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3章
1000層目
しおりを挟む夢だと。
夢を見ているんだと思う。
黒いスーツの女性の後ろ姿があった。
この世界に日本OLがいるわけもない。
俺はサラリーマンみたいな格好だよ。
まあ、夢だからね。
女性が振り向くと、ヒトミさんだった。
怒ったような顔でツカツカ寄ってきて、
「最後くらい、パリッとしないと……。でしょ?」
と、俺のネクタイを直してくれたけど、でも、その手は微かに震えている。
「そういや、挨拶しなかったね、ごめん」
1号店に戻った後、アハート事務所には向かわなかったよ。
ヒトミさんに何をどう言おうが、俺の心は、思考は筒抜けだから。
いっそ、会わずにいたほうが、これから起きる事を知らなくてすむ。
想像しなくて済む、じゃないかな。
「私のことは心配しないでいいから。だけど、私はヒジカタさんを心配します」
「……」
「ツェーン迷宮でも、どこでも、ヒジカタさんは最強だから。無敵だから」
「……そうだね。ありがとう」
ヒトミさんは美人だよ。
頭も良いし、スタイルも良い。
俺なんかより。
スライムの俺なんかより、
裕福な若者とお見いして、幸せになってくれば良いんだけどなあ。
「待ってますから」
「……いや、あの」
「帰りを待つ人がいると思ったら、命を大切にする、そうじゃない?」
「そうだね。そうかもしれない」
最後くらい――。
ヒトミさんはそう言ったよね。
ネクタイを直しながら言った。
エインシェントの巣食う最下層から、生きて帰れるかどうか。
死の覚悟をしたのは俺だけど。
ヒトミさんだって覚悟をしてたんだ。
俺はSSSエインシェントの事を何も知らない。
俺と比べ圧倒的に強い――、
だけどどこまで強いのか、どんなスキルを持っているのか、具体的な作戦もないよ。
ついさっき、『SSSレア・エインシェントに対抗できるスキルは?』と疑問解答機能(テロップ)を使ったら、
SSSレア・エインシェント・データーなし
対抗可能スキル 全て該当
との解答。分かんないってことね。
今向かっているのも、大切なSSたちを見殺しにできない――、
ただ、それだけ。
どうせ一度死んだ俺だから、SSたちと全滅して本望、そんな神風精神かな。
「親ごころ、なのね」
親ごころ?
「分らないよ。日本じゃ独身だったから」
「ううん。親ごころよ。でも、ヒジカタさんは、誰に対しても親ごころと同じ心で接しているわ。
対応している。無意識でね」
「そうかな?」
「ほら、自覚がない」
「うーん」
誰かを守りたい、誰かの為に何かしてあげたい。
日本にいた時も、この世界でも、そんな感情は抱かなかったと思うけど。
「違うと思う。
ヒジカタさんは日本とこの世界で、いつも誰かの為に、自分の時間を犠牲にしていたわ。身体を犠牲にしていたわ。
それを日本人気質だなんて、日本人の性分だなんて、当然のように受け止めているけど、出来ることじゃない。
ヒジカタさんは堂々と胸を張るべきだと思う。
誰も、何も言わないわ。言うわけがないわ」
◆
「到着しましたけどぉ……」
リトルの弱々しい声がして、俺は夢が終わったのを実感した。
ついさっき、ポーチに入ったばかり。
もう最下層なの?
亜空間は時間が進まないのかな。
少しだけ開いたポーチの隙間から外の様子を伺うと、何故か明るかった。
世界は光りで満ち、暖かな風が心地よく吹いていたよ。
「ここは、空だね」
よーし!
俺はリトルのポーチを利用した、初の亜空間移動に成功したんだ。
空気の有無、外圧、磁場など、亜空間は分らないことが多い。
実世界生物(俺のことね)がショートカットで利用して不具合はないのか、少しだけ心配だったよ。
「いきなり地上に出るのは危険かな、と思いまして~」
「確かに、モンスターのほとんどが空を飛べない。
地上に現れるより、空高くに出現したほうが安全だね」
眼下には、巨大湖から川が長く伸びて、海に繋がっており、
途中の渓谷や草原地帯にはゾウ、ウマ、イノシシに似た野生動物が棲息している。
草原地帯の向こうには、山や谷や遺跡があり、城壁に囲まれた街、海沿いには港や塔まであった。
文明があるの?
まあ、確かに、知能値が高いエインシェントだから、高度な社会生活を営んでいてもおかしくないけど――。
うーむ。
これが最下層か。
てっきり真っ暗でジメジメした世界か、
はたまた、マグマが渦巻く灼熱の世界とか、おどろおどろしい光景を想像していた。
全長200メートルのSSエインシェントが棲息するには、大きな空間が必要不可欠だとは思っていたけど、超巨大穴――。
穴と呼ぶにはあまりにも広すぎる。
地上と変わらない、地上と間違うほどの広大な世界だったとは。
ただ、相違点が一つだけ。
リトルが安全な上空に出てくれたおかげで、遥か遠方まで見渡せる。
この世界を取り囲む、白く霞んだ山脈――、いや、壁と言うべきか。
それが雲を突き抜け、青空の彼方まで聳えていて、1つ上の階層の底と思われる光る岩盤に繋がっていた。
異常な明かるさの正体は、光りを放ち続ける階層の岩盤。
天井全体が光輝き、ちょうど太陽の役目を果たしている。
本来暗黒のこの世界に、植物を育て文明まで栄えさせているわけだ。
「どうされました、ご主人さま?」
おっと、関心している暇はなかったね。
核が剥き出しの今の俺は、弱くて簡単に死んでしまうから。
急いで、アイテム収納庫を展開。
核周りのSSS細胞量では触手を作れないので、代わりに糸を1本作り、アイテム一覧の『SSSレアスライム分裂個体』をタッチしたね。
一瞬で実体化したヒジカタ(分裂個体)が、ポーチの中に手を入れる。
俺(本体)はその手から内部に入り、身体の中心に移動して、
「元に戻ったよ、リトル」
「ご主人さま、凄すぎですぅ~」
「……あれ? なんかリトル、お前、大きくないか?」
俺の手の平サイズだったリトルが、身長170センチの俺と大差ないんだけど。
「いえ、リトルは変化しないので~」
「もしかして、俺が縮んだ?」
「だと思います……。
この1000層目は、地上の10分の1になるようで」
亜空間の住人リトル・デーモンは、外的要因を受けないそうだ。
影響を受けるのは、俺たち現世界の生物だけ。
現世界の生物。
「ああ、そうか、だからか」
全長200メートルエインシェントが、縮んでも25メートル。
25メートルの巨体で、どうして文明を築けたのか、――デカ過ぎて家屋に入れないとか、巨体維持の食料確保とか――、疑問があったけど。
地上で25メートルなら、この世界では全長250センチ。
生活できるサイズだね。
恐竜が支配した太古の地球もそうだけど、身体が大きい種は環境の変化に適応しずらい。燃費も悪く、長くは続かない。
エインシェントが通常時は言葉を喋り、人間サイズで生活しているなら、進化して当然だし文化も栄えると思う。
「それで、肝心のSSたちは何処にいるんだ?」
俺が見る限り今のところモンスターの姿、SSたちが戦った痕跡はないね。
だけど、経験値だけは流れ込んでくる……。
「はい。あちらの遺跡ですよ」
遺跡か。
10
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