33 / 167
2章:ロッカーナ演習事件
2話:復讐者の牙
しおりを挟む
ロッカーナは、都市としては小規模だ。だが、重要な拠点である事に変わりはない。
ここは王都に最も近い補給基地であり、兵糧庫。戦が起こり、この町が落ちたら王都は途端に食糧難となるだろう。
町の奥にある砦に入るとすぐに、壮齢の騎士が出迎えた。
黒にグレーの混じるウェーブがかった短髪に、笑い皺のある穏やかな人物。浮かべる表情も同じく穏やかなものだ。だが、こちらを見た一瞬の揺らぎには苦しさと悔しさ、そして焦りが見えた。
「ようこそ、ファウスト様。遠路はるばるお越しくださいまして」
「オーソン、久しいな」
丁寧に礼をして迎えてくれた年長の部下を、ファウストは馬を降りて労った。知っている姿よりも小さくなったように思う。多分、年齢のせいだけではない。とある事件が彼の穏やかな心をこれほどまでに疲弊させているのだ。
「オーソン老師、久しぶり!」
「おぉ、ウェインか! 久しいな。逞しくなって」
馬を降りたウェインが嬉しそうに駆け寄って、親しげにハグをする。オーソンは元々王都勤務の騎士で、ウェインが入りたての頃に世話をしていた。本当の親子のような二人を見ると、こんな状況にも関わらず心が穏やかになる。
ウェインがオーソンから離れると、オーソンは前を向いて到着した面々に視線を向ける。そして、心からの歓迎を示すように笑いかけた。
「王都の皆も、よくきてくださった。わしがこのロッカーナ砦を預かるオーソンだ。皆を心から歓迎しよう」
若かりし頃を思い出させる張りのある声で歓迎を示したオーソンに、第二師団の皆が一斉に敬礼を取る。
「今日はあと数時間もすれば陽が落ちてしまう。案内を彼に任せてあるから、まずはそれぞれの部屋を決めて、簡単に砦の中を案内してもらってくれ」
オーソンが少し離れた所に立っている青年を見る。
少し緊張気味な硬い足取り。だが瞳は真っ直ぐにこちらを見ている。第一印象は生真面目な優等生。鳶色の短髪に、同色の瞳の青年が来訪者に一礼する。
「エドワード・ミレンです。皆さん、ようこそ」
「彼はとても優秀な隊員だ。砦の案内を頼んである。エドワード、後は頼んだよ」
「はい。それでは皆さん、こちらへ」
まずは馬屋へ向かう第二師団を見送り、ファウストはオーソンの傍につく。その時不意に視線を感じて顔を上げると、何かに気付いているようなランバートの視線とぶつかった。
聡い彼の事だ、何かしらの異変に気付いていてもおかしくはない。そういう奴を面倒と思う事もあるが、今回に関しては助けになるかもしれない。
「オーソン、まずは執務室へ行こう。全てはそこでだ」
小さな声でオーソンを促し、ファウストは硬い表情のまま砦の中へと入っていった。
他の隊員が砦の中を案内されている頃、ファウストとウェインは砦の執務室にいた。
その空気は今日の空と同様に重苦しく、重大な事が起こっている事が如実に分かるものだった。
「オーソン、まずは状況の説明をもう一度頼む。報告では、三カ月前から始まっているんだな?」
ソファーに腰を下ろしたファウストが、正面に座ったオーソンに問う。それに、オーソンも頷いて用意してあったファイルを手にした。
「三か月前、ロディという一年目の隊員が自殺しました。首をつっているところを明け方の巡回で発見。見つけた時には、既に亡くなっていました」
声を落としたオーソンの悔しそうな表情は胸に痛む。彼の隣に座ったウェインが、気遣わしげに肩に触れた。
「原因は分かっているか?」
ファウストの問いかけに、オーソンは力なく首を横に振る。
「遺書はありませんでしたので、彼自身の思いは分からないままです。ですが噂で、虐めがあったと聞いています」
「最低だね」
ウェインが目を吊り上げて吐き捨てる。普段笑顔の多い彼がこういう険しい表情をすると、妙に迫力がある。
ファウストも同じく頷き、眉根に皺を寄せた。胸の中は、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「わしがもう少し見てやれれば、こんなことにならずに済んだのです。本当に、彼にも貴方にも申し訳がなくて」
「それは……。俺への謝罪はいらない。お前同様、俺も謝らねばならない立場だ。対策を打たないまま来てしまった責任は俺にもある」
王都にいると地方の様子が分からない。大きくなった組織を管理するのは容易ではないが、それは言い訳だ。こうして大切な命が一つ、失われてしまった。これに対してどんな事を言っても、全てが言い訳でしかない。
「遺族にはなんと説明した?」
「ロディには年老いた母が一人で、この母も療養所に入りっぱなしでした。わしが事の経緯を伝えに行った時には、もうだいぶ弱っていて、まるでロディの後を追うように」
「大事な息子が死んで、気力が続かなくなったのかな……」
沈んだ声で呟くウェインの言葉は重く、胸にのしかかるようだった。
「虐めに加担していた人物の見当はついているか?」
「はい、一応は。リストはこちらに」
一枚の紙が出され、ファウストはそれに目を通す。そこには数人の名前が書いてあった。
「他の隊員からの証言のみですが。詳しい話を聞こうとすると、皆が一様に口を噤んでしまい何も話してくれないのです。ここに上がった名も、一部の隊員がこっそりと打ち明けてくれたものでして」
「上官に告げ口したとなれば、次の標的にされかねないか」
「そのような思いも、あるのでしょう」
リストを見るファウストの目は厳しい。親しい者なら、これだけで怒りの度合いが量れるだろう。だがここには、それに気づく者はなかった。
「いっそ、全員を尋問できれば楽なんだが」
「それはどうか、最終手段にしてください。それにまずは、今起きている事件を解決しなければ。正直、砦の者はみな怯えております。中には退団をほのめかす者もおります」
「さすがに辞められると困るよ、ファウスト様。ここはそれなりに重要な拠点だし、テロリスト共に弱味を見せるわけにはいかない。前回の一件からそう日も経っていないからね。今はどんな小さな綻びも丁寧に繕わないと」
ウェインの言葉に苦々しい顔をしたファウストは、やがて全てを飲みこんで頷いた。
「事件の起こりは、一カ月半くらい前からだな?」
ファウストの確認に、オーソンが酷く落ち込んで頷く。そして、別のファイルを前に出した。
「夜の砦内で、何者かによる襲撃事件が起こりました」
その時の報告書と調査書が示される。そこには、こうあった。
『夜警のために砦を巡回中、物陰より小さな物音がしたのでそちらへ向かうと、暗がりより突然切り付けられた。間一髪避けたが、襲撃者は怯んだ間に逃亡。見失ってしまった。
後の調査でもこのとき怪しい動きをしていた者は確認できなかった。外部からの侵入者も、その痕跡も認められない事から、襲撃者は内部にいるものと考えられる』
「幸い怪我人はありませんでしたが、犯人を取り逃しました。現場には何の痕跡もありません」
「内部の人間なら、砦の構造は熟知しているから逃げるのも簡単だよね」
「はい。それに、隅々まで明るいというわけではありませんし、暗がりを逃げられれば容易に発見とは」
何とも歯切れの悪い報告しかできないオーソンが言葉を詰まらせる。
ファウストはその間に、二枚目の調査書を手に取った。
「二件目は、それから十日後か。こちらも、手口はほぼ同じだな」
「はい。ですが、最初の事件があったので絶対に夜警は一人で行わないよう、徹底していたのですが」
「夜警はな。だが、こっちの被害者は夜中にこそこそと何かをしていたようだ」
溜息をついて調査書を机の上に放る。そこには被害にあった隊員が夜警担当ではなかったこと。そして、一人で夜間に行動していた理由が不明である事が書かれていた。
「本人は、人に会いに行こうとしていたのだと言いましたが、相手が誰かは聞いても答えません。私的な事だと言うばかりで」
「尋問はしたか?」
「しましたが……少々問題のある隊員で、大騒ぎをして訴えるという話にまでなってしまい、それ以上の尋問はできませんでした」
「そして三件目。とうとう実害が出た」
三件目も手口は同様。被害者はトイレに出たところで襲われた。彼は用を足している途中で、背後に人が立ったことに驚き振り向いたところを斬られた。
幸い傷は浅く、出血も軽度。だが精神的にはかなり堪えるものがあったのだろう。現在は砦を離れて実家へ戻っている。
「犯人は逆光で見えず、一瞬の事で分からない。すぐに悲鳴を上げた事で人が駆けつけたが、その時には犯人は逃げた後でした」
「四件目もほぼ同じ。ターゲットが一人になったところを狙い、暗がりより素早く一撃。相手の負傷度を確認せずに逃亡。おそらく怪我を負わせる事が目的ではなく、ターゲットに恐怖を与える事が目的だ」
ファウストは溜息をつき、四枚の調査書と、先程の虐めに関わった者のリストを照らし合わせる。
今回の事件の被害者はみな、このリストに名前のある者だった。
「ロディの復讐」
「そう見えるのですが、犯人の見当がつかないのです。隊員に聞いても、ロディは物静かで常に一人でいたと言うのです。特別親しくしている隊員もいなかったようですし」
「見えてない場所で親しかった相手がいるんじゃないの?」
「それこそ、上にいては見えないな。俺も感じるが、上官と隊員との間には見えない壁のようなものがある。しかも地方には暗府のような内監者がいない」
ファウストは溜息をつき、どうしたものかと悩んだ。
こうして事件は手詰まりとなり、事態の深刻さからオーソンは弱り果ててファウストの所へと助言を求めに来た。
ファウストの所に自殺者の報告が来たのが、三か月前。事態を重く見て、同じことが起こらないよう新たな仕組みが必要だと他の部署とも話し合っている最中だった。
そこにこの事件の報告が一週間前。今度こそ頭を悩ませ、オーソンと親しかったウェインにも相談し、演習という名目での内部捜査を行う事にした。
「中央は暗府が隊員の内情調査や生活調査を定期的に行い、問題のある者に事前に指導、面接をする仕組みがあるが、地方はないからな」
「加えて閉鎖的なのも悪条件なんだよね。ここの隊員も殆どがロッカーナ出身者だし。貴族のパワーバランスが持ち込まれてるって聞くけど」
「そう感じます。家の力関係をそのまま騎士団に持ち込む者も多くいます。隊内のグループもそれに基づいてできているのが現状で、反した者をグループから出してしまうような雰囲気もあります」
「その状況で、上官だからと無理に入り込むのは厳しいか。警戒して何も言わないだろう」
そうなると、隊員に警戒されないように入り込み、話を拾う必要がある。暗府ならばそういうスキルもあるが、騎兵府でそのような事が出来る者は限られる。
だが、そういうスキルを持っている者をファウストは知っている。
「正直、難しい状況です」
オーソンが肩を落とす。だが、ファウストは微かに笑みを浮かべてその肩を叩いた。
「不本意だが、こういう事に長けた奴を連れてきている。正直、ここまで事が面倒でなければ巻き込むつもりはなかったんだが……こうなっては仕方がない」
「巻き込むとは?」
驚いた顔をしたオーソンに、「後で紹介する」とだけ言って、ファウストは溜息をつく。そして同じように苦笑するウェインに、一つ頷いてみせた。
ここは王都に最も近い補給基地であり、兵糧庫。戦が起こり、この町が落ちたら王都は途端に食糧難となるだろう。
町の奥にある砦に入るとすぐに、壮齢の騎士が出迎えた。
黒にグレーの混じるウェーブがかった短髪に、笑い皺のある穏やかな人物。浮かべる表情も同じく穏やかなものだ。だが、こちらを見た一瞬の揺らぎには苦しさと悔しさ、そして焦りが見えた。
「ようこそ、ファウスト様。遠路はるばるお越しくださいまして」
「オーソン、久しいな」
丁寧に礼をして迎えてくれた年長の部下を、ファウストは馬を降りて労った。知っている姿よりも小さくなったように思う。多分、年齢のせいだけではない。とある事件が彼の穏やかな心をこれほどまでに疲弊させているのだ。
「オーソン老師、久しぶり!」
「おぉ、ウェインか! 久しいな。逞しくなって」
馬を降りたウェインが嬉しそうに駆け寄って、親しげにハグをする。オーソンは元々王都勤務の騎士で、ウェインが入りたての頃に世話をしていた。本当の親子のような二人を見ると、こんな状況にも関わらず心が穏やかになる。
ウェインがオーソンから離れると、オーソンは前を向いて到着した面々に視線を向ける。そして、心からの歓迎を示すように笑いかけた。
「王都の皆も、よくきてくださった。わしがこのロッカーナ砦を預かるオーソンだ。皆を心から歓迎しよう」
若かりし頃を思い出させる張りのある声で歓迎を示したオーソンに、第二師団の皆が一斉に敬礼を取る。
「今日はあと数時間もすれば陽が落ちてしまう。案内を彼に任せてあるから、まずはそれぞれの部屋を決めて、簡単に砦の中を案内してもらってくれ」
オーソンが少し離れた所に立っている青年を見る。
少し緊張気味な硬い足取り。だが瞳は真っ直ぐにこちらを見ている。第一印象は生真面目な優等生。鳶色の短髪に、同色の瞳の青年が来訪者に一礼する。
「エドワード・ミレンです。皆さん、ようこそ」
「彼はとても優秀な隊員だ。砦の案内を頼んである。エドワード、後は頼んだよ」
「はい。それでは皆さん、こちらへ」
まずは馬屋へ向かう第二師団を見送り、ファウストはオーソンの傍につく。その時不意に視線を感じて顔を上げると、何かに気付いているようなランバートの視線とぶつかった。
聡い彼の事だ、何かしらの異変に気付いていてもおかしくはない。そういう奴を面倒と思う事もあるが、今回に関しては助けになるかもしれない。
「オーソン、まずは執務室へ行こう。全てはそこでだ」
小さな声でオーソンを促し、ファウストは硬い表情のまま砦の中へと入っていった。
他の隊員が砦の中を案内されている頃、ファウストとウェインは砦の執務室にいた。
その空気は今日の空と同様に重苦しく、重大な事が起こっている事が如実に分かるものだった。
「オーソン、まずは状況の説明をもう一度頼む。報告では、三カ月前から始まっているんだな?」
ソファーに腰を下ろしたファウストが、正面に座ったオーソンに問う。それに、オーソンも頷いて用意してあったファイルを手にした。
「三か月前、ロディという一年目の隊員が自殺しました。首をつっているところを明け方の巡回で発見。見つけた時には、既に亡くなっていました」
声を落としたオーソンの悔しそうな表情は胸に痛む。彼の隣に座ったウェインが、気遣わしげに肩に触れた。
「原因は分かっているか?」
ファウストの問いかけに、オーソンは力なく首を横に振る。
「遺書はありませんでしたので、彼自身の思いは分からないままです。ですが噂で、虐めがあったと聞いています」
「最低だね」
ウェインが目を吊り上げて吐き捨てる。普段笑顔の多い彼がこういう険しい表情をすると、妙に迫力がある。
ファウストも同じく頷き、眉根に皺を寄せた。胸の中は、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「わしがもう少し見てやれれば、こんなことにならずに済んだのです。本当に、彼にも貴方にも申し訳がなくて」
「それは……。俺への謝罪はいらない。お前同様、俺も謝らねばならない立場だ。対策を打たないまま来てしまった責任は俺にもある」
王都にいると地方の様子が分からない。大きくなった組織を管理するのは容易ではないが、それは言い訳だ。こうして大切な命が一つ、失われてしまった。これに対してどんな事を言っても、全てが言い訳でしかない。
「遺族にはなんと説明した?」
「ロディには年老いた母が一人で、この母も療養所に入りっぱなしでした。わしが事の経緯を伝えに行った時には、もうだいぶ弱っていて、まるでロディの後を追うように」
「大事な息子が死んで、気力が続かなくなったのかな……」
沈んだ声で呟くウェインの言葉は重く、胸にのしかかるようだった。
「虐めに加担していた人物の見当はついているか?」
「はい、一応は。リストはこちらに」
一枚の紙が出され、ファウストはそれに目を通す。そこには数人の名前が書いてあった。
「他の隊員からの証言のみですが。詳しい話を聞こうとすると、皆が一様に口を噤んでしまい何も話してくれないのです。ここに上がった名も、一部の隊員がこっそりと打ち明けてくれたものでして」
「上官に告げ口したとなれば、次の標的にされかねないか」
「そのような思いも、あるのでしょう」
リストを見るファウストの目は厳しい。親しい者なら、これだけで怒りの度合いが量れるだろう。だがここには、それに気づく者はなかった。
「いっそ、全員を尋問できれば楽なんだが」
「それはどうか、最終手段にしてください。それにまずは、今起きている事件を解決しなければ。正直、砦の者はみな怯えております。中には退団をほのめかす者もおります」
「さすがに辞められると困るよ、ファウスト様。ここはそれなりに重要な拠点だし、テロリスト共に弱味を見せるわけにはいかない。前回の一件からそう日も経っていないからね。今はどんな小さな綻びも丁寧に繕わないと」
ウェインの言葉に苦々しい顔をしたファウストは、やがて全てを飲みこんで頷いた。
「事件の起こりは、一カ月半くらい前からだな?」
ファウストの確認に、オーソンが酷く落ち込んで頷く。そして、別のファイルを前に出した。
「夜の砦内で、何者かによる襲撃事件が起こりました」
その時の報告書と調査書が示される。そこには、こうあった。
『夜警のために砦を巡回中、物陰より小さな物音がしたのでそちらへ向かうと、暗がりより突然切り付けられた。間一髪避けたが、襲撃者は怯んだ間に逃亡。見失ってしまった。
後の調査でもこのとき怪しい動きをしていた者は確認できなかった。外部からの侵入者も、その痕跡も認められない事から、襲撃者は内部にいるものと考えられる』
「幸い怪我人はありませんでしたが、犯人を取り逃しました。現場には何の痕跡もありません」
「内部の人間なら、砦の構造は熟知しているから逃げるのも簡単だよね」
「はい。それに、隅々まで明るいというわけではありませんし、暗がりを逃げられれば容易に発見とは」
何とも歯切れの悪い報告しかできないオーソンが言葉を詰まらせる。
ファウストはその間に、二枚目の調査書を手に取った。
「二件目は、それから十日後か。こちらも、手口はほぼ同じだな」
「はい。ですが、最初の事件があったので絶対に夜警は一人で行わないよう、徹底していたのですが」
「夜警はな。だが、こっちの被害者は夜中にこそこそと何かをしていたようだ」
溜息をついて調査書を机の上に放る。そこには被害にあった隊員が夜警担当ではなかったこと。そして、一人で夜間に行動していた理由が不明である事が書かれていた。
「本人は、人に会いに行こうとしていたのだと言いましたが、相手が誰かは聞いても答えません。私的な事だと言うばかりで」
「尋問はしたか?」
「しましたが……少々問題のある隊員で、大騒ぎをして訴えるという話にまでなってしまい、それ以上の尋問はできませんでした」
「そして三件目。とうとう実害が出た」
三件目も手口は同様。被害者はトイレに出たところで襲われた。彼は用を足している途中で、背後に人が立ったことに驚き振り向いたところを斬られた。
幸い傷は浅く、出血も軽度。だが精神的にはかなり堪えるものがあったのだろう。現在は砦を離れて実家へ戻っている。
「犯人は逆光で見えず、一瞬の事で分からない。すぐに悲鳴を上げた事で人が駆けつけたが、その時には犯人は逃げた後でした」
「四件目もほぼ同じ。ターゲットが一人になったところを狙い、暗がりより素早く一撃。相手の負傷度を確認せずに逃亡。おそらく怪我を負わせる事が目的ではなく、ターゲットに恐怖を与える事が目的だ」
ファウストは溜息をつき、四枚の調査書と、先程の虐めに関わった者のリストを照らし合わせる。
今回の事件の被害者はみな、このリストに名前のある者だった。
「ロディの復讐」
「そう見えるのですが、犯人の見当がつかないのです。隊員に聞いても、ロディは物静かで常に一人でいたと言うのです。特別親しくしている隊員もいなかったようですし」
「見えてない場所で親しかった相手がいるんじゃないの?」
「それこそ、上にいては見えないな。俺も感じるが、上官と隊員との間には見えない壁のようなものがある。しかも地方には暗府のような内監者がいない」
ファウストは溜息をつき、どうしたものかと悩んだ。
こうして事件は手詰まりとなり、事態の深刻さからオーソンは弱り果ててファウストの所へと助言を求めに来た。
ファウストの所に自殺者の報告が来たのが、三か月前。事態を重く見て、同じことが起こらないよう新たな仕組みが必要だと他の部署とも話し合っている最中だった。
そこにこの事件の報告が一週間前。今度こそ頭を悩ませ、オーソンと親しかったウェインにも相談し、演習という名目での内部捜査を行う事にした。
「中央は暗府が隊員の内情調査や生活調査を定期的に行い、問題のある者に事前に指導、面接をする仕組みがあるが、地方はないからな」
「加えて閉鎖的なのも悪条件なんだよね。ここの隊員も殆どがロッカーナ出身者だし。貴族のパワーバランスが持ち込まれてるって聞くけど」
「そう感じます。家の力関係をそのまま騎士団に持ち込む者も多くいます。隊内のグループもそれに基づいてできているのが現状で、反した者をグループから出してしまうような雰囲気もあります」
「その状況で、上官だからと無理に入り込むのは厳しいか。警戒して何も言わないだろう」
そうなると、隊員に警戒されないように入り込み、話を拾う必要がある。暗府ならばそういうスキルもあるが、騎兵府でそのような事が出来る者は限られる。
だが、そういうスキルを持っている者をファウストは知っている。
「正直、難しい状況です」
オーソンが肩を落とす。だが、ファウストは微かに笑みを浮かべてその肩を叩いた。
「不本意だが、こういう事に長けた奴を連れてきている。正直、ここまで事が面倒でなければ巻き込むつもりはなかったんだが……こうなっては仕方がない」
「巻き込むとは?」
驚いた顔をしたオーソンに、「後で紹介する」とだけ言って、ファウストは溜息をつく。そして同じように苦笑するウェインに、一つ頷いてみせた。
12
あなたにおすすめの小説
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
売れ残りオメガの従僕なる日々
灰鷹
BL
王弟騎士α(23才)× 地方貴族庶子Ω(18才)
※ 第12回BL大賞では、たくさんの応援をありがとうございました!
ユリウスが暮らすシャマラーン帝国では、平民のオメガは18才になると、宮廷で開かれる選定の儀に参加することが義務付けられている。王族の妾となるオメガを選ぶためのその儀式に参加し、誰にも選ばれずに売れ残ったユリウスは、国王陛下から「第3王弟に謀反の疑いがあるため、身辺を探るように」という密命を受け、オメガ嫌いと噂される第3王弟ラインハルトの従僕になった。
無口で無愛想な彼の優しい一面を知り、任務とは裏腹にラインハルトに惹かれていくユリウスであったが、働き始めて3カ月が過ぎたところで第3王弟殿下が辺境伯令嬢の婿養子になるという噂を聞き、従僕も解雇される。
【完結】悪役令息の伴侶(予定)に転生しました
* ゆるゆ
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、反省しました。
BLゲームの世界で、推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑)
本編完結しました!
おまけのお話を時々更新しています。
きーちゃんと皆の動画をつくりました!
もしよかったら、お話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
Youtube @BL小説動画
プロフのwebサイトから両方に飛べるので、もしよかったら!
本編以降のお話、恋愛ルートも、おまけのお話の更新も、アルファポリスさまだけですー!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ユィリと皆の動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新!
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新!
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
新年に余り物でおせちを作ったら、冷酷と噂の騎士団長様に「運命の番」だと求婚されました
水凪しおん
BL
料理人だった俺が転生したのは、男性オメガというだけで家族に虐げられる不遇の青年カイ。
新年くらいはと前世の記憶を頼りに作ったのは、この世界にはない『おせち料理』だった。
それを偶然口にしたのは、氷のように冷酷と噂される最強の騎士団長リアム。
「お前は俺の運命の番だ」
彼の屋敷に保護され、俺の作る料理が彼の心を溶かしていく。
不器用で、だけどまっすぐな愛情を注いでくれる彼と、美味しい料理で紡ぐ、甘くて温かい異世界スローライフ。
あなたと過ごせた日々は幸せでした
蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる