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天狗大戦争
その後 前編
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妖怪研究事務所に鈴|《りん》の音が鳴り響いた。
高さ四十センチのこじんまりとした仏壇の前に、天狗の娘が正座して手を合わせている。
「墓が出来るのはあと一ヶ月後か」
野沢がソファに身体を預け、彼女の背中へと語りかける。
「ああ。実家の庭に作ってもらうんだ」
「そうか。それは良いな」
あれから一週間が経った。
事態は急速に事を運び、あれよあれよと収まるべきところに収まった。一家が惨殺された事件については、小室が諸々手を回してくれたようで、大事にはならなかった。
話は収束を迎えたと言っても、一週間しか経っていない。未だ冷めやらぬ余波が、あちこちで様々な変化を生み出している。
「おいこら明人ぉおお!」
玄関の扉を開けることも億劫なのか、そのまま壁をすりぬけてテラ公が飛び込んできた。
「どうした」
「どうしたもこうもないじゃろう!? 勝手に責任負うなどと言いおってからに! おかげで黄泉の国から大量の書類が送られてきよったわ!」
「ああ、そんなことも言ったな」と、野沢に悪びれる様子はない。
「お前のせいで、ろくに寝ることも出来んわ! 書類整理の毎日がどれだけしんどいか分かっとんのかボケぇ! あげく神会議ではネチネチと嫌味を言われるわ、仲間から生暖かい目で見られるわで、もうとち狂ってしまいじゃ!」
ぎゃんぎゃんと喚き散らすテラ公。それでも野沢は動じることなく、静観している。彼の様子に違和感を見たテラ公は頬を膨らませて言った。
「なにぃ? 反省しとらんのかお前は?」
「久々に家族と交わす文通は楽しいか?」
ぎくりと身を震わせるテラ公。
「お、おま……なぜそれを」
瘴気に侵されて衰弱していたテラ公は、まず三日ほど太郎坊の山で療養をした。かねてよりの縁との再会。そして妖怪コンビの生還を祝し、太郎坊、飯綱三郎、豊前坊の三人と、在りし日の会話に花を咲かせていたようだ。
そしてほぐれた心で高天原に戻ると、黄泉の国から送られてきた書類の山。彼女は腐っても最高神である。威厳を保たねばならない位置にいる。そんな彼女であるがゆえ、怒り狂うのも頷ける。もちろんこの段階でとどまっていれば、ぶっきらぼうの野沢であれ、謝罪する人の心は持ち合わせている。
だが、事はそこでとどまらなかった。
テラ公が時折見せるおちゃめな一面はイザナミゆずりのようで、彼女の母親は書類の山に娘個人に宛てた手紙を忍ばせていた。
崇徳と相模坊。太郎坊と飯綱三郎。テラ公と豊前坊などなど、神様組は存在している年月が長いだけあって、途方も無いほどの過去を背負っている。きっとその背中には楽しいこと、嬉しいことだけでなく、相当な数の過ちも混ざっていて。その際に生じた関係性の変化や取り決めも、数え切れないほどあったはずだ。その全てを心に留めて存在しつづけているなんて、野沢には耐えきれそうにない。
とにもかくにも。かつて何かしらの問題が起きて、高天原と黄泉の国は交流しなくなったのだろう。今回のような、よっぽどの異常事態が起きない限り。手紙を公に送らず、忍ばせるあたり、そういった背景がなおさら伺える。
テラ公は幾千年ぶりの手紙に狂喜乱舞し、一目散に手紙をしたためた。それからというもの、報告書という名目の文通が始まったのだった。
だが、内容がいけなかった。
明くる日も、明くる日も。彼女は手紙に妖怪コンビの悪口を文中に混じえていたのだ。
やれお菓子が少ないだの、アマネはうるさいだの、野沢は融通の効かないチキン野郎だの。二人の悪い部分が筒抜けになっていた。
もちろん彼女なりの愛情の現れだということは分かっているのだが、言って良いことと、悪いことがある。
「お前、俺が寝言でアマネと呟いた話や、アマネがデザート食べすぎて体重を気にしてる話とか、デリケートな話を教えただろう」
「ぎくぅ!」
テラ公はわかりやすく肩を震わせるも、苦笑いを浮かべて両手を腰にあてた。
「……は、ははは……な、なんのことか分からんなあ? だいたい文通の話だって本人に聞いたわけじゃなかろ? 根も葉もない噂かもしれんぞ?」
野沢はアマネの隣で正座をしている男性に顔を向けた。
「だってよ、崇徳」
「崇徳じゃと!?」
ほうと呟き、崇徳と呼ばれた男性が腰を上げた。こちらへと振り返り、野沢の隣まで歩み寄る。
「最高神が狡い嘘をつくとは。神も末ですね」
「な、な、な、なんじゃとぉ!?」
「なんだも、なんじゃもないだろう。こいつは事実を言ってるだけだぞ」
崇徳は見違えるほどの清廉さを纏っていた。生やし散らかしていた長髪はさらさらになり、後ろで一つに結んでいる。肌の血色もよくなり、艷やかな肌色をしていた。漂わせている雰囲気は鳳仙に近く、礼節正しい誠実な男性という印象だった。
野沢がなぜ神々のやり取りを知っているのか。
それは安定した魂となった崇徳が、リハビリもかねてアマネに謝罪をしに来たからであった。黄泉の国の君主二人に仕え、傍で彼女らを見ている崇徳は、実に多くの詳細を知っていた。
聞くところによると、イザナミはテラ公の手紙を毎日ルンルン気分で待ち望んでいるらしい。中でも野沢達の話を読んで興味を持ったようで、「今度は私も顔を出すからよろしく」と伝えてくれと頼まれたとのこと。
ちなみにだが、もちろん首謀者である相模坊の姿はない。言葉で謝罪をされようと、赦されるわけがないことくらいは、奴も分かっているのだろう。
「ふ、ふん! そりゃあ、あれだけの迷惑を被れば文句の一つや二つ、言いたくなるやろ、まったく」
テラ公はぶつくさ言いつつ、どさっとソファに頭から突っ込んだ。開き直る作戦に出たようである。
「でもまあ、俺が悪かったよ。どれだけの影響があるのかわかんねえのに、軽はずみで口約束しちまった。すまん」
「お菓子一年分」
「あ?」
「お菓子一年分を買ってくれたら許しちゃる」
最高神は頬をぷくりと膨らませて、野沢を見た。
「良いぜ」
「ほんとか!?」
安価な食品一年分で最高神の機嫌が直るというのなら、安いものである。
「ああ。ただその前に、野暮用を済ませてくるわ」
「野暮用?」
むくりと顔を上げて、顎の下に両手を滑りこませるテラ公。その表情は呑気そのもの。怒り狂っていた彼女はどこへいってしまったのか。
「野暮用と呼ぶには、デカい山っぽいですけどねえ」
黙祷が終わったのか、アマネもソファのもとへとやってきて、野沢の隣に座った。
「ほう? もしやとは思うが、友人門にまつわる話か?」
しゅばっと神へ親指を突き出すアマネ。
「さすがテラスちゃん! 大正解!」
ところは変わって、元藍玉の研究所入り口前。
なお崇徳は、もうしばらく現世を巡るとのことで、一足先に探偵事務所から出ていった。せっかくの機会だからと、テラ公も彼についていってしまったので、いつもの妖怪コンビだけが入り口に立っている。
どうやらテラ公は鳳仙と内緒の契りを結び、彼の携帯を貰ったようだった。事務所を崇徳と出ていく直前、何かあったら連絡するようにと携帯を見せびらかしてきたが、野沢は携帯よりも内緒の契りの方が気になってしょうがなかった。
「ほほうのほう。いやはや変わるもんだねえ」
研究所の自動ドアをくぐり、アマネが開口一番に唸る。研究所は小室が取り締まることとなり、名前もシンプルに小室研究所として命名された。
「ああ、すげえなこりゃ。まだあれから一週間だぞ?」
ダミーとして使われていた旧町役場は修繕され、小室研究所の正式な受付へと変身していた。受付に関する内装はほぼ完璧のようで、真っ白い光を放つ蛍光灯がその存在を主張していた。なんと今月中には外装含めて全て終わらせるという。
二人は木目調のリノリウム床をカツカツと歩いていく。
「小室研究事務所へようこそ。本日はどのようなご用件でしょうか」
「え?」
すると受付の女性が近づいてきた。アクの強い連中と出逢ってばかりだったため、久しぶりの普通に出くわし、二人は困惑した。
「あーっと……ほらアッキーあれだよな!? あれあれ! なんだっけか!」
「お、おう。その、あれなんですよ」
怪訝そうに受付が眉をひそめたところで、
「お、きたきた。こっちだよ」
奥の扉から小室がひょっこりと顔を覗かしてきた。受付は小室の姿を確認すると、小さく会釈をして、元の席へと戻っていった。
小室とともに、研究所の地下へと向かう。
隠しエレベーターのあったトイレは取り壊され、純粋なエレベーターホールになっていた。ここはまだ工事中のようで、左右合わせて八つあるエレベーターのうち、機能しているのは一つだけだ。他のエレベーター前には工事中の張り紙が貼り付けられた赤パイロンが置かれている。
三人はエレベーターに乗り込んだ。小室が地下十階のボタンを押す。
「なあ小室、地下一階から九階までは何があるんだ?」と、野沢が言う。
「実は相当に広い施設でね。所属していた私ですら把握しきれていない。まあ大半は研究員の居住区であったり、研究のための機材置き場やデータ置き場だったりだよ。……まあ、中にはとんでもない化物がまだ眠っていたりするかもね」
「こえーな」
「いんや! おもろいだろう! 今度ここに冒険しに来ようぜ! まだ見ぬアドベンチャーが私とアッキーを待っている!」
アマネが子供のように、野沢の背に飛び乗ったところでベルの音がなった。キャスターが回る音とともに、扉が開く。
目の前に広がる光景に妖怪コンビは何度目か分からない感嘆の声を上げた。
飛び交う喧騒と無数の足音。まるで雑多な人混みに紛れ込んでしまったかのような賑やかさ。科学者達の発する凄まじい熱気。死者の国に繋がっているはずの友人門周辺は、生のエネルギーに満ちていた。
「どこぞの最高秘密機関みたいだな」
「ああ、エイリアンが出てくるやつかね? 男二人が主役の」
「そうそう」
「それなら、グラサン買ってくれば良かったデスねえ」
「俺は丸坊主にして肌を焼いてきたりな」
「そこまで凝るとすると、私は性転換をしなければいけないんだが」
二人の会話に終止符を打つため、小室が両手をパンと叩く。
「バカなこと言ってないで、とっとと降りてくれよ」
呆れた顔を小室に促されるまま、二人は科学者の楽園に足を踏み入れた。
「やっと来たか。待ちくたびれたぞ」
すると、正面に設けられたロビーでくつろいでいた太郎坊が腰を上げた。
「お、天狗型のエイリアン」
「ぬぅ?」
と、彼女の口撃をまともに食らって硬直する。
「実の父親をエイリアン呼ばわりとは……」
「この間の事件は、おとっつぁんがしっかりしてれば大事にならなかったかもなんだぜ? 嫌味言われても、おとなしく食らうしかないのだよ」
「つかエイリアン知ってるんすね」
「じゃがましいわボケェ! 儂は何千年も先輩だぞコラァ!」
野沢の素朴なツッコミに、太郎坊はブチギレて彼の胸ぐらを掴んだ。
「うわー。大人げねえ」
「大人じゃねえ。天狗だ」
娘の蔑みを屁理屈でかわす。そのかわし方はアマネにそっくりで、やはり親子なのだなと再認識させられた。
「ほらほら太郎坊さん。とっとと本題に移りますよ」
小室が太郎坊の肩を叩く。
「しかし……こやつが」
「もう現代のこと教えませんよ? 先日お貸しした映画のDVDも返してもらいますから」
「ぬぅ」
しぶしぶといった面持ちで、野沢のシャツから手を離す。
「少しは現代の事を勉強する気になったのだねえ、おとっつあんも」
うむうむと言わんばかりに両腕を組んで、アマネは頭をしきりに振った。
太郎坊は黄泉の国への門が開いたあの日、小室に口説かれ、協力関係を結んでいた。今では“第三“の住処として研究所内に部屋を用意してもらい、ここ三日間は小室の元で寝泊まりしていた。
なお“第二“の住処は夢鳴山の麓。みんなご存知、山吹邸である。
テラ公の看病を終えた後、太郎坊は真っ直ぐ山吹邸に向かった。テラ公の看病より前に、妻である波音を愛宕山から山吹邸に連れて行った際、彼女に約束していたのだ。これからは必ず親子三人揃って暮らすということを。それから家で待つ妻と娘の二人に謝罪し、和解し、改めて家族となった。
だがやはり人里離れて暮らしてきた大天狗。人の心はもとい、女性の気持ちとなるとなおさらで、妻と娘それぞれと日常生活の中で何度もすれ違い、喧嘩を繰り返した。よせばいいのにプライドの高い太郎坊はいちいち口答えしたため、波音の怒りが頂点に達してしまった。
――これこそ彼が第三の住処で寝泊まりすることになった理由。
元々気の強かった波音から「私の怒る意味が分かるまで帰ってくるな」と箒木を振り回されながら盛大に追い出された太郎坊は、さっそく小室に助けを求めたのだった。
高さ四十センチのこじんまりとした仏壇の前に、天狗の娘が正座して手を合わせている。
「墓が出来るのはあと一ヶ月後か」
野沢がソファに身体を預け、彼女の背中へと語りかける。
「ああ。実家の庭に作ってもらうんだ」
「そうか。それは良いな」
あれから一週間が経った。
事態は急速に事を運び、あれよあれよと収まるべきところに収まった。一家が惨殺された事件については、小室が諸々手を回してくれたようで、大事にはならなかった。
話は収束を迎えたと言っても、一週間しか経っていない。未だ冷めやらぬ余波が、あちこちで様々な変化を生み出している。
「おいこら明人ぉおお!」
玄関の扉を開けることも億劫なのか、そのまま壁をすりぬけてテラ公が飛び込んできた。
「どうした」
「どうしたもこうもないじゃろう!? 勝手に責任負うなどと言いおってからに! おかげで黄泉の国から大量の書類が送られてきよったわ!」
「ああ、そんなことも言ったな」と、野沢に悪びれる様子はない。
「お前のせいで、ろくに寝ることも出来んわ! 書類整理の毎日がどれだけしんどいか分かっとんのかボケぇ! あげく神会議ではネチネチと嫌味を言われるわ、仲間から生暖かい目で見られるわで、もうとち狂ってしまいじゃ!」
ぎゃんぎゃんと喚き散らすテラ公。それでも野沢は動じることなく、静観している。彼の様子に違和感を見たテラ公は頬を膨らませて言った。
「なにぃ? 反省しとらんのかお前は?」
「久々に家族と交わす文通は楽しいか?」
ぎくりと身を震わせるテラ公。
「お、おま……なぜそれを」
瘴気に侵されて衰弱していたテラ公は、まず三日ほど太郎坊の山で療養をした。かねてよりの縁との再会。そして妖怪コンビの生還を祝し、太郎坊、飯綱三郎、豊前坊の三人と、在りし日の会話に花を咲かせていたようだ。
そしてほぐれた心で高天原に戻ると、黄泉の国から送られてきた書類の山。彼女は腐っても最高神である。威厳を保たねばならない位置にいる。そんな彼女であるがゆえ、怒り狂うのも頷ける。もちろんこの段階でとどまっていれば、ぶっきらぼうの野沢であれ、謝罪する人の心は持ち合わせている。
だが、事はそこでとどまらなかった。
テラ公が時折見せるおちゃめな一面はイザナミゆずりのようで、彼女の母親は書類の山に娘個人に宛てた手紙を忍ばせていた。
崇徳と相模坊。太郎坊と飯綱三郎。テラ公と豊前坊などなど、神様組は存在している年月が長いだけあって、途方も無いほどの過去を背負っている。きっとその背中には楽しいこと、嬉しいことだけでなく、相当な数の過ちも混ざっていて。その際に生じた関係性の変化や取り決めも、数え切れないほどあったはずだ。その全てを心に留めて存在しつづけているなんて、野沢には耐えきれそうにない。
とにもかくにも。かつて何かしらの問題が起きて、高天原と黄泉の国は交流しなくなったのだろう。今回のような、よっぽどの異常事態が起きない限り。手紙を公に送らず、忍ばせるあたり、そういった背景がなおさら伺える。
テラ公は幾千年ぶりの手紙に狂喜乱舞し、一目散に手紙をしたためた。それからというもの、報告書という名目の文通が始まったのだった。
だが、内容がいけなかった。
明くる日も、明くる日も。彼女は手紙に妖怪コンビの悪口を文中に混じえていたのだ。
やれお菓子が少ないだの、アマネはうるさいだの、野沢は融通の効かないチキン野郎だの。二人の悪い部分が筒抜けになっていた。
もちろん彼女なりの愛情の現れだということは分かっているのだが、言って良いことと、悪いことがある。
「お前、俺が寝言でアマネと呟いた話や、アマネがデザート食べすぎて体重を気にしてる話とか、デリケートな話を教えただろう」
「ぎくぅ!」
テラ公はわかりやすく肩を震わせるも、苦笑いを浮かべて両手を腰にあてた。
「……は、ははは……な、なんのことか分からんなあ? だいたい文通の話だって本人に聞いたわけじゃなかろ? 根も葉もない噂かもしれんぞ?」
野沢はアマネの隣で正座をしている男性に顔を向けた。
「だってよ、崇徳」
「崇徳じゃと!?」
ほうと呟き、崇徳と呼ばれた男性が腰を上げた。こちらへと振り返り、野沢の隣まで歩み寄る。
「最高神が狡い嘘をつくとは。神も末ですね」
「な、な、な、なんじゃとぉ!?」
「なんだも、なんじゃもないだろう。こいつは事実を言ってるだけだぞ」
崇徳は見違えるほどの清廉さを纏っていた。生やし散らかしていた長髪はさらさらになり、後ろで一つに結んでいる。肌の血色もよくなり、艷やかな肌色をしていた。漂わせている雰囲気は鳳仙に近く、礼節正しい誠実な男性という印象だった。
野沢がなぜ神々のやり取りを知っているのか。
それは安定した魂となった崇徳が、リハビリもかねてアマネに謝罪をしに来たからであった。黄泉の国の君主二人に仕え、傍で彼女らを見ている崇徳は、実に多くの詳細を知っていた。
聞くところによると、イザナミはテラ公の手紙を毎日ルンルン気分で待ち望んでいるらしい。中でも野沢達の話を読んで興味を持ったようで、「今度は私も顔を出すからよろしく」と伝えてくれと頼まれたとのこと。
ちなみにだが、もちろん首謀者である相模坊の姿はない。言葉で謝罪をされようと、赦されるわけがないことくらいは、奴も分かっているのだろう。
「ふ、ふん! そりゃあ、あれだけの迷惑を被れば文句の一つや二つ、言いたくなるやろ、まったく」
テラ公はぶつくさ言いつつ、どさっとソファに頭から突っ込んだ。開き直る作戦に出たようである。
「でもまあ、俺が悪かったよ。どれだけの影響があるのかわかんねえのに、軽はずみで口約束しちまった。すまん」
「お菓子一年分」
「あ?」
「お菓子一年分を買ってくれたら許しちゃる」
最高神は頬をぷくりと膨らませて、野沢を見た。
「良いぜ」
「ほんとか!?」
安価な食品一年分で最高神の機嫌が直るというのなら、安いものである。
「ああ。ただその前に、野暮用を済ませてくるわ」
「野暮用?」
むくりと顔を上げて、顎の下に両手を滑りこませるテラ公。その表情は呑気そのもの。怒り狂っていた彼女はどこへいってしまったのか。
「野暮用と呼ぶには、デカい山っぽいですけどねえ」
黙祷が終わったのか、アマネもソファのもとへとやってきて、野沢の隣に座った。
「ほう? もしやとは思うが、友人門にまつわる話か?」
しゅばっと神へ親指を突き出すアマネ。
「さすがテラスちゃん! 大正解!」
ところは変わって、元藍玉の研究所入り口前。
なお崇徳は、もうしばらく現世を巡るとのことで、一足先に探偵事務所から出ていった。せっかくの機会だからと、テラ公も彼についていってしまったので、いつもの妖怪コンビだけが入り口に立っている。
どうやらテラ公は鳳仙と内緒の契りを結び、彼の携帯を貰ったようだった。事務所を崇徳と出ていく直前、何かあったら連絡するようにと携帯を見せびらかしてきたが、野沢は携帯よりも内緒の契りの方が気になってしょうがなかった。
「ほほうのほう。いやはや変わるもんだねえ」
研究所の自動ドアをくぐり、アマネが開口一番に唸る。研究所は小室が取り締まることとなり、名前もシンプルに小室研究所として命名された。
「ああ、すげえなこりゃ。まだあれから一週間だぞ?」
ダミーとして使われていた旧町役場は修繕され、小室研究所の正式な受付へと変身していた。受付に関する内装はほぼ完璧のようで、真っ白い光を放つ蛍光灯がその存在を主張していた。なんと今月中には外装含めて全て終わらせるという。
二人は木目調のリノリウム床をカツカツと歩いていく。
「小室研究事務所へようこそ。本日はどのようなご用件でしょうか」
「え?」
すると受付の女性が近づいてきた。アクの強い連中と出逢ってばかりだったため、久しぶりの普通に出くわし、二人は困惑した。
「あーっと……ほらアッキーあれだよな!? あれあれ! なんだっけか!」
「お、おう。その、あれなんですよ」
怪訝そうに受付が眉をひそめたところで、
「お、きたきた。こっちだよ」
奥の扉から小室がひょっこりと顔を覗かしてきた。受付は小室の姿を確認すると、小さく会釈をして、元の席へと戻っていった。
小室とともに、研究所の地下へと向かう。
隠しエレベーターのあったトイレは取り壊され、純粋なエレベーターホールになっていた。ここはまだ工事中のようで、左右合わせて八つあるエレベーターのうち、機能しているのは一つだけだ。他のエレベーター前には工事中の張り紙が貼り付けられた赤パイロンが置かれている。
三人はエレベーターに乗り込んだ。小室が地下十階のボタンを押す。
「なあ小室、地下一階から九階までは何があるんだ?」と、野沢が言う。
「実は相当に広い施設でね。所属していた私ですら把握しきれていない。まあ大半は研究員の居住区であったり、研究のための機材置き場やデータ置き場だったりだよ。……まあ、中にはとんでもない化物がまだ眠っていたりするかもね」
「こえーな」
「いんや! おもろいだろう! 今度ここに冒険しに来ようぜ! まだ見ぬアドベンチャーが私とアッキーを待っている!」
アマネが子供のように、野沢の背に飛び乗ったところでベルの音がなった。キャスターが回る音とともに、扉が開く。
目の前に広がる光景に妖怪コンビは何度目か分からない感嘆の声を上げた。
飛び交う喧騒と無数の足音。まるで雑多な人混みに紛れ込んでしまったかのような賑やかさ。科学者達の発する凄まじい熱気。死者の国に繋がっているはずの友人門周辺は、生のエネルギーに満ちていた。
「どこぞの最高秘密機関みたいだな」
「ああ、エイリアンが出てくるやつかね? 男二人が主役の」
「そうそう」
「それなら、グラサン買ってくれば良かったデスねえ」
「俺は丸坊主にして肌を焼いてきたりな」
「そこまで凝るとすると、私は性転換をしなければいけないんだが」
二人の会話に終止符を打つため、小室が両手をパンと叩く。
「バカなこと言ってないで、とっとと降りてくれよ」
呆れた顔を小室に促されるまま、二人は科学者の楽園に足を踏み入れた。
「やっと来たか。待ちくたびれたぞ」
すると、正面に設けられたロビーでくつろいでいた太郎坊が腰を上げた。
「お、天狗型のエイリアン」
「ぬぅ?」
と、彼女の口撃をまともに食らって硬直する。
「実の父親をエイリアン呼ばわりとは……」
「この間の事件は、おとっつぁんがしっかりしてれば大事にならなかったかもなんだぜ? 嫌味言われても、おとなしく食らうしかないのだよ」
「つかエイリアン知ってるんすね」
「じゃがましいわボケェ! 儂は何千年も先輩だぞコラァ!」
野沢の素朴なツッコミに、太郎坊はブチギレて彼の胸ぐらを掴んだ。
「うわー。大人げねえ」
「大人じゃねえ。天狗だ」
娘の蔑みを屁理屈でかわす。そのかわし方はアマネにそっくりで、やはり親子なのだなと再認識させられた。
「ほらほら太郎坊さん。とっとと本題に移りますよ」
小室が太郎坊の肩を叩く。
「しかし……こやつが」
「もう現代のこと教えませんよ? 先日お貸しした映画のDVDも返してもらいますから」
「ぬぅ」
しぶしぶといった面持ちで、野沢のシャツから手を離す。
「少しは現代の事を勉強する気になったのだねえ、おとっつあんも」
うむうむと言わんばかりに両腕を組んで、アマネは頭をしきりに振った。
太郎坊は黄泉の国への門が開いたあの日、小室に口説かれ、協力関係を結んでいた。今では“第三“の住処として研究所内に部屋を用意してもらい、ここ三日間は小室の元で寝泊まりしていた。
なお“第二“の住処は夢鳴山の麓。みんなご存知、山吹邸である。
テラ公の看病を終えた後、太郎坊は真っ直ぐ山吹邸に向かった。テラ公の看病より前に、妻である波音を愛宕山から山吹邸に連れて行った際、彼女に約束していたのだ。これからは必ず親子三人揃って暮らすということを。それから家で待つ妻と娘の二人に謝罪し、和解し、改めて家族となった。
だがやはり人里離れて暮らしてきた大天狗。人の心はもとい、女性の気持ちとなるとなおさらで、妻と娘それぞれと日常生活の中で何度もすれ違い、喧嘩を繰り返した。よせばいいのにプライドの高い太郎坊はいちいち口答えしたため、波音の怒りが頂点に達してしまった。
――これこそ彼が第三の住処で寝泊まりすることになった理由。
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