恋愛騎士物語1~孤独な騎士の婚活日誌~

凪瀬夜霧

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1章:騎兵府襲撃事件

4話:単独潜入任務

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「お前は何を考えているんだ!」

 濡れた衣服を着替えて早々に騎兵府執務室へと呼び出されたランバートにかかった第一声は、これだった。目の前のファウストは青筋が浮きそうなほど怒っていて、一時間くらいの説教を覚悟させられた。

「二人一組での巡察はルールだ。その理由は分かるな」
「一人で対応できない事態への対処。およびそれらの事態に直面した時、どちらかだけでもその場から離脱し、本隊へ報告するためです」
「分かっているなら単独行動をするな。街の巡察とはいえ、今は事件も起こっている。何よりお前に何かあったら俺は困る」

 最後は溜息だった。勿論この言葉は保身ではなく、心配なのだと分かる。そういう人だから、ランバートはこの人がけっこう好きだ。

「以後気を付けます。ですが今回は嫌な予感がしたんです。胸騒ぎのような。杞憂であればいいと思っていましたが、このような事になってしまって」
「言い訳するな。ったく、本当に忌々しい。あいつらは俺を過労にでもしたいのか」
「そうなれば、軍神不在となって奴らは小躍りして喜びますね」

 心労が見える顔で机に行儀悪く片肘をついたファウストの言葉に、ランバートは苦笑しながら言う。一瞬睨まれたが、その視線に力はない。
 その時、不意にノックの音がしてランバートは背後を振り返る。ファウストは仕事の顔になり、声をかけた。

「誰だ」
「俺だ、ファウスト」

 声は暗府団長クラウルのものだ。そうなると重要な話だろう。
 ファウストの許しを得て扉を開けたクラウルは、すぐにランバートを見る。それはランバートも同じことで、二人に丁寧に礼をして退室しようとした。
 だが、それを止めたのはクラウルだった。

「ランバート、お前もいてくれ。そのうちシウスもくる。話はそれからだ」

 その申し出は、ランバートだけではなくファウストをも困惑させた。だが、これがシウスの指示で、今朝の事件に関係しているのだと言われると納得せざるを得なかった。
 立ち話もということでソファーに場所を移動した三人の話題は、今朝の事件が中心だった。

「それにしても、今回はお手柄だったなランバート。一般の建物に放火などされれば被害は一般人にでる。一般人に被害が出れば、街の警備を任されている軍に不満がでる。それは軍だけではなく、陛下に対する不満にも繋がってくるからな」
「有難うございます。ですが、ルールを侵したと今お叱りを受けたばかりですので」

 苦笑したランバートを見るクラウルの目が、僅かに温かみのあるものになる。私人としてはクラウルも部下思いのいい上司なのだ。

「まぁ、今回の功績を考えればあまり煩く言ってやるな、ファウスト」
「今言わなくてどうする、クラウル。こいつを調子づかせるわけにはいかないんだぞ」
「躾けは最初が肝心、ですか?」

 なんて冗談みたいに言うランバートを睨み付けるファウスト。そのやり取りを見ながら、クラウルは楽しそうに笑った。

「だが実際、今回の事はそれ以上の成果があった。詳しくはシウスからあるが、奴らの動きで新しい事が分かった」

 途端に、ファウストの表情が厳しいものになる。柳眉が寄り、目はつりあがる。ランバートもクラウルの言葉に耳を傾けた。

 それによると、クラウルは早々に東兵舎へ行き、捕えた奴らを調べたそうだ。尋問の結果、奴らはこれまでのチンピラとは違っていたらしい。
 今までの奴等は計画をどこからか指示されていたが、今回の奴等はその犯行に触発されて事件を起こしたという。だからこれまでのやり方と違ったのだ。
 今回の奴等には違う指令が下っていたが、それはつまらないものだった。もっと派手な、皆に騒がれるような作戦に参加したい。その為の売り込み行動だったようだが、完全な墓穴だった。

「それで、奴らが受けていた別の指示はなんだ」
「ラーク迎賓館のスタッフとして潜入すること、だそうな」

 その声に三人は一斉に顔を上げる。ノックもなしに入ってきたシウスは悠然と三人に歩み寄り、空いている席に腰を下ろす。そして、口元に鋭い笑みを浮かべた。

「奴らはラーク迎賓館にスタッフとして潜入するよう指示されていた。先のパーティーのため、あそこは短期的に人員をふやしておるからの。おそらく既に何人かスタッフとして採用されているだろうて」

 忌々しいと言わんばかりの口調だが、事態の進展には手ごたえがあるのだろう。シウスの笑みは晴れやかだ。
 一方で渋面を作ったのはファウストだ。どうやら名前の挙がった建物に心当たりがあるのだろう。

 ラーク迎賓館は、ようは大きなパーティー会場だ。貴族が大きなパーティーを開くのにこの会場を好んで使う。そこでは料理はもちろん、サービスも音楽も一流のものが用意される。

「ラーク迎賓館では二週間後、大きな社交パーティーが開かれる。貴族が大勢集まる」
「そして、事前に脅迫状が届いておる」

 シウスの言葉を肯定するように、ファウストが溜息をつく。

「脅迫状ですか?」
「あぁ。一カ月程前に、そのパーティーで血の惨劇が起こるだろうという脅迫状が主催の侯爵閣下、そして軍に届いた。パーティーには多くの貴族が参加する。その警備を騎兵府がすることが決まっている」
「しかもお偉い侯爵閣下は事もあろうにファウストをパーティーに参加させよと仰せじゃ。自分の傍において、お守りにでもするつもりだろうて」
「相手の意向は知らないが、正式に申請があり陛下の命も下った。陛下も貴族たちを無下に殺させるわけにはゆかないし、その脅迫が実行されて被害が甚大となれば国家基盤が揺らぐ」
「つまり今回俺たちを攻撃している人間は、なんとしてもそのパーティーで大きな花火を上げたいわけですね」

 溜息をついて嫌な顔をしてみせるランバートに、ファウストは苦笑する。そして、深刻な顔で同じように溜息をついた。

「当日は第四師団が会場の外を警備し、俺が中に入る事になっている。公爵の世間体というのもあって、俺は騎士団として警備ではなく、あくまで招待客として入る事になっている」
「しかも、武器は一切持たずにな。貴族と言うのは本当に見せかけの品というやつに固執する生き物だ」

 憎らしげにクラウルが言うのに、大貴族出身のランバートとファウストは申し訳なく頭を下げた。

「貴族は剣を嫌います。人を傷つける人間を嘲り、人殺しを軽蔑する。当然のように武器を持って社交界になど出向けばその者はあっという間につまはじきにされます」
「その通りじゃ。どんな小貴族とてその点に関しては同じ。しかも奴らはそういう者に対して、チクチクと精神攻撃をするからの。やれ野蛮だの、下品だの、礼儀知らずだの」

 嫌そうに話すシウスだって貴族出身だ。イーヴィルズアイ家は特に医療関係に力を入れている家で、大きくはないが確かな基盤を持っている。
 まぁ、その生活が合わなくてこのような場所に進んだのだろうが。

「騎士団の警備も最初は色々と物言いがついたが、兵士を建物の中に入れない事を条件にどうにか飲ませたんだ。奴らの狙いがパーティーにあるとなれば、人員を増やさなければならない。また何を言われるか」
「面倒な話だな。何より今回の襲撃事件で動ける人間が減っている。今は第一師団が街警をしているが、今日からは第五師団も街警だ。城には有事に備えて最低二部隊を残す事になっている。動ける者も限られる」

 おそらく敵の狙いはそこだったんだ。だから一番攻撃しやすい街警を狙ったんだろう。

「そこでじゃ。ランバートに少し頼みたい事がある」

 シウスが突然のようにランバートに話を振るのに、ランバートは驚いた顔をする。同時にファウストは嫌な顔をした。シウスが何を言いだすのか、それを気にしているようだった。

「ランバート、お前を見込んでの頼みじゃ。ラーク迎賓館にスタッフとして潜入し、内部から監視をしてくれぬか」
「なっ!」

 目を吊り上げて抗議の態度に出たのはファウストだ。思わず立ち上がり、拳を握ってシウスを見る。だがシウスはまったく動じずに話を続けた。

「お前はまだ騎士団に入って間もない。奴らも把握してはおるまい。そして何より、ばれない為にはコネは使えない。お前の実力一つで採用試験に通り、スタッフに馴染んでもらうよりほかにない。それは、どんな者よりもお前が適任じゃ」
「それは暗府の仕事だ。騎兵府の仕事でも、ましてこいつの仕事でもない」
「すまないファウスト、暗府も万年の人不足で正直手が足りていない。しかも今回は一流の迎賓館。そこに対応できる者がいないんだ」

 暗府の現状を知っているのだろう。ファウストは言葉を飲みこむ。だが納得できないのか、睨み付けるように二人の顔を見るばかりだ。

「テーブルマナーは勿論、接客、話術、身のこなし。全てにおいて一流でなければならぬ。何よりも外見は重要なポイントじゃ。あそこは煌びやかな人間を好む派手な場所だからの。それら全ての項目をクリアできるのは、ランバートしかおらぬ」

 ランバートは考えた。シウスが上げた点については問題ないだろう。更に幸いな事に、ランバートは社交界嫌いで顔を出す事の方が稀だった。馴染みの貴族も少ない。
 問題は、何かが起こった時の対処法だ。昔のツテはまだ切れていないから情報は入るだろうが。

「ランバート」

 念を押すような低いシウスの声に、ランバートは顔を上げる。そして、不敵な笑みを一つ浮かべた。

「お受けいたします」

 その一言にファウストの眉根が更に寄るのを感じるが、それは無視することにした。代わりに安堵したシウスに視線を向け、隣で深く頷いたクラウルを見る。

「それでは事前に伝える事と、決める事がある。住居としてアパートを一つ用意するから、しばらくはそこで生活してくれ。何か心配はあるか?」
「定期連絡の方法を教えていただければ、後は問題ありません」
「それはこれから教える。このまま俺と一緒に暗府執務室に来てくれ。これに関してはファウストやシウスであっても教えられないからな。お前もメモを取るような愚を犯すなよ」

 念を押され、立ち上がったクラウルの後ろに続いたランバートは騎兵府執務室を出る少し前にファウストを盗み見た。
 その背は少し怒っているように見える。あまりあの人を怒らせたくはないが、出来る事はしてみたいという欲求はある。今はそれを優先させたくて、ランバートは心の中でファウストに謝り、部屋を後にした。
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