恋愛騎士物語1~孤独な騎士の婚活日誌~

凪瀬夜霧

文字の大きさ
154 / 167
間章:つかの間の休息

2話:ファウストの父

しおりを挟む
 忙しい祭りも八月の頭を過ぎれば落ち着いてくる。次の大祭を前に夏休みを取る隊員も多い。ファウストも久しぶりに妹に会いに行くと言って出て行った。
 ランバートは今月街警。今回は東砦詰めだが、仕事が終わるとジンの所やルカの所に顔をだし、何でもない時間を楽しむのが日課になっている。

「兄さん、アリアの所に行ってるんだ」

 ファウストが休みを取った事を教えると、ルカは嬉しそうな顔で笑う。そばではレオが夕飯後の片付け中だ。

「久しぶりだって言ってたけれど」
「そうだと思うよ。兄さんが顔を見せに行ったのって、確か去年の四月かな」
「そんなに? 兄妹仲が悪い訳じゃないだろ?」

 ルカともすっかり打ち解けて話せるようになった。そのせいで、少し荒さもでてきている。それでもまったく気にする様子はなく、ルカは頷いた。

「とても仲がいいよ。っていうか、兄さんが僕たちに構いたがるし、過保護だし」
「それは分かるな」
「でしょ!」
「でも、それならもっと顔を見せてもいいのに。そんな何日も休まなくても行ける距離だろ?」

 場所を聞くと馬で一日。四日も休みを取れば十分なのに。

 だが、ルカは少し悲しい顔で「うーん」と悩む。その様子で、どうやら遠ざける理由は他にあるのだと分かった。

「アリアの住んでる屋敷は、僕たちが小さな時に使ってた避暑地なんだ。幼い頃の思い出も沢山あるから、ちょっと辛い事も思い出すんじゃないかな」
「あぁ……」

 ファウストが幼少期を過ごした屋敷。幸せだった様子の窺える場所。だがその後、ファウストはそこから引き離されてしまった。なんとなく、その落差が無意識にも辛いのだろう。

「母さんとの思い出も沢山あるしね。兄さんは辛いと思う」
「そうなのか?」
「僕はまだ小さかったからちゃんと覚えていないけれど、住んでた屋敷が突然襲われて。僕たち兄弟は隠し部屋にいて助かったけれど、母さんがね」

 寂しそうに、悲しそうに告げる表情に申し訳なく、ランバートは手を伸ばして肩に触れた。トントンと叩くと、青い瞳は弱く上がり笑みを作る。

「大丈夫?」
「うん、平気。それに、母さん笑ってたし」
「笑ってた?」
「うん、お葬式でね。棺の中でも、ちゃんと笑ってた。だから、大丈夫って思えるんだよ」

 幼い子にとって、愛した親の死はとても辛い。心に傷を残すくらい。そういう子の目を、ランバートは下町で何度も見てきた。
 でも、ルカは違うのだろう。彼らの母が、彼らがその後も立てるように強く優しくあったのだろう。そう思えた。

「心配だったのは、兄さんと父さん。兄さんは怖い顔だったし、父さんは泣きたいのに泣けなかったみたいだから」
「そんな時から、ファウスト様は何を背負ったんだか」

 ファウストはランバートの事を心配するが、ランバートだってファウストが心配だ。どうも、自分の中だけで押し込もうとしている風がある。自分もそんなところがあるから分かるんだ。
 辛そうな顔をされると、悲しくなる。それを自分がさせているのだと思うと、いたたまれない。

「母さんが死んだのは、自分のせいだって思ったんだよ」
「十歳の子供が、親の死に責任なんてないだろ」
「ないよ。でも、兄さんは思ったんだとおもう。母さんや僕たちを守るのは自分だって思っていたから。その為に剣を習っていたのにって。覚えてるのはね、怖い顔で泣かずに立っていた姿と、痛そうに握られていた拳ばかりなんだ」

 背負う必要のないものを背負い込んで、悲しんで、苦しんで。そんな時から頑固で、責任感が強くて、なんてバカなんだろう。
 なんて、自分は言えない。ランバートだって大概だ。

「父さんと似てるんだよ、兄さん。見た目じゃなくて、中身が。本当にそっくりなんだよ、表情とか。あんなに似てるのも面白いんだ」
「ルカさんは、シュトライザー公爵と交流があるのかい?」
「あるよ。って言っても、直接じゃなくて手紙とかね。一緒にお菓子とかも。アリアにも同じようにしてると思う。近況を知りたがったり、困った事はないか聞いてきたり。本当に兄さんとそっくり」

 楽しそうに笑うルカを見ると、親子関係は良好だ。でも、ファウストが話す内容とあまりに違う。ファウストは父親を憎んですらいる。なんでこんなにもすれ違ったのだろう。

「僕がこうして店をしているのもね、父さんが色々としてくれたから。アリアの事も父さんが整えてくれてる。小さな時もね、年に何回も顔を出してくれて、遊んだり本を読んでくれたり。母さんも嬉しそうだし、幸せだったよ」
「ファウスト様の話を聞くと、そうは思えないんだけど」

 途端、ルカの表情は曇る。なんとも言えないもののように。

「兄さん、多分とても辛かったんだと思う」
「シュトライザーの家が?」
「それもあるけれど……色々。僕もね、おかしいなって思う所があるんだ。僕の記憶と一致しないっていうか」
「記憶が一致しない?」
「うん。父さんと母さんと、僕たち兄弟とで過ごした時間がね、兄さんの中では父さんだけが消えているんだ。アリアにも確認したけど、アリアとは話が合う。だから兄さんだけが、記憶から消したんじゃないかってくらいで」

 困ったその様子に、ランバートも戸惑う。時々、よほど辛い経験をした人の中ではこうした話を聞く。主にダメなハムレット兄の話なんだが。
 それによると、精神的に弱い人が自分を守るためにそうした記憶障害を起こしているんじゃないかと言っていた。そのように処理しなければ自分を保つ事ができなくて、どこかで記憶に蓋をして、つじつまが合うように記憶を作り年月をかけて上書きしていく。これを無理に暴くような事をすると、上書きの記憶と本物の記憶が混同してより酷い精神疾患を起こす可能性がある。そのままにしておけるなら、その方がいいらしい。
 ファウストがそうだとは思わなかった。でも、弱い部分は知っている。誰かの死や、苦しみに弱い。ランバートの怪我や過去に、とても辛そうな顔をするのだから。

「父さんも何も言わないんだ。何度か一緒に食事した時に言ったけれど、『あれの思いたいように思わせておけ』って。なんだかね、それも寂しい。僕たちは一般的な家族の形じゃなかったけど、でも気持ちでは家族だったのに。兄さんもね、母さんが生きている時は父さんに甘えたり、剣を教えてもらったりしていたんだ。父さんだって兄さんをとても愛していたのに、今じゃあんなだから」
「うん」

 父親を憎んだのか、自分を憎んだのか。もしくは、自分を憎む事に耐えられなくて、責任を転嫁したのか。十歳が背負うものの許容を超えた時に、その精神がどれほど悲鳴を上げたかなんて想像できない。
 胸が締まるような苦しさがこみ上げる。最近、こんな事がある。胸が苦しくなったり、喉が引き絞られるような違和感があったり。その時に思っているのは、大抵がファウストの事だ。

「二人とも頑固だから、歩み寄りもしないし。だからって無理矢理は余計に反発するし。見守るしかないのかなって思うんだけど」
「そうかもしれないな」
「父さんだってそれなりの年だから、心配だよ。親子の雪解けが死の間際なんかだったら、僕悲しくてしかたがないよ」

 むしろ、そこでも解けない永久凍土もあるのではと思ってしまい口を閉じる。ファウストは敵認定すると徹底的にそのような態度を取る。そういう悪癖が出ると、葬儀にすら出席しない可能性があるんじゃないかと。

 なんとも親子は難しい。

「ところで、ランバートさんは兄さんとその後上手くやってる?」
「ん?」

 楽しそうな青い瞳が機嫌良く聞いてくる。それに視線を向けたランバートは、なんだか嫌な予感がした。

「僕、早くランバートさんのこと義兄さんって呼びたいんだけど」
「ルカさん……」
「誘ってみたら転がらないかな? あっ、周囲から埋める? 今度、僕と一緒にアリアに会いにいってみるとか。ちゃんと押せば転がるよ」
「いや、ルカさん」
「頑張ってね!」
「……はい」

 やっぱりこの人が最強だ。ランバートは肩をガックリと落として項垂れ、苦笑を漏らすのだった。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

売れ残りオメガの従僕なる日々

灰鷹
BL
王弟騎士α(23才)× 地方貴族庶子Ω(18才) ※ 第12回BL大賞では、たくさんの応援をありがとうございました!  ユリウスが暮らすシャマラーン帝国では、平民のオメガは18才になると、宮廷で開かれる選定の儀に参加することが義務付けられている。王族の妾となるオメガを選ぶためのその儀式に参加し、誰にも選ばれずに売れ残ったユリウスは、国王陛下から「第3王弟に謀反の疑いがあるため、身辺を探るように」という密命を受け、オメガ嫌いと噂される第3王弟ラインハルトの従僕になった。  無口で無愛想な彼の優しい一面を知り、任務とは裏腹にラインハルトに惹かれていくユリウスであったが、働き始めて3カ月が過ぎたところで第3王弟殿下が辺境伯令嬢の婿養子になるという噂を聞き、従僕も解雇される。

【完結】悪役令息の伴侶(予定)に転生しました

  *  ゆるゆ
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、反省しました。 BLゲームの世界で、推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑) 本編完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 きーちゃんと皆の動画をつくりました! もしよかったら、お話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。 インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 プロフのwebサイトから両方に飛べるので、もしよかったら! 本編以降のお話、恋愛ルートも、おまけのお話の更新も、アルファポリスさまだけですー! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ユィリと皆の動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新! Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新! プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー! ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!

新年に余り物でおせちを作ったら、冷酷と噂の騎士団長様に「運命の番」だと求婚されました

水凪しおん
BL
料理人だった俺が転生したのは、男性オメガというだけで家族に虐げられる不遇の青年カイ。 新年くらいはと前世の記憶を頼りに作ったのは、この世界にはない『おせち料理』だった。 それを偶然口にしたのは、氷のように冷酷と噂される最強の騎士団長リアム。 「お前は俺の運命の番だ」 彼の屋敷に保護され、俺の作る料理が彼の心を溶かしていく。 不器用で、だけどまっすぐな愛情を注いでくれる彼と、美味しい料理で紡ぐ、甘くて温かい異世界スローライフ。

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

もう殺されるのはゴメンなので婚約破棄します!

めがねあざらし
BL
婚約者に見向きもされないまま誘拐され、殺されたΩ・イライアス。 目覚めた彼は、侯爵家と婚約する“あの”直前に戻っていた。 二度と同じ運命はたどりたくない。 家族のために婚約は受け入れるが、なんとか相手に嫌われて破談を狙うことに決める。 だが目の前に現れた侯爵・アルバートは、前世とはまるで別人のように優しく、異様に距離が近くて――。

処理中です...