恋愛騎士物語1~孤独な騎士の婚活日誌~

凪瀬夜霧

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13章:君が欲しいと言える喜び

3話:始りの終わり

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 華々しくパーティーは行われた。数人の女性達がそこにはいたがファウストはまったく相手にする様子もなく、またランバートはよく牽制した。
 正直、女性達は近づきたい様子はあった。まぁ、当然だろう。ファウストは騎士団の団長で、地位も安定している。家柄としては四大貴族家の子息で見た目もいい。これで寄ってこない女性はまずない。
 ランバートも牽制のしがいがあった。ファウストの隣を離れなかったし、話しかけて留めた。近づいてきた女性達を軽く誘惑もした。女性というのは実に分かりやすく、ランバートがヒッテルスバッハの子息と分かると簡単に乗ってくる。しかも機嫌の悪いファウストよりも話しやすいと、いつしかランバートの方が女性に囲まれた。

「お前が囲まれてどうする」
「本意じゃない」
「牽制が過ぎるからだ。お前は俺の恋人だろ」
「勿論そのつもり。だからこそ、ファウストに虫がつくのが嫌だ」

 もう面倒になり、呆れ顔のファウストの首に手を回して引き寄せ、腰を絡めてキスをした。女性達の黄色い悲鳴が轟いたのは言うまでもない。小悪魔の顔で見透かした様に笑みを浮かべ、ランバートは首に手を回したまま女性達に言った。

「ごめんね、この人俺のなんだ。俺もこの人のだからどっか行って。誰にも分けてあげないからさ」

 ファウストが頭の痛い顔をしたが、とりあえず無視した。だってこれが一番分かりやすい方法だったから。
 こうしてしばらく仲のよい恋人のように、堂々とイチャイチャしてみせた。ファウストもそれに付き合ってくれた。おかげで、大分近づいてくる女性が減った。

「流石に威力あったかな」
「お前な……」
「いいだろ、このくらい。それに、貴族の間で『軍神は男色家で恋人がいる』とか噂になれば、今後も面倒減るだろうし」
「お前はいいのか?」
「構わないよ」

 噂が立つのはかまわない。本気の相手じゃないと意味はないし、社交界にはそうした相手はいないだろう。ヒッテルスバッハではお見合いなんて基本ないし、何より母のお願いは「綺麗な息子が欲しい」なのだし。

「お前、結婚願望ないんだな」
「婚活中だよ?」
「どこでだ」
「騎士団で」
「……ん?」

 隣の人がギョッとした顔をする。明らかに目が泳いだ。面白くて笑って、ランバートはファウストの引き締まった腰に手を回した。

「俺が騎士団に入ったきっかけは、母が俺に『綺麗な息子が欲しい』とお願いしてきたから。居心地いいのでその辺はあまり意識してないけど、絶賛婚活中なのに変わりない」
「お前! そんな理由で入る奴があるか!」
「ここに一人」

 顔が真っ赤になっていく。ついでに目が泳いでいる。楽しく笑うランバートの頭を、ファウストは軽くコンと叩いた。

「バカな理由は他の奴には言うなよ。まったく、お前は自分が周りからどんな目で見られてるか自覚がない。案外狙っている奴がいるんだぞ」
「あれ? ファウストは俺の事狙ってくれないのかな?」
「……知るか」

 思わずからかいたい気持ちが出て、こんな風に誘いかけてみる。赤くなったファウストは苦虫を噛みつぶしたような顔をした。なおも笑うと、ふいっと背を向けられた。

「どこに?」
「トイレ」

 そう言っていなくなった背を見送って、ランバートは少し居心地の悪くなってしまった室内を適当に彷徨う事となった。


 どのくらいたったか、流石に遅い。心配になったランバートはトイレまでの道を歩いて探した。だが、やはり彼を見つけられない。
 何かあったのだろうか。ここはファウストにとってもいい場所ではないだろう。もしかして、誰かに絡まれているのでは。そんな嫌な予感もあって、ランバートは庭へと降りた。
 日中にシュトライザー公爵と話をした庭は、その奥へと続いている。木が密に植わっているそこから、ほんの少し声が聞こえた。甘い、誘惑の声が。

「ねぇ、私は構わないわよ。愛人でも、一度きりでも」

 その声に足を止める。ほの暗い場所でもランバートは夜目がきく。僅かに映し出す影が、徐々に輪郭をはっきりとさせる。
 妖艶な女性が一人、誘っている。赤いドレスに身を包んだ女性はファウストよりも少し年上の印象がある。色気のある彼女はファウストに指を絡めていた。

「子供だけ産んだっていいわ。出戻りの娘なんて、もういい立場じゃ貰ってもらえないもの」
「そういう話をするつもりはない。必要ない」
「あんな坊やに、本当に惚れてるの?」

 クスリと笑う女の目がこちらを見る。その視線に、ランバートはドキリとした。ファウストは背を向けているからきっと気づいていない。ランバートだけが、その光景から目を離せないでいる。
 不快だった、とても。心臓が嫌な感じで鳴っている。黒い感情に飲まれてしまいそうになる。心の底で何かが叫んでいる声が聞こえるのだ。

 「止めろ、それは俺のだ!」と。

 女が伸び上がり、ファウストの黒い髪に指を梳き入れながら唇に触れる。赤い口紅のついた唇で触れるのだ。ファウストが驚いたように身を引いたのが分かった。でも人に、特に自分よりも弱い相手に対して乱暴な真似の出来る人じゃない。振り払う前に奪われた唇を、ランバートは凝視していた。
 ドロドロと、感情がわだかまる。知っている。これは「憎い」だ。デュオを殺された時に感じた、あの気持ちの悪い暗い感情に似ている。あんな物を……二度と表には出さないと約束した感情をまた、しかも何の罪もない人に抱いた。
 声が大きい。心臓が痛い。息が乱れて、混乱する。胸の中だけで一杯に叫んでいる。

 その人は俺のだ!
 手を触れるな!
 早く離れろ!

 でも本当は、そんな事を言う資格がない。ランバートはあくまで恋人ので、本物じゃない。あの人を独占する事も出来ない。そんな事を言っていい立場じゃない。
 頬が濡れる。どうして、こんなにも苦しい。息のしかたを忘れたみたいだ。
 なんで動けない。見たくないなら何気ない顔で立ち去って、何気ない顔でファウストを迎えればいい。彼だってそんな気はないと分かっている。
 分かっているのに動けない、止まらない、苦しい、息ができない。

「貴方の事、結構好きなのよ。色気のある男ってだけで女としては熱くなるわ」

 女の言葉が脳内で点滅する。「好き」という何でもない言葉は、何かに気づくと急に重たくなった。軽い好きではなく、例えば心をかき乱し、嫉妬という憎しみに塗りつぶされるほどの「好き」もあるんだ。

 好き……なんだ……。

 ストンと落ちた感情は、ジワジワと熱を持つ。長くあった疑問の答えが放り込まれたようだ。

 好きだから、他の奴に触れてほしくない。
 好きだから、側にいたい。
 好きだから、苦しんで欲しくない。
 好きだから、触れられたら熱くなる。
 好きだから……。

 女性の視線がまた、これ見よがしにランバートを見た。ただ今回はファウストもその視線に気づいたようだった。振り向いたその目を見て、ランバートは弾かれたように走った。

「ランバート!」

 逃げないと。ただそれだけを思った。だって、こんな気持ちに今更気づいてどうするんだ。こんな、切羽詰まった気持ちを抱えてどう接するんだ。
 知っているんだ、あの人が恋人を作らない事を。恐れていることを。親しい人の死や、傷つく様を嫌う事を。それが怖くて、恋人という最も心の中に入り込む者を拒んでいる事を。頑固な事を。
 それに、知っているんだ。親しい人の死が、あの人を壊してしまう事を。母親を失い、一人になって何が起こった。ルカの話が本当なら、あの人は記憶を自分で塗り替えた。幸せな時間から父親を消した。それくらい傷ついたんだ。
 では、恋人は? 誰かを好きになって、恋人にして、その相手にもしもの事があったらあの人はまともでいられないだろ。

 それなのに、俺はそれを望むって言うのか?

 随分走って、息が切れて、気づいたら庭の随分はずれまできていた。光の届かないそこに蹲って泣いた。
 好きなら、幸せを願いたい。ならば自分はダメだ。何回あの人を悲しませた。これからだって、悲しませるだろう。そもそも自分を蔑ろにして生きてきたんだ。今更、自分を大事にする方法なんて分からない。
 でも、辛い。胸が潰れる。息が出来ないくらい辛いのに、この感情は止まらないんだ。

 気づかなければよかった。知らないままなら、分からないままなら良かった。こんなに苦しいなら、感情なんていらない。
 吐き出さないと壊れる。頭が痛くなってきて、震えが止まらない。伝えろと、誰かが叫ぶ。ダメだと、理性が引き留める。心も理性もまったく滅茶苦茶な事を言っている。こんなにパニックになっているなんて初めてだ。

 違う、これが初恋なんだ。

 ガサガサと音がした。振り向いたそこに、夜が立っている。月を抱く、柔らかな闇が穏やかにいる。

「お前、どうしたんだ? 何で逃げる?」

 少し息を切らした人が側に来る。来て欲しくない。今はダメなんだ。感情が沈まない、自覚した強すぎる思いは止められない。何でもないように振る舞えない。
 気づいたら、ランバートは手を伸ばしてファウストの頬を包み、泣きながら口づけていた。ほんの少し口紅の味がする唇を、全て塗り替えるように深く口づけたランバートは震えたままだった。

 陥落した。始まりを自覚して、終わりを悟った。

「ラン」
「貴方が好きです。貴方の事が、心から」

 名を呼ぶその声を遮って、ランバートは伝えた。涙は止まらない。知っている、この人を困らせる。もうこの隣にいる事はできない。

「ごめんなさい。さようなら」

 驚いたように見開かれた黒い瞳を見つめ、ランバートは走った。屋敷の門をくぐり、そのまま宿舎へと急ぐ。感情が静まらない。伝えた事をこんなにも後悔している。言わなければ壊れただろうけれど、言っても壊れるのだ。

◆◇◆

 驚いたように宿舎の門番がランバートを通した。そしてそのまま、自室へと飛び込む。

「ランバート?」

 驚いたようにラウルが立ち上がる。近づいてきた少年を強く抱きしめたまま、ランバートは嗚咽を漏らして泣いていた。

「どうしたの、ランバート。何か」
「俺は……俺は、ファウスト様が好きだった」

 小さく伝えたその言葉に、ラウルは一瞬手を止めて、次には優しく背中をさすった。

「好きだったんだ、ダメなのに……」
「うん」
「あの人を、困らせるばかりなのに……無視できなくて」
「うん」
「伝えて、困らせて……もう、俺はあの人の側にいられない」
「そんな事ないよ」
「恋人には、なれないんだよ……」

 グチャグチャと感情が混ざる。その中でやっぱり一番強いのは「好き」であり、「ダメ」なんだ。答えを問う勇気もない。どんな顔をして会えばいいか分からない。ここにいちゃいけない気さえしてくる。

「ランバート、落ち着いて。お願い、大丈夫だから」
「ラウル、俺はここにいちゃ……ファウスト様の側にいちゃ」
「そんな事ない! ねぇ、ランバート落ち着いて」

 背中を撫でる優しい動きは、この日ランバートが泣き疲れて眠ってしまうまでずっと続いていた。
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