恋愛騎士物語1~孤独な騎士の婚活日誌~

凪瀬夜霧

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番外編:オリヴァーシリーズ

8話:オリヴァーの過去

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 勢いにまかせて出てきた。やった事に後悔はない。だが、向かう当てもない。どうしようかと悶々と考えながら、以前に散歩した公園を歩いている。なんとなく立ち止まれなかった。

「あの……そろそろ笑うの止めていただけませんか?」

 手を引いたまま歩き続けているアレックスは、さっきからずっと笑っている。それが妙に恥ずかしくてならない。

「すまない。いや、嬉しくて」
「嬉しい? とんでもなく失礼な事をいたしましたよ」
「いや、嬉しいだろ。思い人が見合いの席に乱入して、あんなに熱い告白をしてくれたのだから」

 言われて思いだして、途端に顔が熱くなった。思いだしてもなんてことを言ったのだ。あれは本当に自分かと、疑ってしまった。
 立ち止まったオリヴァーの前に回り込んだアレックスは、ふわりと嬉しそうに笑う。そしてそのまま、人目のない木陰へと連れて行った。
 人の目がない。しかも妙な告白をした。その高揚感に気持ちは盛り上がる。求められるまま彼の唇を受け入れ、角度を変えて何度も口づけた。ほっした熱を与えられた体は貪欲に求めていく。
 だが違う。これではダメだ! 思いとどまってアレックスの体を押しのけると、彼は少し不満な顔をした。

「嫌だったか」
「違います」
「では、なぜ?」
「その前に、私の事を話しておかなければならないからです」

 今日はその為に来た。いや、本当は見合いをぶち壊す前に言わなければいけなかった。これで彼が拒んだら、壊してしまったものをどうやって償えばいい。
 勇気はいる。長年しまって誰にも言わなかった。その蓋を自分の手でこじ開けて、中を全部晒そうというのだから尻込みもする。今からもう痛む。でも、真剣ならば言わなければ。誤魔化せば余計に言えなくなる。嘘と秘密を抱えて一緒にいる時間は、徐々に苦痛に変わってしまう。

「とても、苦しい事だね」

 様子を察してくれて、頬を温めるように触れてくる。
 アレックスは立ち上がって、腕を引いた。人目のない茂みから出ていったその手に引かれたまま、オリヴァーは黙ってついていった。

 連れてこられたのは宿の一室。大きめのベッドにテーブルセットと、それなりにいい部屋だ。絨毯も足の裏に柔らかく感じる。

「時々、仕事から抜け出したい時に使う宿だ。妹にも知られていない場所だ」
「素敵ですね」
「そう言ってもらえて安心した」

 導かれるようにソファーの一つに腰を下ろす。その隣に、アレックスも座った。

「大丈夫か」
「はい」
「話を、聞いても?」
「……はい」

 深呼吸して、自らの封印を開ける。そこはやはり痛くて辛くて叫びたいけれど、今を掴む為には必要な痛みだった。

「私の家は兄姉が上に二人、兄と姉がおります。父は伯爵、母は女優です。私は母の美貌を受け継ぎ、線は細くしなやかな色香を纏っておりました」

 全ての元凶だ。そう、これが全て悪かった。

「特に男にはたまらないものがあったようです。私は幼くして大人の男に迫られ、愛も恋も知らぬまま後ろを暴かれました」

 隣でアレックスが息を呑んだのが分かった。ギュッと肩を抱きしめる腕に力が入る。この温もりと力が、今はとても心地よい。

「父の仕事の関係で屋敷を訪れた男で、私を抱かない者はないというほどです。父もそれで仕事が潤うのならと、見て見ぬふりをしました。私がどれほど叫ぼうと、泣こうと、助けの手はありません。慰み者となり、いつしか叫ぶ事も泣く事もしなくなりました」

 同じ痛いなら足掻かない方がいい。助けなどこないのに求めるから打ちのめされるのだ。そう思えば楽になった。ただ受け身でいれば終われたからだ。

「少年の色香に溺れ、身を滅ぼした者もいました。あまりに溺れ、私と心中しようとした者もおりました。いつしか私は父と兄にサキュバスと呼ばれて疎まれて、成人を迎えるまで屋敷の地下にある古い資料庫で過ごし、不要な外出を許されませんでした」

 本と、沢山の資料に埋もれて生活した。こんな扱いをするのに、父は仕事のためにオリヴァーを利用した。この頃になると気持ちなど動くはずもなかった。ただ受け入れて、求められるままに抱かれていた。

「成人して、家を出ました。騎士団に入って独り立ちして、一人で生きられる力を求めました。自由を得て、それでも私に群がる者はいましたし、拒みもしなかった。一時でも与えられる睦言に縋り、終わると気持ちは冷めていくのです」

 早く強くなりたい。早く上に行きたい。いつか性処理の道具ではなく、オリヴァーという一人の人間として立ち、自由を手にするために。
 そしてそれは実現した。今もまだ色香は残るようで騎士団を離れれば吸い寄せられるように人が寄る。だが騎士としては台頭した。なんだかんだと友にも恵まれた。色香に誘われずに、対等に接してくれる友人は貴重だ。

「吸い寄せられる男共と、幾夜も重ねて行きました。妄想に溺れるのは、この身に愛情のある交わりなど無縁だと思っているから。激しいプレイを好むのは、痛みや羞恥や激しさに溺れてしまえるからです。私は、酷く歪な人間です」

 隣の人に体を寄せる。アレックスは拒まなかった。受け入れて、なお優しかった。抱き寄せる事も、キスを強要する事もなく、側にいて肩を叩く。子をあやすように。

「すみません。私は愛され方が分からない。選び取る事が苦手で、無条件に差し伸べられたものを恐れてしまう。貴方の愛情を疑った訳ではないのです。愛されたいと、願っているのです。それでもなかなか与えられなかったから、疑ってしまうのです。縋り付くよりも手放した方が簡単だったのです」

 愛されたくても愛されなくて、欲しい言葉も心も貰えないままに大人の高ぶりだけを与えられた歪さが、今も影を落としていく。怖くなって尻込みをした途端に、自己否定が始まる。「愛されるわけがない」「こんなのは今だけだ」と、自分だけで解決をした。

「すみません、話せなくて。こんな……汚い人間ですみません。手を、離しても構いません。貴方のくれる愛情を受けるにはあまりに醜い人間です。仮面を被って余裕の表情をしていられないのです。貴方の前だけでは、そんな自分でいたくないのです」

 断罪を受けよう。オリヴァーはギュッと身を固くしていた。
 そこに、ふわりと体が重なる。背に回った腕が、柔らかく包み込んでいく。押しつけられた胸元に顔を埋めると、心地よかった。

「すまない、辛い事を話させた」

 苦しさを含む声が、そう言ってくれる。拒絶ではない言葉に、僅かに心が緩まる。腕の中でオリヴァーは静かに首を横に振った。

「嫌ではありませんか?」
「そんな事を思った事はない」
「怒っていませんか?」
「勿論だ」
「……抱きたいですか?」

 問いかければ、困った顔が覗き込む。額にキスをして、頬にも同じようにしてくれる。欲情を煽るものではなくて、優しいものだ。

「それはゆっくりとしていきたい。まずは貴方の気持ちをちゃんと、包んであげられるように時間を使いたい。話す時間も、触れる時間も必要だ。楽しみや思い出を共有していければ嬉しい。体の事はそれからで構わない」
「我慢していませんか?」
「多少はするだろうが、それで貴方を失っては元も子もない。気は長いんだ、俺達の歩幅で歩いていこう」

 体から力が抜ける。緊張がほぐれると、笑みと一緒に涙が伝った。アレックスの手が拭うそれはきっと、子供の時分に流せなかったものに違いなかった。
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