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恋愛編
40話【night shift】林 惣之助 46歳:肺炎(藍原編)
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結局、また月曜日から仕事が始まり、いつものように外来、病棟……とこなしているうちに、普段のペースが戻ってきた。東海林くんも、最初は危なっかしかったけど、2週間経って仕事にもだいぶ慣れてきたみたい。
夕方5時。当直の点呼に出向くと、今日もナースはベテランの武井さんだった。
「あら、また一緒になったわね、藍原先生。よろしく」
冬の当直は、忙しい。感染症や、血管が詰まるタイプの病気が増える時期だから。予想どおり、その日も数人の風邪をさばいたところで救急車からの電話がかかってきた。
「藍原先生、△△救急隊から。46歳男性、呼吸苦。1週間前からの呼吸苦と咳嗽、徐々に悪化して救急要請。意識清明、体温38.3度、血圧110の60、脈拍108、サチュレーションはルームで87%、酸素3リットルで現在95%」
むむむ。前情報からは、めちゃくちゃ肺炎を疑う感じだけど。46歳か。若いけど、こじらせるような基礎疾患でもあるのかしら?
とりあえず、入院ベッドも余裕があるし、二つ返事でOKを出す。救急隊は15分ほどで到着した。ストレッチャーに乗せられた患者さんを見て、ちょっとだけびっくり。46歳というけれど、顔は白くて不健康に痩せている。白髪混じりの髪は肩につくくらい伸びていて、ワイルドというよりは、何ていうか……仙人?
「林さん、お話しできそうですか?」
尋ねると、咳込みながらうなずく。うーん、あまり長くは話せそうにないわね……。
先に救急隊に現病歴を聞く。どうやら、咳は2週間も前からあったらしい。熱が出始めたのが10日くらい前で、1週間前からは、38度台の発熱が続いている、と。それまで特に病院を受診せず、自宅で様子を見ていた、と……。
「林さん、どうしてもっと早く病院に来なかったんですか」
びっくりしてつい聞いてしまう。たまにいるのよね、なぜだか放置したり我慢しちゃったりして、病気がこじれてから運ばれちゃう人。
「作品が……完成、しそうだったので……う、ゲホゲホッ」
「作品?」
「あ、林さん、職業は画家だそうです」
救急隊の耳打ちに、めっちゃ納得。この外見、いかにも画家っぽい! にしても。絵が完成しそうだからって、肺炎こじらせるまで我慢しちゃうなんて、やっぱり芸術家は変わってるわね。
「診察、しますね?」
胸の音を聞くと、もう医学部の講義の教材にしたいくらいきれいな、肺炎の音が聞こえる。左の下のほう、かなり広範囲。
「林さん、肺炎だと思いますよ。こんなになる前に来てくれれば、もっとすぐ治ったのに」
そんなことをいいながら、採血、レントゲン、CT、点滴の指示を出す。
「付き添いの方は? ご家族とか」
「いません……一人暮らし、です」
「林さん……入院しないとダメです。いいですね?」
林さんは力なくうなずいた。きっと、命懸けで作品を完成させてから、満を持して(?)救急車を呼んだのね。
手早く入院指示を出して、そのまま病棟へ上がる。林さんが個室を希望したので、差額のかかる一人部屋を案内。……結構稼いでる画家さんなのかしら? ためらいなく差額を払うなんて。あとでググってみよう。
「最低でも1週間くらいは、抗生剤の点滴になりますよ。あと、CTを見ると、林さん、肺気腫がありますね。まだ46歳なのに、結構おタバコお吸いになります?」
「ええ……30本以上は……」
「やめないと、命取りになりますよ? 肺気腫は進行すると呼吸が苦しくなりますし、肺炎になったときも、健康な肺の方より重症になります」
いろいろ説明するけど、林さん、特に興味なさそう。光のない目で、ぼーっとしてる。……自分の健康に、関心がないタイプかしら……。
「総合内科に入院になります。私、当直の藍原ですけど、入院中も、私と研修医の東海林のふたりで拝見していきますね」
「藍原……香織……先生……」
初めて林さんの目に少しだけ光が宿って、あたしのネームプレートを追う。それから、少しだけ口角を上げて笑った。
「美しい方だ……」
「え……」
ぎょっとする。目が、いやらしいとかじゃなく、もう何か、美術品だか骨董品だかを鑑賞しているような目で、あたしを頭からつま先まで眺めてくる。えっと、こういう見方されたの、初めてだわ……。
「今度、描かせてください……」
「ええ!?」
何それ!? って、そうか、画家っていってたけど、人物画が専門なのかしら。
「そうですねー、機会があれば……」
夜は長いのよ。まだまだ出さなきゃいけない指示も残ってるし、仮眠もとらなきゃいけないから、今夜は話を切り上げてとっとと退散。
芸術家なだけあって、ちょっと変わってるっぽいけど、悪い人ではなさそう。
プルルルル。プルルルル。
ナースの武井さんから電話だ。
「先生、外来に飛び込みの発熱来てまーす。そっち終わったら寄ってください」
やっぱり、冬の当直は忙しい……。
夕方5時。当直の点呼に出向くと、今日もナースはベテランの武井さんだった。
「あら、また一緒になったわね、藍原先生。よろしく」
冬の当直は、忙しい。感染症や、血管が詰まるタイプの病気が増える時期だから。予想どおり、その日も数人の風邪をさばいたところで救急車からの電話がかかってきた。
「藍原先生、△△救急隊から。46歳男性、呼吸苦。1週間前からの呼吸苦と咳嗽、徐々に悪化して救急要請。意識清明、体温38.3度、血圧110の60、脈拍108、サチュレーションはルームで87%、酸素3リットルで現在95%」
むむむ。前情報からは、めちゃくちゃ肺炎を疑う感じだけど。46歳か。若いけど、こじらせるような基礎疾患でもあるのかしら?
とりあえず、入院ベッドも余裕があるし、二つ返事でOKを出す。救急隊は15分ほどで到着した。ストレッチャーに乗せられた患者さんを見て、ちょっとだけびっくり。46歳というけれど、顔は白くて不健康に痩せている。白髪混じりの髪は肩につくくらい伸びていて、ワイルドというよりは、何ていうか……仙人?
「林さん、お話しできそうですか?」
尋ねると、咳込みながらうなずく。うーん、あまり長くは話せそうにないわね……。
先に救急隊に現病歴を聞く。どうやら、咳は2週間も前からあったらしい。熱が出始めたのが10日くらい前で、1週間前からは、38度台の発熱が続いている、と。それまで特に病院を受診せず、自宅で様子を見ていた、と……。
「林さん、どうしてもっと早く病院に来なかったんですか」
びっくりしてつい聞いてしまう。たまにいるのよね、なぜだか放置したり我慢しちゃったりして、病気がこじれてから運ばれちゃう人。
「作品が……完成、しそうだったので……う、ゲホゲホッ」
「作品?」
「あ、林さん、職業は画家だそうです」
救急隊の耳打ちに、めっちゃ納得。この外見、いかにも画家っぽい! にしても。絵が完成しそうだからって、肺炎こじらせるまで我慢しちゃうなんて、やっぱり芸術家は変わってるわね。
「診察、しますね?」
胸の音を聞くと、もう医学部の講義の教材にしたいくらいきれいな、肺炎の音が聞こえる。左の下のほう、かなり広範囲。
「林さん、肺炎だと思いますよ。こんなになる前に来てくれれば、もっとすぐ治ったのに」
そんなことをいいながら、採血、レントゲン、CT、点滴の指示を出す。
「付き添いの方は? ご家族とか」
「いません……一人暮らし、です」
「林さん……入院しないとダメです。いいですね?」
林さんは力なくうなずいた。きっと、命懸けで作品を完成させてから、満を持して(?)救急車を呼んだのね。
手早く入院指示を出して、そのまま病棟へ上がる。林さんが個室を希望したので、差額のかかる一人部屋を案内。……結構稼いでる画家さんなのかしら? ためらいなく差額を払うなんて。あとでググってみよう。
「最低でも1週間くらいは、抗生剤の点滴になりますよ。あと、CTを見ると、林さん、肺気腫がありますね。まだ46歳なのに、結構おタバコお吸いになります?」
「ええ……30本以上は……」
「やめないと、命取りになりますよ? 肺気腫は進行すると呼吸が苦しくなりますし、肺炎になったときも、健康な肺の方より重症になります」
いろいろ説明するけど、林さん、特に興味なさそう。光のない目で、ぼーっとしてる。……自分の健康に、関心がないタイプかしら……。
「総合内科に入院になります。私、当直の藍原ですけど、入院中も、私と研修医の東海林のふたりで拝見していきますね」
「藍原……香織……先生……」
初めて林さんの目に少しだけ光が宿って、あたしのネームプレートを追う。それから、少しだけ口角を上げて笑った。
「美しい方だ……」
「え……」
ぎょっとする。目が、いやらしいとかじゃなく、もう何か、美術品だか骨董品だかを鑑賞しているような目で、あたしを頭からつま先まで眺めてくる。えっと、こういう見方されたの、初めてだわ……。
「今度、描かせてください……」
「ええ!?」
何それ!? って、そうか、画家っていってたけど、人物画が専門なのかしら。
「そうですねー、機会があれば……」
夜は長いのよ。まだまだ出さなきゃいけない指示も残ってるし、仮眠もとらなきゃいけないから、今夜は話を切り上げてとっとと退散。
芸術家なだけあって、ちょっと変わってるっぽいけど、悪い人ではなさそう。
プルルルル。プルルルル。
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