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1章:騎兵府襲撃事件
14話:長い夜
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馬車に乗るとすぐに、ファウストの鋭い瞳がランバートを見る。明らかに怒っているのは分かる。理由も数えるくらいには思い浮かぶ。だが今は、それを聞きたい気分ではなかった。
「とりあえず、横になっていろ」
溜息に続く心配げな声に、ランバートは目を丸くして自分の座るスペースを確認する。明らかに尺が足りない。足を縮めて寝転がるのは不安定だし、窮屈だ。
「無理ですよ、こんなスペースじゃ」
当然のように応えると、その意味が通じたのだろう。ファウストは何を思ったのか対面に座っていた席を離れて隣に座る。騎士団の馬車だ、男が二人腰を下ろしても窮屈ではない。だがこの状況、どうしろと。
困惑するランバートの頭を引き寄せるように、ファウストの腕が伸びる。逞しい腕に体を引き寄せられるのは驚きはしたものの悪い気はしなかった。
「凭れかかれば、少し休めるだろ」
「そんなに気を使ってもらわなくてもいいですよ」
「気を使わせるような事をするな、ばか者」
あからさまな溜息。引き寄せられる腕の力は意外と強い。でも隣にいて、そう強い怒りは感じない。少なくとも、ランバートには向かっていない気がした。
ランバートはファウストの好意に甘えて瞳を閉じて頭を肩口に寄せると、そのまま口だけを開いた。
「やっぱり、怒っていますか?」
当然の問いかけに、返ってくる答えも当たり前のものだと思っていた。だが僅かな違和感が気になって聞いてみた。答えは暫く返ってこない。ただ苛立たしげな気配だけは、触れた体から伝わってくるように思えた。
「お前に怒っているわけではない。むしろこの苛立ちは俺に対するものだ。本来守るべき部下であるお前に守られこんなに傷つけたというのに、俺はほぼ無傷だ。自分の不甲斐なさと力の無さに腹が立つ」
それを聞いて、ランバートは笑ってしまった。いや、この答えはどこかで予想できたかもしれない。この人ならきっと、そんな事を思っているだろうと。
だからランバートは瞳を閉じたまま口元に笑みを浮かべ、誰もが恐れ多くて言わない事を口にした。
「まさか貴方は、自分だけで騎兵府の皆を守れると思っているのですか? だとしたら、それは傲慢なことです」
歯に衣着せぬ言葉に、ファウストは怒るどころか目を丸くして驚いて見てくる。僅かに瞳を開けて見たその表情の、呆けたような顔。それが面白かった。
「人が人を守るなんて、容易な事ではありません。一人が守れる人数なんて、精々一人か二人です。手に余る人すべてを守ろうなど、無理に決まっている。そんな事をしていたら、重すぎる荷に潰されてしまいます」
熱があるのだろうか。視界がぼやけて、目に涙が浮かぶ。体がだるい。それでも思考は実にクリアで、余計な事は考えていない。思う事を、素直に口にしている。
「俺はまだここにきて、一カ月と経っていません。ですが、わかります。騎兵府の皆が貴方を敬愛し、貴方のためなら捨て駒でも構わないと思うほどに心酔している事を。俺もそうです。さすがに皆のように熱狂的にとは言いませんが、貴方に好意を持ち、貴方の力になる事を望んでいる」
「ランバート」
「貴方だけが守る必要はない。俺たちも守ります、貴方を。貴方が守ろうとしているものを、軍を、国を、俺たちが守るのです。一人で守ろうなんて思わないことです。このくらいの事で心を痛めて、そんな悲しそうな顔をしないでください。貴方の優しさも魅力の一つだとは思いますが、あまり悩まれると申し訳なくなってしまう。よくやったと、褒めてくれる方が嬉しい」
「言えるか、そんなこと。あんな無茶を許すわけがないだろ。いいか、二度とあんなことをするなよ」
最後に不機嫌に言われて、ランバートは肩を震わせて笑った。けれど、それだけだ。重しを付けられたように急速に意識が沈んでいく。体が熱くて、けれど不安はない。あちこち軋むように痛むのに、悪くない。
「まったく、お前は俺には過ぎた部下だ」
沈む意識の最後に聞いた、溜息まじりの言葉。それが嬉しくて、ランバートは笑っていた。
◆◇◆
肩を揺り動かされて目が覚める。馬車は城の中にある寄宿舎の前に到着していた。
「着いたぞ」
静かな声に起こされて、手を引かれて馬車から出る。するとすぐに、飛び出すように走り寄ってきた人がいた。
「ファウスト! ランバート!」
「エリオット」
白くゆったりとした上着を羽織るその人は、目を吊り上げて傍にくる。
その上着には所属を現すエンブレムも、刺繍も飾りもない。とてもフラットで、ポケットだけがあちこちについている。この衣服自体が彼の所属を如実に表している。
医学と薬学を担う医療府。そして駆けつけてきた亜麻色の髪に緑色の瞳が印象的な美人こそが、この医療府を預かる長である、エリオット・ラーシャその人であった。
「怪我は」
駆けつけたエリオットが、歩み寄るファウストを一瞥のみで終わらせてランバートに視線を向ける。その目が心配からきつく引き上げられるのを見ると、申し訳ない気持ちになる。普段はもっと穏やかで柔らかい印象の人なのに。
「エリオット」
そのまま医務室へと引きずっていきそうな勢いのエリオットを制して、ファウストは離れていく。十分な距離を取りながらエリオットの耳元に何かを囁きかけているのを見ると、なんだか気分が悪い。秘密にされているのは居心地が悪い気がした。
やがてファウストが何かを押し切り、エリオットが困惑しながらも場を離れていく。その後すぐにランバートの元へ戻ってきたファウストに手を引かれ、強引にどこかへと引きずられていく。
「あの……」
手を引かれて、ランバートはそれに従うよりほかにない。どこに向かっているのかまったく分からない。
「ファウスト様、一体どこへ?」
「まずは風呂だ」
「ですが、浴場は通り過ぎて」
そうなのだ。大浴場はさっき通り過ぎた。だからこそ困惑してしまう。どこへ連れていかれるのだろうかと。
だがファウストは説明が面倒なのか何も言わず、一つの扉を押し開け、そのドアに『使用中』の札を下げると鍵をかけてしまった。先に通されたランバートが立っていたのは、広くはないが内装の立派な脱衣所だった。
「とりあえず、横になっていろ」
溜息に続く心配げな声に、ランバートは目を丸くして自分の座るスペースを確認する。明らかに尺が足りない。足を縮めて寝転がるのは不安定だし、窮屈だ。
「無理ですよ、こんなスペースじゃ」
当然のように応えると、その意味が通じたのだろう。ファウストは何を思ったのか対面に座っていた席を離れて隣に座る。騎士団の馬車だ、男が二人腰を下ろしても窮屈ではない。だがこの状況、どうしろと。
困惑するランバートの頭を引き寄せるように、ファウストの腕が伸びる。逞しい腕に体を引き寄せられるのは驚きはしたものの悪い気はしなかった。
「凭れかかれば、少し休めるだろ」
「そんなに気を使ってもらわなくてもいいですよ」
「気を使わせるような事をするな、ばか者」
あからさまな溜息。引き寄せられる腕の力は意外と強い。でも隣にいて、そう強い怒りは感じない。少なくとも、ランバートには向かっていない気がした。
ランバートはファウストの好意に甘えて瞳を閉じて頭を肩口に寄せると、そのまま口だけを開いた。
「やっぱり、怒っていますか?」
当然の問いかけに、返ってくる答えも当たり前のものだと思っていた。だが僅かな違和感が気になって聞いてみた。答えは暫く返ってこない。ただ苛立たしげな気配だけは、触れた体から伝わってくるように思えた。
「お前に怒っているわけではない。むしろこの苛立ちは俺に対するものだ。本来守るべき部下であるお前に守られこんなに傷つけたというのに、俺はほぼ無傷だ。自分の不甲斐なさと力の無さに腹が立つ」
それを聞いて、ランバートは笑ってしまった。いや、この答えはどこかで予想できたかもしれない。この人ならきっと、そんな事を思っているだろうと。
だからランバートは瞳を閉じたまま口元に笑みを浮かべ、誰もが恐れ多くて言わない事を口にした。
「まさか貴方は、自分だけで騎兵府の皆を守れると思っているのですか? だとしたら、それは傲慢なことです」
歯に衣着せぬ言葉に、ファウストは怒るどころか目を丸くして驚いて見てくる。僅かに瞳を開けて見たその表情の、呆けたような顔。それが面白かった。
「人が人を守るなんて、容易な事ではありません。一人が守れる人数なんて、精々一人か二人です。手に余る人すべてを守ろうなど、無理に決まっている。そんな事をしていたら、重すぎる荷に潰されてしまいます」
熱があるのだろうか。視界がぼやけて、目に涙が浮かぶ。体がだるい。それでも思考は実にクリアで、余計な事は考えていない。思う事を、素直に口にしている。
「俺はまだここにきて、一カ月と経っていません。ですが、わかります。騎兵府の皆が貴方を敬愛し、貴方のためなら捨て駒でも構わないと思うほどに心酔している事を。俺もそうです。さすがに皆のように熱狂的にとは言いませんが、貴方に好意を持ち、貴方の力になる事を望んでいる」
「ランバート」
「貴方だけが守る必要はない。俺たちも守ります、貴方を。貴方が守ろうとしているものを、軍を、国を、俺たちが守るのです。一人で守ろうなんて思わないことです。このくらいの事で心を痛めて、そんな悲しそうな顔をしないでください。貴方の優しさも魅力の一つだとは思いますが、あまり悩まれると申し訳なくなってしまう。よくやったと、褒めてくれる方が嬉しい」
「言えるか、そんなこと。あんな無茶を許すわけがないだろ。いいか、二度とあんなことをするなよ」
最後に不機嫌に言われて、ランバートは肩を震わせて笑った。けれど、それだけだ。重しを付けられたように急速に意識が沈んでいく。体が熱くて、けれど不安はない。あちこち軋むように痛むのに、悪くない。
「まったく、お前は俺には過ぎた部下だ」
沈む意識の最後に聞いた、溜息まじりの言葉。それが嬉しくて、ランバートは笑っていた。
◆◇◆
肩を揺り動かされて目が覚める。馬車は城の中にある寄宿舎の前に到着していた。
「着いたぞ」
静かな声に起こされて、手を引かれて馬車から出る。するとすぐに、飛び出すように走り寄ってきた人がいた。
「ファウスト! ランバート!」
「エリオット」
白くゆったりとした上着を羽織るその人は、目を吊り上げて傍にくる。
その上着には所属を現すエンブレムも、刺繍も飾りもない。とてもフラットで、ポケットだけがあちこちについている。この衣服自体が彼の所属を如実に表している。
医学と薬学を担う医療府。そして駆けつけてきた亜麻色の髪に緑色の瞳が印象的な美人こそが、この医療府を預かる長である、エリオット・ラーシャその人であった。
「怪我は」
駆けつけたエリオットが、歩み寄るファウストを一瞥のみで終わらせてランバートに視線を向ける。その目が心配からきつく引き上げられるのを見ると、申し訳ない気持ちになる。普段はもっと穏やかで柔らかい印象の人なのに。
「エリオット」
そのまま医務室へと引きずっていきそうな勢いのエリオットを制して、ファウストは離れていく。十分な距離を取りながらエリオットの耳元に何かを囁きかけているのを見ると、なんだか気分が悪い。秘密にされているのは居心地が悪い気がした。
やがてファウストが何かを押し切り、エリオットが困惑しながらも場を離れていく。その後すぐにランバートの元へ戻ってきたファウストに手を引かれ、強引にどこかへと引きずられていく。
「あの……」
手を引かれて、ランバートはそれに従うよりほかにない。どこに向かっているのかまったく分からない。
「ファウスト様、一体どこへ?」
「まずは風呂だ」
「ですが、浴場は通り過ぎて」
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だがファウストは説明が面倒なのか何も言わず、一つの扉を押し開け、そのドアに『使用中』の札を下げると鍵をかけてしまった。先に通されたランバートが立っていたのは、広くはないが内装の立派な脱衣所だった。
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