恋愛騎士物語1~孤独な騎士の婚活日誌~

凪瀬夜霧

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8章:花の誘惑

おまけ2:眠らせる思い

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 一人の時間になって、いまいち寝付けずにいる。肌に、手に、感触が蘇ったようだった。触れる髪の柔らかな手触り、肌の滑らかさ。
 不意にフィードバックしたのは、見上げた瞳。熱に濡れて頼りなく、不安に揺れた青い目。まるで食らえと言うように薄く開いた唇。幼くも思える戸惑いと色を含む表情が見下ろし、苦しげに喘ぐ声が耳に響く。

「……」

 自身の身に起こる変化をこんなにも悲しく思える事はない。熱を持ち始めるものが、ゆるゆると頭をもたげる。
 無視して寝よう。そう決め込んで布団に潜り込んだが、簡単ではない。目を閉じたそこに、なまめかしく体をくねらせるランバートの姿が浮かんでいる。切なげに声を殺し、恥ずかしげに頬を染め顔を隠す様が浮かんでくる。

「っ」

 自然と自らの手が下肢に触れ、緩く扱き上げてしまう。こうなると、止められない。止めようと思うほどに腰が痺れ甘く疼き、勝手に手は動いた。
 触れた唇の柔らかさ、絡めた舌の熱さ。イク瞬間、吸われた時に感じた痺れるような感覚が蘇る。白い肌が甘い香を放って淡く色づいていた。引き締まった腰が切なげに揺れ動いていた。最後には自ら腰を動かしてこすりつけるように求めてきた。

「んっ」

 熱くなる自身を抑えられなかった。場所の違い、旅という開放感は確かにあった。だがそれでも、多少しくじった。触れてはいけないと思っていたはずだ。好意を自覚したのなら余計に、あの体に触れてはいけなかった。許した時点で、ダメだったんだ。
 媚薬のような効果に泣いて、切なく艶めかしいランバートを見て、放っておけなかったなんてのは善人過ぎる言い訳だ。正直に言えば、触れたかったのだろう。普段なら絶対にしなかった。腕章をつけ、制服を着てこの部屋でなら、きっとしなかった。誰も知らない、見ていない、知られる事も無いと思ってしまったからこそ、触れてしまった。
 本格的に抱かなかったのは最後の矜持だ。あやすようにしていた手は、そうすることで「これはあくまでランバートを助けるためだ」という言い訳だ。結局唇に触れ、自身の悦びを遂げた時点で化けの皮など剥げている。

「くっ……そっ!」

 熱が逃げない。手に、下肢に、昨夜の情事が蘇る。自慰の延長上のような行為で終われたのは、たまたまだ。あんなの長く続けば負けるのは自分だった。あれが許した時に疼かなかったわけじゃない。触れて、唇と指で高めて、そうしていたら陥落だ。数ヶ月分の理性を使い切った気がする。疲れ果てたあいつを抱いただろう。責務という理性を十分に取っ払ってしまった後だったから、あいつを慰めるだけでは終われなかった。
 以前、風呂であれの中に触れた事があった。あの時は純粋に体を綺麗にしなければ後が苦しいだろうと思ってのことで、疼く事はなかった。それ以上に申し訳なかった。複数の男に嬲られる様も見た。その時には怒りしかなく、同時に自分の不甲斐なさを思い知った。
 この時はまだ、部下だった。それが少しずつ形を変え始めたのは、いつだ。いつからこの垣根は薄く曖昧になった。

「あぁ、まったく!」

 憎たらしい気持ちが溢れる。自分の弱さと理性のなさにだ。どんなアホだ、こんなこと。ダメだと思っていたはずだ。それでも一緒にいる時間が穏やかで楽しく安らいだから、ついつい誘っていた。あいつも拒まなかったから、いつしかそれが当然のような距離になった。
 上り詰めるのは早い。昨夜の思いを肴にして、ファウストは荒い息を吐き出す。その後はどうしようもない自己嫌悪だ。
 この思いをどうにかしなければいけない。自分の悪癖は十分に理解している。もしも側に置くことを許せば、貪欲になる。縛り付ける。誰にも触れさせず、自由さえも奪ってしまう。自分が嫉妬深い事は想像できた。だからこそダメなんだ。団長という立場を利用して、あいつを縛り意思を無視する事は簡単なんだ。
 それに、耐えられない。記憶を引っ張り出せば簡単だ。冷たい肌に開かぬ瞳、色を無くした肌と唇。あれを見たときに感じた心の凍るような思いは、二度とご免だ。今回はたまたま間に合った。エリオットと、何よりランバートの生命力の強さに救われた。あの時救ってもらったのはファウストのほうだ。もしもあのまま失っていたら、一生苦しみが消えなかっただろう。

「ダメだ」

 怖い。特別にしてしまったら最後、終わりに怯え足がすくんで動かない。自分は命じる事ができるか? あれに、戦場に出ろと。俺は言えるのか? 危険な任務にあたってくれと。
 心が萎えて、体も萎える。そうして思うのは、やはり今の距離を守る事。側に置いても、触れない事。心を許してしまわない事。それさえ出来ればこのままでいられる。今だって十分安らげるのだ。親しい者に向けられるランバートの笑みをたとえ独占できなくても、その『親しい者』の中に自分が入っていられれば。
 頑固者。そう言われても否定できないほどに、ファウストはこの夜自らに何度も言い聞かせ、感情に蓋をした。
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