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しおりを挟む「──なるほどね」
報告書を机に放ると、パサッと音を立てて書類が散らばる。私はそれを冷めた目で見やり、天井を仰ぎ見た。
「どうぞ」
「ありがと」
タイミングよくリラがお茶を淹れてくれた。それを一口飲む。疲れた体にその温かさが染み渡る。
「美味しい」
「それは良かったです」
一息ついたところで、放った書類の一枚を手にした。
そこにある名前を見て、知らず眉間に皺が寄る。
「なんて酷い裏切りかしら……」
「そうですね」
報告書を作った本人なのだから、当然リラもまた内容を知っている。調べるのに動いた人間は別に居るのだろうけど、その報告を受けて書類を作るのは彼女だ。優秀で、文句なしの私の片腕。
そしてその書類にある名前の人物。
その人もまた、私が信頼しきっていた人物だった。
信じていた。
心から信じていたのに。
「すっかり騙されたわ」
「ですがあの方なら可能でしょうね」
「そうね。あの人なら、隠し場所くらい簡単に見つけそう」
私ごとき若輩者が考える隠し場所くらい、全てお見通しのような気がした。
「また、判を奪いに来るかしら?」
「お嬢様が屋敷を去られるなら、来るでしょうね」
「でしょうね。──よし、じゃあ急ぎ対応が必要なものだけ処理しちゃおう」
「その後は?」
「もちろんここを出るわよ。出て、公爵邸に戻るわ」
その時、きっと犯人はこの部屋の隠し金庫を探し当てることだろう。
「リラ、待ち伏せて犯人を捕まえるよう手配を」
「かしこまりました」
手練れの者を数名用意してもらうよう命じて。
私は山積みとなった、領地問題の書類に手をつけるのだった。
ハラリと足元に落ちる報告書。
私はそれをチラリと一瞥する。
──ノウタム公爵──
そう、裏切者の名前を告げた報告書を、グシャリと踏みつけて。
私は再び机上の書類に意識を向けるのだった。
※ ※ ※
「出てく?あっそ。仕事は済んだの?」
イライラさせるのが実にうまいハリシアは、私の言葉にチラッとこちらを見ただけで、すぐに意識を目の前の物に戻した。目の前の大量にあるウェディングドレスへと。それらを体に当て、どれにしようかと迷いながら、片手間に私との会話だ。
「はい。滞りなく」
「あっそ~。じゃあバイバーイ。とっとと出てっていいよ~。あ、また仕事溜まったらよろしくね」
「お姉様、次期侯爵になるんでしょう?」
「侯爵命令よ。やれ」
「お姉様の評判が悪くなりますよ」
「大丈夫よ。妹を更生してるって言ってるから」
言うから、じゃなくて言ってるから、ですか。既に噂を広めてるんですね。そういう事は素早いですこと。
「そうですか。では私はこれで失礼します」
「またあの騎士のとこに行くの?ほんとビッチだねえ~。なに、体を対価にして置かせてもらってるの?クク、受ける~」
何言ってんだ、こいつは。
下品な笑いを浮かべる姉に呆れ、私は無言で部屋を後にした。馬鹿は相手にしないのが一番だ。
父への挨拶もそこそこに、私は屋敷を後にした。しようとした。
が、グイと腕を掴まれてたたらを踏んでしまった。
誰だと思えば。
「デッシュ?」
「や、やあバルバラ」
元婚約者デッシュが、無理矢理笑みを作って私の腕を掴んでいたのだった。
「何か用?」
「い、いやあ、用ってわけでもないんだけど。元気してるかなと思って」
「元気ですよ。それじゃあサヨウナラ」
話はそれだけなら離して貰えませんかね。そう思うも、まだデッシュは離してくれなかった。なんなのだ一体。
「デッシュ、離して」
「あ、あのね、バルバラ、ちょっとお願いがあるんだけど」
お願い。
嫌な予感しかしないお願い。お・ね・が・い。
絶対に聞きたくないな、それ。
「貴方のお願いなんて聞く義務はありません。離して」
「お金、貸してくれないかな!?」
話、聞いてる!?
「侯爵家の財を食いつぶして何を言って──」
「い、いやあ、まさかあんなに大負けするとは思ってなくてさあ」
本気で話を聞く気がないらしい。その態度にイラッとして眉を潜めるも、そんな私の様子はデッシュには目に入らないようだ。
「ハリシアも最初はお金をくれてたんだけど、だんだん渋くなってきてさ。最近は式にばかりお金をつぎ込んで僕にくれないんだよね。だからさ」
何が『だから』なのだ。気持ち悪いので顔を近づけるな。
「デッシュ、離して──」
「僕のこと、まだ愛してるだろ?愛する僕のために少しお金を工面してくれないか?」
どこをどう見たらそう思えるの!?
元々貴方に愛など無かったけど、今は嫌悪感しかありませんよ!
どんどん近付く顔に鳥肌が立ちまくる。
「ほら、キスしたげるから。だから、ね?お金を──」
「──!!」
もう限界だった。
限界!!
「それ以上、近づくなあぁっ!!!!」
キーン!!
多分効果音にしたらそんな感じ。
私は、思いっきり。
思いっきり!!
デッシュの股間を蹴り上げたのだった。
「▲◇@♭★!?」
声にならない悲鳴を上げ、胯間を押さえてうずくまるデッシュ。涙を流しながら息も絶え絶えだ。女の私には分からないが、相当痛いんだろうなあ。
まあ罪悪感は微塵も感じませんが。
「二度と私に話しかけないで」
氷の視線をデッシュに向けて。
そして私は今度こそ屋敷を後にした。一度も振り返ることなく──
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