虹の月 貝殻の雲

たいよう一花

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Ⅱ 幽閉

15. シルファ(1)

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花の香りがする清潔な寝具に包まれて、レイは眠りから覚めた。

「ん……」

横になったまま、霞む目で辺りを見渡す。
寝室には人の気配はなく、カーテンの隙間から零れ落ちた光が一筋、明るく床に伸びている。
だるい体を起こそうと腕に力を込めたとき、尻に異常を感じ、レイは眉根を寄せた。

「うっ……」

途端に、魔王に翻弄された昨夜の情事を思い出す。
されるがままに何度も絶頂を迎え、欲望を吐き出した自分の姿を思い出し、レイは顔を紅潮させて羞恥と怒りに身悶えた。

「くそっ……! くそっ! くそっ! ……くっ……!」

痛みはなかったが、そこにまだ魔王を受け入れているかのような鈍い異物感がある。
最初の夜に張り型を挿入されていたことを思い出し、手を伸ばして確認してみたが、何かを入れられている形跡はなく、昨夜、魔王がそこに放ったものも、洗い流されていた。

レイはよろよろと立ち上がると、夜着のまま、寝室から廊下へと移動した。
廊下の向こうで掃除をしていた人形が、急ぎ足でレイに近づいてくる。人形は滑らかな所作でお辞儀をし、声をかけてきた。

「レイ様、おはようございます」

「ああ……おはよう……って……今、何時?」

「午後三時を過ぎた頃でございます」

「もうそんな時間なのか!?」

レイは頭を抱えて目を見開いた。

(しまった、寝過ごした……! くそっ、魔王あいつがあんなことを……するから……)

レイは奥歯をぎりぎりと噛みしめた。
慣れない行為を強要されたため、体は思った以上に疲弊したらしい。常なら一晩眠れば、ほぼ回復していた魔力も、ほんの少ししか戻ってきていない。

(……これでは、大したことはできそうにない……)

しかし、何としてでも脱出し、家に帰らなくてはいけない。
もやがかかったようにぼんやりした頭に、兄の言葉が浮かび上がる。

『いいか、今回の仕事が終わったら、寄り道せずにまっすぐ家に帰って来いよ。そろそろ仙界に顔を出す時期だからな』

(兄さん……)

兄はまだ、レイが攫われたことなど知らず、当然依頼の旅を続けていると、思っているだろう。
依頼の期間は2ヶ月、そのうち半月はもう過ぎた。
残された時間はあと、ひと月半。
それまでにもし、レイが家に戻らなければ、兄は異変に気付き、行方不明となった弟を半狂乱で捜し始めるだろう。

(そうなったら大変だ……)

兄の性格を知り尽くしたレイには、その後の展開を克明に思い描くことができた。
フリューイは、弟の様子がおかしかったことを知りながら、旅に送り出してしまった自分を責めるだろう。
そして己の身を危険に晒し、命を削ってでもレイを捜し求めるに違いない。

――そうなる前に、何としてでも家に帰らなくては。

「あとひと月半……ひと月半しかない。……いや、ひと月半もある。大丈夫だ。何とかなる。必ず脱出してみせる……」

レイはぶつぶつと独り言を呟きながら、乱れた髪をかきむしった。

すぐ傍で人形が、その姿を心配げに見つめている。
夜着のまま廊下の壁に寄り掛かかって、何かを考え込んでいるあるじに、人形は遠慮がちに声をかけた。

「あの……レイ様。お食事をお召し上がりになりますか? それともお召し替えを先になさいますか?」

「いや、それどころじゃ……」

「では内庭で、お茶とお菓子はいかがですか? 春の花々が美しく咲き揃っております。きっとお心をお慰めできると存じます」

「いや……。……あ……ええと……」

レイは考え事を中断し、人形に目を止めた。
心配げな気配を漂わせ、人形はじっとレイを見つめている。
主の健康状態を気遣い、心身ともに健やかに保とうとする意思が伝わってくる。それは確かに人形に与えられた役目だが、目の前の人形からは、義務を超えた思いやりが感じられた。

(優しい子だなあ……。こんなに心配してくれているのに、粗末に扱ったら罰があたる……)

「……あの、それじゃ、着替えて庭に行くよ。頼めるか?」

人形は心底嬉しそうに顔を輝かせた。

「はい! すぐにご用意致します! お召し物に、何かお好みはございますか?」

どうやら魔王はレイのために、何着も新しい衣装を用意したらしい。
レイは人形と共に寝室に戻ると、壁際にずらりと並んだ衣装箪笥の中身を見て驚いた。
上等な布地を上品な色に染め上げ仕立てた、数々の衣装がずらりと並んでいる。
ほとんどがレイの寸法に合わせたものだが、夜着や下着など、一部明らかに大きな寸法の服がある。

魔王あいつめ……)

レイは再び、ぎりぎりと奥歯を噛みしめた。
目の前に並んだ衣装は、魔王が長期戦の構えを取っていることを物語っている。

(そうはいくか……。俺は早々に出てやるからな。見てろ!! …………いや、見られたら脱出できないな。見るな……!!)

レイが拳を固めて沈黙している姿を見て、着る服に迷っていると解釈した人形は、

「レイ様、こちらはいかがでしょう。レイ様の黒い御髪おぐしと明るいお眼の色に映えるかと存じます」

と、淡いクリーム色の衣装を取り出した。

「うん、じゃ、それ」

デザインが比較的簡素なのが気に入り、レイは即座にその服を手に取った。途端、人形が「お手伝い致します」と言いながらレイの胸元に手を伸ばした。レイがびっくりして焦り出す。

「えっ、いや、いいよ。自分でできるから。……お茶の用意をしてくれるか? 後で庭に行くから」

「かしこまりました」

人形は丁寧にお辞儀をすると、部屋を退出した。
レイはホッとして、真新しい衣装に袖を通す。

(そうか……『高貴な方』は自分一人で着替えないのか。でもあの子、女の子……みたいに見えるもんな……。いや、性別なんかないのかもしれないけど……。とにかく裸を見られるのは恥ずかしい。高貴な奴って、平気なのか? ああ、そうか、魔王みたいに変態なのかもな……)

昨夜既に、魔王に抱えられて浴室に運ばれた際、人形に裸を見られていることを、レイは知らない。
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