45 / 130
45.前しか向かない
しおりを挟むあれから昼の刻までたっぷりと睡眠を取ったあと、俺は再び狼峠に向かって歩き始めていた。これからはもう一睡もできない状況がずっと続くからな。
「……はあ……」
しばらくして、無意識のうちに溜息がこぼれてしまう。
ここまで来ると周囲は昼でも暗いだけじゃなく、道らしい道もない荒れた獣道ばかりで気が滅入りそうだった。しかも前方は延々と上り坂になってるだけでなく、地面がぬかるんでることから大して進めず、一歩足を前に運ぶたびに森は容赦なく俺から体力を奪っていくかのようだった。
「――うっ……?」
どれくらい歩いてきただろうか。
ふと立ち止まって水を口に含んだとき、遠くから金切り鳩の鳴き声が聞こえてきたかと思うと、まもなく俺の体が小刻みに震え始めた。
な、なんだ……? そこそこ冷え込んでるものの肌寒さは今までとほとんど変わらないし、風もあまりないのに、足の震えがしばらく止まらなかった。
それだけ神経が過敏になってしまってるんだろうか。きっと今の俺は顔面蒼白で、目玉も飛び出しそうになってるんだろうな……。
一度怯み出すと、無心に歩いてたときには感じなかった恐怖の感情がどんどん頭の中に流れ込んできて、しかも増殖までするから不思議だ。ここまで来たら、もう簡単には引き返せないという現実がそうさせるのかもしれない。
俺は面白い話や美味しい食べ物を思い浮かべて、なんとか恐怖心を消そうと試みた。ラピッドウルフは人の怯えを敏感に感じ取り、逃げる者を執拗に追いかける習性があるというから尚更必死だった。
上級者でも怯むような恐ろしい場所に、俺はたった一人で挑もうとしているんだ。絶対に怯えるなというのも無理な話だが、それでも何度か深呼吸して心を落ち着かせると、一歩ずつ前へと進んでいく。立ち止まろう、戻ろうとする意識を、邪念として木の葉や枝とともに踏み散らしながら。
「……はぁ、はぁ……」
それから丸一日、俺は息を切らしながらも森の中を北に向かって歩き続けたわけだが、木々の賑わいは増していくばかりだった。
見渡す限りどこを見ても同じような光景だから、もしかしたら迷ってしまってるんじゃないかと思って小指を石板に当てて位置情報を確認してみたわけだが、そこに刻まれた文字は俺の立っている場所が狼峠であることを如実に示していた。
なんだよ、もう着いていたのか……。
確かによく見ると、この地点から先はなだらかな下りになっているのがわかる。いつのまにかここまで上り詰めていたってことだ。
「……」
今まさに自分が狼峠に立っていると思った途端に緊張感が膨らんでくるが、頭を横に振って抑え込む。ここからが大事だ。なるべく怯まないように心がけながら用心深く薬草を採取し、迅速にここから立ち去らないといけない。
薬草の特徴についてはベリテスから聞いている。
急な斜面に生えていることが多く、先端が人の手を上向きに広げた形であることから、手の平草と呼ばれているとか。その数の少なさに加え、狼峠というただでさえ危険な場所にあるというだけでなく、足の踏み場がないようなところに生えているため、落命草というありがたくない異称もあるらしい。
ほろ苦さの中にも蜂蜜のような甘みがあり、少量なら薬としてとても有用だが、多量であれば死に至る毒になってしまうというのもそう呼ばれる所以の一つなんだろう。
今のところ狼たちの気配はまったくない。まだ昼間ということもあるんだろう。やつらは夕方から夜にかけて行動することが多いそうで、この時間帯に到着したというのは計画通りでもあった。
俺は滑り落ちないように少しずつ斜面に近寄り、例の薬草がないかどうか目を凝らす。寝てないせいか左目が霞むが、何度も擦ったりまばたきしたりして前を見据える。
……ん? 耳を澄ますとせせらぎが聞こえてきた。決して幻聴などではない。実際に急な斜面の下には砂利だらけの川辺の一部が見える。俺が落とされた崖ほどじゃないとはいえ結構な高さがあるし、ここから少しでも足を滑らせたら無事じゃ済まないだろう。
――あっ……斜面の下のほうにそれらしいものが見えたと思ったら……早速見つけた。
一見、人の遺体が土の中から手を出しているかのようにも見える、不気味な茶緑の草――手の平草――だ。あれで間違いない。俺は落ちないように木と自分の体をロープで結び、慎重に斜面を下って薬草に左手を伸ばす。
もうすぐだ。もう少しで掴める……よし、掴んだ……。
「ちょっ……」
振り返って戻ろうとしたとき、命綱のロープを齧っている細長い小動物が見えた。
あれは……ミミクリーラットだ。
普段は森で木の実や昆虫を食べて暮らしていて、身の危険を感じると木の枝に擬態する大人しい生物だが、好奇心旺盛で珍しいものが近くにあると噛む習性がある。
薬草に集中しすぎてしまってか、やつの気配を感じることができなかったようだ。ここは狼たちの住処でもあるので大声を出すわけにもいかず、俺は小癪な鼠を目で威嚇した……が、ダメだ。一心不乱に齧っていて、今にも千切れそうになっている。
このままじゃまずいと思い、俺は咄嗟に薬草を咥えると同時に左手でその辺の蔦を掴んだ。
「……あっ……!」
あえなく蔦はロープとほぼ同時に千切れてしまった……。
34
あなたにおすすめの小説
目つきが悪いと仲間に捨てられてから、魔眼で全てを射貫くまで。
桐山じゃろ
ファンタジー
高校二年生の横伏藤太はある日突然、あまり接点のないクラスメイトと一緒に元いた世界からファンタジーな世界へ召喚された。初めのうちは同じ災難にあった者同士仲良くしていたが、横伏だけが強くならない。召喚した連中から「勇者の再来」と言われている不東に「目つきが怖い上に弱すぎる」という理由で、森で魔物にやられた後、そのまま捨てられた。……こんなところで死んでたまるか! 奮起と同時に意味不明理解不能だったスキル[魔眼]が覚醒し無双モードへ突入。その後は別の国で召喚されていた同じ学校の女の子たちに囲まれて一緒に暮らすことに。一方、捨てた連中はなんだか勝手に酷い目に遭っているようです。※小説家になろう、カクヨムにも同じものを掲載しています。
復讐完遂者は吸収スキルを駆使して成り上がる 〜さあ、自分を裏切った初恋の相手へ復讐を始めよう〜
サイダーボウイ
ファンタジー
「気安く私の名前を呼ばないで! そうやってこれまでも私に付きまとって……ずっと鬱陶しかったのよ!」
孤児院出身のナードは、初恋の相手セシリアからそう吐き捨てられ、パーティーを追放されてしまう。
淡い恋心を粉々に打ち砕かれたナードは失意のどん底に。
だが、ナードには、病弱な妹ノエルの生活費を稼ぐために、冒険者を続けなければならないという理由があった。
1人決死の覚悟でダンジョンに挑むナード。
スライム相手に死にかけるも、その最中、ユニークスキル【アブソープション】が覚醒する。
それは、敵のLPを吸収できるという世界の掟すらも変えてしまうスキルだった。
それからナードは毎日ダンジョンへ入り、敵のLPを吸収し続けた。
増やしたLPを消費して、魔法やスキルを習得しつつ、ナードはどんどん強くなっていく。
一方その頃、セシリアのパーティーでは仲間割れが起こっていた。
冒険者ギルドでの評判も地に落ち、セシリアは徐々に追いつめられていくことに……。
これは、やがて勇者と呼ばれる青年が、チートスキルを駆使して最強へと成り上がり、自分を裏切った初恋の相手に復讐を果たすまでの物語である。
転生者は力を隠して荷役をしていたが、勇者パーティーに裏切られて生贄にされる。
克全
ファンタジー
第6回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
2020年11月4日「カクヨム」異世界ファンタジー部門日間ランキング51位
2020年11月4日「カクヨム」異世界ファンタジー部門週間ランキング52位
転落貴族〜千年に1人の逸材と言われた男が最底辺から成り上がる〜
ぽいづん
ファンタジー
ガレオン帝国の名門貴族ノーベル家の長男にして、容姿端麗、眉目秀麗、剣術は向かうところ敵なし。
アレクシア・ノーベル、人は彼のことを千年に1人の逸材と評し、第3皇女クレアとの婚約も決まり、順風満帆な日々だった
騎士学校の最後の剣術大会、彼は賭けに負け、1年間の期限付きで、辺境の国、ザナビル王国の最底辺ギルドのヘブンズワークスに入らざるおえなくなる。
今までの貴族の生活と正反対の日々を過ごし1年が経った。
しかし、この賭けは罠であった。
アレクシアは、生涯をこのギルドで過ごさなければいけないということを知る。
賭けが罠であり、仕組まれたものと知ったアレクシアは黒幕が誰か確信を得る。
アレクシアは最底辺からの成り上がりを決意し、復讐を誓うのであった。
小説家になろうにも投稿しています。
なろう版改稿中です。改稿終了後こちらも改稿します。
パワハラ騎士団長に追放されたけど、君らが最強だったのは僕が全ステータスを10倍にしてたからだよ。外れスキル《バフ・マスター》で世界最強
こはるんるん
ファンタジー
「アベル、貴様のような軟弱者は、我が栄光の騎士団には不要。追放処分とする!」
騎士団長バランに呼び出された僕――アベルはクビを宣言された。
この世界では8歳になると、女神から特別な能力であるスキルを与えられる。
ボクのスキルは【バフ・マスター】という、他人のステータスを数%アップする力だった。
これを授かった時、外れスキルだと、みんなからバカにされた。
だけど、スキルは使い続けることで、スキルLvが上昇し、強力になっていく。
僕は自分を信じて、8年間、毎日スキルを使い続けた。
「……本当によろしいのですか? 僕のスキルは、バフ(強化)の対象人数3000人に増えただけでなく、効果も全ステータス10倍アップに進化しています。これが無くなってしまえば、大きな戦力ダウンに……」
「アッハッハッハッハッハッハ! 見苦しい言い訳だ! 全ステータス10倍アップだと? バカバカしい。そんな嘘八百を並べ立ててまで、この俺の最強騎士団に残りたいのか!?」
そうして追放された僕であったが――
自分にバフを重ねがけした場合、能力値が100倍にアップすることに気づいた。
その力で、敵国の刺客に襲われた王女様を助けて、新設された魔法騎士団の団長に任命される。
一方で、僕のバフを失ったバラン団長の最強騎士団には暗雲がたれこめていた。
「騎士団が最強だったのは、アベル様のお力があったればこそです!」
これは外れスキル持ちとバカにされ続けた少年が、その力で成り上がって王女に溺愛され、国の英雄となる物語。
追放された最強賢者は悠々自適に暮らしたい
桐山じゃろ
ファンタジー
魔王討伐を成し遂げた魔法使いのエレルは、勇者たちに裏切られて暗殺されかけるも、さくっと逃げおおせる。魔法レベル1のエレルだが、その魔法と魔力は単独で魔王を倒せるほど強力なものだったのだ。幼い頃には親に売られ、どこへ行っても「貧民出身」「魔法レベル1」と虐げられてきたエレルは、人間という生き物に嫌気が差した。「もう人間と関わるのは面倒だ」。森で一人でひっそり暮らそうとしたエレルだったが、成り行きで狐に絆され姫を助け、更には快適な生活のために行ったことが切っ掛けで、その他色々が勝手に集まってくる。その上、国がエレルのことを探し出そうとしている。果たしてエレルは思い描いた悠々自適な生活を手に入れることができるのか。※小説家になろう、カクヨムでも掲載しています
勇者パーティーに追放された支援術士、実はとんでもない回復能力を持っていた~極めて幅広い回復術を生かしてなんでも屋で成り上がる~
名無し
ファンタジー
突如、幼馴染の【勇者】から追放処分を言い渡される【支援術士】のグレイス。確かになんでもできるが、中途半端で物足りないという理不尽な理由だった。
自分はパーティーの要として頑張ってきたから納得できないと食い下がるグレイスに対し、【勇者】はその代わりに【治癒術士】と【補助術士】を入れたのでもうお前は一切必要ないと宣言する。
もう一人の幼馴染である【魔術士】の少女を頼むと言い残し、グレイスはパーティーから立ち去ることに。
だが、グレイスの【支援術士】としての腕は【勇者】の想像を遥かに超えるものであり、ありとあらゆるものを回復する能力を秘めていた。
グレイスがその卓越した技術を生かし、【なんでも屋】で生計を立てて評判を高めていく一方、勇者パーティーはグレイスが去った影響で歯車が狂い始め、何をやっても上手くいかなくなる。
人脈を広げていったグレイスの周りにはいつしか賞賛する人々で溢れ、落ちぶれていく【勇者】とは対照的に地位や名声をどんどん高めていくのだった。
ハズレスキル【分解】が超絶当たりだった件~仲間たちから捨てられたけど、拾ったゴミスキルを優良スキルに作り変えて何でも解決する~
名無し
ファンタジー
お前の代わりなんざいくらでもいる。パーティーリーダーからそう宣告され、あっさり捨てられた主人公フォード。彼のスキル【分解】は、所有物を瞬時にバラバラにして持ち運びやすくする程度の効果だと思われていたが、なんとスキルにも適用されるもので、【分解】したスキルなら幾らでも所有できるというチートスキルであった。捨てられているゴミスキルを【分解】することで有用なスキルに作り変えていくうち、彼はなんでも解決屋を開くことを思いつき、底辺冒険者から成り上がっていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる