頃には私しわしわじゃない。そうじゃなくて、今すぐ若い息子をはべらせたいのよ」
「無茶だよ。若い男のパトロンでもすればいいじゃないか」
「それじゃ味気ないのよ。ほら、傍にいるけれど手が届かないってのがいいんじゃない」
この人は大概の妄言を現実にしてきたが、流石に今回ばかりは無理だ。
そう思ったランバートの脳裏に、ふと一つの可能性が過った。そして母を見ると、ニッと悪戯な笑みを浮かべていた。
「騎士団に入れと?」
「あんたならいけるわよ」
「確かに、剣も馬術も趣味の一つとして好きだけど、人間的に受け入れてもらえるかの問題があるよ。知ってるだろ? 俺がどんな組織にも馴染めなくて、結局仕事もろくにしてないの」
そこを自信もって言ってはいけないのだけれど、仕方がない事実だ。
多趣味で頭もよく、剣や馬術もお手の物。生まれもいいと完璧なのだけれど、人間やはり何かが欠けて生まれるものなのだろう。ランバートにもそういうものがあった。そしてそれは、とても重大な欠陥だった。
その頭脳や才能を見込まれあちこちから声がかかるのだが、人に合わせる生活というものや雁字搦めの序列、同じ組織内での嫉妬やそれに伴う陰湿な空気と虐め。そういうものに嫌気がさしてしまい、1年もしないうちに仕事を辞めてしまう。
元々情熱など殆どない性格でもあって、周囲を冷めたまで見てしまい余計に世と疎遠になりつつある。
「今の所、騎士団以外では男同士の結婚は認められていないわ。養子も考えたのだけれど、どうにも幼すぎて。子育てはしたくないのよね」
「そんな完成品を欲しがるような事を言わないように。相手は人間なのだから。俺なら育てる楽しみもあると思うけれどね」
「無理よ。あんた飽きっぽいから。どう、やってみない?」
母のごり押しに、ランバートは考えてしまった。
この国の騎士団はその発言権と武力において他国とは比べようもない力を持っている。序列は厳しいが、陰湿だという話は聞かない。部署も多くあり、所属すると専門分野に特化した職務となる。
主な部署は、対外国や内乱時に力を発揮する騎兵府。城の警備や陛下の護衛を主とする近衛府。諜報を主とする暗府。大きな戦や軍事的対外国との交渉の指揮を執る宰相府がある。
その他にも隊をサポートする為に、医療府、調理府などがある。これらは主だった四府をサポートし、日々の生活を支えてくれる。
そしてこの騎士団では女人禁制の法があるかわりに、唯一男同士の婚姻が許されている。男同士の友情や親愛の末の愛というのが、こういう場では多いらしい。
以上が、ランバートの知る騎士団の情報。そして、母の言わんとしていることは大いに理解した。
「ランバート」
誘惑的な瞳で息子を見る母の視線に、ランバートは深く溜息をつく。そして自分でも驚くほどあっさりと、それを承諾してしまった。
おそらく、そろそろ家での生活にも飽きたのだろう。窮屈でも未知の世界を覗いてみたい誘惑はあった。
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