恋愛騎士物語1~孤独な騎士の婚活日誌~

凪瀬夜霧

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6章:朋友

1話:昇級試験

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 頃は三月の始まり。雪は姿を消して春の日差しも日によっては注ぐようになった。
 ファウストは一人執務室で唸っていた。その前には一年目の評価書が散らばっている。上官である師団長から、一年を通しての長所や短所が書き込まれたものだ。
 これを見ると、概ね今の一年目はできがいい。中には問題のある者もいるが、志には問題がない。少し威勢が良すぎるのだろう。
 なぜこんな物を見て溜息をついているかと言うと、これらを元に昇級試験を行う事になっているからだった。

 昇級試験は一年目を対象として行われる。
 一年目はまだ能力にばらつきがあり、普段の勤務態度などでは判断が難しい。それに、最初の所属が日を経た事で合わなくなってきている可能性もある。それらを見て、正しい階級をつけてやるのが昇級試験だ。

 例年であれば武を競わせている。剣や槍、弓、体術などだ。だが、今年はそれが少し難しい。それがファウストを悩ませている。
 ファウストの手にはとある一人の評価書がある。それを見ると溜息と共に、自身への反省が募った。

「なんじゃ、まだ悩んでおったのか」
「おわぁ!」

 突然声がして驚いて変な声が出た。心臓がおかしな速度で鳴っている。前方を睨むと、実に楽しそうなシウスがいた。

「ノックしろ!」
「したが反応がなかったのでな。悩むと視野が狭くなる癖、そろそろ直さねばならぬぞ」

 呆れたように溜息をついたシウスが近づいて、手に持っていた書類を側に置く。そしてついでのようにファウストの手元を見た。

「やはり今年は難しいかえ?」

 手にした評価書を苦笑して見たシウスが、ファウストの顔を覗き込む。それに、ファウストは素直に頷いた。

 ファウストが持っているのはランバートの評価書だった。成績で言えば最高位のAがつく。素行も良く、隊での信頼もある。加えてこいつは剣の腕は師団長レベルでもおかしくなく、槍や弓も強い。馬術などファウストと並べたって遜色ない。
 更に先に起こった事件の解決に、ランバートは深く関わっている。ファウストは特に個人的にも世話になった。
 こうなると困った。あまりに他の一年目との差がある。武で競わせてもこいつが一番になる可能性が大だ。
 勿論ランバートには問題も多い。軽微な規則違反で怒られる事が多く、これは明らかなマイナスだ。おそらくこんなに反省文を書く隊員もそうはいないだろう。
 だがそれを引いても、プラス面が飛び抜けていた。

「ランバートの評価を例年通りにし、尚且つ昇級試験の結果を加味していくと、軽く青線を飛び越える。経験のない者がいきなり十人単位の部隊の指揮ができるレベルに落ち着くのは、他の隊員との関係を考えても良いとは思えなくてな」
「まぁ、それでなくとも我らとの関係が深い事で、奴は同期との関係が希薄じゃ。嫉妬がないわけでは無かろうな」

 シウスも気遣わしい顔をして言った。
 ランバートは隊での時間を除くと、自室で過ごすかファウスト達と過ごす事が多い。多くの一般隊員がラウンジなどにいる時間を、ファウスト達と過ごしている。その為、他の隊員からは優遇されているように見えている。
 実際はそうではなく、むしろ甘い評価など誰もしていないのだが。

「気苦労が多いの。武ではほぼ誰も、奴の上は行けぬか?」
「剣は無理だな。あいつが本気でやれば師団長レベルで通用する。他の項目でも、数人可能性があるがそれでも上位だ。馬術なら、フリムに難なくついて行けた」
「それはそれは。そうなると、ますます差が出よう」

 シウスも同じように悩んでくれる。そして、とある項目を指さした。

「奴には酷かもしれぬが、弱点を突くのが上策。こうなったは我らの責任でもあるからの。少し厳しく鞭を入れようぞ」

 シウスが差した項目はランバートの評価で唯一評価の低い場所だった。

◆◇◆

 寒さも和らぐ季節。ランバートは日常と変わらぬ生活を送っている。
 だが先輩達の様子は少し違い、ソワソワとしていた。

「先輩達は、何か気になる事があるのでしょうか?」

 隣にいる三年目の先輩に声をかけると、彼もまた落ち着かない様子でにんまりと笑った。

「もうすぐ一年目の昇級試験があるんだ。毎年この時期はお祭り騒ぎなんだ」
「昇級試験?」

 先輩の楽しそうな話に、ランバートは訝しい顔をする。心境的にはあまり興味はなかった。

「一年目は活躍の場も少ないからあるんだ。お前の腕章、今はラインが白いだろ?」

 左腕につけられた腕章に入っているラインは、確かに白く一本だ。だが先輩達はそれぞれ色がつき、ラインの本数も人それぞれだ。

「一年目は白。そこからは階級によって青、赤、黄、紫、銀、金になるんだ。師団長は金、銀は副官な。それぞれの色は一から十に分けられる。青のライン十本から上がると、赤のライン一本になる。これによって、任される仕事や率いる隊の人数が変わるんだよ」

 「ちなみに、給料面では少しずつ上がる」と鼻息荒く先輩は言った。

「第二部隊は隊を率いるって感じがあんまり無い少数行動だけどな。第一師団での階級はもろに仕事に響く。級が上がらないと部隊を指揮できないからな。それに、仕事ができないって評価が付くのもいい気がしないだろ?」
「俺はあまり気にしませんけれどね。むしろ、下でのんびりやりたいです」
「お前、相変わらず欲がないのな」

 呆れた物言いの先輩が溜息をつく。けれど、ランバートの素直な意見はこれだった。

 その日の夕食時、いつもの通り席についたランバートは隣のファウストに視線を向けた。

「ファウスト様、昇級試験があるというのは本当ですか?」

 率直に問いかけたランバートに、ファウストは静かに頷いた。

「俺の評価、下げてもらえませんか」
「下げる? なぜ、そうなる」

 予想外だったのだろう。驚いて目を丸くした人が問いかける。これに、シウスやオスカルまでもが興味津々だった。

「俺、あまり上に行きたいと思わないので。最低ラインがむしろ理想です」
「逆を頼む者はいても、下げろと言う奴はおらなんだな。お前は昇格に興味が無いのかえ?」
「ありません。むしろそういうのは面倒が多いですから」

 そう言って、ランバートは俯いた。
 過去にも仕事をしていたが、昇格というのは面倒だった。大抵、仕事ができる人間を上の者は引き上げようとする。だがそれは同期からの嫉妬をかう。そこから陰口などが始まり、周囲とギクシャクし始める。それが嫌で、これまでにも仕事を辞めてきた。

「その言いようだと、過去にも嫌な事があったみたいだね」
「仕事を辞めるくらいには」
「相当だね。やっぱり君は上司から可愛がられるんだ」

 オスカルの楽しそうな声が少しイライラするくらい、この問題にはナーバスだ。

「お前の評価を意図的に下げるつもりはない。そんな事をすれば、他の評価も下げざるを得ない。だが、昇級試験はお前にとって厳しいものになるだろう。それに、悪い事はない。難しく考えずに、大いに楽しめ」

 それだけを言ってファウストは立ち上がり、席を離れてしまう。ランバートだけはどこかネガティブな気分のままだった。
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