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90.逢魔が刻
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また来た……。
悪魔の粉が元になったスキル《デビルチャーム》は、思った以上の効果を発揮していた。
そこにいるだけであれよあれよとモンスターが寄ってくるもんだから、俺を含めてみんな体力を温存しつつ戦うことができていた。モンスターを探す手間が省けるとこんなにも楽なんだな。
周囲は暗くなりつつあるが、小ボスが出現するノルマ達成までもうすぐだ。ちなみに半漁兵士はほとんど俺だけで倒している。
『ギョエェッ!?』
例の宝箱から生まれたスキル《ドロップボックス》によって、目線くらいの高さから宝箱が出現して落下し、それにモンスターが潰されるのをただ眺めるだけの作業。
熟練度がFなせいかまだ近い場所にしか落とせないが、スキル自体がBランクなためかそこそこ維持できるし、結構な大きさがあるので三匹とかで来られても《結合》したあとでまとめて潰すことができた。正直簡単すぎて欠伸が出るレベルだ。
それでも、宙に浮くボーンフィッシュや硬いコルヌタートルには通用しなかった。ほかにも俊敏なやつとか体躯の大きい相手には厳しいだろう。
半漁兵士は背が低くて動きも鈍いため、面白いように宝箱で倒すことができていたんだ。
「ミルウの宝箱ー!」
ミルウが俺の落とした宝箱を開けるも、空っぽだった上にまもなく消えたせいか残念そうだった。
「あふう。中に入りたかったよう……」
「えっ……」
宝箱の中に潜りたかったってことか? そういやミルウって、みんなの中でも特に《エアボックス》に入りたがってたんだよな。何故かは知らないが狭いところに隠れるのが好きなんだろう。
「はぁっ!」
「ふんっ、無駄よ!」
「それぇっ……!」
バニルの小剣がコルヌタートルの急所を突き、ルシアが呼び寄せた半漁兵士の顔にナックルがめり込み、スピカの元に集まったボーンフィッシュの群れが槍で一掃される。
「いっけええぇっ!」
ミルウの棍棒がコルヌタートルの甲羅をかち割ったときだ。地面に小さな五芒星の魔法陣が出現し、ゆっくりと回り始めた。それが徐々に広さと速さを増していったかと思うと、輝きを帯び始める。いよいよ小ボスのおでましらしい……。
◇ ◇ ◇
「逃げたらどうなるか、わかってるよね?」
「ひ、ひいぃ……」
「おい、わかってるかって聞いてんだよ!」
「は、はひっ……」
夕の刻を迎えた蒼の古城、色褪せたベンチや噴水越しに城門が見渡せる前庭にて、ラキルとルベックの前で腫れ上がった顔を縦に振る男がいた。
小柄だが恰幅のいい中年の男で、サスペンダーでつながった肩アーマー越しに、大きさの違う刃が二つに分かれたツーハンドアックスの一部が覗いている。
彼がおずおずと視線を向かわせる先には、それまで共に戦ってきた仲間の一人である赤いお下げ髪の少女がいて、彼女に関してはオランドが逃げないように見張っているという状況だった。
「ククッ。怖いか……?」
「い、いやぁ……ひっく……助けてぇ、カイン……」
「リ、リアン……」
「そうか、お前はリアンっていうのだな。クククッ……」
オランドに下卑た笑顔を近付けられ、少女が涙目で露出した肩を震わせる。その足元には、腹部を切開されて酷く顔を歪ませたまま息絶えた青年の姿があった。血と内臓の臭いが漂う陰惨な空気の中、ラキルが場違いな微笑みを中年の男に向ける。
「僕たちは約束くらい守るよ。だから信じてほしい……。君がちゃんと戻ってくれば、さっきの二人みたいに解放する。でも、もし帰ってこなかったら……」
「ひ、ひっ……」
「おい、わかってるよな? 逃げたらこの女の命はない……。それどころか、今足元でくたばってる逆らってきたアホ野郎みてえに俺に生きたまま解剖されて、最後の最後まで苦しみ抜いて死ぬ羽目になるぜ……」
「は、はっ……はは、はいっ。必ず……必ず帰ってきましゅ……!」
「――あの慌てよう、面白かったあ……」
男が去った方向を満足そうに見やるラキル。
「でもいいのか? もし逃げたら……」
「大丈夫、ルベック。そのために二人も逃してるんだから。人間の心を支配するには、飴と鞭を使って調教してやるのが一番いいんだ。彼は必ず戻ってくるよ。わざわざ殺されに、ね……」
「さすがクールデビル。底が知れねえ恐ろしさだな」
「嬉々として生きたまま解剖できるルベックに言われたくないよ……」
「「あははっ」」
笑い合うルベックとラキル。
「逃げて、逃げてぇ……! カイン……ひっ……」
ガタガタと歯を鳴らす少女の小さな肩にオランドの手が伸びる。
「はぁ、はあぁ。いい匂いだ……クンクン……クンクンッ……」
「ひ、ひいいっ。いやぁぁ……」
「クッ、クククッ……ここは地獄なのだ……。一度入ったが最後。もう誰も抜けられな――いぎっ!?」
「まだ残ってんじゃねえか、腐ったみかんちゃんの髪の毛」
「こ、これだけは……なんとか、ご慈悲を……」
「……おい女、こいつの往生際の悪い髪の毛をよ、頭皮ごと剥ぎ取ってやれ」
お下げ髪の少女リアンに短剣を渡すルベック。
「え、え……?」
「それとも、お前の体中の皮膚をそいつでリンゴみたいに剥かれたいのか?」
「い、いえ……やっ、やります……」
「しょ、しょんなあぁ……」
「ごめんなさい――」
「――いぎゃああああああっ!」
「い、いくぞおぉぉ、カチュアぁ……!」
「きてえぇぇっ!」
オランドが自らの頭髪と永遠の別れを告げるという最高の苦しみを味わう中、その傍らではグレスとカチュアも別の意味で絶頂の瞬間を迎えていた。
悪魔の粉が元になったスキル《デビルチャーム》は、思った以上の効果を発揮していた。
そこにいるだけであれよあれよとモンスターが寄ってくるもんだから、俺を含めてみんな体力を温存しつつ戦うことができていた。モンスターを探す手間が省けるとこんなにも楽なんだな。
周囲は暗くなりつつあるが、小ボスが出現するノルマ達成までもうすぐだ。ちなみに半漁兵士はほとんど俺だけで倒している。
『ギョエェッ!?』
例の宝箱から生まれたスキル《ドロップボックス》によって、目線くらいの高さから宝箱が出現して落下し、それにモンスターが潰されるのをただ眺めるだけの作業。
熟練度がFなせいかまだ近い場所にしか落とせないが、スキル自体がBランクなためかそこそこ維持できるし、結構な大きさがあるので三匹とかで来られても《結合》したあとでまとめて潰すことができた。正直簡単すぎて欠伸が出るレベルだ。
それでも、宙に浮くボーンフィッシュや硬いコルヌタートルには通用しなかった。ほかにも俊敏なやつとか体躯の大きい相手には厳しいだろう。
半漁兵士は背が低くて動きも鈍いため、面白いように宝箱で倒すことができていたんだ。
「ミルウの宝箱ー!」
ミルウが俺の落とした宝箱を開けるも、空っぽだった上にまもなく消えたせいか残念そうだった。
「あふう。中に入りたかったよう……」
「えっ……」
宝箱の中に潜りたかったってことか? そういやミルウって、みんなの中でも特に《エアボックス》に入りたがってたんだよな。何故かは知らないが狭いところに隠れるのが好きなんだろう。
「はぁっ!」
「ふんっ、無駄よ!」
「それぇっ……!」
バニルの小剣がコルヌタートルの急所を突き、ルシアが呼び寄せた半漁兵士の顔にナックルがめり込み、スピカの元に集まったボーンフィッシュの群れが槍で一掃される。
「いっけええぇっ!」
ミルウの棍棒がコルヌタートルの甲羅をかち割ったときだ。地面に小さな五芒星の魔法陣が出現し、ゆっくりと回り始めた。それが徐々に広さと速さを増していったかと思うと、輝きを帯び始める。いよいよ小ボスのおでましらしい……。
◇ ◇ ◇
「逃げたらどうなるか、わかってるよね?」
「ひ、ひいぃ……」
「おい、わかってるかって聞いてんだよ!」
「は、はひっ……」
夕の刻を迎えた蒼の古城、色褪せたベンチや噴水越しに城門が見渡せる前庭にて、ラキルとルベックの前で腫れ上がった顔を縦に振る男がいた。
小柄だが恰幅のいい中年の男で、サスペンダーでつながった肩アーマー越しに、大きさの違う刃が二つに分かれたツーハンドアックスの一部が覗いている。
彼がおずおずと視線を向かわせる先には、それまで共に戦ってきた仲間の一人である赤いお下げ髪の少女がいて、彼女に関してはオランドが逃げないように見張っているという状況だった。
「ククッ。怖いか……?」
「い、いやぁ……ひっく……助けてぇ、カイン……」
「リ、リアン……」
「そうか、お前はリアンっていうのだな。クククッ……」
オランドに下卑た笑顔を近付けられ、少女が涙目で露出した肩を震わせる。その足元には、腹部を切開されて酷く顔を歪ませたまま息絶えた青年の姿があった。血と内臓の臭いが漂う陰惨な空気の中、ラキルが場違いな微笑みを中年の男に向ける。
「僕たちは約束くらい守るよ。だから信じてほしい……。君がちゃんと戻ってくれば、さっきの二人みたいに解放する。でも、もし帰ってこなかったら……」
「ひ、ひっ……」
「おい、わかってるよな? 逃げたらこの女の命はない……。それどころか、今足元でくたばってる逆らってきたアホ野郎みてえに俺に生きたまま解剖されて、最後の最後まで苦しみ抜いて死ぬ羽目になるぜ……」
「は、はっ……はは、はいっ。必ず……必ず帰ってきましゅ……!」
「――あの慌てよう、面白かったあ……」
男が去った方向を満足そうに見やるラキル。
「でもいいのか? もし逃げたら……」
「大丈夫、ルベック。そのために二人も逃してるんだから。人間の心を支配するには、飴と鞭を使って調教してやるのが一番いいんだ。彼は必ず戻ってくるよ。わざわざ殺されに、ね……」
「さすがクールデビル。底が知れねえ恐ろしさだな」
「嬉々として生きたまま解剖できるルベックに言われたくないよ……」
「「あははっ」」
笑い合うルベックとラキル。
「逃げて、逃げてぇ……! カイン……ひっ……」
ガタガタと歯を鳴らす少女の小さな肩にオランドの手が伸びる。
「はぁ、はあぁ。いい匂いだ……クンクン……クンクンッ……」
「ひ、ひいいっ。いやぁぁ……」
「クッ、クククッ……ここは地獄なのだ……。一度入ったが最後。もう誰も抜けられな――いぎっ!?」
「まだ残ってんじゃねえか、腐ったみかんちゃんの髪の毛」
「こ、これだけは……なんとか、ご慈悲を……」
「……おい女、こいつの往生際の悪い髪の毛をよ、頭皮ごと剥ぎ取ってやれ」
お下げ髪の少女リアンに短剣を渡すルベック。
「え、え……?」
「それとも、お前の体中の皮膚をそいつでリンゴみたいに剥かれたいのか?」
「い、いえ……やっ、やります……」
「しょ、しょんなあぁ……」
「ごめんなさい――」
「――いぎゃああああああっ!」
「い、いくぞおぉぉ、カチュアぁ……!」
「きてえぇぇっ!」
オランドが自らの頭髪と永遠の別れを告げるという最高の苦しみを味わう中、その傍らではグレスとカチュアも別の意味で絶頂の瞬間を迎えていた。
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