恋愛騎士物語1~孤独な騎士の婚活日誌~

凪瀬夜霧

文字の大きさ
55 / 167
3章:How about tea?

3話:不安な夜

しおりを挟む
 その日の夜、エリオットは少し寝付けずにいた。今になって、色んな不安がこみ上げてきて眠りを妨げている。
 流行りだした風邪も、パーティーの事も。あまり変化に柔軟ではない思考だから、いざその場に立つまでは不安になってしまう。その場になると強いとは思うけれど。
 部屋の中で重く溜息をついていた、その時。ふと扉をノックする音がした。

「はい」

 声を掛けて近づき、開けてみる。けれどそこに人の姿はない。首を傾げていると、トントンと肩を叩かれた。

「!」
「コン」

 驚いて勢いよく振り向いた顔の前に、手で作った狐がちょんと向けられる。意表をつかれて目をぱちくりしていると、やった相手がにっこり笑った。

「驚いた?」
「オスカル」

 柔らかなクリーム色の髪がさらりと揺れて、楽しそうな顔がのぞき込む。脱力して名を呼ぶと、彼は小さく笑うのだ。

「どうしたのですか、こんな夜更けに」
「夜更けって、まだ九時を過ぎたくらいだよ?」

 時計に目をやって、自分でも驚いた。ずいぶん時間が過ぎたと思っていたけれど、そうでもなかったようだ。

「少し、お邪魔してもいい?」

 問われて、迷った。三階は各兵府の団長が暮らしている。エリオットもここに部屋がある。この部屋に人を招き入れた事はない。プライベートな場所だから、見られるのは少し恥ずかしかった。

「駄目?」

 コテンと首を倒して甘い顔。この人、こうすると要求が通ると思っているんだと思う。

「……どうぞ」

 根負け、と言うよりは許した。何より想い続けている人が相手だから、甘くなる。見られて困る物もないのだから、かまわなかった。

「綺麗にしてるんだね。でも、仕事場よりはアットホーム」

 扉を閉めてお茶を出していると、そんな風に言われる。この部屋はくつろげる場所にしたくて、仕事の物は持ち込んでいない。色調も柔らかなベージュを基調に、観葉植物や柔らかい素材の物を使っている。
 ソファーセットのクッションを抱え込みながら、オスカルは「気持ちいい」とご満悦な様子だ。

「どうしたのですか、こんな時間に。何かありましたか?」

 彼の対面に座ったエリオットは、ハッと気づいて顔色を変えた。もしやまた患者が増えたんじゃ。そう思ったのだ。
 だが目の前のオスカルは苦笑して、首を横に振った。

「問題は起こってないよ、大丈夫。ほら、パーティーの医務室管理、お願いしちゃったでしょ? 不安そうにしてたから、ちょっとだけ」
「え? あぁ……」

 見透かされていた。それが恥ずかしくもあり、嬉しくもある。気に掛けてもらえるのは、ほんの少し嬉しかったりもした。

「大丈夫? 色んな事が重なって、大変だよね。ごめんね、面倒をかけて」
「いえ、それは平気です」
「嘘。不安そうな顔してるよ」

 覗き込むようにスッと近づいた顔がとても近い。ドキッとして、そこから鼓動が早くなるのを止められない。悪戯っぽく、蠱惑的に。ちょんと鼻先に指が触れた。

「誤魔化さないの、エリオット。誰だって、経験の無いことは多少不安なんだから」

 そう言われると、ほんの少し気持ちが楽になるような気がした。

「それに、そんなに人は多くないし、大変な人が運ばれてくる事もないよ」
「そうなのですか? 主に、どのような人が」
「パーティーで一番多いのが、酩酊者」
「あぁ……」

 これにはなんて言っていいか。まぁ、予想通りなのだろうけれど。
 でも、なんだかそれも腑に落ちない。冷静に考えると、今回は陛下主催の年末パーティー。出席者は国の重役や貴族ばかりだ。それなりに年を召した人が多いだろうに、今更酩酊者なんて。
 けれど、そんなエリオットの疑問までお見通しなのか、オスカルが答えを投げ込んでくれた。

「陛下主催の年末パーティーだけは、家族の出席が可なんだよ。だから、陛下に面通しさせたい若者を連れてくるお歴々がわんさか。結果、場の雰囲気に飲まれて飲み過ぎる奴が多いんだよね」
「なるほど、そういうことでしたか」

 そうなると、あれこれ用意する物が変わってくる。主に水だったり、桶が活躍だろう。

「あっ、でも医務室には運ばないから安心してね」
「え?」
「そういう奴はこっちで見つけて会場から引っ張り出して、別室に案内するの。そこで水なり桶なり出して落ち着かせて、寝たらそのまま毛布掛けておしまい。意識あるなら従者にそれとなく伝えて帰ってもらうんだ。これは、近衛府の仕事」
「では、私の仕事は?」

 近衛府がそこまでしてくれるなら、医務室なんていらない。困った顔をしていると、オスカルは「うんうん」と頷いた。

「酩酊者でも、様子の違う重症の人とか。あと、多いのがご婦人かな。履き慣れない靴を履いて足を痛める人とかもいるし。急患って感じは今までないから、安心して」

 それを聞くと、少しだけ安心できた。ほっとして気が緩むと、オスカルがにっこりと微笑む。
 甘い笑み。近衛府の面々は彼のこの笑みを、悪魔の笑みと言う。向けられた人の心を一瞬でも掴んでしまう、そういう魔力があると。
 これには納得できる。実際、捕まっている人間がここに一人いるのだから。

「ねぇ、エリオット。近衛府に長くいるとね、得意技が二つ増えるんだよ。何だと思う?」
「え?」

 悪戯っぽい笑いと声が問いかけてくる。とても軽い会話の一つに、気持ちがざわつく。嬉しくて、恥ずかしくて、もどかしくて。

「話術……ですか?」
「そんなの、最初からできてもらわないと仕事にならないよ。言葉を間違うと貴族ってのは面倒なんだから、察して的確に誘導できないと」

 誘導、してるんだ。

 クッションを抱えたまま、オスカルは楽しそうにしている。その前で悩んでいると、ちょんっと指が鼻先に触れた。

「時間切れ」
「時間制限なんてあったんですか」
「あったの。正解はね、シミ抜きと裁縫」
「シミ抜きと、裁縫?」

 確かにどんな貴族でもあまり縁の無いジャンルだ。一部の人間を除いて。
 オスカルは得意そうな顔で、まるで自慢するように鼻を鳴らす。子供っぽい表情は実年齢よりずっと幼い。

「パーティーではね、よく物をこぼす人がいるんだ。飲み物が多いかな。で、綺麗なドレスにシミを! って、騒ぐ人が多いの。そういう人は別室に連れて行って、代わりの服を用意して着替えてもらってさ、その間に僕たちでシミを抜く。んで、それとなく汚れた服は従者の人に渡して、貸した服は後日返してもらうようにするんだ」
「裁縫も?」
「見栄を張ってサイズの合わない服を着て、食べ過ぎてボタンがパァーン!」
「ふふっ」

 大げさな身振り手振りでソファーの背もたれに倒れ込むオスカルに笑う。想像すると、失礼だけれど滑稽で笑えた。

「他にも、しゃがんだ途端にお尻がビリッ! とかね。ね? 裁縫も必要になるでしょ?」
「確かに」
「器用者が重宝するんだよ、近衛府は」

 笑って、頷いて、そうしたら軽くなって。エリオットはいつの間にか、不安が消えていた。

「さて、そろそろ寝ようかな」

 大きく伸びをしたオスカルが立ち上がる。時計を見れば、もう一時間も経っていた。そんなに長くは感じなかったのに。

「おやすみ、エリオット」
「はい。おやすみ、オスカル」

 閉じた扉が、やっぱり少し寂しい。もう少し彼の側にいたかった。そんな思いがこみ上げる。
 様子を見に来て、元気がないから明るくして、笑えるようになったから帰って行った。多分、そんなところ。

「……好きですって言えたら、何かが変わるのでしょうかね」

 呟いて、でもそんな勇気は無いと自分に言って、エリオットは布団に潜り込む。失う事が怖くて言えず、言っても想いが通じるなんてことはない。彼が優しいのは皆にであって、自分が特別ではないのだから。
 自分の殻を破れない。そんな自分に最近一番辟易しているような気が、エリオットはしていた。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

売れ残りオメガの従僕なる日々

灰鷹
BL
王弟騎士α(23才)× 地方貴族庶子Ω(18才) ※ 第12回BL大賞では、たくさんの応援をありがとうございました!  ユリウスが暮らすシャマラーン帝国では、平民のオメガは18才になると、宮廷で開かれる選定の儀に参加することが義務付けられている。王族の妾となるオメガを選ぶためのその儀式に参加し、誰にも選ばれずに売れ残ったユリウスは、国王陛下から「第3王弟に謀反の疑いがあるため、身辺を探るように」という密命を受け、オメガ嫌いと噂される第3王弟ラインハルトの従僕になった。  無口で無愛想な彼の優しい一面を知り、任務とは裏腹にラインハルトに惹かれていくユリウスであったが、働き始めて3カ月が過ぎたところで第3王弟殿下が辺境伯令嬢の婿養子になるという噂を聞き、従僕も解雇される。

【完結】悪役令息の伴侶(予定)に転生しました

  *  ゆるゆ
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、反省しました。 BLゲームの世界で、推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑) 本編完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 きーちゃんと皆の動画をつくりました! もしよかったら、お話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。 インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 プロフのwebサイトから両方に飛べるので、もしよかったら! 本編以降のお話、恋愛ルートも、おまけのお話の更新も、アルファポリスさまだけですー! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ユィリと皆の動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新! Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新! プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー! ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!

新年に余り物でおせちを作ったら、冷酷と噂の騎士団長様に「運命の番」だと求婚されました

水凪しおん
BL
料理人だった俺が転生したのは、男性オメガというだけで家族に虐げられる不遇の青年カイ。 新年くらいはと前世の記憶を頼りに作ったのは、この世界にはない『おせち料理』だった。 それを偶然口にしたのは、氷のように冷酷と噂される最強の騎士団長リアム。 「お前は俺の運命の番だ」 彼の屋敷に保護され、俺の作る料理が彼の心を溶かしていく。 不器用で、だけどまっすぐな愛情を注いでくれる彼と、美味しい料理で紡ぐ、甘くて温かい異世界スローライフ。

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

もう殺されるのはゴメンなので婚約破棄します!

めがねあざらし
BL
婚約者に見向きもされないまま誘拐され、殺されたΩ・イライアス。 目覚めた彼は、侯爵家と婚約する“あの”直前に戻っていた。 二度と同じ運命はたどりたくない。 家族のために婚約は受け入れるが、なんとか相手に嫌われて破談を狙うことに決める。 だが目の前に現れた侯爵・アルバートは、前世とはまるで別人のように優しく、異様に距離が近くて――。

処理中です...