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第四十七話 悔いは無い
しおりを挟む「……ケル……ピッケル……」
「う……?」
どこからともなく、聞き覚えのある声がして、僕は目を覚ました。
誰かが僕を見下ろしてるみたいだ。ぼんやりとしててよく見えないけど、視界が徐々にクリアになってきて、輪郭だけで誰なのかわかってきた。
「……し、師匠……?」
「お……おおおぉっ! ようやく目覚めてくれたのだな、我が弟子よおぉっ……!」
「……ここは……?」
「安心するがよい。ここはな、お前の家なのだ! ピッケル、お前はエドガータワーの9階層を攻略してからというもの、十日以上も意識を失っておったのだぞ……」
「え……ええぇっ……⁉」
以前、幽霊のレビテを回復した代償として丸一日寝てたことならあったけど、十日以上もなのか……。衝撃的なニュースを耳にしたあまりか、あるいはそれだけの期間寝てた影響か、僕は頭がクラクラしていた。
「それって、もう助からない可能性もあったんじゃ……?」
「まったくもってその通りだ。意識不明になったお前のために、わしはありとあらゆる回復術を行使したが、それでも目覚めず、途方にくれたものだ。ピッケルよ……お前がこうなったことで、どれだけ多くの人が嘆き悲しんだか……」
「そうだったんですね。迷惑をかけちゃって、本当にすみませんでした、師匠……」
「いいんじゃいいんじゃ。お前がこうして助かってくれたことが、何よりの謝罪なのだからな……」
「師匠……」
師匠が泣いてる。いつも明るくて厳しい師匠のこんなところ、初めて見た。
それでも、あのときの自分の行動に後悔はない。
ああしなければ、どうなっていたか、想像しただけでも恐ろしい。
たとえ9階層を攻略したとしても、仲間を一人でも犠牲にしてしまったら意味がないし、回復術師として本当の意味で失格だからだ。
もちろん、もし死んじゃってたら仲間を悲しませることにはなるけど、僕にもエゴくらいはある。死んでも譲れないものだってあるんだ。
「――あ……」
「エ、エルシア……」
「ピ……ピッケルウウゥッ!」
部屋に入ってきたメイドのエルシアが、トレイを落として駆け寄ってきて、僕は泣きわめく彼女の頭を撫でてやった。
「ごめんね、エルシア。寂しい思いをさせてしまって……」
「ひっく……ずっと、ずっと会いたかったんだから……」
それからしばらくして、エルシアは泣き疲れたのか眠ったので、僕は師匠に後のことを任せて、まずはベホムたちの宿舎へと向かうことにした。
しばらく休んでからでもいいんじゃないかって言われたけど、ここまで心配をかけてしまったから、居ても立っても居られなかったんだ。
それに、師匠から聞いたけど、みんな僕のことを心配して毎日ここへ通ってきてくれたみたいだからね。
中でも、マリベルはすっかり塞ぎ込んでしまって、レビテが彼女を立ち直らせるためにとマリベルの屋敷で一緒に住んでいるとのこと。
やがてベホムたちの宿舎が見えてきた。懐かしい。
「――お……ピ、ピッケルじゃねえかあっ……!」
「うむ……? はて……ピッケルの幻なのか、これは?」
「ち、ちげーですぜ……。ボクも一瞬、幽霊が出やがったのかと思いましたが、これは正真正銘、本物のピッケルさんです!」
「さすが盗賊のロラン。鋭いね」
「「「ピッケル、おかえり!」」」
「ただいま、みんな……」
僕たちは、それからしばらく抱擁し合い、久々の再会を喜んだ。感動しすぎちゃって、そこからは声にならなかったけど。
自然に溢れた宿舎で楽しい時間を過ごした後、僕が次に向かったのはマリベルの豪邸だ。
「「――っ……⁉」」
相変わらず立派な佇まいの屋敷の庭に、僕が足を踏み入れたときだった。
マリベルとレビテが何やら話し込んでいて、僕のほうを見るやいなや、しばらく植物や彫像のように固まってしまっていた。
「……ピ、ピッケル様の偽物め! ようやく外へ出られるようになったわたくしを騙そうと思っても、そうはいきませんわ! アシッドボトルを投げますわよ……⁉」
「マ、マリベル、違います。どうか、落ち着いてくださいな。この人は、本物のピッケル様です!」
「え……え……?」
マリベルがショックのあまりか倒れそうになり、レビテが慌てた様子でそれを支える。二人とも、ようやく実感してくれたのか目頭を押さえていた。
「……おかえりなさいませ、ピッケル様……」
「……ピッケル様、お待ちしておりましたわ……」
「……うん。ただいま、レビテ、マリベル……」
僕らは再会の一時を思う存分楽しんだ。
それから、【超越者たち】パーティーがどうなったかについても聞くことができた。
彼らが僕たちを妨害したのが証明されたいうことで、大幅な減給と宿舎での一年間の謹慎処分を命じられていた。
その間、冒険者としての活動は一切許されず、エドガータワーに入ることも当然できなくなる。
また、リーダーのディランには『盲目の刑』が課せられ、真っ赤に焼けた鉄を両目に当てられ、失禁しながら気絶したのだという。
温厚な王様がこのような重い刑を下すのは珍しいことだそうで、彼らの死罪が検討されたこともあったらしい。
でも、僕ならそれを望まないだろうってことで、僕が死ななかった場合に限り、命だけは助けると仰ったとのこと。僕が亡くなっていれば、これから彼らに死罪が言い渡されることも大いにありえたんだとか。
それならよかった。今後、【超越者たち】には生き地獄が待ってるだろうけど、それでも生きて罪を償ってほしい。クラフトに関しては、あの時点で回復術のエネルギーを大量に使うわけにはいかなかったから仕方ないけどね。
王様もお忍びで僕に会いにきてたみたいだから、お返しにこっそり会いに行かないとね。
それと、しばらくの間は難しいけど、もう少し休んだらいよいよ前人未到の10階層の攻略を目指そうと思う。
色んなことがあったとはいえ、やっぱり冒険者としては上を目指したいから。
僕たち【狼の魂】パーティー、通称ウルスリの本当の戦いは、そこから始まるってわけだ……。
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