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第80回 存在感
しおりを挟む「――ち、畜生っ……」
ボスが攻撃してくるまで、残り20秒を切ってしまった。どうすりゃいいんだ。このままじゃ俺たちは間違いなく死んでしまう……。
「さじ……いや、工事帽? 大丈夫か?」
「野球帽……正直言うとな、全然大丈夫じゃない」
「ちょっ……!?」
「っていうか、なんかいつものお前らしくないから、舌打ちしてくれ」
「えっ……」
「いいから!」
「チッ……!」
「…………」
野球帽がなんとも複雑そうな顔で舌打ちしたことで、俺は不思議と落ち着きを取り戻していた。
そうだ、もう十秒しかない……と考えるのではなく、まだ十秒以上もあると考えればいいんだ。時間は残されている。さあ、考えろ、考えるんだ――
「――あっ……」
すると、冷静になれたおかげか、答えはすぐに浮かんできた。
今まで難しく考えすぎていたんだ。ここは極シンプルに、あの繭の中に入ればいい。何故なら、その奥がセーフゾーンかどうかまでは、ここからじゃまったく見えないわけだからな。
「あの繭の中に入るぞ、野球帽っ!」
「え、ちょっ!?」
ボスのミュータントが攻撃を開始するまで残り5秒というところで、俺は野球帽の手を引っ張り、繭の中へと飛び込んだ。
思った通り、中はセーフゾーンで青くなっているのがわかる。それでも安心することはない。まだだ、入り口の部分はウォーニングゾーンらしくて赤かったから、その奥まで行かなければ――
「「――っ!?」」
まもなく、ビシビシッという、風を切るような鋭い音が立て続けに聞こえてくる。
「野球帽、ここから見られそうだ……」
「あ、うん……」
俺たちがそれまでいた場所が一体どうなっているのか、幾つかある小さな穴から、そっと外界の様子を覗き込むことにした。
「「……」」
ウォーニングゾーンで赤くなっている手術室の一階部分には、誰の姿も見当たらないが、例の不気味な音を抜きにしても、何かいるような気配がこれでもかと充満していた。
あ、今空気中で何か光ったような……。ということは、ボスが攻撃する素振りを見せたってことで、つまり隙が生じたってことなのかもしれない。
ただ、この状況でボスを攻撃するのはあまりにもリスクが大きい。学校ダンジョンのボスのデスマスクのときのように、相手の行動パターンがわかるまで様子を窺うのが正しい選択だろう。
「ふわあぁぁ……」
「「っ……!?」」
なんとも場違いな欠伸が聞こえてきて、俺たちは驚いた顔を見合わせる。これは、間違いない、あいつが発したものだ……。
「佐嶋たちが隠れてしまったせいで、なんとも退屈な光景が広がってるなぁ。というわけだ、一人借りるぞぉ……」
「――ぐへっ!? そ、そんなぁぁ……」
なんてことだ。のんびりとした羽田の声がした直後、白衣の男が一人、一階に放り出されたのだ。
「い、い、嫌だっ、ま、まだ、し、ししっ、死にたくないいぃっ……ぎっ!?」
「「なっ……」」
俺たちは目の前の光景を見て目を疑った。小さな光が発生するたび、白衣の男の体のいずれかから鮮血がほとばしったのだ。
この光景……どこかで見た覚えがあるぞ。そうだ、アレだ。獲物を投げ込まれた、ピラニアのいる水槽……。
「ぐぎゃあぁっ! だずっ……だずげっ……だじゅげでぐでえええぇぇぇっ!」
よく見ると確かに食われているのがわかる。
白衣の男だった者は、最初のほうこそ痛々しい悲鳴を上げていたものの、見る見るただの赤い肉塊と化していった。残酷ではあったが、比較的楽に死ねたのはよかった。
それにしても、まるで透明なピラニアのような獰猛な何かが宙を泳ぎ、獲物に食いついているかのようだ。
俺たちのいるこの場所が安全だったのは、繭が異常に硬く、さらにもうここには入れないくらいボスの体が大きくなったからだろうか……。
「フンッ、まあまあのショーだったが、私の創作物に比べたら素晴らしいというほどのものでもない。とはいえ、次のパターンが楽しみだなぁ、ネクロフィリアの佐嶋ぁ……」
「…………」
羽田京志郎……前回のときと違って余裕たっぷりだな。それだけ色々と俺のスキルについて察していて、いつでも殺したければ殺せるってことだろうが、見てろ、絶対にお前の思い通りの展開にはさせないからなあ……。
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