終焉の晩餐会:追放される悪役令息は、狂欲の執事と飢えた庭師を飼い慣らす

河野彰

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第六章:泥の聖域、冷たい指先 

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 密室に満ちていたのは、重く、甘ったるい、雄たちの熱の残骸だった。
 その夜もフェラムは手荒くリュシアンを抱いた。好きなだけ貪るとその身体には見向きもせずに自室へと戻っていった。

 リュシアンの荒い呼吸がようやく整い、火照った身体がシーツの海に沈み込んだその瞬間。

 ――コン、コン。

 静寂を裂いたのは、硬質な指先が硝子を叩く音ではない。湿った土の塊を叩きつけるような、鈍く重い、粘り気のある音だった。
 リュシアンが視線を向ければ、月光に透ける窓硝子に、べっとりと黒い泥の掌紋が押し付けられている。その指の間から覗くのは、闇よりも深い色をしたルタムの瞳だった。

 ルタムは音もなく窓の鍵を外すと、夜の冷気と共に、雨上がりの泥と朽ちた葉の匂いを引き連れて入室した。
 高価な絨毯の上に泥の跡を残しながら、彼はゆっくりと、まだ熱の引ききらぬリュシアンの枕元へ歩み寄る。

「酷いお顔をなさっていますね、リュシアン様。そんなに震えなくても良いのに」

 その声は、深海の底から響くように穏やかで、それでいて逃げ場を許さない響きを持っていた。
 ルタムは泥に汚れた手袋を脱ぎ捨てると、白く細い指先を、リュシアンの汗ばんだ喉元へと滑らせる。

「あの方に触れられた場所が、これほどまでに熱い。内側から焼かれているような、淫らな身体ですね」

 ルタムの指先は驚くほど冷たく、リュシアンの肌を氷の楔のように貫いた。
 彼はリュシアンの首筋に深く刻まれた紅い痕を、親指の腹で執拗になぞり始める。情事の痕跡を慰めるような手つき。その実、彼は冷たい指先で他者の熱を削ぎ落とし、自分の色で上書きしようとしていた。

「大丈夫ですよ。心配はいりません。僕は、すべて見ておりましたから」

 ルタムは顔を近づけ、リュシアンの耳元で甘く、冷酷に囁く。

「あなたがどんな声で喘ぎ、どのような顔で果てたのか。その惨めなほど美しい姿のすべてを、私だけが知っています。さあ、汚れた熱を冷ましましょう。私が、あなたを浄化して差し上げます」

 ルタムは、今しがたまで他者の唇が触れていたはずのその首筋へ、氷のような唇を深く、深く押し当てた。

 窓の外から持ち込まれた夜の冷気が、密室に淀んでいた情事の熱をじりじりと追い詰めていく。
 ルタムは、ベッドへと寝かせたリュシアンの枕元に音もなく膝をついた。その手には、場にそぐわないほど純白の、柔らかな銀の縁取りがなされた布と、小さな硝子の瓶が握られている。

「酷く汚されてしまいましたね、リュシアン……いえ、リュリュ。あの方の粗野な熱が、あなたの気高い肌をこんなにも濁らせて」

 ルタムは慈しむような手つきで、瓶の栓を抜いた。中から溢れ出したのは、凍てつくような芳香を放つ、清冽な聖水だ。
 彼はその液体を惜しみなく布に浸すと、リュシアンの震える肩へと押し当てた。

「ひっ!」

 あまりの冷たさに、リュシアンの身体が跳ねる。しかし、ルタムのもう片方の手は、逃げ場を塞ぐようにリュシアンの細い手首を掴んで離さない。泥のついた指先が、白い肌にどす黒い痣のような跡を刻んでいく。

「じっとしていてください。不浄なものは、早いうちに拭い去らねばなりません。さもなければ、あなたの骨の髄まであの方の毒が回ってしまう」

 ルタムは、リュシアンの首筋に刻まれた鮮やかな紅い痕――先ほどまで別の男が執拗に吸い付いていたその場所を、濡れた布で力任せに擦った。
 皮膚が赤く腫れ上がるほどの強さだ。それは清拭と呼ぶにはあまりに暴力的で、まるで他者の所有印を削り取ろうとする執念そのものだった。

「あ、……やめるんだ、ルタム……」

「やめられませんよ。見てください、あの方が残した卑しい汗も、匂いも、私の手でこうして白く戻していくのです。……ほら、ここにも。太腿の内側まで、あの方は無遠慮に踏み込んだのですね」

 布は次第に、リュシアンの肌から奪い取った熱と、ルタムの指に付着していた泥で薄汚れていく。
 リュシアンの身体が震えるたび、ルタムの瞳には悦楽に似た光が宿った。彼はリュシアンの耳元に顔を寄せ、凍るような吐息を吹きかける。

「大丈夫ですよ、リュリュ。あの方が触れた場所はすべて、私が、私が塗り潰して差し上げます。今夜が終わる頃には、あなたは私の泥と、この冷たい水だけのものになる」

 ルタムは、リュシアンの胸元に残った最後の痕跡を拭い去ると、汚れた布を床に捨てた。
 そして、水に濡れて青白く光るリュシアンの肌を、今度は剥き出しの掌で、ゆっくりと撫で下ろした。
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