不憫な貴方を幸せにします

紅子

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ご乱心

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俯いたまま何も言わないエルフィント殿下のことは一先ず置いておくようだ。ライオネル殿下の方は、早々に納得したらしい。元々、グランに対する忌避感はあまりなかったようだ。母と兄に逆らえず、追従することで己の身を護ろうとした。まだ、13歳。親の保護は必要だ。

「さて、グランバートルよ。シャンピーニ伯爵家には、私から書状を出しておく」

「ありがとうございます」

先程の話で、グランの中の父親の印象はがらりと変わったようだ。陛下を見る表情が柔らかくなった。

「すまんが、王位は渡せない。そのかわり大公の位を授ける予定だ。領地がほしければ適当なところをやろう」

「王位も領地も必要ありません。今まで通り身軽な方がいい。爵位も不要なくらいです」

「爵位は今後のためにも貰っておけ。領地が要らぬなら、シャンピーニ伯爵領にある王家所有の別荘をやろう」

あったな。サライラール湖の畔に王家所有とは思えないくらいこじんまりとした可愛らしい建物が確かにある。あそこなら、使用人なしで住むにはちょうどいい。実家からもほどよい距離だ。などと、頭の中で領内の地図を広げていると、突然私に声がかかった。

「ベルティナ嬢。無理をすることはない。宿命だからといって、それに囚われる必要はないんだよ?」

「は?」

エルフィント殿下の理解に苦しむ発言に、思わず素で答えてしまった。グランだけでなく陛下もライオネル殿下すら、ぽかんとエルフィント殿下のことを見ている。

「私はこの化け物より容姿も優れているし、人望も厚いと自負している。宿命などという耳障りのいい言葉に騙されてはいけない。本当はあなたも私を求めているんだろう?」

「は?」

何処から突っ込んでいいか分からない。全てが間違っているとどう訂正したらいいのか、咄嗟に出てこないんだね。

「母上の言っていた通りだ。化け物はいずれ俺から何もかもを奪うと。だから、用心しろと。ベルティナ嬢もそうなんだろう?脅されているなら俺が助けよう。化け物の言いなりになる必要はない」

ここまでくると不気味になってくる。この場にいる全員が、エルフィント殿下の正気を疑った。何かに操られているのではないか、と。

「ザクロ。解呪」

『出来ない。呪われてもいなければ、術にも掛かっていない』

なにそれ、怖い。私は思わずグランにしがみついた。エルフィント殿下の気持ち悪さに震えてくる。もう嫌。

「エルフィント殿下。本気でそうお思いなのですか?」

震える声を抑えて、なるべく静かに尋ねた。刺激してはいけない。正気ならヤバい人だ。野放しには出来ない。

「何処か間違っているとでも?化け物は狡猾に私たちを騙す。それを見抜けるのは母上と俺だけだ。母上がどんなに策を講じても、この化け物は周りを唆し、自らの盾としていたのだからな。それを見てきた母上と俺にしかこの化け物の醜さはわからんだろう」

陛下は、思案顔でエルフィント殿下を見据えてはいるが、何も言わない。グランも陛下の意図を察して、私を宥めるように触れるだけで口を開かない。ライオネル殿下は「兄上」と言ったきり、手で顔を覆ってしまった。・・・・私に引導を渡せと?

「エルフィント殿下」

私は腹を括った。

「漸く分かってくれたか」

名前を呼んだだけなのに、何故そうなるのか分からない。

「私はあなたの容姿が嫌いです!無理なんです。触られると鳥肌が立つんです!気持ち悪いんです!その自信過剰なところも、母上主義なマザコン振りも、ぜんぶぜーんぶ、生理的に無理!!!」

フゥ。言いたいことは言った!言い切った!やりきった思いでグランを見上げると、呆気にとられている。陛下もライオネル殿下もぽかんと私を見ていた。あれ?何か間違えた?

「フッ」「フッハ」「ブッ」

「「「クククククッ」」」

次の瞬間、3人が同時に吹き出した。腹を抱えて笑っている。エルフィント殿下は、呆気にとられて固まっているにもかかわらず、ぶつぶつと何事か呟いているのが怖さを煽ってくる。

「ティナ。ストレートに言い過ぎ」

「さすがにそう来るとは思わなかったぞ?」

「容赦なさ過ぎる」

引導を渡せという雰囲気だったから頑張ったのに解せない。後から冷静になって考えたら、不敬罪もいいところの発言だったと気付いた。勢いって怖いわ。

ひとしきり笑って、漸く落ち着きを取り戻した陛下はエルフィント殿下に向き直った。

「エルフィントよ。随分と嫌われたな」

虚ろな眼差しで視線を彷徨わせるエルフィント殿下に、先程までの自信過剰な姿はない。

「お前は王妃の影響を受けすぎている。先程、ベルティナ嬢に向けた己の言葉がどういうものか、冷静に考えるがいい」

陛下の厳しくも愛情溢れる謹慎処分という罰を受けたエルフィント殿下は、抵抗することなく騎士に連れられて自室へと戻っていった。
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