恋愛騎士物語1~孤独な騎士の婚活日誌~

凪瀬夜霧

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7章:ネクロフィリアの葬送

5話:異臭事件

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 翌日は平穏に過ぎた。前夜の事件が嘘のような平和な空気に多少の戸惑いを感じている。ランバートは一人落ち着かない気持ちでいた。今もどこかで何かが起こっているのでは。そう思うと、たまらない気持ちだ。

「ランバート、落ち着きないね」

 ウェインが側で笑う。けれどこれも、違和感の一つだ。今日は妙にウェインが側にいる。だがその理由は分かる気がする。ファウストは本当に心配性だから。

「ウェイン様、俺を監視するように言われましたか?」
「あっ、ばれた?」

 悪びれもせずペロッと舌を出したウェインは、それでも明るい表情をしている。

「あんまり心配しすぎると疲れるよ。それに、君を出さないようにファウスト様から言われてるんだ。何が起こってもダメだよ」
「あの方も本当に心配性です」

 溜息をついて脱力したランバートは、それでも苦笑した。丁度、お昼の鐘が鳴ったところだった。
 ウェインと一緒に食堂へと向かい、そのまま同じ席につく。どうやら本当に離れないつもりらしい。ただ幸いなのは、この上官は監視と言いながらもそんな重苦しい空気を出さない事だ。

「話、聞いたんですか?」
「まぁ、少しね。ねぇ、今はその話やめようよ。ご飯美味しくなくなる」
「確かにその通りですね」

 ランバートもこれには同感だ。自分で聞いておいて途中で放り投げ、食事を開始する。そうして穏やかな時間が過ぎていくはずだった。
 だが、食事も終わろうという頃になって外が騒がしくなった。気になって見ていると、慌ただしく隊員が走って外に出て行こうとしている。
 胸の奥がザワザワと騒いだ。何かあったと疑うには十分な状況だ。思わず走り出そうとしたその手を、後ろから引かれた。

「ランバートは絶対にここにいて! 命令違反は許さない!」
「ですが!」
「君が行っても事態がややこしくなるだけだよ! それに、僕は部下を失いたくない。これはファウスト様も同じだ」

 明るい人の本気の目が見つめる。それを真っ直ぐに見ながらも、ランバートは何が起こっているかが気になっている。出ていくのは第四師団の隊員だ。何かが起こって、医療知識のある人間が必要になったんだ。多く、被害が出ているのかもしれない。
 止めるのも振り切る勢いで、ランバートは食堂から出て行こうと走った。だがその前に立ったのは、厳しい目をしたアシュレーだった。

「っ!」

 うんもすんもなく、鳩尾を強く殴られる。そのまま地面に転がると、すかさず側にいたグリフィスに担ぎ上げられた。

「アシュレー! グリフィス!」
「お前じゃ力でランバートを抑えるのは辛いだろうからな。ファウスト様から、ある程度の話は聞いた」

 側に来たウェインにアシュレーが話している。そしてそのまま三人の師団長に担がれて、ランバートは自室に放り込まれた。

「お願いです、行かせて下さい」

 思い切り殴られた部分が痛むが、それでも言いつのった。だが返ってくるアシュレーの厳しい目は、決してそれを許してはくれなさそうだった。

「お前が行ってもできる事はない」
「俺が!」
「ファウスト様の気持ちや、ウェインの気持ちを踏みにじるな。第三師団の仲間を信じろ。お前は今、一人じゃない。騎士団という大きな仲間の中にいる。その仲間を信じられないのか」

 そう言われると言葉が出ない。信じていないわけじゃない。この場所はランバートにとって、とても大切な場所になっている。だからこそ、守りたいと思ってしまう。ランバートはいつも、守られる側にいないのだ。

「ランバート、誰かを信じるってのも大事なもんだ」

 腕を組んだグリフィスが戸口に凭れたまま唸るように言う。この人はバカな事はしても、普段説教なんて事はしない。それが珍しく、とても真剣な目をしている。

「お前の友人だって、お前に頼って貰いたいだろうよ。お前ばかりが犠牲になって、それでいいって奴はいるか?」
「それは……」
「まぁ、これはお前ばかりに言える事じゃないけどな」
「うちの大ボスが、まさにランバートと同じタイプだから困るよね」

 苦笑したウェインがそんな事を言って、グリフィスもアシュレーも苦笑する。誰を指しているかは明白だった。

「何にしても、今は我慢だ。大丈夫、ウルバスはぼんやりしているようで出来る男だ。ちゃんと対処をしている」

 そう言って立ち上がったアシュレーは、そのまま部屋を出て行く。グリフィスも一緒に出ていった。ウェインだけは部屋に残って、あれこれと他愛のない話をしてくれる。けれど何も入ってこない。
 考えていた、何か出来ないか。せめて奴の行動が読めないか。あいつは古い東地区の時代を知っている。しかも狡猾で、時間をかけてじわりと獲物を仕留めるタイプだ。

 何もしていない時間があまりに落ち着かない。ランバートは机に紙を広げ、そこに東地区の地図を書き起こす。そして、事件が起こった場所に赤いインクで×をつけていった。
 ハリーが襲われた現場、火事が起こったロトの家。こうして見ると、人の通りがある場所だ。火をつけるのは一瞬としても、死体を運び込むなんてかなりの手間だし、明らかに不審だ。時間が深夜とはいえ、酒場なんかはまだ開いている時間。万が一見つかれば、こんなに人の目につく光景はない。
 その危険を冒しているのは、よほどの自信があるのだろう。見つからない、もしくは素早く逃げる手段があったか。

「それ、東地区の地図?」
「はい。何か分かればと思って」

 でもこれだけでは足りない。まだ判断するには足りなかった。


 一時間も部屋に閉じ込められていたか。部屋にファウストが疲れた様子で入ってきて、入れ替わりにウェインが出ていく。ランバートは哀願の目でファウストを見た。

「何が、あったのですか?」

 震えそうな声で問いかける。それに、ファウストは深く頷いて腰を下ろした。

「東地区で異臭騒ぎが起こった。現場にいた人がその臭いで頭痛や吐き気を訴えていた」

 その言葉に、ランバートの心臓は早鐘を打つ。拳を握り、悔しさに震える。この状態でも何も出来ない自分が悔しくてならなかった。

「街警の者が直ぐに具合が悪くなった人を現場から連れだし、封鎖して対処した。ただ、軽微なものを合わせて被害者が多くて騒ぎになった。第四師団には被害を受けた人の応急処置と診察をしてもらった。幸い、現場を離れて時間が経てば被害者全員が回復した。後に残るような症状もないそうだ」
「原因はなんですか?」
「路地裏にあったゴミ箱から臭いがしていた」

 それに、ランバートは顔を上げてマジマジと見る。そして首を横に振った。

「ありえません! ゴミは毎日早朝に業者が回って回収し、一日のゴミを外に出すのはその日の夜です。ゴミが原因の異臭ではありませんよ」

 衛生上の問題も考えてそのように決め、ギルドでもこの点を徹底した。密集した場所で感染症が起こるのが一番の懸念だったからだ。その為に町を綺麗に保つ。これだけは絶対にと皆が決めたのだ。
 ファウストが静かに頷く。そして、先を話し始めた。

「ゴミ箱の中は空だった。だがその底に、何かのシミが残っていた。臭いはそこからしていたそうだ。ゴミ箱は念のため撤去し、シミをエリオットが調べている。結論はまだ出ていない」
「そうですか……」

 やはりあいつだ。全ての事件に共通して、直接的な攻撃がない。体力に自信のない男だから、こうした攻撃を好むのだろう。確実に隙を突き、じわりと獲物を弱らせる。出てくるまでやるつもりだ。

「ゴミ箱、どこか分かりますか?」

 机に向かい、赤いペンを持つ。ファウストが側に来て、地図の一点を指さした。そこにまた×印をつける。

「事件のあった場所か?」
「はい。何かを見落としているように思って」
「第三師団の者が、飲食店や食材店を中心に聞き込みをしたが、イーノックは目撃されていない。傭兵ギルドのジンだったか? あいつが商業ギルドのマスターに話を通して、事件に関する協力を取り付けたらしい。協力的に話をしてくれるが、それでも掴めない」
「そうですか」

 行動範囲がまず分からない。どこに潜伏し、どこに現れているのか。これでは探すにしてもきりがない。王都がどれだけ広いか。

「俺を、囮にしてください」

 絞り出すように言った言葉に、ファウストは睨み付けるような目をする。だがそれを見上げるランバートは必死だった。

「あいつの目的がなんだって、俺が出ていけば食いつく。俺を囮にして、監視は何人つけたっていいから、おびき出さないと終わらない。お願いします、ファウスト様」
「それはできない」
「どうして!」
「あいつは東地区の隅々まで知って、こちらの裏をかいて動いている。お前もあの町の事は誰よりも知っている。それに比べ、俺たちは地理に暗い。お前が単独で行動すればどれだけの監視をつけても振り切られる。その危険が消えない限りは、囮にはできない」

 腕を掴み、縋るように見上げても揺らがない。こんなの分かっていた。この人は決めてしまえば動かない。

「突破口は見つける。あちらが動けばそれだけボロを見つけやすくなる。お前は今日から、部屋を出る事を禁ずる」
「ファウスト様!」
「お前を犠牲には出来ない!」
「じゃあ、他の奴が犠牲になってもいいと言うのか!」

 叫んだ言葉に、ファウストの表情が歪む。一瞬、まずいと思った。それでも出た言葉は戻らず、溢れるような不安と焦りはもう止まらない。

「異臭騒ぎが今度は、毒ガスなんかの無差別なものになったら。燃えたのが、傭兵ギルドの酒場だったら。俺のせいで、誰かが死んだら。そんなの、耐えられない……」

 想像は全て最悪の方向へと流れている。その想像に比べれば、自分の死の方が楽に思えた。死後どんな慰み者になろうとも、既に苦痛は感じていないだろう。今の苦痛に比べれば、その方がよほど楽なんじゃないか。
 ふわりと腕が背に回って、温かい胸に体が触れる。聞こえる音が、心地よく響いてくる。

「耐えてくれ、ランバート。お前に代わり、俺がお前の大事なものを守ると誓う。だから今だけは、耐えろ」

 ゆるゆると、この腕に縋りそうだった。全てで応えてくれようとしているのが分かる。それが深く胸に響く。不安定な今、この腕はあまりに強く優しく温かい。
 ランバートは頷いた。今だけはこの言葉を信じる事にした。不安が消えたわけではない。でもこの人は決して不可能を口にする人ではないから、今だけは信じようと思ったのだ。
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