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第五章
結婚前夜 ブライド
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《side ブライド・スレイヤー・ハーケンス》
公国の夜は、帝都とはまるで違って、穏やかで、どこか牧歌的な静けさが漂っている。
殺伐として、常に誰かの影を見なければいけない帝国とは随分と気分が変わるものだ。我は、宿泊先となった公国の迎賓館のバルコニーで、月を見上げていた。
皇帝となってから、こうして静かに過ごす時間はほとんどなかった。
だが、今夜ばかりは、帝国の喧騒を離れ、異国の地で静けさを味わっている。
……もっとも、我の周囲は決して穏やかではないようだがな。
「陛下!」
背後から、低いながらも焦りを含んだ声が聞こえる。
アイクとエドガーが揃って部屋に入ってくるのは珍しいことだ。二人の顔には困惑と苛立ちを隠そうともせず、こちらを睨むように立っていた。
「なぜ、わざわざこのような場に足を運ばれたのですか?」
アイクが詰め寄ってきた。出発前から二人は我の婚礼出席を反対していた。
「陛下は、今、帝国にとって最も重要な時期にあるのです。反帝国勢力が活発に動き、陛下の暗殺を狙う輩も少なくありません!」
彼の言葉には、苛立ちと心配が入り混じっている。だが、この式では、その心配をする必要はないのだと我は感じていた。
「そうですとも! わざわざフライ如きの結婚式などに、なぜ陛下が直接出席なさるのですか?」
エドガーも、腕を組みながら渋い顔をしている。なるほど、二人には世界が見えていないのであろうな。
「我々をこんな小国に連れてくる意味が分かりません。内政も落ち着いていないこの時期に、わざわざ公国などという場違いな土地へ……」
彼らの不満はもっともだ、未来を見ていない者はどうしても目先の不安を口にする。
我自身も、皇帝になったばかりのこの時期に、呑気に結婚式などに出席することが合理的ではないことは理解している。
だが、それでも我はここへ来た。
だからこそ、彼らの疑問には、答えてやらねばなるまい。
ゆっくりと立ち上がり、バルコニーに向かっていく。
「……時代が動く場所に来ただけだ」
静かに、そう告げる。
「……はい?」
アイクとエドガーは、揃って目を瞬かせた。
「い、いえ、陛下、仰る意味が分かりません」
「時代が……動く、ですか?」
二人の顔には、純粋な困惑が浮かんでいる。
「この結婚式には、帝国、王国、公国、異種族の代表たちが集まっている。もはや、ただの婚礼の場ではない」
バルコニーから見下ろせば、遠くの広場で、公国の貴族や異種族の代表たちが集まり、あちこちで密談を交わしているのが見える。
公国は昔からそういう国だった。
小さいながらも、貿易と情報を武器に生き残り。そして、現在もフライ・エルトールを手に入れたことで、現在の大陸を支配する者たちを集めることに成功している。
「……この場で交わされる言葉が、今後の未来を左右するのだ」
我の言葉に、アイクとエドガーの顔が固まった。
「……そんな馬鹿な。たかが一公爵の結婚式ですぞ? 陛下が、戦略的に重要な会談を開かれるならともかく……フライの婚礼にそんな価値があるのですか?」
「ある」
エドガーの疑問に対して、我は即答した。実際に、この場で集まった能ある者には、我自身も声をかけた。
「フライ・エルトールは、単なる一貴族ではない。公国は中立国としての立場を強調し続けてきた。だが、この式を機に、帝国、王国が代替わりをして、乱世が訪れようとしている。その中で生き残る最善の一手を打った」
我は、手に持ったワイングラスを軽く傾けた。
「それに、この場に集まっているのは、ただの招待客ではない。王国だけでなく、異種族の王族たち……彼らの本当の狙いは、フライの結婚式ではなく、それを利用した密約だ」
フライ・エルトールの結婚という名目で、王族貴族たちは、相手を見極め、未来を想像する。
「では、陛下は……この場で何かを見極めようと……?」
「そういうことだ」
我はワインを一口飲み、ゆっくりと視線を二人に向ける。
「ここは、ただの結婚式ではない。時代の分岐点だ」
その言葉に、二人は言葉を失った。
「帝国が、王国が、公国が、そして異種族が、ならば、私がここにいない理由があるか?」
静寂が訪れた。
アイクとエドガーは、しばらく黙ったまま私を見ていたが、やがてエドガーが膝を折る。それにアイクも続いた。
「……陛下のお考えをご理解できず、申し訳ありません」
「相変わらず、我々には到底ついていけない思考をなさる……」
どうやら二人は納得したようだ。
「ですが、どうか警戒は怠らないでください。この公国に、どんな陰謀が渦巻いているか、まだ分かりません」
「当然だ」
我は再び夜空を見上げた。
時代が動く……この夜の静寂の裏で、確実に世界の流れは変わり始めている。
フライ・エルトールは、この場を作り出した……。
それがどれほどの重大なことなのか……警戒すべきはやはりアイスか、どのような手を打ってくるのか。
そして、公国の立場は、どこへ傾くのか。
我は、その全てを見極めるためにここへ来た。
「……さて」
ワイングラスを置き、立ち上がった。
「この結婚式、どんな未来を見せてくれるか……楽しみだな」
月光の下で、我は広場を見下ろした。
公国の夜は、帝都とはまるで違って、穏やかで、どこか牧歌的な静けさが漂っている。
殺伐として、常に誰かの影を見なければいけない帝国とは随分と気分が変わるものだ。我は、宿泊先となった公国の迎賓館のバルコニーで、月を見上げていた。
皇帝となってから、こうして静かに過ごす時間はほとんどなかった。
だが、今夜ばかりは、帝国の喧騒を離れ、異国の地で静けさを味わっている。
……もっとも、我の周囲は決して穏やかではないようだがな。
「陛下!」
背後から、低いながらも焦りを含んだ声が聞こえる。
アイクとエドガーが揃って部屋に入ってくるのは珍しいことだ。二人の顔には困惑と苛立ちを隠そうともせず、こちらを睨むように立っていた。
「なぜ、わざわざこのような場に足を運ばれたのですか?」
アイクが詰め寄ってきた。出発前から二人は我の婚礼出席を反対していた。
「陛下は、今、帝国にとって最も重要な時期にあるのです。反帝国勢力が活発に動き、陛下の暗殺を狙う輩も少なくありません!」
彼の言葉には、苛立ちと心配が入り混じっている。だが、この式では、その心配をする必要はないのだと我は感じていた。
「そうですとも! わざわざフライ如きの結婚式などに、なぜ陛下が直接出席なさるのですか?」
エドガーも、腕を組みながら渋い顔をしている。なるほど、二人には世界が見えていないのであろうな。
「我々をこんな小国に連れてくる意味が分かりません。内政も落ち着いていないこの時期に、わざわざ公国などという場違いな土地へ……」
彼らの不満はもっともだ、未来を見ていない者はどうしても目先の不安を口にする。
我自身も、皇帝になったばかりのこの時期に、呑気に結婚式などに出席することが合理的ではないことは理解している。
だが、それでも我はここへ来た。
だからこそ、彼らの疑問には、答えてやらねばなるまい。
ゆっくりと立ち上がり、バルコニーに向かっていく。
「……時代が動く場所に来ただけだ」
静かに、そう告げる。
「……はい?」
アイクとエドガーは、揃って目を瞬かせた。
「い、いえ、陛下、仰る意味が分かりません」
「時代が……動く、ですか?」
二人の顔には、純粋な困惑が浮かんでいる。
「この結婚式には、帝国、王国、公国、異種族の代表たちが集まっている。もはや、ただの婚礼の場ではない」
バルコニーから見下ろせば、遠くの広場で、公国の貴族や異種族の代表たちが集まり、あちこちで密談を交わしているのが見える。
公国は昔からそういう国だった。
小さいながらも、貿易と情報を武器に生き残り。そして、現在もフライ・エルトールを手に入れたことで、現在の大陸を支配する者たちを集めることに成功している。
「……この場で交わされる言葉が、今後の未来を左右するのだ」
我の言葉に、アイクとエドガーの顔が固まった。
「……そんな馬鹿な。たかが一公爵の結婚式ですぞ? 陛下が、戦略的に重要な会談を開かれるならともかく……フライの婚礼にそんな価値があるのですか?」
「ある」
エドガーの疑問に対して、我は即答した。実際に、この場で集まった能ある者には、我自身も声をかけた。
「フライ・エルトールは、単なる一貴族ではない。公国は中立国としての立場を強調し続けてきた。だが、この式を機に、帝国、王国が代替わりをして、乱世が訪れようとしている。その中で生き残る最善の一手を打った」
我は、手に持ったワイングラスを軽く傾けた。
「それに、この場に集まっているのは、ただの招待客ではない。王国だけでなく、異種族の王族たち……彼らの本当の狙いは、フライの結婚式ではなく、それを利用した密約だ」
フライ・エルトールの結婚という名目で、王族貴族たちは、相手を見極め、未来を想像する。
「では、陛下は……この場で何かを見極めようと……?」
「そういうことだ」
我はワインを一口飲み、ゆっくりと視線を二人に向ける。
「ここは、ただの結婚式ではない。時代の分岐点だ」
その言葉に、二人は言葉を失った。
「帝国が、王国が、公国が、そして異種族が、ならば、私がここにいない理由があるか?」
静寂が訪れた。
アイクとエドガーは、しばらく黙ったまま私を見ていたが、やがてエドガーが膝を折る。それにアイクも続いた。
「……陛下のお考えをご理解できず、申し訳ありません」
「相変わらず、我々には到底ついていけない思考をなさる……」
どうやら二人は納得したようだ。
「ですが、どうか警戒は怠らないでください。この公国に、どんな陰謀が渦巻いているか、まだ分かりません」
「当然だ」
我は再び夜空を見上げた。
時代が動く……この夜の静寂の裏で、確実に世界の流れは変わり始めている。
フライ・エルトールは、この場を作り出した……。
それがどれほどの重大なことなのか……警戒すべきはやはりアイスか、どのような手を打ってくるのか。
そして、公国の立場は、どこへ傾くのか。
我は、その全てを見極めるためにここへ来た。
「……さて」
ワイングラスを置き、立ち上がった。
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