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Ⅱ 幽閉
8. 最果ての間(2)
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「何もしない」と言った通り、魔王はその夜、レイに一切触れず、ただ食事を共にとっただけで、帰って行った。
レイは空腹に負けて魔王と差し向かいで食事をしたが、できるだけ魔王の方を見ないよう努めた。
なぜなら一度目が合った瞬間に、愛おしげに微笑まれ、狼狽と共にひどく赤面してしまったからである。
(何なんだよ、俺は……! あの反応はおかしいだろ!)
魔王の去った後、一人になった居間で、レイは長椅子ソファーの上をゴロゴロと転がりながら、悶々と頭を抱えていた。
(魔王は俺を無理やり……あんなっ……! なのになんで俺、憎いとも思わず、一緒に飯まで……その上……)
――微笑まれて赤面した。
その自分の反応が、苛立たしい。おかげで、問いただそうと思っていたことがいくつもあったのに、何一つ聞けずじまいだ。
時折歯軋りをしながらクルクルと表情を変え、長椅子の上でひたすら考え込んでいるレイを、人形は不安げに見つめていた。
その視線に気付き、レイがハッとして人形を見やる。
「ごめん、何か用だった?」
「いえ、あの……申し訳ございません。私、何か粗相を致しましたか?」
「粗相? いいや、何も? ……あっ、そうか」
自分の挙動がおかしかったことに気付き、レイは人形を安心させようと、優しく微笑んだ。
「君のせいじゃない。心配させて、ごめんよ。……その、俺は、考えてることが即、顔に出てしまうから、この先もヘンな顔して転がっていても、気にしないでくれ。全部魔王のせいだから」
どう答えてよいか分からず、人形は戸惑いながらも、レイの気遣いに礼を言った。
遠慮がちに微笑んだその様子も、先程の不安げな表情も、血の通った人間や魔族と、何ら変わるところはない。
レイは改めて、人形に向き合った。
「君は470年前から、この<最果ての間>にいると言ってたけど、ここは常に、誰かが使っているのか?」
「いいえ。私は今までに26名の方をお世話申し上げましたが、いずれも短期間ご滞在の場合が多く、この<最果ての間>は普段は無人となっております」
「えっ……それじゃあ、誰もいない間、君はここに一人ぼっちなのか?」
「はい。無人の際、私は<最果ての間>の維持管理にあたりますが、その時間以外は動力を最小限に保ち、ご命があるまで待機しております」
「……待機……。それは……眠ってるようなものか? 意識はあるのか?」
「はい。ごく微かにございます」
その様を想像して、レイは絶句した。
誰もいない空間にただ一人、ひたすらぼんやりと、漂っている、孤独。
「……それは…………寂しいな……」
目に涙を浮かべて、いたわるような眼差しで見つめてくる主人を、人形は礼儀も忘れて、じっと見つめ返した。その瞳はレイを通り越し、どこか遠い、時のかなたに据えられているように見えた。
――しかしそれも束の間のことで、すぐに人形は我に帰ると、深く一礼した。
「失礼致しました、レイ様。……あの、お茶をお持ち致しましょうか」
「あ……いや……そうだな。じゃ、頼むよ」
「はい。すぐにご用意致します」
にっこり微笑むと、人形は厨房へと向かった。
レイはその姿を目で追いながら、「名前が……必要だよな……」と呟いた。
レイは人形が淹れてくれた茶を飲むと、<最果ての間>をあちこち調べ始めた。
まずは人形に案内してもらい、隅々まで見て回った。
その後レイは、とりあえず、あの厄介な扉は後回しにして、他の脱出路がないか探すことにした。それというのも魔王が帰り際、横をすり抜けてやろうとしたレイに向かって、こう言ったからだ。
「レイ、外に続く扉は三重になっていて、複雑な魔導術と合言葉が必要になる。もちろん、こじ開けるなどは論外だぞ。試すだけ時間の無駄だ。おとなしくしていることだな」
その後、魔王は、ごく短時間で解ける束縛の術をレイにかけ、
「レイ、愛してるぞ。……明日は良い返事を期待している」
と言って、扉の向こうに消えた。
それを思い出し、レイは赤面しながら舌打ちした。
「くそっ……こうなったら、壁に穴を開けてやる」
しかしどんな材質を使っているのか、魔導術はすべて弾かれてしまう上、物理的にもまったく歯が立たない。壁だけでなく、床や天井も同様だった。
やがて日が昇り始める時間になると、主寝室の窓から、朝の光がぼんやりと射し込み始めた。
窓の外は内庭に続く外回廊のようになっていて、暗いうちに人形に案内してもらったときには、星空も見えなかった。
レイはもう一度、主寝室と居間の間の廊下から、突き当たりの扉を開け、回廊へと出た。自然の光がぼんやりと注ぐ中、期待を込めて上を見上げる。
――やはり、空は見えない。
しかしかなり高い位置に、丸い半透明の天井があり、光はそこからにじみ出ていた。
(天窓みたいなものか……。あれは壊せそうかな?)
レイは魔導術で発生させた<気>の塊を、勢い良くぶつけてみた。しかし半ば予想していた通り、天井はビクともしなかった。
(だめか……)
レイはそのまま、外回廊を歩き、内庭へと出た。
内庭も堅固な壁に囲まれており、外回廊と同様に、高い天井から光が注がれていた。
人形の言っていた『高貴な方』が、ここでお茶を楽しむためか、多彩な植物で彩られた緑の中には、優美な椅子とテーブルを備えた東屋まで設けてある。
(この<最果ての間>って……いったい何なんだ? 娯楽の場? ……にしては牢屋みたいな堅固な造りだ。……さしずめ牢屋の豪華版……といったところか……?)
物思いに沈んでいると、ふと、レイは風が頬を撫でるのを感じた。どこからか風が運ばれ、植物たちがさわさわと、気持ちよさそうに梢を揺らしている。
通気口がどこかにあるのかと探してみたが、まったく見当たらず、レイは諦めて内庭に面した居間へと移動した。
その後もあちこち調べてみたが、結局何一つ脱出の糸口を掴めないまま、レイはほぼ魔力を使い果たし、疲れきって眠りについた。
レイは空腹に負けて魔王と差し向かいで食事をしたが、できるだけ魔王の方を見ないよう努めた。
なぜなら一度目が合った瞬間に、愛おしげに微笑まれ、狼狽と共にひどく赤面してしまったからである。
(何なんだよ、俺は……! あの反応はおかしいだろ!)
魔王の去った後、一人になった居間で、レイは長椅子ソファーの上をゴロゴロと転がりながら、悶々と頭を抱えていた。
(魔王は俺を無理やり……あんなっ……! なのになんで俺、憎いとも思わず、一緒に飯まで……その上……)
――微笑まれて赤面した。
その自分の反応が、苛立たしい。おかげで、問いただそうと思っていたことがいくつもあったのに、何一つ聞けずじまいだ。
時折歯軋りをしながらクルクルと表情を変え、長椅子の上でひたすら考え込んでいるレイを、人形は不安げに見つめていた。
その視線に気付き、レイがハッとして人形を見やる。
「ごめん、何か用だった?」
「いえ、あの……申し訳ございません。私、何か粗相を致しましたか?」
「粗相? いいや、何も? ……あっ、そうか」
自分の挙動がおかしかったことに気付き、レイは人形を安心させようと、優しく微笑んだ。
「君のせいじゃない。心配させて、ごめんよ。……その、俺は、考えてることが即、顔に出てしまうから、この先もヘンな顔して転がっていても、気にしないでくれ。全部魔王のせいだから」
どう答えてよいか分からず、人形は戸惑いながらも、レイの気遣いに礼を言った。
遠慮がちに微笑んだその様子も、先程の不安げな表情も、血の通った人間や魔族と、何ら変わるところはない。
レイは改めて、人形に向き合った。
「君は470年前から、この<最果ての間>にいると言ってたけど、ここは常に、誰かが使っているのか?」
「いいえ。私は今までに26名の方をお世話申し上げましたが、いずれも短期間ご滞在の場合が多く、この<最果ての間>は普段は無人となっております」
「えっ……それじゃあ、誰もいない間、君はここに一人ぼっちなのか?」
「はい。無人の際、私は<最果ての間>の維持管理にあたりますが、その時間以外は動力を最小限に保ち、ご命があるまで待機しております」
「……待機……。それは……眠ってるようなものか? 意識はあるのか?」
「はい。ごく微かにございます」
その様を想像して、レイは絶句した。
誰もいない空間にただ一人、ひたすらぼんやりと、漂っている、孤独。
「……それは…………寂しいな……」
目に涙を浮かべて、いたわるような眼差しで見つめてくる主人を、人形は礼儀も忘れて、じっと見つめ返した。その瞳はレイを通り越し、どこか遠い、時のかなたに据えられているように見えた。
――しかしそれも束の間のことで、すぐに人形は我に帰ると、深く一礼した。
「失礼致しました、レイ様。……あの、お茶をお持ち致しましょうか」
「あ……いや……そうだな。じゃ、頼むよ」
「はい。すぐにご用意致します」
にっこり微笑むと、人形は厨房へと向かった。
レイはその姿を目で追いながら、「名前が……必要だよな……」と呟いた。
レイは人形が淹れてくれた茶を飲むと、<最果ての間>をあちこち調べ始めた。
まずは人形に案内してもらい、隅々まで見て回った。
その後レイは、とりあえず、あの厄介な扉は後回しにして、他の脱出路がないか探すことにした。それというのも魔王が帰り際、横をすり抜けてやろうとしたレイに向かって、こう言ったからだ。
「レイ、外に続く扉は三重になっていて、複雑な魔導術と合言葉が必要になる。もちろん、こじ開けるなどは論外だぞ。試すだけ時間の無駄だ。おとなしくしていることだな」
その後、魔王は、ごく短時間で解ける束縛の術をレイにかけ、
「レイ、愛してるぞ。……明日は良い返事を期待している」
と言って、扉の向こうに消えた。
それを思い出し、レイは赤面しながら舌打ちした。
「くそっ……こうなったら、壁に穴を開けてやる」
しかしどんな材質を使っているのか、魔導術はすべて弾かれてしまう上、物理的にもまったく歯が立たない。壁だけでなく、床や天井も同様だった。
やがて日が昇り始める時間になると、主寝室の窓から、朝の光がぼんやりと射し込み始めた。
窓の外は内庭に続く外回廊のようになっていて、暗いうちに人形に案内してもらったときには、星空も見えなかった。
レイはもう一度、主寝室と居間の間の廊下から、突き当たりの扉を開け、回廊へと出た。自然の光がぼんやりと注ぐ中、期待を込めて上を見上げる。
――やはり、空は見えない。
しかしかなり高い位置に、丸い半透明の天井があり、光はそこからにじみ出ていた。
(天窓みたいなものか……。あれは壊せそうかな?)
レイは魔導術で発生させた<気>の塊を、勢い良くぶつけてみた。しかし半ば予想していた通り、天井はビクともしなかった。
(だめか……)
レイはそのまま、外回廊を歩き、内庭へと出た。
内庭も堅固な壁に囲まれており、外回廊と同様に、高い天井から光が注がれていた。
人形の言っていた『高貴な方』が、ここでお茶を楽しむためか、多彩な植物で彩られた緑の中には、優美な椅子とテーブルを備えた東屋まで設けてある。
(この<最果ての間>って……いったい何なんだ? 娯楽の場? ……にしては牢屋みたいな堅固な造りだ。……さしずめ牢屋の豪華版……といったところか……?)
物思いに沈んでいると、ふと、レイは風が頬を撫でるのを感じた。どこからか風が運ばれ、植物たちがさわさわと、気持ちよさそうに梢を揺らしている。
通気口がどこかにあるのかと探してみたが、まったく見当たらず、レイは諦めて内庭に面した居間へと移動した。
その後もあちこち調べてみたが、結局何一つ脱出の糸口を掴めないまま、レイはほぼ魔力を使い果たし、疲れきって眠りについた。
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