ぼく、パンダ

山城木緑

文字の大きさ
24 / 49
6.俺らがいるからな

しおりを挟む
「おぉ、高えな。落ちたら下手すりゃ死ぬわ。佐々木にあっち行っても怒られるな」

 慎重に登っていく。竹はゴムのようにしなり、必死でしがみつく。やがて真ん中ほどまで登り、上を見上げた。先がある程度見えている。そこには、何もない。
 さっきの鳥がいて、その鳥に吠えていたのかとも考えたが、鳥が飛び立つ羽音も聞こえはしなかった。
 仕方なく、祐吾はその辺りに生えたまだ若い葉をちぎってポケットに入れ、降りることにした。この若い葉を食べたいだけなのかもしれない。
 するすると降りると、まだポカンとした表情でシェンシェンはこちらを見ていた。

「これか? 若い葉っぱ食べたかったんか?」

 ポケットからたくさんの瑞々しい葉を取り出し、シェンシェンの目の前に置いた。
 力が抜けて、また膝から落ち、しゃがみこんだ。へとへとだ。足に力が入らない。
 すると、予期していない反応をシェンシェンがみせた。
 シェンシェンは突然、祐吾をぽかぽかと叩き出したのである。甘噛みだが、祐吾のシャツやズボンを噛んで引っ張り、また前足でぽかぽかと叩くのだ。

「おうおう、どうしたどうした?」

 シェンシェンは祐吾の上に乗ったり、また叩いたり、とにかく祐吾にちょっかいを出し始めた。

「そんなに若い葉っぱ嬉しかったか? これで信頼したんか? 食いしん坊なやつだな」

 祐吾は飛び乗ってくるシェンシェンとじゃれ合いながら聞いた。分かるはずもない。ただ、警戒されていないことは確かで、祐吾は嬉しくてたまらなかった。

 祐吾は決断した。
 明日、山を降りよう。
 この地にいるから馴染いてくれているのかも知れないが、不思議と祐吾にはシェンシェンがこのままついてきてくれる確信めいたものを感じていた。
 あとは覚悟だけの問題である。必ず、シェンシェンを幸せにする。
 今夜は月が綺麗に見えた。涼しい風が眠りにつくシェンシェンと祐吾の鼻腔をくすぐっていた。

 明くる朝、またシェンシェンに引っ張られて起きた。
 すこし遊んであげて祐吾はそっとリードをシェンシェンの首につけてみた。シェンシェンは母親の傷を丁寧に舐めて、いつものように竹の葉を添えた。リードが首に巻かれたのに気づいていないわけはない。リードを巻かれようが、ぼくはここでお母さんと暮らすんだとアピールしているのではないか。祐吾にはそう見えた。
 とても引っ張れないなと思ったとき、シェンシェンは自ら祐吾の前にすっと出た。祐吾が理解できずに立ち尽くしていた。シェンシェンは祐吾のズボンを甘噛みして引っ張った。さあ、行こうよ。そうとでも言うように、振り向いて祐吾を見上げている。

「分かるのか、シェンシェン? 大丈夫なんか?」

 シェンシェンはまだ祐吾を見上げている。あとは任せるよとその顔が物語っていた。
 祐吾がシェンシェンを引く。シェンシェンもついて歩き始めた。ありがとう、良い子だ。もうひとつのお家、堂ヶ芝動物園に帰ろう。楽しいことがたくさん待ってるから。
 さすがにシェンシェンは何度も振り向いた。母親にさようならを告げているのだ。責任は重い。リードを持つ手に力が入る。
 すこしづつ母親の白と黒の背中が小さくなっていく。竹の緑に紛れていく。
 祐吾はシェンシェンに向けて言った。

「シェンシェン、シェンシェンが大きくなってここに来れなくなっても、俺がまたここを訪れるからな。ちゃんと線香をあげに来るわな」

 シェンシェンがワウと鳴いた。祐吾がシェンシェンを撫でる。二人はゆっくりと山を降りていく。
 ここからがシェンシェンと俺の第二章だ。シェンシェンが動物園に馴染んで大きくなった頃、俺の手もある程度離れるだろう。その時にゆっくり有休でも取ろう。そして、ここへ、シェンシェンを産んでくれた大事な母親へシェンシェンの成長を告げに来よう。
 空はまっさらに晴れていた。空が門出を祝福しているようだった。

 だが、この日以来、祐吾がこの地に足を踏み入れることはなかった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

診察室の午後<菜の花の丘編>その1

スピカナ
恋愛
神的イケメン医師・北原春樹と、病弱で天才的なアーティストである妻・莉子。 そして二人を愛してしまったイケメン御曹司・浅田夏輝。 「菜の花クリニック」と「サテライトセンター」を舞台に、三人の愛と日常が描かれます。 時に泣けて、時に笑える――溺愛とBL要素を含む、ほのぼの愛の物語。 多くのスタッフの人生がここで楽しく花開いていきます。 この小説は「医師の兄が溺愛する病弱な義妹を毎日診察する甘~い愛の物語」の1000話以降の続編です。 ※医学描写はすべて架空です。

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳主婦のカレンはインスタグラムで20歳大学生の晴人と知り合う。親密な関係となった3度目のデートのときに、晴人が実は17歳の高校2年生だと知る。 カレンと晴人はその後、どうなる?

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...