妄想女医・藍原香織の診察室

Piggy

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恋愛編

43話【daily work】林 惣之助:肺炎(藍原編)①

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「昨夜、肺炎の緊急入院が入ったわよ」

 翌朝、東海林くんに伝えた。

「尿検査で肺炎球菌が陽性に出たわ。CTの所見も典型的だし、抗生剤で治るとは思うけど、まだ46歳でベースに肺気腫があるから、これを機会に肺気腫への介入も始めたほうがよさそう。あと、念のため免疫不全がないかもチェック中」
「免疫不全? あれっすか、ソッチ系の人なんすか?」

 東海林くんが目を輝かせる。まったく、お下品なんだから。

「HIVとか疑うような同性愛者っぽい感じかってこと? そんなことはないわよ。ちなみにB型肝炎の既往もなし。まあでも、ちょっと変わった感じではあるわね……」
「変わった感じって、どんな感じっすか!? 変態っぽい感じっすか!?」

 グイグイ来るわね、東海林くん。

「職業がね、画家さんなんですって。46歳なのにどうしてこんなにひどい肺炎なのかと思ったら、ずっと具合悪かったのに作品が完成しそうだから我慢してたみたい。ひとり暮らしで、いかにも不摂生な感じの人よ。ま、とにかく回診してみましょ」

 林さんは、酸素と点滴の水分補給で、昨夜よりはだいぶ楽そうになっていた。でもまだ入院から数時間しか経ってないから、熱は高いままだし、酸素だって3リットルのままだ。

「調子はどうですか?」
「ええ……おかげさまで……」

 顔色は昨日よりはいいけど、声はあいかわらず覇気がなくて、耳を澄まさないと聞き取れないくらい。……やっぱり、浮世離れしてる。

「とにかく、安静が一番ですから。ところで、急な入院になっちゃいましたけど、身の回りの物とか、不便はないですか? 親戚やお知り合いに頼めてます?」

 独り暮らしだし、ちょっと心配。安静度を病棟内に制限してるから、着る物とか、お泊まりセットとか、自分では揃えられないはず。

「ええ、大丈夫です。親戚はいませんが……頼める人は、何とか……」

 そのとき、病室の扉がノックされた。

「先生、よろしいですか?」

 若そうな高い声のあと入ってきた人を見て、びっくりした。思わず、隣の東海林くんと顔を見合わせる。入ってきたのは、若い男の人。いや、男の子? その中間くらい。いや、ひょっとしたら、女の子……? いやいや、やっぱり男だとは思う。のどぼとけ、ちょっと出てるし。とにかく、とってもきれいな男の子で、びっくりした。髪の毛は栗色のふわふわパーマ。とっても白くてきれいなお肌で、ちょっと細身で、なんといっても顔立ちが……確かに日本人なんだけど、彫りが深くてまつ毛が長くて、美形なのよ。中性的な、ハンサムというよりは美人な、男の子。
 その子は、あたしたちに気づいて頭を下げた。

「主治医の先生方ですか。このたびはどうもお世話になります」

 物静かで礼儀正しい感じだわ。ぱっと見は18歳とか20歳くらいに見えるけど、見た目以上に落ち着いた感じ。……なんだかこの子も、別の意味で、浮世離れしてるわね……。

「先生、お申しつけの物、持ってきました」
「ああ、ありがとう、凛太郎くん」

 凛太郎くんと呼ばれたその子は、大きな紙袋とボストンバックをベッドサイドに置いた。この子が、お世話を頼める知り合いってことね。先生って呼んでるってことは……

「凛太郎くんは、林さんのお弟子さんとかですか?」

 東海林くんが先に質問した。凛太郎くんがはにかんだ笑いを見せる。

「いえ、弟子だなんて、おこがましい。僕はただ、雇われているだけで」
「……ちょっとね、アルバイトしてもらってるんですよ……」

 林さんが補足する。そういえば林さん、人物画を描くみたいだから、そのモデルさんかしら? すごくきれいだから、きっとそうに違いないわ。

「申し訳ないね……こんなことまで頼んで……。バイト料は、ちゃんと出すから……」
「いえ、そんなものはいりませんよ、先生。先生のお役に立てるなんて、それだけで光栄なんですから」

 凛太郎くんはそういいながら甲斐甲斐しく林さんのお世話を始めた。何だか、一気にその場の空気が変わって、わけもなくドギマギしてくる。

「えっと、では、また来ますね。少なくとももう数日は安静ですからね」

 病室を出たあと、もう一度、東海林くんと顔を見合わせる。東海林くんはもう、内科研修が始まって以来の目の輝きようで。

「先生、あれ、やっぱり、アレじゃないっすか!?」
「ちょっと、声が大きいわよ!? 誰が聞いてるかわからないんだから!」
「いやでも、あれ、明らかに、ちょっとおかしかったじゃないですか!?」
「そんな、外見だけで判断しちゃだめよ。あれだけきれいな男の子なら、女性にもモテるだろうし」
「あれ、ソッチ系の男にもモテますよ、絶対」
「でも、凛太郎くんはともかく、林さんは、ほら、あんな感じだし」
「ああ、もう枯れてる感じ?」
「こら」
「生気がない感じ?」
「こらっ、病棟で精液とかいわないでくれる!?」
「違いますよ、生気ですよ! まあこの際、似たようなもんすけど」
「あ、そっちね」

 ちょっと、朝っぱらから病棟でする話ではないわね……。

「なあに、精液がどうしたの?」

 突然背後から声をかけられて飛び上がる。見ると、西園寺先生。

「き、急にびっくりするじゃないですかっ」
「びっくりするのはこっちよ、藍原先生が病棟歩きながら精液の話してるから」
「違います、生気です! 昨夜緊急入院した林さんが、生気ないね、って話です」
「ああ、あの画家さん」
「先生、情報早いですね」
「そりゃね、病棟長として、新入院の病歴や職歴や性癖はチェックするわよ」
「最後のは明らかに余計ですよね」
「そんなことないわよ、こないだみたいに、病棟の男子トイレでおっぱじめちゃう患者さんだっているんだから」
「ええっ、病棟の男子トイレでですか!? な、何をおっぱじめちゃったんですか!?」

 出たっ、東海林くん、下ネタに毎回食いつきすぎ!

「患者さんが、彼女を連れ込んでズッコンバッコン……」
「うわっ、マジっすか!」
「それを、ナースコールでご丁寧に実況中継してくれちゃって」
「うわーっ、変態っすね!」
「で、強制退院。そういうリスクがないか、病棟長としては常に目を光らせておかないとね」
「で、今回の林さんは、西園寺先生的には、どうっすか!?」

 東海林くん、いきいきしすぎ。ていうか、同じ下ネタ好きということで、西園寺先生と、気が合うんじゃない?

「あれね、生気がないっていうのは、ちょっと違うわね」

 西園寺先生が得意げにいう。

「ちょっと、違うんですか?」

 いけない、あたしまでちょっと興味をそそられて食いついてしまったわ。

「確かに、表には出てこないけど……内に秘めたる情熱が、彼の中でくすぶってるわね……」

 そりゃまあ、画家さんなんだから、それなりに情熱がないとやっていけないわよね。

「先生、あれ、変態度はどうですかね!? 面会に来てた若い男の子、見ました!? めっちゃ美形でしたよ。あれ、やっぱり、デキてんすかね!?」

 ああ、とうとう身も蓋もないいい方を……。

「ああ、見たわよ。若い子のほうはちらっとしか見かけなかったからわからないけど、林さんのほうは、私の見立てでは、ゲイではないわね」
「なんだ、そうっすか」

 東海林くん、あからさまにがっかりしすぎ。ていうか、西園寺先生の見立てって、信用できるのかしら? ……自分がバイセクシャルだから、そういうレーダー、あるのかしら……。
 突然、お泊まりセミナーでのことを思い出して、体が火照ってくる。

「あら、藍原先生、どうしたの? 林さんと美形くんの、いかがわしい想像でもしちゃった?」
「ち、違いますッ。ほら東海林くん、回診終わってないわよ」

 このままじゃ会話がどんどんおかしい方向に行っちゃうわ。仕事仕事!
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