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2章:ロッカーナ演習事件
9話:五人目のターゲット
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悲鳴を耳にしたランバートとファウストが真っ先に走り出す。とても正確に砦の中を走り抜けているうちに、鼻先に微かに感じる臭いがあった。
おそらく知っている者でなければ気づかない程度の臭いは、被害者の場所を知るには十分に役立つ。
二人は暗い砦の中を走り抜け、裏手に出た。そしてそこに倒れている人物を見つけた。
「大丈夫か!」
ランバートが駆け寄って倒れている人物を確認すると、それは今朝ランバートに一番につっかかってきた奴だった。
「ファウスト様」
「……逃げられた後だ。痕跡も見えない」
夜目の利くファウストでさえ、暗い砦の裏手では犯人を捜すことが困難そうだった。
そもそも駆けつけた時には逃げる犯人の足音もしなかった。既に逃げられた後だったのだろう。
「ファウスト様、先程の声は!」
声を聞いて駆けつけたのだろうオーソンが、倒れている隊員を見て顔色を失くす。だがすぐに、同じように集まってきた隊員を近づけないように動き始めた。
「ファウスト様」
「ウェイン、周囲にはもういない。すまないが、町に行って医者を呼んできてくれ。ここには侍医はいないはずだ」
「すぐに」
踵を返したウェインと入れ違うようにクリフが走り込んでくる。その手には綺麗な布があった。
「クリフ!」
「綺麗な布、持ってきたよ。ピアースには台所に行ってもらって、お湯を沸かしてもらってる。あとこれ、医務室の鍵」
息を切らしてそう言ったクリフの手際の良さに驚きつつも、ランバートはすぐに倒れている男の傷を布で止血し始めた。
傷は背中。右肩から斜めに斬られている。背後から襲われたのは明白だが、問題は深さだ。明らかに深い。それを証拠に、当てた布がみるみる赤く染まっていく。
「処置できるか?」
「俺は研究と臨床はしましたが、生身は知識だけです。応急処置はできますが、それ以上は自信がありません。まずは、明るい場所に運ばないと」
「分かった」と言うや早く、ファウストが被害者を抱き上げてそのまま走り出す。その後にランバートも続いた。砦の中を更に走ると、ほどなく医務室に辿り着く。借りた鍵で開けてすぐ、ファウストは被害者をベッドに横たえてランプに明かりを灯した。
「どうだ?」
「深いですが、命に関わるような傷ではありません。とにかく止血します。服も脱がせないと」
手早く処置をするランバートの後ろから、ようやく追いついたクリフが息を切らしながらも薬品棚を漁る。そして、いくつかの薬をランバートの傍に置いた。
「すぐにお医者様が来ると思うけれど。これ、麻酔と軟膏。あと、血液型のリストが……」
「ありがとう。俺ではそこまでの処置はできないから、用意だけお願いできるか?」
「輸血とか、必要になりそう?」
心配そうな顔をするクリフに笑いかけ、ランバートは首を横に振る。襲われたショックで意識はないが、そこまでの深手ではない。
「手馴れてるな、クリフ」
ランプを持ったままランバートの手元を照らしているファウストが、感心したように言う。それにクリフは照れたように赤くなった。
「衛生兵になったら活躍しそうだ。考えてみないか?」
「衛生兵?」
「後方支援部隊があるんだよ。後方の安全確保、野営地の確保、傷ついた隊員の処置、補給路や兵糧の確保がメインなんだ。かなり専門性が高いから、騎兵府の中でも特殊部隊。戦場にあって、兵を救う役割を持っている」
ランバートの説明に、クリフの瞳が僅かながら輝くのが分かった。それは、何か求めるものを見つけたような、希望の見える表情だった。
程なくピアースがぬるま湯を持って医務室に入り、続いてウェインに連れられた医者がきて、治療が始まった。幸い数針縫う事にはなったが、大事には至らず医者は帰っていった。
そして、オーソンを加えたメンバーが医務室のソファーに腰を下ろす。すっかり巻き込まれたピアースは、ただただ恐縮しているようだった。
「襲われたのはジェームズです。一年目で、例のリストにも名前のある隊員です」
オーソンが疲れたように口にする。その前に紅茶のカップを置いた。ランバートは他の人達にも紅茶のカップを配っていく。それを一口飲んで、全員が重く息をついた。
「何故、あんな場所にいたんだ」
「それは分かりません。裏手にはこれといった物はありませんし、夜に用事などないはずですが」
困惑した様子で言うオーソンに、ピアースも頷く。だがクリフだけは、辛そうに俯いた。
「どうした、クリフ?」
「あの場所、あいつらが僕を虐める時に好んでいた場所です。その……暴力を」
小さな体が僅かに震えている。その手を、隣に座っていたピアースが握った。驚いて顔を上げたクリフに、ピアースが一つ確かに頷く。それに勇気を貰ったように、クリフも真っ直ぐに頷いた。
「あの場所は声が届きづらいし、人気もありません。奴らはよくあそこに僕を呼び出して、乱暴しました。それに、もし人が来ても隠れやすいんです。裏手は訓練用の森ですから」
「けれど、クリフは俺たちの傍にいる。今朝のやり取りで、あいつらも分かっていたはずだ。何故このタイミングで、こいつはそこに行ったんだ?」
「これまでとは手口が少し違うよね。犯行の間隔も短くない? 報告書を見た感じだと、もう少し開くと思ったんだけど」
考え込むウェインが言うのに、全員が頷いた。
これまでの犯人は、ターゲットが一人になるタイミングを見計らって犯行を行っていた。そうなると、ジェームズはこんな夜更けに人気のない砦の裏手をたまたま歩いていた事になる。
何の用事があって?
腑に落ちない顔で、ウェインがジェームズの衣類を探る。すると脱がせた上着の内ポケットから、小さく折りたたんだ紙が一つ転がり出た。
『ジェームズさん
今朝はすみませんでした。僕は本当は、ジェームズさん達の仲間に戻りたいです。けれど、ランバート達に監視されていて、あのような態度を取ってしまいました。
どうか、ジェームズさんの力で僕をダレル先輩の下僕に戻してください。
つきましては、いつもの場所でお話したいことがあります。いつもの時間に、待っています。
クリフ』
その手紙が読み上げられた途端、クリフは涙目になって首を横に振った。パニックになって今にも叫び出しそうなクリフを、ランバートの手が包む。そして、柔らかく頭を撫でた。
「クリフの書いた物ではありません。俺が証人です」
はっきりとした声で言ったランバートを、涙目のクリフが見上げる。そして逆隣りのピアースも、確かに強く頷いた。
「そこは疑っていない。第一、悲鳴が上がった時にお前たち三人は俺と一緒にいただろ。この中に犯人がいるとは思っていない。そう確信が持てなければ、この場に同席させていない」
静かなファウストの声に安堵して、クリフがへなへなと崩れる。そして、小さくしゃくりあげた。その肩に手を回して、ランバートとピアースが優しく励ましていた。
「呼び出したか。だが、ジェームズが他の仲間にこの手紙を見せたり、知らせたりしたら犯行は行えなかったはずだ。それとも、その場合は見送るつもりだったのか?」
「多分、こいつの性格なら一人で来るって確信があったんだと思います」
ピアースが口を挟むのに、ファウストの視線が止まる。僅かに身じろぎ緊張したピアースだったが、負けずに話を続けた。
「こいつ、けっこうストレス抱えてて。ダレル先輩に逆らえないから、他で発散するような事があったし。それに、弱い奴に横柄な態度取ったりも。何より、手柄を独り占めしたいタイプっていうか」
「自分よりも弱いクリフが縋れば、気を良くして一人でストレス発散に来る可能性が高いわけか」
ランバートの言葉に頷いたピアースが、酷く嫌な顔をする。自分で言いながら、気分が悪いのだろう。
「この手紙を書いた犯人は、恐ろしく冷静に他人を見ている。ターゲットの性格を知り、思う通りに動くよう言葉と姿勢を選んでいる。頭がよく冷静で、手際がいい。だが、この手の犯人は手口を変えるのを嫌がるはずだ。これまでのスタイルを変えてまで強行したのは、何故だ?」
送られてきた手紙を手にして呟くファウスト。それに応えたのは、意外な人物だった。
「もし僕が犯人で……」
そう切り出した人物に、全員の視線が集まる。居心地悪そうな顔で俯いたウェインは、だが口を閉ざす事はしなかった。
「僕が犯人だったとして、ロディの身に起こった真実を知ったらきっと、苦しんだ末に復讐を考えると思います」
「ウェイン」
「殺せなくても、復讐したい。怖い目に遭わせて、少しでもロディが味わった恐怖を奴らに分からせたい。あと少しで全員に復讐できる、なのに邪魔が入ったら……焦ります。なんとしても、復讐を終えたくて」
「邪魔?」
「俺たちが来たことに、犯人が焦っているのか」
ファウストの言葉に、ウェインが頷く。あくまで「僕なら」と付け加えて。
「頭がいい犯人なら、連続襲撃事件の最中にファウスト様が来たことで、調査だと気づくはず。そして、ターゲットを調べればおのずと三か月前の自殺の一件が浮上してくる。自殺と事件の因果関係が知れれば、関わったとされる者達が罪人として連行される可能性が出てきてしまう。そうなれば、自分の手で復讐する事ができなくなる」
「手を選ばず、多少の危険を冒しても上手く逃げられる場所を選び、必要以上に証拠も痕跡も残さず実行する。犯人は急いで復讐を終えようとしているのか」
「僕なら、そうする。あくまで参考までにね。なんかこの犯人の気持ち、分かる気がするんです。調べれば調べる程、苦しくなってくる。大事な人を奪われて、納得もできなくて、憎い相手の顔を毎日見て。そんなの、気が狂いそうだ」
ウェインは苦しそうな顔でそう言い、拳を握る。その姿はまるで、自身が犯人であり、たった今独白を終えたようにも見えた。
「必ず捕まえてください、ファウスト様。絶対に復讐を終えさせてはいけません。もしも復讐を終えてしまったら、この犯人には苦しみしか残らない。そんなものを抱えて生きていける人間なんて、そう多くはありません」
ウェインの言葉に、ファウストはしっかりと頷いた。
◆◇◆
ウェインとオーソンを残して部屋を出る事にしたファウストとランバートは、難しい顔をしていた。その後ろを、ピアースとクリフが続く。
「ウェインの予想が当たると、最悪だ」
重々しい声で言うファウストに、ランバートも頷く。
「行動に焦りが見られるのに、冷静。そして相手に負わせる傷はより深くなっている。これを、焦っての手違いととるか、残された相手の恐怖心を煽るためと見るかですね」
「おそらく後者だろう。手違いで深手を負わせたという感じじゃなかった。死なない程度で、かつ派手に見える傷だ」
ファウストの言葉に、ランバートも少し考えてから頷いた。
傷は肩から脇へと斜めに走っていたが、騎士生命に関わるようなものではなかった。ただ、見た者は恐怖するだろう。裂けた背中、流れる血、壮絶な悲鳴という演出は恐怖を煽る。
これを見たり聞いたりした仲間は、きっと眠れぬ夜を過ごすだろう。次は自分の番ではないだろうかと。
「クリフ、ジェームズは実行犯に近い奴だったのか?」
後ろを無言でついてくるクリフに聞くと、クリフはおずおずと頷く。
「ジェームズは小物だけど、使い勝手のいい奴だったんじゃないかな。家柄の序列がそのままなんだぜ、あいつら」
ピアースが辟易したように言う。ランバートは頷き、隣のファウストを見た。
「家の関係や、親の人間性を少し改めてみると、動きますかね」
「それはウェインがやっている。明日にはいい話が出来そうだと言っていた。明日、俺の部屋に集まってくれ。後ろの二人も」
「俺たちですか!」
ピアースが驚いたように素っ頓狂な声を上げる。「しっ」と窘めた後、ファウストは申し訳なさそうに笑った。
「巻き込むつもりじゃなかったんだがな。だが、ここまで話を知ったんだ、潔く巻き込まれてくれ。それに、隊員の関係性や人となりは、お前達の方が詳しいだろ」
「それは……そうかもしれないですけれど……」
歯切れの悪いピアースだったが、隣でクリフが苦笑するのを見て覚悟を決めたらしい。引き締まった顔で一礼をした。
おそらく知っている者でなければ気づかない程度の臭いは、被害者の場所を知るには十分に役立つ。
二人は暗い砦の中を走り抜け、裏手に出た。そしてそこに倒れている人物を見つけた。
「大丈夫か!」
ランバートが駆け寄って倒れている人物を確認すると、それは今朝ランバートに一番につっかかってきた奴だった。
「ファウスト様」
「……逃げられた後だ。痕跡も見えない」
夜目の利くファウストでさえ、暗い砦の裏手では犯人を捜すことが困難そうだった。
そもそも駆けつけた時には逃げる犯人の足音もしなかった。既に逃げられた後だったのだろう。
「ファウスト様、先程の声は!」
声を聞いて駆けつけたのだろうオーソンが、倒れている隊員を見て顔色を失くす。だがすぐに、同じように集まってきた隊員を近づけないように動き始めた。
「ファウスト様」
「ウェイン、周囲にはもういない。すまないが、町に行って医者を呼んできてくれ。ここには侍医はいないはずだ」
「すぐに」
踵を返したウェインと入れ違うようにクリフが走り込んでくる。その手には綺麗な布があった。
「クリフ!」
「綺麗な布、持ってきたよ。ピアースには台所に行ってもらって、お湯を沸かしてもらってる。あとこれ、医務室の鍵」
息を切らしてそう言ったクリフの手際の良さに驚きつつも、ランバートはすぐに倒れている男の傷を布で止血し始めた。
傷は背中。右肩から斜めに斬られている。背後から襲われたのは明白だが、問題は深さだ。明らかに深い。それを証拠に、当てた布がみるみる赤く染まっていく。
「処置できるか?」
「俺は研究と臨床はしましたが、生身は知識だけです。応急処置はできますが、それ以上は自信がありません。まずは、明るい場所に運ばないと」
「分かった」と言うや早く、ファウストが被害者を抱き上げてそのまま走り出す。その後にランバートも続いた。砦の中を更に走ると、ほどなく医務室に辿り着く。借りた鍵で開けてすぐ、ファウストは被害者をベッドに横たえてランプに明かりを灯した。
「どうだ?」
「深いですが、命に関わるような傷ではありません。とにかく止血します。服も脱がせないと」
手早く処置をするランバートの後ろから、ようやく追いついたクリフが息を切らしながらも薬品棚を漁る。そして、いくつかの薬をランバートの傍に置いた。
「すぐにお医者様が来ると思うけれど。これ、麻酔と軟膏。あと、血液型のリストが……」
「ありがとう。俺ではそこまでの処置はできないから、用意だけお願いできるか?」
「輸血とか、必要になりそう?」
心配そうな顔をするクリフに笑いかけ、ランバートは首を横に振る。襲われたショックで意識はないが、そこまでの深手ではない。
「手馴れてるな、クリフ」
ランプを持ったままランバートの手元を照らしているファウストが、感心したように言う。それにクリフは照れたように赤くなった。
「衛生兵になったら活躍しそうだ。考えてみないか?」
「衛生兵?」
「後方支援部隊があるんだよ。後方の安全確保、野営地の確保、傷ついた隊員の処置、補給路や兵糧の確保がメインなんだ。かなり専門性が高いから、騎兵府の中でも特殊部隊。戦場にあって、兵を救う役割を持っている」
ランバートの説明に、クリフの瞳が僅かながら輝くのが分かった。それは、何か求めるものを見つけたような、希望の見える表情だった。
程なくピアースがぬるま湯を持って医務室に入り、続いてウェインに連れられた医者がきて、治療が始まった。幸い数針縫う事にはなったが、大事には至らず医者は帰っていった。
そして、オーソンを加えたメンバーが医務室のソファーに腰を下ろす。すっかり巻き込まれたピアースは、ただただ恐縮しているようだった。
「襲われたのはジェームズです。一年目で、例のリストにも名前のある隊員です」
オーソンが疲れたように口にする。その前に紅茶のカップを置いた。ランバートは他の人達にも紅茶のカップを配っていく。それを一口飲んで、全員が重く息をついた。
「何故、あんな場所にいたんだ」
「それは分かりません。裏手にはこれといった物はありませんし、夜に用事などないはずですが」
困惑した様子で言うオーソンに、ピアースも頷く。だがクリフだけは、辛そうに俯いた。
「どうした、クリフ?」
「あの場所、あいつらが僕を虐める時に好んでいた場所です。その……暴力を」
小さな体が僅かに震えている。その手を、隣に座っていたピアースが握った。驚いて顔を上げたクリフに、ピアースが一つ確かに頷く。それに勇気を貰ったように、クリフも真っ直ぐに頷いた。
「あの場所は声が届きづらいし、人気もありません。奴らはよくあそこに僕を呼び出して、乱暴しました。それに、もし人が来ても隠れやすいんです。裏手は訓練用の森ですから」
「けれど、クリフは俺たちの傍にいる。今朝のやり取りで、あいつらも分かっていたはずだ。何故このタイミングで、こいつはそこに行ったんだ?」
「これまでとは手口が少し違うよね。犯行の間隔も短くない? 報告書を見た感じだと、もう少し開くと思ったんだけど」
考え込むウェインが言うのに、全員が頷いた。
これまでの犯人は、ターゲットが一人になるタイミングを見計らって犯行を行っていた。そうなると、ジェームズはこんな夜更けに人気のない砦の裏手をたまたま歩いていた事になる。
何の用事があって?
腑に落ちない顔で、ウェインがジェームズの衣類を探る。すると脱がせた上着の内ポケットから、小さく折りたたんだ紙が一つ転がり出た。
『ジェームズさん
今朝はすみませんでした。僕は本当は、ジェームズさん達の仲間に戻りたいです。けれど、ランバート達に監視されていて、あのような態度を取ってしまいました。
どうか、ジェームズさんの力で僕をダレル先輩の下僕に戻してください。
つきましては、いつもの場所でお話したいことがあります。いつもの時間に、待っています。
クリフ』
その手紙が読み上げられた途端、クリフは涙目になって首を横に振った。パニックになって今にも叫び出しそうなクリフを、ランバートの手が包む。そして、柔らかく頭を撫でた。
「クリフの書いた物ではありません。俺が証人です」
はっきりとした声で言ったランバートを、涙目のクリフが見上げる。そして逆隣りのピアースも、確かに強く頷いた。
「そこは疑っていない。第一、悲鳴が上がった時にお前たち三人は俺と一緒にいただろ。この中に犯人がいるとは思っていない。そう確信が持てなければ、この場に同席させていない」
静かなファウストの声に安堵して、クリフがへなへなと崩れる。そして、小さくしゃくりあげた。その肩に手を回して、ランバートとピアースが優しく励ましていた。
「呼び出したか。だが、ジェームズが他の仲間にこの手紙を見せたり、知らせたりしたら犯行は行えなかったはずだ。それとも、その場合は見送るつもりだったのか?」
「多分、こいつの性格なら一人で来るって確信があったんだと思います」
ピアースが口を挟むのに、ファウストの視線が止まる。僅かに身じろぎ緊張したピアースだったが、負けずに話を続けた。
「こいつ、けっこうストレス抱えてて。ダレル先輩に逆らえないから、他で発散するような事があったし。それに、弱い奴に横柄な態度取ったりも。何より、手柄を独り占めしたいタイプっていうか」
「自分よりも弱いクリフが縋れば、気を良くして一人でストレス発散に来る可能性が高いわけか」
ランバートの言葉に頷いたピアースが、酷く嫌な顔をする。自分で言いながら、気分が悪いのだろう。
「この手紙を書いた犯人は、恐ろしく冷静に他人を見ている。ターゲットの性格を知り、思う通りに動くよう言葉と姿勢を選んでいる。頭がよく冷静で、手際がいい。だが、この手の犯人は手口を変えるのを嫌がるはずだ。これまでのスタイルを変えてまで強行したのは、何故だ?」
送られてきた手紙を手にして呟くファウスト。それに応えたのは、意外な人物だった。
「もし僕が犯人で……」
そう切り出した人物に、全員の視線が集まる。居心地悪そうな顔で俯いたウェインは、だが口を閉ざす事はしなかった。
「僕が犯人だったとして、ロディの身に起こった真実を知ったらきっと、苦しんだ末に復讐を考えると思います」
「ウェイン」
「殺せなくても、復讐したい。怖い目に遭わせて、少しでもロディが味わった恐怖を奴らに分からせたい。あと少しで全員に復讐できる、なのに邪魔が入ったら……焦ります。なんとしても、復讐を終えたくて」
「邪魔?」
「俺たちが来たことに、犯人が焦っているのか」
ファウストの言葉に、ウェインが頷く。あくまで「僕なら」と付け加えて。
「頭がいい犯人なら、連続襲撃事件の最中にファウスト様が来たことで、調査だと気づくはず。そして、ターゲットを調べればおのずと三か月前の自殺の一件が浮上してくる。自殺と事件の因果関係が知れれば、関わったとされる者達が罪人として連行される可能性が出てきてしまう。そうなれば、自分の手で復讐する事ができなくなる」
「手を選ばず、多少の危険を冒しても上手く逃げられる場所を選び、必要以上に証拠も痕跡も残さず実行する。犯人は急いで復讐を終えようとしているのか」
「僕なら、そうする。あくまで参考までにね。なんかこの犯人の気持ち、分かる気がするんです。調べれば調べる程、苦しくなってくる。大事な人を奪われて、納得もできなくて、憎い相手の顔を毎日見て。そんなの、気が狂いそうだ」
ウェインは苦しそうな顔でそう言い、拳を握る。その姿はまるで、自身が犯人であり、たった今独白を終えたようにも見えた。
「必ず捕まえてください、ファウスト様。絶対に復讐を終えさせてはいけません。もしも復讐を終えてしまったら、この犯人には苦しみしか残らない。そんなものを抱えて生きていける人間なんて、そう多くはありません」
ウェインの言葉に、ファウストはしっかりと頷いた。
◆◇◆
ウェインとオーソンを残して部屋を出る事にしたファウストとランバートは、難しい顔をしていた。その後ろを、ピアースとクリフが続く。
「ウェインの予想が当たると、最悪だ」
重々しい声で言うファウストに、ランバートも頷く。
「行動に焦りが見られるのに、冷静。そして相手に負わせる傷はより深くなっている。これを、焦っての手違いととるか、残された相手の恐怖心を煽るためと見るかですね」
「おそらく後者だろう。手違いで深手を負わせたという感じじゃなかった。死なない程度で、かつ派手に見える傷だ」
ファウストの言葉に、ランバートも少し考えてから頷いた。
傷は肩から脇へと斜めに走っていたが、騎士生命に関わるようなものではなかった。ただ、見た者は恐怖するだろう。裂けた背中、流れる血、壮絶な悲鳴という演出は恐怖を煽る。
これを見たり聞いたりした仲間は、きっと眠れぬ夜を過ごすだろう。次は自分の番ではないだろうかと。
「クリフ、ジェームズは実行犯に近い奴だったのか?」
後ろを無言でついてくるクリフに聞くと、クリフはおずおずと頷く。
「ジェームズは小物だけど、使い勝手のいい奴だったんじゃないかな。家柄の序列がそのままなんだぜ、あいつら」
ピアースが辟易したように言う。ランバートは頷き、隣のファウストを見た。
「家の関係や、親の人間性を少し改めてみると、動きますかね」
「それはウェインがやっている。明日にはいい話が出来そうだと言っていた。明日、俺の部屋に集まってくれ。後ろの二人も」
「俺たちですか!」
ピアースが驚いたように素っ頓狂な声を上げる。「しっ」と窘めた後、ファウストは申し訳なさそうに笑った。
「巻き込むつもりじゃなかったんだがな。だが、ここまで話を知ったんだ、潔く巻き込まれてくれ。それに、隊員の関係性や人となりは、お前達の方が詳しいだろ」
「それは……そうかもしれないですけれど……」
歯切れの悪いピアースだったが、隣でクリフが苦笑するのを見て覚悟を決めたらしい。引き締まった顔で一礼をした。
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