恋愛騎士物語1~孤独な騎士の婚活日誌~

凪瀬夜霧

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2章:ロッカーナ演習事件

7話:地獄の訓練

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 翌日、クリフはランバートと一緒に食堂にきた。同じタイミングでピアースも合流し、クリフを見て目を丸くした。だがすぐに人好きのする笑みを見せ、クリフを自分たちのグループに誘う。そういう奴だと思ったから、ランバートも安心していた。
 後は……。

「やぁ、クリフ。昨日はどうしたんだ?」

 そう言って声をかけてきたのは昨日の奴だ。見れば三人程度がクリフへと向かってくる。ピアースは当然嫌な顔をして警戒したが、そんな事はまったく気にした様子もない。
 ランバートはそいつらとクリフの間に立った。

「お前、また!」
「クリフに、何か用か?」

 険のある言い方ではないが、その雰囲気は確実に相手を威嚇した。それに、先頭を切って歩いてきた奴は怯んだようだ。
 だがその後ろから現れた男には、そんな様子はなかった。
 ランバートが一番嫌いなタイプだ。自分はあくまで後ろにいて、全てから逃げられるポジションをキープしている。今はきっと、お気に入りの玩具を取られるのが気に食わなくて出てきたのだろう。

「クリフは俺たちの友達なんだ。君は、王都の騎士だろ? どうしてクリフを庇ったりする」
「クリフが友達だと言うなら、一緒にいる相手はクリフが選ぶ。クリフに聞いてみるか?」

 ランバートが背後のクリフに視線を送る。怯えた様子のクリフはピアースの背に隠れて、縋るようにランバートを見ていた。

「クリフはとても臆病なんだ。そして、優柔不断だ。選ぶなんてできないんだよ」

 男の嘲るような笑みに、ランバートは瞳を吊り上げる。
 その時、食堂の入口で聞きなれた声がランバートを呼んだ。

「ランバート・ヒッテルスバッハ! こんな所でまで揉め事を起こすな」

 よく通る声がこれ見よがしにフルネームを呼ぶのに、ランバートは視線を向けて嫌な顔をした。戸口に立つ黒衣の男は、その視線にニヤリと笑う。

「ヒッテルスバッハって……」

 周囲がザワザワと騒がしくなり、目の前の男も怯んだ。ランバートの家名と、名を呼んだその人に。

「別に、揉め事なんて起こしていませんファウスト様。ちょっとした見解の違いがあっただけです」
「そういうのを、揉め事と言うのではないか? まぁ、いいだろう。クリフ、どうした?」

 ゆっくりとランバートに近づいて、ついでのようにクリフにも声をかける。それにクリフが「おはようございます」と返事をしたものだから、奴らは手を引かざるを得なかった。
 奴らがいなくなったのを見てから、ファウストは安堵した笑みを見せた。彼本来の、穏やかな表情だ。

「これで一つ、片付いたか」
「まったく、余計な事を。俺まで気遣って貰わなくてもよかったのに」
「ついでだ」

 そう言ったファウストが、固まったままのピアースの隣に立つクリフに笑みを見せる。そして、緊張に声も出ないピアースを見て首を傾げた。

「ピアース・ローです。昨日少し話た。チャンスがあれば、王都勤務をしたいそうですよ」
「ほぉ、それは助かる。王都は年中人不足だからな」

 そう言ってピアースとクリフの肩を軽く叩く。そして、食堂の配膳台へと視線を移した。

「さて、まずは腹ごしらえだ。訓練は厳しいぞ、しっかり食べておけよ」
「やっぱり、やるんですか?」
「何の為に俺が来たと思っているんだ」

 うんざりな物言いをするランバートに、ファウストがムッとして言う。そして、ごく当たり前のように一緒に配膳台へと歩いていく。当然、クリフとピアースも同行だ。更に当然のように、ピアースのグループのすぐ傍に席を取った。
 明らかに場が緊張するが、ファウストは気にした様子もなく朝食を食べ始める。ランバートも対面に座り、同じように食事を始めた。
 が、当然こんな状況に慣れていないメンバーは、どうしていいか困惑を通り越して石化状態だ。

「食わないともたないぞ」
「当然のように食堂で、しかも一般隊員に混ざって食事をなさるからです。全員緊張で動けないんですよ。王都とは違う事を理解してください」
「執務室で食べる食事は不味い」
「それも理解できますが」

 キッパリと言い切るファウストに溜息をつき、ランバートは他のメンバーに困った顔で笑いかける。

「まぁ、あまり気にするなよ。空気のようなものだと思って」
「いや、無理だろ……」
「ってか、ランバートって、本当にあの?」

 戸惑った視線があちこちから集まる。これにはなんて言えばいいか分からない。こういう空気になるから、あえて名前だけを名乗ったのに。

「確かにそうだけど、俺は自由な末っ子だし、同期なのは本当。ついでに言うと、こういう気性も本物だよ。昨日の俺が素の俺なんだ。だから、今まで通りで頼むよ」

 そう言うと、他のメンバーが顔を見合わせ、次には笑った。そうしてようやく、食事が進むようになった。

「まったく、こんな人の多い場所でフルネーム呼ぶとか、どんな虐めかと思いました」

 どうにか進みだした時間に安堵しつつ、目の前のファウストを睨む。それに、ファウストは涼しい顔をしていた。

「しつこそうだったからな。余計な手間をかけるよりは、手が出せないように弱点を突くのが簡単だ」
「もう少し静かに牽制したかったんですけれど」
「できたのか? 俺には、使える札を使わずに奴らの嫌がらせに真正面から抵抗しようとしているようにしか見えなかったが」

 向けられた視線は、少し責めているような気がした。そしてすっかりバレている事に、ランバートは困った顔をしてしまった。

「お前は家の事を出すのを嫌う。そうするよりは、多少の煩わしさを我慢するほうがいいと思っているだろ。だから手伝ったんだ」
「お気遣い、痛み入ります」

 ランバートがファウストの弱さや長所を理解しているのと同じように、ファウストはランバートの事を理解しているのだろう。それを感じて、ランバートはこれ以上言葉がでなかった。


 その日の訓練は、まさに地獄絵図だった。王都の隊員も混ざって、一年目と二年目を対象とした訓練は午前中みっちりと基礎体力訓練だった。
 個人の基礎能力を測定しなおし、走り込みを中心とした体力づくりがメインだったが、これに慣れていないロッカーナの隊員はほぼ全員が青い顔をして訓練を終えた。

「……大丈夫か?」

 昼食の時間になって食堂に移動したピアースたちは、座った途端に動けなくなった。周囲を見ても同じような状況で、訓練を受けていない三年目以降の隊員はどうした事かと驚いている。

「死ぬ……」
「まぁ、無理のない程度にやらないとな」
「どうしてランバートは平気なのぉ」

 泣きそうな声で訴えるクリフに水を差し出しながら、ランバートは苦笑した。

「まぁ、慣れかな」
「慣れ!」
「王都では週に一度くらい、ファウスト様の訓練があるし。普段もけっこう基礎体力訓練はあるからな。多分、午後もけっこう扱かれるぞ。二人は今日、夜勤じゃないだろ?」
「違います……」
「じゃあ、午後も訓練だ。食べないともたないぞ。食べ過ぎても地獄だけれど。適当に持ってくるから、食べられそうなものだけ食べとけよ」

 そう言って席を立って、適当に食事をトレーに乗せて戻る。それらに手を伸ばして静かな昼食を終えると、夜勤の隊員以外はまた、地獄の訓練が始まるのだった。
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