恋愛騎士物語1~孤独な騎士の婚活日誌~

凪瀬夜霧

文字の大きさ
27 / 167
1章:騎兵府襲撃事件

14話:長い夜

しおりを挟む
 馬車に乗るとすぐに、ファウストの鋭い瞳がランバートを見る。明らかに怒っているのは分かる。理由も数えるくらいには思い浮かぶ。だが今は、それを聞きたい気分ではなかった。

「とりあえず、横になっていろ」

 溜息に続く心配げな声に、ランバートは目を丸くして自分の座るスペースを確認する。明らかに尺が足りない。足を縮めて寝転がるのは不安定だし、窮屈だ。

「無理ですよ、こんなスペースじゃ」

 当然のように応えると、その意味が通じたのだろう。ファウストは何を思ったのか対面に座っていた席を離れて隣に座る。騎士団の馬車だ、男が二人腰を下ろしても窮屈ではない。だがこの状況、どうしろと。
 困惑するランバートの頭を引き寄せるように、ファウストの腕が伸びる。逞しい腕に体を引き寄せられるのは驚きはしたものの悪い気はしなかった。

「凭れかかれば、少し休めるだろ」
「そんなに気を使ってもらわなくてもいいですよ」
「気を使わせるような事をするな、ばか者」

 あからさまな溜息。引き寄せられる腕の力は意外と強い。でも隣にいて、そう強い怒りは感じない。少なくとも、ランバートには向かっていない気がした。
 ランバートはファウストの好意に甘えて瞳を閉じて頭を肩口に寄せると、そのまま口だけを開いた。

「やっぱり、怒っていますか?」

 当然の問いかけに、返ってくる答えも当たり前のものだと思っていた。だが僅かな違和感が気になって聞いてみた。答えは暫く返ってこない。ただ苛立たしげな気配だけは、触れた体から伝わってくるように思えた。

「お前に怒っているわけではない。むしろこの苛立ちは俺に対するものだ。本来守るべき部下であるお前に守られこんなに傷つけたというのに、俺はほぼ無傷だ。自分の不甲斐なさと力の無さに腹が立つ」

 それを聞いて、ランバートは笑ってしまった。いや、この答えはどこかで予想できたかもしれない。この人ならきっと、そんな事を思っているだろうと。
 だからランバートは瞳を閉じたまま口元に笑みを浮かべ、誰もが恐れ多くて言わない事を口にした。

「まさか貴方は、自分だけで騎兵府の皆を守れると思っているのですか? だとしたら、それは傲慢なことです」

 歯に衣着せぬ言葉に、ファウストは怒るどころか目を丸くして驚いて見てくる。僅かに瞳を開けて見たその表情の、呆けたような顔。それが面白かった。

「人が人を守るなんて、容易な事ではありません。一人が守れる人数なんて、精々一人か二人です。手に余る人すべてを守ろうなど、無理に決まっている。そんな事をしていたら、重すぎる荷に潰されてしまいます」

 熱があるのだろうか。視界がぼやけて、目に涙が浮かぶ。体がだるい。それでも思考は実にクリアで、余計な事は考えていない。思う事を、素直に口にしている。

「俺はまだここにきて、一カ月と経っていません。ですが、わかります。騎兵府の皆が貴方を敬愛し、貴方のためなら捨て駒でも構わないと思うほどに心酔している事を。俺もそうです。さすがに皆のように熱狂的にとは言いませんが、貴方に好意を持ち、貴方の力になる事を望んでいる」
「ランバート」
「貴方だけが守る必要はない。俺たちも守ります、貴方を。貴方が守ろうとしているものを、軍を、国を、俺たちが守るのです。一人で守ろうなんて思わないことです。このくらいの事で心を痛めて、そんな悲しそうな顔をしないでください。貴方の優しさも魅力の一つだとは思いますが、あまり悩まれると申し訳なくなってしまう。よくやったと、褒めてくれる方が嬉しい」
「言えるか、そんなこと。あんな無茶を許すわけがないだろ。いいか、二度とあんなことをするなよ」

 最後に不機嫌に言われて、ランバートは肩を震わせて笑った。けれど、それだけだ。重しを付けられたように急速に意識が沈んでいく。体が熱くて、けれど不安はない。あちこち軋むように痛むのに、悪くない。

「まったく、お前は俺には過ぎた部下だ」

 沈む意識の最後に聞いた、溜息まじりの言葉。それが嬉しくて、ランバートは笑っていた。

◆◇◆

 肩を揺り動かされて目が覚める。馬車は城の中にある寄宿舎の前に到着していた。

「着いたぞ」

 静かな声に起こされて、手を引かれて馬車から出る。するとすぐに、飛び出すように走り寄ってきた人がいた。

「ファウスト! ランバート!」
「エリオット」

 白くゆったりとした上着を羽織るその人は、目を吊り上げて傍にくる。
 その上着には所属を現すエンブレムも、刺繍も飾りもない。とてもフラットで、ポケットだけがあちこちについている。この衣服自体が彼の所属を如実に表している。
 医学と薬学を担う医療府。そして駆けつけてきた亜麻色の髪に緑色の瞳が印象的な美人こそが、この医療府を預かる長である、エリオット・ラーシャその人であった。

「怪我は」

 駆けつけたエリオットが、歩み寄るファウストを一瞥のみで終わらせてランバートに視線を向ける。その目が心配からきつく引き上げられるのを見ると、申し訳ない気持ちになる。普段はもっと穏やかで柔らかい印象の人なのに。

「エリオット」

 そのまま医務室へと引きずっていきそうな勢いのエリオットを制して、ファウストは離れていく。十分な距離を取りながらエリオットの耳元に何かを囁きかけているのを見ると、なんだか気分が悪い。秘密にされているのは居心地が悪い気がした。
 やがてファウストが何かを押し切り、エリオットが困惑しながらも場を離れていく。その後すぐにランバートの元へ戻ってきたファウストに手を引かれ、強引にどこかへと引きずられていく。

「あの……」

 手を引かれて、ランバートはそれに従うよりほかにない。どこに向かっているのかまったく分からない。

「ファウスト様、一体どこへ?」
「まずは風呂だ」
「ですが、浴場は通り過ぎて」

 そうなのだ。大浴場はさっき通り過ぎた。だからこそ困惑してしまう。どこへ連れていかれるのだろうかと。
 だがファウストは説明が面倒なのか何も言わず、一つの扉を押し開け、そのドアに『使用中』の札を下げると鍵をかけてしまった。先に通されたランバートが立っていたのは、広くはないが内装の立派な脱衣所だった。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

売れ残りオメガの従僕なる日々

灰鷹
BL
王弟騎士α(23才)× 地方貴族庶子Ω(18才) ※ 第12回BL大賞では、たくさんの応援をありがとうございました!  ユリウスが暮らすシャマラーン帝国では、平民のオメガは18才になると、宮廷で開かれる選定の儀に参加することが義務付けられている。王族の妾となるオメガを選ぶためのその儀式に参加し、誰にも選ばれずに売れ残ったユリウスは、国王陛下から「第3王弟に謀反の疑いがあるため、身辺を探るように」という密命を受け、オメガ嫌いと噂される第3王弟ラインハルトの従僕になった。  無口で無愛想な彼の優しい一面を知り、任務とは裏腹にラインハルトに惹かれていくユリウスであったが、働き始めて3カ月が過ぎたところで第3王弟殿下が辺境伯令嬢の婿養子になるという噂を聞き、従僕も解雇される。

【完結】悪役令息の伴侶(予定)に転生しました

  *  ゆるゆ
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、反省しました。 BLゲームの世界で、推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑) 本編完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 きーちゃんと皆の動画をつくりました! もしよかったら、お話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。 インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 プロフのwebサイトから両方に飛べるので、もしよかったら! 本編以降のお話、恋愛ルートも、おまけのお話の更新も、アルファポリスさまだけですー! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ユィリと皆の動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新! Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新! プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー! ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!

新年に余り物でおせちを作ったら、冷酷と噂の騎士団長様に「運命の番」だと求婚されました

水凪しおん
BL
料理人だった俺が転生したのは、男性オメガというだけで家族に虐げられる不遇の青年カイ。 新年くらいはと前世の記憶を頼りに作ったのは、この世界にはない『おせち料理』だった。 それを偶然口にしたのは、氷のように冷酷と噂される最強の騎士団長リアム。 「お前は俺の運命の番だ」 彼の屋敷に保護され、俺の作る料理が彼の心を溶かしていく。 不器用で、だけどまっすぐな愛情を注いでくれる彼と、美味しい料理で紡ぐ、甘くて温かい異世界スローライフ。

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

処理中です...