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16.奈落の底
しおりを挟む蜘蛛の巣や雑な修繕跡や隙間だらけの宿舎内、俺は酒やつまみを乗せたテーブル越しに、補欠組の面々から自己紹介を受けることになった。
「えー、まず僕から説明してあげます。名はピエール。固有能力は【運勢】。基本スキルの《呪言》により、自分が思い描く幸運や不幸が対象に転がり込みます。熟練度が低いゆえ、まだ些細なものですがね……」
ピエールが前髪を弄りながら自信ありげに話す。酒が苦手なのか、なみなみと注がれた瓶にはまったく触れようとしなかった。
「じゃあ、あのバナナは……」
「もちろん、僕の力ですよ」
なるほど、あれも人為的なものだったのか。偶然にしてはできすぎだし、それなら合点がいく。
「まー、ランクはEですが、これは熟練度をほとんど上げてないからです。本気さえ出せば、明日にでもDまではいけるかと思います」
「思いますじゃねえよ、サボリ魔ピエールが! それじゃー、次おいらね! 心して聞けよ新入り!」
小柄な男が、待ってましたとばかりに大声を上げる。この男も酒に弱いのか、あまり飲んでないのにすっかりできあがっている様子で、つまみにばかり手を出していた。
「おいらはアデロ。【幻想】っていう固有能力がある。その基本スキル《幻視》で言葉や想像で示した虚像を相手に現実として見せるんだ。あれはおいらが思い描いたアートだけどよ、しばらく残る。ランクは全然磨いてねえのにDだ。すげーだろ!」
あれってのは、あの黒い化け物のことか。幻覚とはいえ相手を怯ませるくらいのことはできそうだな。
「……次、自分……」
それまで、酒に怯えるようにちびちびと飲んでいた長身の男が語り始める。
「……自分の名前は、ザッハ……。固有能力は【壁化】だ。基本スキル《変身》で、壁に変身する。驚いたか。ランクは、聞くな……」
壁になれるのか。あー、じゃああのとき見た灰褐色の壁の正体はこのザッハとかいう男だったんだな。ランクがどれくらいなのか気になったが、アデロとかいうのがぼそっとEランクのくせに偉そうに言うなと笑いながら呟くのが聞こえた。
「最後は俺の番だな」
とても低くて芯のある声が聞こえてくる。浴びるように酒を飲んでいた男で、虚ろな目をしていたから大丈夫なのかと思ってたが普通に喋り出した。
「俺の名はカルバネ。固有能力は【骸化】だ。《変身》できる時間は決して長くないが、文字通りアンデッド化でその間は死ななくなる。ランクはCだ」
「……」
このカルバネとかいう男、固有能力が示す通り異常なくらいガリガリだが、やたらと鋭い眼光をしていた。
鈍色の長い髪を後ろで一本に縛っていて、色白で端正な顔立ちなのに男らしく感じるほどだった。服装に関しては、コートの肩掛けと髑髏のペンダントが少々目立つ程度でどっちかというと大人しめな感じだから、余計に存在感が際立っていた。
誰かに似てる感じがすると思ったら、ルベックだ。俺はあいつのような危険な空気を肌で感じて、手首の傷がズキズキと痛んだ。
「新入り、お前は運がいい」
「え?」
俺はカルバネが何を言ってるのかわからなかった。運がいいだって?
「大怪我をしたことでレギュラー陣から介護されたと聞いた。やつらと甘いひとときを、それが最後とはいえ過ごせたわけだからな……」
「……さ、最後って、どういうことかな?」
「僕がカルバネさんの代わりに説明してあげます」
そこでピエールが口を挟んできた。
「もう『インフィニティブルー』のレギュラーは決まってるので、僕たちの出番は一生来ないってことですよ」
「……」
どういうことだ。ここでいくら頑張っても無駄ってことか? 俺はレギュラーになれなくても、バニルたちに恩を返せるならそれでいいが……。
「そうそう、ピエールの言う通りだ。でも、いいなあ。おめーはよお!」
「うっ……」
いきなりアデロとかいう小男が俺の肩に腕を回してきて、酒臭い息を吐きかけてきた。
「な、何が……」
「とぼけんなよ、おい! レギュラー陣から手厚く歓迎されたそうだなあ? おいらだってよお、バニル、スピカ、ルシア、ミルウとハーレムしてえんだよ……ひっく」
「……プッ……」
長身のザッハが噴き出すように笑って、アデロの火照った顔がさらに赤みを増していく。
「おい、何笑ってんだよデク!」
「……チビ……」
「ああ!? ぶっ殺すぞ!」
「……やってみろ……」
アデロとザッハが喧嘩してる。
「見苦しいので外でやってください、二人とも……」
「「ああ?」」
「ん? お二人とも、僕とやるつもりですか? 不幸なことが起こっても知りませんよ……?」
ピエールまで混じって揉め始めたもんだから、なんとも気まずい空気になってしまった。
「もうよせ、アデロ、ザッハ、ピエール。酒が不味くなるだろうが」
カルバネの一言で、喧嘩はあっさりと収まった。かなり影響力のある男なんだろう。
「……とにかく俺たちはずっとここにいることになる。どれだけ頑張っても無駄だということがいずれよくわかるだろう」
「一体、どういう……」
カルバネはあっちのほうを向いたかと思うと、横たわったまま動かなくなってしまった。もう寝るつもりなんだろうか。
「新入り、カルバネさんをよく見とけ。この人ほどの腕でもずっとここにいるんだ。このパーティーは腐りきってんだよ!」
「そうそう。まー、僕たちは倉庫の肥やしみたいなもんです」
「……恨めしい……」
「……」
カルバネ、アデロ、ピエール、ザッハの言動が示すように、なんともいえない倦怠感や虚無感がここには蔓延っていると感じた。
「それよりよー、おめーの名前と固有能力をさっさと教えろってんだよ!」
「僕も是非聞きたいですね」
「……教えろ……」
「あ、うん」
なんだかやたらと空気が淀んでて言うのをためらってしまうが、俺だけ隠すわけにもいかないか。
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