虹の月 貝殻の雲

たいよう一花

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Ⅱ 幽閉

7. 最果ての間(1)

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寝室を出て廊下を進む途中、人形は丁寧に種々の部屋――居間や手洗い場、書庫などを紹介しながら、ゆっくりとレイを誘導した。
やがて廊下を右に折れたところをしばらく歩くと、左手に鍵のかかっていない優美な装飾門が見えた。門を抜けると、見たこともない風変わりな扉が、天井の高さまでそびえていた。
どこにも取っ手は見当たらず、でこぼこした装飾が、表面に不思議な文様を形作っている。
その扉は、魔導術の気配を濃厚に発して、レイの前に立ちはだかっていた。

(魔導術によって施錠されているのか……)

レイはため息をつくと、まずどの類の術が使われているのか、確かめようとした。しかし試してみた呪文は、どれも弾かれてしまい、途方にくれる。

「くそっ……!」

扉の前に陣取り、蹴ったり叩いたり、果ては撫でたりして、苛々と頭をかきむしっているレイに、人形が背後からおずおずと話しかけた。

「レイ様、居間でお食事をお召し上がりになりませんか?」

「いや、それどころじゃ……」

レイが後ろを振り向いたとき、突然扉に動きがあり、扉を構成している一部分が次々と、一定の規則性を持って崩れていった。その奇怪な開き方に、レイが唖然として見入っていると、まもなく魔王が姿を見せた。

「魔王!」

レイが息を呑んでとびすさる中、魔王は嬉しそうに近づいてきた。

「レイ! 目覚めたのか!」

「来るなっ!」

レイは即座に呪文を唱えると、魔王めがけていかずちを打ち落とした。
しかし魔王はそれを難なく弾き返すと、なぜか満足した様子で笑い始めた。

「レイ、元気だな!」

レイは距離をとり、いつでも攻撃できるよう身構えて、魔王に食って掛かった。

「元気で悪いかよ! おい、魔王! 博士をどうした! まさかあの山に、一人で置き去りにしたんじゃないだろうな!」

「まさか。あの男の護衛は、今もラギが努めている。博士には軽い暗示をかけてある――急用ができたおまえの紹介で、優秀な助手兼護衛を得て、大満足で今も研究の旅を続けている。安心しろ、何も問題はない」

レイはひとまず胸を撫で下ろした。

「なら次だ! 今すぐ俺を解放しろ!」

「……おまえが私の妃になると、誓ってくれるなら」

その言葉に、レイはまなじりを吊り上げた。

(やっぱりあれは、夢なんかじゃない。魔王は俺を……!)

怒りに頬を紅潮させ、レイは強力な<気>の塊を、魔王めがけて投げ飛ばした。さすがの魔王でも、目標物を追い回すこの攻撃を、完全にかわすのは難しいだろう。

しかしなぜか、<気>の塊は魔王から逸れると、空中で消えてしまった。

「なっ!?」

「無駄だ、レイ。この宮中で、私を傷付けるのは不可能に近い。王宮の<精霊たち>が、私を守っているからな」

「<精霊たち>!?」

――そういえば誰かが、そんな話をしていた。

王宮には古くから、王を守護する<精霊たち>が棲んでいて、他に類を見ない霊力によって、常に王を守っていると。しかしその姿を、レイは一度も見たことがないため、歴史ある古い城にありがちな、おとぎ話だと思っていた。

レイは周りを見渡し逡巡したが、今は事の真偽より、目の前の脅威――魔王から、自身を守らねばならない。
次の手を講じてレイが身構えると、

「レイ、食事はとったのか?」

と、魔王が気の抜けるような問いを投げてよこした。

「は……? 食事……? いや……」

「そうか。なら、共に食事をとるとしよう」

その言葉に、傍で成り行きを見守っていた人形が、即座に反応する。

「すぐにお持ち致します。居間にてお待ちくださいませ」

そう言って一礼すると、厨房へと姿を消した。
魔王は未だ臨戦態勢のまま身構えているレイを見やると、寂しげに微笑んだ。

「そう警戒するな……。今夜は何もしない。どうか私と食卓を共にしてくれ。……以前のように」

身をひるがえし、ゆっくりとした足取りで居間へと向かう魔王の姿が、廊下の先を左へ折れて消える。それをぼんやり眺めていたレイの鼻腔に、厨房から料理の良い匂いが届く。魔王が目の前からいなくなり、緊張の緩んだ途端、良い匂いにつられて腹が抗議の声を上げ、鳴り出した。

レイはため息をつくと、魔王の後を追って歩き出した。
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