神様の成れの果て

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3.片思

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 ロック画面の通知には、猿喰の名前が表示されている。

『教室には着きましたか?』

 このメールだけでも胸の鼓動が更に早くなる。
 猿喰はいつも、僕が教室に着く時間帯を把握して連絡してくるのだ。本当に末恐ろしい。

「どうやら連絡の相手は例の彼氏さんみたいやな」

「彼氏って付き合ってないよ!」

「霧雨、墨怜をそうやって揶揄うのはやめた方がいい。困っているだろう」

「んもー、れんれんったら。本当はれんれんだってすみちんの恋愛事情気になるんやろー?」

「そ、それは……」突然言い淀む練太郎くんに首を傾げる。

「そうなの?」

「あ、いや。そう言うことでは……。俺はただ……」そう言って練太郎くんは頬を赤らめる。

「何を勘違いしているか分からないけれど、あの人とは別になにもないからね!」

 本当は何かあって欲しいけれど!!
 完全に脈なしだからもう諦めるしかないのかもしれないし。

 僕がはっきりと言い切る姿に、練太郎くんは「そうか?」と顔を上げる。

「うん、だから安心して!」

「そうか……。なら、いいが」練太郎くんは控えめな笑みを浮かべた。どこか嬉しそうな表情に僕は更に疑問になったが、細かいことは考えなかった。

 午前の授業も終わり、昼休みになる。僕がお弁当包みを広げると、丁度良いタイミングでスマホが震える。

『今、お昼ですかー?』

「猿喰ったら……全く。いつも同じこと送るんだから」

 だけど、その通知が来るかと待ち侘びている僕がいるんだよな。猿喰は授業が終わった合間の休み時間にも欠かさず連絡してくる。
 
 返すと秒で既読が付く。仕事、大丈夫なのかなって思うけど、猿喰は気にも留めてないみたいだ。

「こうやってマメに連絡してくるから、結局の所どうなのかなって思っちゃう」

「すみちんも大変やねー」

「うわ、霧雨くん! 急に後ろから顔を出さないでよ」

 肩越しから顔をひょっこりと出す彼に勢いよく立ち上がる。

「もうお昼やから一緒に食べよと思って来たんやよ。オレの今日のご飯は菓子パンや」

「お、お腹空かないの……?」

「まぁ、足りなくなったら購買の自販機で買えばええやろ。それにしても、すみちんのお弁当は相変わらず色取り取りやなー。作ってもらってるん?」

「うん。か、家族に作ってもらってて……」

 自分の家がヤクザの家だってバレたら終わるから秘密にしておく。ケラトには申し訳ないけれど、僕が井戸口組の次男坊ということは学校内に広まってはいけない。

「へぇ、そうなんやね」

「所で、練太郎くんは?」

「れんれんは空手部の集まりがあるって道場に行ったよ」

「そっか、もうすぐ全国大会が控えてるんだっけ? 練太郎くん空手強いもんね」

「すみちん、空手部の手伝いしに行ってるんやっけ?」 

「うん。元々空手部の部員数が少なくて人手が足りないみたいでさ。練太郎くんの為なら力になろうって思ったんだ」

 練太郎くんは幼い頃から空手を習っており、家族全員空手の有段者なのだそう。クラスメイト情報によると、空手界隈では名前は聞かないほど有名らしい。

 彼とは高校一年の時に仲良くなったが、霧雨くんは練太郎くんと中学校からの同級生とのこと。

「おう、二人ともお昼食べてるのか」

「あ、練太郎くん。おかえり」

 用を済ませてきた彼が僕らの所に向かってくる。
相変わらず背丈があって迫力がある。筋肉のつき方からして、僕とは別の生き物みたいだ。

「墨怜、悪いんだが部活が終わった後一緒に荷物整理してくれないか?」

「うん。全然大丈夫だよ」

「ありがとうな」
 
 すると、僕の携帯が何度も振動し始める。

『坊ー?』

『もしもしー?』

『返信が来ないんですが』

 猿喰から何通もの返事に僕は「やばっ」と溢す。そう言えば二人の会話に夢中になりすぎて、返信するのを忘れていた。

 霧雨くんが僕のスマホ画面を覗き、興味津々に問う。

「うわぁ、これ束縛彼氏?!」

「ちょ、ちょっと!! だから彼氏じゃないってば!」

「でも、数分連絡がなかったぐらいで追いLINEするのは束縛に似た者やん」

「そ、そうなのかな……」

 確かに学校以外、猿喰は僕の側に付いていることが多い。意図して離れようとするも気付いたら背後に立っている。
 出かける時も、「いつ」「どこで」「だれと」「何を」をしっかりと言わないと猿喰は良い顔をしない。それどころか「着いていくと」言うのだ。

「でも、すみちんの彼氏さんって結構大人っぽいよなぁ」

「だから、付き合ってないよ。……確かに、大人っぽいって言うより大人だよ」

「墨怜は、年上の人が好きなのか?」

 練太郎くんの唐突な質問に声を上げた。

「え?」

 よくよく考えたら僕は今年十七歳で、猿喰は二十五歳と八歳差だ。側から見れば学生と社会人という組み合わせになる。
 こう見ると猿喰って結構な大人なんだな。いつも傍に居てくれるから意識なんてしたことがなかった。

 あ、でも待って? 
 あまり歳の差が離れすぎてるのも怪しい関係って言われることあるんだっけ?
 だけど、僕の家自体がヤクザの本拠地だから怪しさ満点か……。

「う、ううん。そんな訳ないよ」

 僕は懸命に首を振ると、練太郎くんは僅かに顔を緩ませ「良かった」とだけ呟いた。

 ……え?
 良かった?

「あのさ。「良かった…」って言うのは?」

「あ、しまっ。いや、何でもない。気にしないでくれ」

 練太郎くんはどこか気まずそうに目を逸らす。すかさず霧雨くんが、彼の肩を抱いて「安心しいよ」と慰めていた。

「全くどうして、自信なさげなんよ。れんれんは充分に大人っぽいっていつも言うとるやん。きっと他の女子に聞いたらみんな言うで」

「お、おい! そう言う話を墨怜の前で言うな」

「だって、ここまで来ても分かってもらえないって事はもう少しダイレクトに行けって意味やろ。じゃないと進まないで」

 二人して一体何の会話をしているか分からない。きっと個人的な話だろうし、あまり深く関わらないでおこう。
 僕も余計なことを言って墓穴を掘らないようにしないと。

 僕は猿喰に返信を送り、お弁当に視線を落とした。


 午後の授業も終わり、あたりは橙色の空に染まっている。

「練太郎くん、この荷物はここでいい?」

「あぁ、ありがとう。助かる」

 稽古時間も終わり、大会の準備を済ませた。道場には僕と練太郎くんしかいない。

「練太郎くん、沢山練習してきたんだもんね。きっと勝てるよ」

「墨怜がそう言うのなら勝てそうだ」

「そうかな? だけど、僕が言わなくても練太郎くんなら実力を発揮できるよ」

「いや、そんな事はない。ここまで来れたのは、俺一人の力だけでは駄目だった。先生の指導や墨怜たちのサポートがあったからこそ、俺は大会に出場することができる。本番は結果がどうであれ、みんなの期待に答えられるよう全力を尽くそうと約束しよう」

 練太郎くんは覚悟を決めたような凛々しい顔付きになる。その言葉は、自分にも言い聞かせているようにも思えた。

「ありがとう。墨怜」練太郎くんのまっすぐな視線にこそばゆくなった。
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