恋愛騎士物語1~孤独な騎士の婚活日誌~

凪瀬夜霧

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1章:騎兵府襲撃事件

13話:脱出路

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 乱れ切った服装を多少整え、脱がされたスラックスも履いた。だが、派手に破かれたワイシャツだけはどうにもならない。上半身裸でいると、後ろから温かなものが掛けられた。

「とりあえず着ていろ」

 黒い上等な生地のドレスローブを掛けられ、驚いて見上げると黒い瞳が真っ直ぐに見る。嬉しいような、照れくさいような。曖昧に笑い、視線をサイラスへと移した。

「とりあえず、手錠と足枷をして部屋に閉じ込めておきましょうか」
「そうだな。持っている情報も多そうだ」

 その冷静な言葉に、ランバートは安心と共に驚いた。そうとう頭に血が上っていたようだから、この場で殺すと言うかと思っていた。サイラスから奪った剣を手に持つと、ファウストは手早く自分がしていた手枷と足枷をサイラスにつけた。

「それにしても、本当に嫌ですね。髪ゴワゴワだし、臭い」

 これではファウストのドレスローブまで臭いや汚れが移りそうだ。それを気にしていると、ファウストは苦笑を浮かべて頭を軽く撫でた。

「帰ったら風呂だな」
「はい」

 こんなに汚れていても、あんな醜態を晒しても、この人は変わらない。それが何だか嬉しかった。

 動きの悪いランバートを背に庇いながら、ファウストは部屋の外へと顔を出す。そして周囲を確認すると、ランバートを呼んだ。
 廊下は狭くて真っ白だ。そして人の気配はない。ご丁寧に人払いをしたのだろう。

「ここは?」

 どこか消毒の匂いがしそうな建物を見回しながら呟く。ファウストは奪った鍵束で部屋に鍵をかけると、同じように辺りを見回して口を開いた。

「郊外の診療所跡だろうな。精神患者専用の施設が放置されていたはずだ」
「精神病患者のホスピスですか。まるで独房のようですね」
「ここは重症患者の部屋だろう。窓もないし、扉も頑丈だ。これはもう独房と同じだな」
「いい感じがしないわけですね」

 そう言葉を途切れさせたランバートは、周囲を慎重に探る。今のところ人の気配がない。だが、上のほうから微かに音がする。

「行くぞ」

 ファウストがランバートを背に庇い、一方へと歩き出す。程なく上へ登る階段が現れ、二人は慎重に階段を登った。眩しい明かりが目に入る。人の気配は多くない。
 壁に張り付くようにして周囲を見回したファウストが、見張りの男を二人見つける。剣に手をかけ、静かに早く廊下を駆けた彼は剣を一閃させる。男達は声の一つも上げられないままに切り伏せられた。まさに瞬殺。軍神トールの名に相応しい動きだった。

「さすがですね」
「褒めでも何も出ないぞ」

 そう言って先に立って歩くファウストの後ろから、ランバートも進む。
 正直下半身が怠い。腕は長時間吊るされていた事で高く上がらない。それでも平気なふりをするのは、プライドだ。
 足早に出口を目指し走る二人。だがさすがにこの異常に気付いた男達が部屋や上階から降りてきて、剣を持ちだす。狭い廊下を挟み撃ちにされては動きが取れない。睨みあって距離を取りながら対峙した。

「ランバート、大丈夫か」
「まぁ、どうにかしてみせます。長い時間はもちませんよ」

 ファウストと違い、ランバートは素手だ。いざとなれば武器はあるが、この人の前で堂々と使うのは避けたい。出所の明かせないものだ。
 それでも戦う意志を見せたランバートを感じて、ファウストが動いた。
 切り裂くように走るファウストの剣は大きな動きではあるが早く、そして的確だ。相手の剣を弾き、空いた胴を切り捨てる。驚くべき速さで二人、三人と切り倒していくのを見ると敵も怯んだ。それはランバートにとっても有難い。判断力の劣った相手を倒すのは簡単だ。
 前へと進むファウストを追いつつ、ランバートも後方の敵を倒していく。動きの悪い腕は諦め、どうにか動く足技だけで退けている。
 だがやはり素手では殺傷能力がない。追い立てられるように距離を狭められていく。

「無事か、ランバート!」
「あんたは前だけ見ててください!」

 こうなれば構っていられない。ランバートは踵を一つ鳴らす。その間に一人の男が剣を構えて突進してくる。気付いてはいるが、十分に距離を引き寄せないと倒せない。

「ランバート!」

 気づいたファウストが引き返そうとする、その彼の前でランバートは高い回し蹴りを見舞った。銀に光るナイフが突進した男の喉を切り裂く。派手な血飛沫は敵の戦意を削ぐのに効果的だ。恐れた敵の手が止まる。

「お前……」
「さぁ、脱出です」

 薄い笑みを浮かべて、ランバートは先へ促した。既に男の精液でベタベタだ、今更返り血くらいどうってことない。
 弾かれたように前方へと走るファウストを援護するように、ランバートは背後からの敵を蹴り倒していく。最初の演出がよほど利いたのか、敵は腰が引けている。こんなのにやられるほど、生ぬるい訓練はしていない。

「出口が見えてきた」

 外気を感じる出入口をファウストが力技で突破する。夜風の冷たさが心地よかった。背後から敵が迫りはするが、前方は開けている。どうやら外に敵はいない。
 少し遠くに王都の明かりが見える。逃げ切るには背後の敵をどうにかしなければならない。まだ終わりではないと改めて気持ちを引き締めたその時、馬車の向かってくる音が聞こえた。

「敵の援軍!」
「これ以上はもたないぞ」

 坂を駆けあがる馬車の明かりが見える。構えたファウストは、だが向かってくる馬車が大きく見えるにつれてその表情を緩めた。

「ファウスト!」
「クラウル、ここだ!」

 馬車の先頭を単騎で駆けてきたクラウルが二人の前にきてその無事を喜んだ。
 青ざめたのは背後から迫っていた敵だ。蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う敵を、駆けつけた騎兵府の面々が捕らえていく。ファウストもランバートも、この状況には本当に安心し、力が抜けた。
 抜けた瞬間、ランバートの視界が揺れた。思わず立ち眩みのような状態になり体を支えられずしゃがみ込むと、ファウストが駆けつけて声をかけてくる。それにも、ランバートは苦笑するしか出来なかった。

「大丈夫か」
「ちょっと、気が緩んだだけです。そう心配はありません」
「心配ないって……」

 気づかわしい表情には自責の念も見える気がする。ファウストは立ち上がるとすぐに、クラウルに視線を向けた。

「クラウル、馬車の手配を頼む」

 そう言って離れた隙に、ランバートは靴から出ていたナイフをそっと戻した。ただの靴と同じになったものは、さっきまで人を殺す武器であったとは外見的には見えない。
 やがて戻ってきたファウストがランバートの肩を担ぐ。その目の前には立派な馬車が一台用意されていた。

「帰るぞ」
「はい」

 長い夜が、ようやく終わりを迎えようとしていた。
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