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Ⅱ 幽閉
25. シルファの異変(2)
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レイが目を開けると、シルファは枕や毛布をいくつも集め、厨房の硬い床に倒れたレイの下に敷こうと、苦心していた。
どうやら意識を失っていたのは、それほど長い時間ではないらしい。
「ああ、レイ様! お目覚めですか、ああ、良かった! ご気分はいかがですか。何かお飲み物を、いえ、お薬がよろしいですか。先ほど陛下を、陛下をお呼びしました!」
人形は可哀想なほど、取り乱していた。
「ん……魔王を……? なんで……どうやって……?」
頭がくらくらし、周囲が揺れて見える。
レイはゆっくり体を起こすと、まずはシルファを落ち着かせようと、手を伸ばしてその体に触れた。
「大丈夫……大丈夫だ、俺は。シルファも……大丈夫……みたいだな?」
「はい、はい……レイ様。私は、もう、すっかり……」
「何が……起こったんだ?」
この頭痛と倦怠感には、覚えがある。呪具の腕輪によって魔力を根こそぎ奪われたときも、こんな状態になった。しかしあのときと違って、レイの体にはまだ、魔力の活力を感じる。
レイは額に手を当て、集中してみた。完全に満ちていた魔力は、半分ほど失われたようだ。
「申し訳ございません、レイ様。申し訳ございません……」
人形はうなだれ、必死で謝罪の言葉を繰り返している。
「ああ……そうか……」
やっと、レイは合点がいった。
「君は人から魔力をもらって、動いていたのか……」
なぜ今まで気付かなかったのか、不思議なくらいだ。
以前、シルファに魔力の気配を感じ、魔導術が使えるのかと、尋ねたこともあったのに。そのときシルファは、「いいえ」と答え、何かに遠慮するかのように、目を伏せた。
(俺はあのとき、魔導術で作られた人形だから、魔力を帯びているのかと、勝手に思い込んだ……。シルファに感じた魔力は、いつのまにか、俺から吸収したものだったのか……)
自分の思い込みを是正しながら、レイはシルファを安心させるため、笑顔を作ろうとした。しかし強張った顔の筋肉は思い通りに動いてくれず、引きつったおかしな顔になってしまった。
「そんなに……謝らなくていいから。俺、知らなくて……ごめんな」
そこへ突然、血相を変えた魔王が登場した。
魔王はレイの傍に瞬時に移動すると、膝を付き、レイの顔を覗き込んだ。もともと眼球が赤いのに加え、疲労により白目の部分が充血しているため、魔王の目は全体が赤く染まっている。その異様な双眸が、至近距離でレイを見据えていた。
「レイ、私が分かるか! 何があった!? どこか具合が悪いのか!? どこが痛む!? 答えてくれ、レイ!」
両肩を掴まれてがくがくと揺さぶられ、レイは呻いた。
「うっ……やめろ、揺らすな。気分が悪くなる。痛いのはあんたの掴んでいる肩だ!」
「あ……ああ、そうか、すまない、レイ……」
悄然とうなだれた魔王を、レイは複雑な気持ちで見つめた。
「心配するな……魔王。……シルファに一気に魔力を注いだから、体がびっくりして、少しの間、意識を失っただけだ」
「一気に……だと? なぜそんな必要があったのだ!?」
「申し訳ございません、私が」
シルファの言葉を遮って、レイは魔王に手を伸ばした。
「魔王、寝室に連れて行ってくれ。立てそうにない。……シルファ、気にしなくていいから、ここらを片付けてくれ」
「はい……」
魔王は嬉々としてレイを抱き上げた。そしてハッとして、腕の中のレイに問う。
「レイ、倒れるとき、どこか打たなかったか。痛いところはあるか?」
「いや……大丈夫だ。シルファが受け止めてくれたし、怪我はないよ」
それを聞くと魔王は安堵して、ゆっくりと歩き出した。――その顔は、だらしなく緩みきっている。
「……ずいぶんと嬉しそうだな、魔王」
「もちろん嬉しいとも。初めておまえが『抱いてくれ』と言ったのだからな。感動している」
「言ってない。『連れて行ってくれ』と言ったんだ。あんたの脳みそ、沸騰して溶けちまったのか?」
「辛辣だな。いずれにせよ、おまえは初めて、自発的に私の腕の中にいる。……もっと寝室が、遠ければ良かったのだが……もう着いてしまった……」
魔王は寝台の上にレイをそっと横たえると、黒い髪に優しく手を這わせた。
「レイ……何があったのだ? あの人形には、おまえの睡眠中に毎日少しずつ、魔力を吸収するようにと、命じておいた。おまえが自ら、一気に注ぐ必要など、なかったはずだ。人形がこの私の命令をたがえたのならば……尋常ではない」
そうだったのか……とレイは嘆息した。初めの頃、魔力がなかなか回復しなかったのは、そのせいだったのかと、思い当たった。
「シルファが悪いんじゃない。シルファは俺に気を遣って、魔力を吸収するのをずっと控えていたんだと思う。俺が……魔力が回復しなくて、困っていると話したから。俺、知らなかったんだ……。生きてる人形が、人の魔力を原動力としていることを」
「人形がおまえに気を遣うあまり、私の命令を無視したというのか?」
「魔王、シルファにとっておまえの命令は、あらゆる事態において、絶対なのか?」
魔王はふと考え込んで、答えた。
「あの人形は、何代にも渡って王の所有物だ。命令形態の頂点に私がある。だが私の命令は、最優先とは言えぬな。王の命を受けて仕えている主人――今はおまえのことだ――の指示を、優先させることもある。……魔力の吸収に関しては、おまえの意思を最優先させたようだな。……おかしなことだ。魔力が途絶えれば、機能が停止し、すべての命令を遂行できなくなるというのに……」
「何もおかしなことじゃない。シルファに心があるから、この事態を招いた」
レイは険しい目つきで魔王を睨み付けた。
その視線を受けた魔王の顔に、困惑が浮かぶ。
「レイ、何を怒っているのだ? なぜそれほど、あの人形に執着する?」
「こっちこそ、聞きたい。感情を持つ人形を物のように扱って、なぜ心が痛まないんだ? 俺にはそっちの方が不思議だ。それにあんたは、シルファを利用して、俺の魔力をそぎ落としていたんだろう?……俺の抵抗を封じこめ、脱出を阻むために」
「……確かに、おまえの魔力を奪う一助にはなったが、その目的で人形を利用したのではない。人形におまえの魔力を与えていたのは、人形から、おまえを守るためだ」
「俺を……守る? なんで、シルファから?」
どうやら意識を失っていたのは、それほど長い時間ではないらしい。
「ああ、レイ様! お目覚めですか、ああ、良かった! ご気分はいかがですか。何かお飲み物を、いえ、お薬がよろしいですか。先ほど陛下を、陛下をお呼びしました!」
人形は可哀想なほど、取り乱していた。
「ん……魔王を……? なんで……どうやって……?」
頭がくらくらし、周囲が揺れて見える。
レイはゆっくり体を起こすと、まずはシルファを落ち着かせようと、手を伸ばしてその体に触れた。
「大丈夫……大丈夫だ、俺は。シルファも……大丈夫……みたいだな?」
「はい、はい……レイ様。私は、もう、すっかり……」
「何が……起こったんだ?」
この頭痛と倦怠感には、覚えがある。呪具の腕輪によって魔力を根こそぎ奪われたときも、こんな状態になった。しかしあのときと違って、レイの体にはまだ、魔力の活力を感じる。
レイは額に手を当て、集中してみた。完全に満ちていた魔力は、半分ほど失われたようだ。
「申し訳ございません、レイ様。申し訳ございません……」
人形はうなだれ、必死で謝罪の言葉を繰り返している。
「ああ……そうか……」
やっと、レイは合点がいった。
「君は人から魔力をもらって、動いていたのか……」
なぜ今まで気付かなかったのか、不思議なくらいだ。
以前、シルファに魔力の気配を感じ、魔導術が使えるのかと、尋ねたこともあったのに。そのときシルファは、「いいえ」と答え、何かに遠慮するかのように、目を伏せた。
(俺はあのとき、魔導術で作られた人形だから、魔力を帯びているのかと、勝手に思い込んだ……。シルファに感じた魔力は、いつのまにか、俺から吸収したものだったのか……)
自分の思い込みを是正しながら、レイはシルファを安心させるため、笑顔を作ろうとした。しかし強張った顔の筋肉は思い通りに動いてくれず、引きつったおかしな顔になってしまった。
「そんなに……謝らなくていいから。俺、知らなくて……ごめんな」
そこへ突然、血相を変えた魔王が登場した。
魔王はレイの傍に瞬時に移動すると、膝を付き、レイの顔を覗き込んだ。もともと眼球が赤いのに加え、疲労により白目の部分が充血しているため、魔王の目は全体が赤く染まっている。その異様な双眸が、至近距離でレイを見据えていた。
「レイ、私が分かるか! 何があった!? どこか具合が悪いのか!? どこが痛む!? 答えてくれ、レイ!」
両肩を掴まれてがくがくと揺さぶられ、レイは呻いた。
「うっ……やめろ、揺らすな。気分が悪くなる。痛いのはあんたの掴んでいる肩だ!」
「あ……ああ、そうか、すまない、レイ……」
悄然とうなだれた魔王を、レイは複雑な気持ちで見つめた。
「心配するな……魔王。……シルファに一気に魔力を注いだから、体がびっくりして、少しの間、意識を失っただけだ」
「一気に……だと? なぜそんな必要があったのだ!?」
「申し訳ございません、私が」
シルファの言葉を遮って、レイは魔王に手を伸ばした。
「魔王、寝室に連れて行ってくれ。立てそうにない。……シルファ、気にしなくていいから、ここらを片付けてくれ」
「はい……」
魔王は嬉々としてレイを抱き上げた。そしてハッとして、腕の中のレイに問う。
「レイ、倒れるとき、どこか打たなかったか。痛いところはあるか?」
「いや……大丈夫だ。シルファが受け止めてくれたし、怪我はないよ」
それを聞くと魔王は安堵して、ゆっくりと歩き出した。――その顔は、だらしなく緩みきっている。
「……ずいぶんと嬉しそうだな、魔王」
「もちろん嬉しいとも。初めておまえが『抱いてくれ』と言ったのだからな。感動している」
「言ってない。『連れて行ってくれ』と言ったんだ。あんたの脳みそ、沸騰して溶けちまったのか?」
「辛辣だな。いずれにせよ、おまえは初めて、自発的に私の腕の中にいる。……もっと寝室が、遠ければ良かったのだが……もう着いてしまった……」
魔王は寝台の上にレイをそっと横たえると、黒い髪に優しく手を這わせた。
「レイ……何があったのだ? あの人形には、おまえの睡眠中に毎日少しずつ、魔力を吸収するようにと、命じておいた。おまえが自ら、一気に注ぐ必要など、なかったはずだ。人形がこの私の命令をたがえたのならば……尋常ではない」
そうだったのか……とレイは嘆息した。初めの頃、魔力がなかなか回復しなかったのは、そのせいだったのかと、思い当たった。
「シルファが悪いんじゃない。シルファは俺に気を遣って、魔力を吸収するのをずっと控えていたんだと思う。俺が……魔力が回復しなくて、困っていると話したから。俺、知らなかったんだ……。生きてる人形が、人の魔力を原動力としていることを」
「人形がおまえに気を遣うあまり、私の命令を無視したというのか?」
「魔王、シルファにとっておまえの命令は、あらゆる事態において、絶対なのか?」
魔王はふと考え込んで、答えた。
「あの人形は、何代にも渡って王の所有物だ。命令形態の頂点に私がある。だが私の命令は、最優先とは言えぬな。王の命を受けて仕えている主人――今はおまえのことだ――の指示を、優先させることもある。……魔力の吸収に関しては、おまえの意思を最優先させたようだな。……おかしなことだ。魔力が途絶えれば、機能が停止し、すべての命令を遂行できなくなるというのに……」
「何もおかしなことじゃない。シルファに心があるから、この事態を招いた」
レイは険しい目つきで魔王を睨み付けた。
その視線を受けた魔王の顔に、困惑が浮かぶ。
「レイ、何を怒っているのだ? なぜそれほど、あの人形に執着する?」
「こっちこそ、聞きたい。感情を持つ人形を物のように扱って、なぜ心が痛まないんだ? 俺にはそっちの方が不思議だ。それにあんたは、シルファを利用して、俺の魔力をそぎ落としていたんだろう?……俺の抵抗を封じこめ、脱出を阻むために」
「……確かに、おまえの魔力を奪う一助にはなったが、その目的で人形を利用したのではない。人形におまえの魔力を与えていたのは、人形から、おまえを守るためだ」
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