恋愛騎士物語1~孤独な騎士の婚活日誌~

凪瀬夜霧

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6章:朋友

5話:楽しいおにごっこ

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 安息日翌日、街警の仕事は午前で終わり。レイバンは足取りも軽く宿舎へと戻ってきた。正確には、宿舎裏の訓練用の森だ。
 昇級試験は週末に二日間の予定で行われる。そしてそれまでの時間、午後から一年目は仕事免除で練習期間に入った。そして実際の会場になる訓練用の森は既に実践通りに区切られ、希望する者に貸し出されている。
 今日のこの日は朝から楽しみで、正直仕事が手につかなかった。だって、当然だろ? あのメンツで訓練なんて、こんなに刺激的で楽しいゲームはない。
 正直少し迷ってもいた。あのメンバーを見つけた時、味方になるか敵になるかを迷っていた。あいつらと試合をするのを考えると、こんなにゾクゾクする事もない。だから最初は敵になろうと考えた。
 けれど、冷静になって自分の入るチームがあいつらに当たる前に負けたんじゃ試合すらできないと考えたら、断然仲間になるほうが得に思えてそうした。

「やっときたか」

 ゼロスがこっちを見て苦笑する。こいつは多分今の一年目の中では十本の指に入るほど強い。入団試験で組んだときにそれは確信できた。ちょっと硬いけれど、付き合いが悪いわけじゃない。なんだかんだと楽しい事ができる。

「遅いぞ!」

 トレヴァーがでかい声でそんな事を言うのに、レイバンは口の端を上げた。これだけでビビるんだから可愛いもんだ。単純馬鹿で扱いやすいトレヴァーをからかうのは楽しい。叩けば鳴くんだから、からかいがいもあるってもんだ。

「おはようございます」
「あぁ、おはよう」

 ペコッと頭を下げたコナンは、明らかに小動物だ。流石にこんなのをからかったりはしない。どこか庇護欲を駆り立てる相手だ。もしくは母性本能? 男だけど。

「第五師団は街警当番だったか」
「そっ。報告書書いたり引き継ぎしたりで少し遅くなったんだ」

 そして今一番興味のある奴、ランバート。飲んでみて意外と話しやすいのは分かった。そして、間違い無く今の一年目で一番剣が強い。それは昨日で確信できた。こいつとは本当にサシでやりたい。全力で遊べる相手は本当に選ばないと。
 このメンツでやれる。訓練とはいえ、遊べるんだ。本番よりもずっと楽しいかもしれない。

「さて、今日やることは昨日話した通りだと思うけれど、改めて確認しとく」

 全員が集まったところでゼロスが仕切る。こいつがいると物事が順序よく進んでいく。特に第一師団に入ってからは磨きがかかったように思う。

「今日は実践を意識して、誰がどのくらい動けるかを確認する。ルールは本番とほぼ同じ。鬼は審判席で五分経過するのを待つ。逃げる側はその間に逃げる。五分経って動き出す前に、声をかける。鬼に腕章を触られたらアウト、審判席に戻る。ゲーム時間も本番通り」
「了解」

 昨日確かめた通りの内容だ、間違い無い。
 あの鬼のような訓練の後、全員が集まって今後の予定を話し合った。そしてまずは、誰がどのくらい動けるか。特性も含めて確認する事が必要だとなった。
 それを今日、これから確かめようってわけだ。

「さて、最初の鬼は誰が……」

 ゼロスが言うのに、レイバンは黙って手を上げた。全員の視線が集まる。ゼロスはまぁ、分かっていたんだろう。困った顔で笑っている。

「最初から激戦になるな」
「楽しい鬼ごっこしましょ」

 ニッと笑って言うと、全員が苦笑して頷いた。
 審判用の席にはまだ何もない。そこに棒で円を描く。捕まったらここに入るわけだ。レイバンはそこに『Prison』と書いて嫌な顔をされた。

「さぁ、ゲーム開始」

 手を叩いてゲームスタートを告げると、一斉に散っていく。レイバンはそれを見送って、口元を緩めた。早く五分が経たないか、待ち遠しくてたまらない。時計を見て指折り数えて、軽く体を解していく。そして、五分経過でニンマリと笑った。

「いっくよー」

 声をかけて、レイバンは耳の後ろに手を当てて目を閉じる。耳に集中すると、聞こえてくる音がある。葉を揺らし、草を踏むでかい音。こんなガサゴソやかましく音を立てる奴なんて一人しかいない。

「さーて、楽しいなぁ」

 足首を回し、アキレス腱を伸ばしてから軽く跳躍。そしてレイバンは実に軽く森の中へと走り出していった。

 音が近い。まだ相手の姿は見えていないけれど、確実に近い。草を分けて睨むと、五十メートルくらい先に目標の人物を見つけた。

「トレヴァー、みーつけた」
「レイバン!!」

 悲鳴に近い声を上げて本気で走るトレヴァーが、面白いくらい青い顔で逃げていく。これだからこいつは楽しい。予想以上の反応をしてくれる。
 けれどちょっと厄介なのが、こいつの足の速さとスタミナだ。とにかく足も速いし疲れない。だがそれも整備された道での事。ここは足場の悪い森の中だ。
 レイバンは獣のように俊敏に走る。全身をバネにして走ると、距離は徐々に縮まる。足場が悪いからだろう。そのうち、木の根に生えた苔に足を取られてトレヴァーがバランスを崩した。

「わっ!」
「おっと!」

 ずっこける前にどうにか片腕を掴んで引っ張れた。ギリギリセーフ、怪我もない。そしてそのまま、レイバンはトレヴァーの腕章に触った。

「はい、一人目」
「なんでだよぉ」
「お前の音はでかいんだよ」

 種明かしをすると、トレヴァーは理解できない顔をした。

「俺は耳と鼻がとってもいいんだよ。お前は体でかいのに無遠慮に草かき分けて踏みつけて走るだろ。もの凄くわかりやすい」
「どんな耳してんだよ」

 がっくり肩を落とすトレヴァーに、レイバンは笑った。
 昔から耳は良かった。動物の足音も感じられるくらいだった。そのうち、歩き方の癖や体重で誰の足音か個人を特定できるようになった。実に面白い特技で、気に入っている。

「さーて、次は……」

 耳をそばだてると、とても小さな音がする。カサカサッと草に隠れるような音、軽い足音。

「コナン、みっけ」

 ニヤリと笑ったレイバンは森の中へと再び踏み出したのだった。

 程なく草むらに隠れていたコナンを見つけた。熊のようにバーッと出て行ったら、泡でも吹きそうなくらい驚いて泣かれた。ちょっと悪かったと思う。

「ごめん、ちょっとふざけすぎた」
「死ぬかと思いました!」
「ごめんね」

 落ち着くまでしばらく側にいてから、コナンを送り出す。そこから耳を澄ませても、やっぱり音はしない。残るはゼロスとランバート。この二人はとにかく見つけづらい。

「やっぱあの二人に音は無理か」

 特にランバートなんて、普段歩いてる音すら小さすぎて注意しないと分からないんだから。
 それでも手がないわけじゃない。かすかに香る臭いは確かに風上からしている。

「ゼロス、みっけ」

 音を立てないように気をつけて進んでいく。草を無理に分けるんじゃなく、回り込むように距離を取って行くと徐々に見えてきた。
 ゼロスは見通しのきく開けた場所で黙って待っていた。一戦交える事は当然だと考えたんだろう。相変わらずよく分かっている。
 レイバンは慎重に隙を伺った。ゼロスとは身長的にはそれほどの差はないけれど、体格的にはゼロスが上だ。しかも体術は得意だから、長くかかればこちらが疲弊する。
 背後は警戒しているし、正面なんてもってのほか。利き手側は反応が早い。狙うなら、左側斜め後方!
 周囲を気にしてレイバンの隠れる茂みにほんの少しゼロスが背を向ける。その瞬間、レイバンは走り寄った。音に気づいたゼロスが構えるギリギリで、レイバンは高い回し蹴りを見舞う。だがそれはゼロスに受け止められて逆に足を取られた。
 だがそれで諦めたりはしない。捕まれた足を軸にもう片方の足を蹴り上げゼロスの首に足を引っかける。そして腹筋を使って上体を持ち上げると、そのままゼロスの頭を掴んだ。

「離せ馬鹿!」
「やーだね」

 ジタジタと暴れるゼロスの腕章をタッチして、レイバンはニヤニヤと笑った。不意打ちが成功して満足だ。

「降りろ」

 溜息をついて観念したゼロスの肩から降りたレイバンは、ニヤリと笑う。それを見るゼロスの悔しそうな顔といったら、たまらなかった。

「お前はサルか」
「もう少しかっこいいのがいいなー」
「ったく、どんな野生動物だ」

 頭をガシガシとかいて悔しげにしているゼロスを見るのは実にいい。こいつに一泡吹かせてやるのは、なかなかの優越感だ。

「後何人だ?」
「ランバートだけ」
「早いな」
「みんな見つけやすいからさ」

 頭の後ろに手をやって言うと、ゼロスは不思議そうに首を傾げた。

「お前、コーヒーの臭いするよ」
「コーヒー?」
「そっ。昼食の後、必ずコーヒー飲むだろ。その臭い」
「そんなの嗅ぎ分けるのか!」
「俺、スパイスとかハーブの臭いに敏感なんだ。コーヒーなんてわかりやすい」

 これも得意。料理だって臭いを嗅いでどんなスパイスが使われてるか分かるくらいだ。ちなみに、好きなんだ。

「でも、最後が問題。ランバートを見つけられるかも分からないんだ」
「そんなにか?」
「普通の道でもあいつ足音がほぼしない。味の濃い物を好まないのか、スパイスや飲み物の臭いもしない。ついでに言うと、もの凄く気配消してる」

 そう、さっきからまったく気配が分からない。ただ、遠くない場所にはいる。時々、気のせいかと思える程度の視線を感じる。けれど、姿は捉えられない。

「後十五分かな。頑張る」
「あぁ、頑張れ」

 肩を軽く叩いてゼロスは行ってしまう。そうして開けた場所でしばらく黙って座っていると、かすかな音がした。それは、上の方。

「木の上か!」

 近くの木に足をかけて腕を伸ばして枝を掴み、鉄棒の要領で枝の上に立った。その目の端に、金色の光が地面に降りたのを見た。

「見つけた!」

 でも、かなり早い。下に降りてとにかく追ったけれど、半信半疑だ。間違いないとは思うけれど、確信が持てるほどの気配がない。
 それでも耳を澄まし、感覚を研ぎ澄ませば動いているのが分かる。
 やがて、少し開けた動きやすい場所に出た。ランバートはそこに立っていて、苦笑していた。

「見つかったんじゃ、仕方ないな」
「観念する?」
「それでもいいけど、一戦したいって目をしてる」
「当たり」

 ニッと笑って、レイバンは素早く走り寄った。身を低くして獣が走るように近づいていくけれど、ランバートはそれを見切って後方に飛ぶ。それも予想して、更に手で地を蹴って前へ。ランバートはその直線上から流れるように脇をすり抜けた。

「すっげぇ」

 楽しい!

 ゾクゾクしてくる。そして、楽しくてたまらない。背筋が震えそうだ。笑いが止まらない。

「やっぱランバートとは味方じゃなくて敵になりたかった。凄い楽しい!」
「お前、やっぱりちょっと性格狂ってるな」
「戦闘狂なんてのは、よく言われる」

 だって、楽しいんだ。強い奴と戦ってみるのはとても楽しい。ファウストくらいレベルが違うとちょっと身の程を知るけれど、ランバートとはそこまでじゃない。特に肉弾戦なら。
 足技を中心に身を軽くして迫ったレイバンを、ランバートは受け止めていく。身のこなしが独特だけれど、徐々に読めるようになった。基本、受けるよりも流すんだ。
 手を伸ばして踏み込んだレイバンを交わすようにまた脇をすり抜ける。その瞬間を狙って、レイバンは更に手を伸ばした。腕章に触れられないように身をかわしているけれど、距離が縮まる瞬間がある。その一瞬だけが隙になる。

「!」

 端の方を指にひっかけた。満足したし嬉しかったけれど、同時に無理な体勢で体が倒れる。前のめりに倒れそうになったレイバンの首の後ろを、ランバートが片手で引き上げてくれた。

「粘り勝ち」
「まったくだよ。疲れた」
「そんなこと言ってランバート、汗かいてないじゃんか」

 涼しい顔をしているランバートを睨んで言うと、笑われた。その時離れた所から声がした。

「あー、ギリギリだったな。時間過ぎた」
「耳がいいんだな、レイバン」
「鼻もいいよ」
「動物?」
「お前もかよ」

 軽く笑ったランバートと並んで審判席へと向かう道、レイバンは注意深くランバートの足音や気配を追った。けれどやっぱり、強く感じる事はなかった。


 全員が交代で一回ずつ鬼をやった。結局全員を捕まえられたのはレイバンを含め、ゼロスとランバートの三人だけだった。
 それでも意外な事が分かった。コナンが三人捕まえたのだ。トレヴァーはなんと一人だ。

「俺、ダメダメだ……」

 地面に手をついて落ち込むトレヴァーは、流石に可哀想に見えた。単純だから、落ち込む時も大げさで単純だ。

「お前は少し騒がしいんだ、トレヴァー」
「うぅ」
「まぁ、やかましいのは違う意味で役立つけどね」

 情けないくらい落ち込んでいるから、レイバンは助け船を出した。そう、こいつは使いようってのがある。確かな力もあるんだから。

「役立つ?」
「囮。お前うるさいし、足が速いから騒いだまま走ってくれれば囮になる」
「そんな事かよ!」
「いや、いい力じゃないのか?」

 ランバートは考え込みながらゼロスを見る。ゼロスも頷いて、全員を見回した。

「コナンはどうして、みんなを見つけられたんだ?」
「目がいいって、オリヴァー様に言われました。鷹の目を持っているって」
「鷹の目?」

 コナンはただ頷くけれど、楽しそうだ。小さくて頼りない彼が急に興味の対象になった。

「高い所から、標的を見つけられるってこと?」
「はい、そうです」
「使えるな」

 ゼロスが棒で地面に書き込む。前置きとして「基本の行動だが」と言って。

「前線、敵をひたすら狩るのはレイバンとランバート。二人は自分で判断できるし、なにより単体でも強い。自由に動いているほうが力が発揮できるだろう。俺はコナンと組んで指示を出せる。コナンの目があれば、前線のお前達に敵の位置や人数を教える事もできる」
「俺は?」
「トレヴァーは攪乱してもらう。俺やコナンの方へ向かってくる敵の前に出て、逃げてもらう。できればランバートやレイバンのいる方向へ」

 うん、やっぱりゼロスはこういうことが得意だし、味方の特性を見るのが得意だ。

「じゃ、その方向でやってみようか。後、コナンとトレヴァーは組み手練習しとけよ」
「えぇぇ!」

 不満そうな声がしたけれど、こいつら本当に組むと弱い。それはゼロスやランバートも感じていたらしく、深く頷いた。

「じゃ、明日からはそれの練習だな。乱取り」

 方針を決めたゼロスに、渋々「はーぃ」とトレヴァーとコナンが返事をして、それを見た奴が楽しそうに笑った。
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