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2章
天井から
しおりを挟む豪華宿泊施設。1階。
スライムになって、天井にぴったんこ状態の俺に届いたのは、
「あのう……これ以上は……」
というヒトミさんの声。
確信はないよ。
普通の人間には絶対に聞き取れない微かな音で、SSS級の聴覚だから拾ったのだろうけれど、
これが本当に聞こえたのか、それとも幻聴なのか、自分でもよく分からないんだから。
まあ、俺がヒトミさんを気にし過ぎているから、幻聴なのかもしれない。
そう思うことにしたのだけど、胸騒ぎがしてならない。
間違っていても、それでも良いよね。
不安な気持ちのまま帰っても、仕事なんか手に付きそうにないよ。
ヒトミさんが心配だ。
俺は天井に引っ付いたまま、声の聞こえた方に移動すると、そこはトイレだった。
内区だけは、飲料用水路と下水路の整備が完璧だから、洋式水洗トイレがあるわけね。
うらやましい。
外区にも設置すれば住みよい国になるのに、などと思っていると、女子トイレの中からだ。
その仕切られた個室のひとつ。
見下ろした現実に俺は愕然とした。
懸念していたことが起きていた。
使徒ケイジが、ヒトミさんの両手を縄で縛り、動けないようにして、身体を触っているじゃないか。
衣服は脱がされてはいないが――、
痴漢行為。
いやもうレイプ。
ドンドンドン!
ドアを激しく叩いているのは俺じゃないよ。
食堂でケイジを睨んでいた花柄ワンピースの美白少女だ。
怖い顔して睨みつけていたから、普段からケイジの悪事に注意を払っていたのだろう。
「や、や……、やめ……ろ……」
声が小さい。
震えているのか。
「どこのどいつだ。使用中だ、他所でしな」
「……あ、開けろ。ボ、ボクは見たんだぞ……」
ケイジがイラつきながらドアを開ける。
「ああぁ? コウじゃねーか。奴隷のくせに……俺様に意見する気か」
「す、する。ボクはする」
「キモいんだよ、この男女が!」
男女?
コウが震えながら言い返した。
「今朝……アンフィニ大司教さまは、使徒たちにおっしゃっていました。
『奴隷の言い分も聞き、正しいければ、判断を変えても良い』
『命令は、言葉か文章で奴隷に伝え、なるべく暴力で動かそうとしない』
そして『奴隷を優しく扱うように』と」
「だからなんだってんだあコウ? 優しく触ってんだろーが」
「だ……だ、大司教さまに、今から言いに行きます。ケイジ様が、ヒトミさんを陵辱してると!」
ニヤニヤしていた使徒が、顔を強張らせたよ。
ツバを吐き、ダルそうにヒトミさんの紐を解く。
「やったぜ、望み通りに。
これで、いいか――――――、よッッ!!」
「うっ!」
ケイジが振り返りざまコウくんの腹を蹴った。
小さな身体は、人形みたいに軽々と後ろへ飛び、壁に背中を強く打ち付けて床に崩れた。
ボスッ!
腹ばいで動けないコウの横っ腹を足蹴にする。
蹴るのは腹部だけ。
顔は暴行の証拠が残るから、腹。
「喜べコウ。手加減してやったぜ。俺が本気ならこんなもんじゃ済まねえ」
だろうな。
ヒトミさんの顔を平気で殴るくらいだから。
「今日はもういいや。またね~ヒトミ」
ケイジは高笑いしながら出て行ってしまった。
なんてヤツだ。
「ありがとう、コウくん」
「……い、いえ。……じゃボク」
差し伸べたヒトミさんの手を払い、コウくんは屈んだまま、よたよた出てゆく。
よく分からない。蹴られた腹が痛いのかな。
「来ないで!」
コウが心配で付いて行こうとしたヒトミさんが立ち止まる。
「ごめん。ボク大丈夫だから」
「コウくん……」
◆
コウ・キョウサキ 17歳
ヒトミさんの幼馴染で、気が弱く、背が小さくて可愛いいから、よく女の子と間違われたそうだ。
「10年前、私とメグミとコウくんは、親の膨れ上がった借金のかたで売られました」
ヒトミさんとメグミさんが奴隷になっただけでは、借金を返済できず、かと言って、臨月を迎えた母、大黒柱の父を奴隷にはできない。
困っていたら、コウくんが名乗りを上げた。
コウくんは親戚ではない。赤の他人。
ただ、近所の孤児院に住むと言うだけなのに。
『ボクが……いなくなっても、誰も困らない……』
孤児コウくんの口癖だそうだ。
両親を知らずして産まれ、もちろん学校にも行っていない。
たまにヒトミさんの父の手伝いをし、貰った小遣いで飴を買い、よくヒトミさん姉妹と食べたと言う。
「様子を見てきます」
コウくんが心配になってきたよ。
ヒトミさんから離れ、探すと、男子トイレの個室の便座でうなだれたコウくん。
女の子の服を着ているけど、やっぱり男の子なんだね。
顔が真っ青だ。
内蔵を痛めたのかも。
放っとけない。
天井からズルリと流れ落ちた俺は、人間化し、コウくんの入っているドアを開けたよ。
「ひいいっ!?」
「あー、ノックし忘れちゃった。ごめんごめん」
「か、カギが勝手に開いた……?」
「そうか、そうか」
それで驚いたんだ。
ノブを握った瞬間、指先を触手化して隙間から差し込むとカギがかかってたから、触手でポチッと外したんだけど。
気功って事にしとくかな。
「ヒジカタ様は、魔法……魔法使い?」
「あー、それでも良いよ」
言い方が変だったね。
コウくんが身体を縮めて警戒したよ。
「お腹が痛いんじゃないか?」
「け、けっこうです」
「病院に行ったほうが良いよ。肩を貸すけど」
「放っといてください! ボクに関わらないでください!」
うーん。
怪しい男と思われてるなあ、俺。
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