血染めの世界に花は咲くか

巳水

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69話:パーティーを組む条件

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「ふ~ん、ふ~ん、ふふ~ん♪」

 日も傾き、微かに焼け始めた空と木漏れ日が覗く森の中を、リアナはスキップしながら上機嫌な様子で進む。その後ろには、微笑ましそうに見守る「ステップトレイル」の三人と、我がことのように喜ぶフィリア。そして、内心で「はやまったか?」と若干の後悔をしている俺が追う。
 現在俺たちは夜狩熊ハンターベアの討伐を目指して、カルディナの東に位置する広い森の中に入っている。
 カイルが予想した通り、冒険者協会の掲示板には夜狩熊ハンターベア出現の情報とその討伐依頼が張り出され、冒険者協会はいつもより少しだけ騒がしいものとなっていた。
 冒険者たちの反応はそれぞれ異なっていたが大まかに分けると、森に近付かないようにする者と積極的に入ろうとする者の二パターンだった。
 前者は普段は戦闘をメインとしていない探索者シーカーたちや冒険者ランクが低い者たちが多く、後者はCランク帯の熟練の討伐者ハンターたちがほとんどだった。
 張り出された依頼は予想に反して血気盛んな冒険者には刺さったようで、何組かのパーティーで取り合いとなったようだ。そのため冒険者協会は夜狩熊ハンターベアに懸賞金をかけて、報酬は討伐証明部位を持ってきたパーティーに支払われるという形式になった。当然カイルたちはその依頼を受けたのだが問題なく受理されたのだが、そこでちょっとした問題が発生した。
 少し考えれば当然なのだが、夜狩熊ハンターベアの討伐依頼のランクがCランクだったのだ。

 Cランクの夜狩熊ハンターベアの討伐依頼なのだから必然と依頼ランクもC以上にるのは当たり前だが、俺とフィリアはFランク故に当然ながらその依頼は受けられない。
 依頼を受けられないのだから当然、夜狩熊ハンターベアを討伐しても俺たちには依頼料も業績にもならない。つまり今回は、完全に慈善活動ということになるのだ。

 助力を願った側としてメリルを筆頭に「ステップトレイル」の面々は何とか俺たちも依頼を受けられるように職員に説得したのだが、協会側は頑として許可してはくれなかった。
 これは俺たちの命を心配をしてのこともあるだろうが、俺たちが命を落とした場合の責任問題が一番の大きな理由だろうな。
 ただ、受付の職員も一応口では行くのを止めていたものの、俺たちが討伐へ行くこと自体は咎めていなかった。これはつまり、行く分には問題はないということだ。
 その理由として考えられるのは、死ぬ分には自業自得ということで、協会側には一切取るべき責任はないということだろう。名言こそはしていなかったがな。
 まあ俺個人としては、面倒がないのならそっちの方がありがたかった。

 ということで、俺とフィリアとリアナの三人は協会からの依頼を受けずに来ている。メリルは酷く申し訳なさそうにしていたが、俺もフィリアも端から勉強のために来ているため特に気にしていなかった。
 他人に都合よく使われることを俺だが、カイルとエマには世話になったし、申し訳なさそうにするメリルにも悪意の類は微塵も感じなかったため、今回は特別だ。Cランクの魔物なんぞ、狩ろうと思えばいつだって狩れることだしな。
 俺たちと違い問題なく依頼を受けられたはずのリアナまでもが依頼を受けなかったのは……おそらく、俺が今朝した提案を受けて、変な仲間意識を発揮したためだろう。

「リアナさん上機嫌ですね。昨晩の様子からどうなることかと思いましたが、無事仲直りができたようで何よりです」
「まったくです。皆さんも、アゼルへの説教感謝します!」

 笑顔でメリルたちにお礼を言い放つフィリアの言葉に、反抗する言葉もない俺は苦い顔を浮かべながら昨晩の話を思い出す。

『とりあえず、心当たりを片っ端から挙げてけ』

 というカイルの言葉を受けて、頭を捻らせてどうにか「これか?」と確信を持てないながらもパーティー結成の誘いを受けているが断り続けている」ということを話した。最後の言葉で態度が急変したのは明らかだったからな。
 正直これだけで怒るとは俺も話を聞いたカイルも思わなかったが、エマとメリルの女性二人は違う意見を持ったようで、もっと詳しく話せと言われた。
 そこで、登録初日に偶然再会したことと登録試験の教官をしてもらったこと、それから何かと仕事を一緒にしていることまで話した。
 俺が話し終えると、エマたちは「それじゃん……」と呆れを通り越して冷ややかな目になってそう言った。

『そんなに熱烈なアピールをしているのに、あんな物言いされたら怒るのも当たり前よ。今までどんな断り方したかわからないけど、それまで溜まっていた不満が爆発したんじゃない?』

 という風に、特にエマからは少し厳しめに説教をされた。
 彼女曰く――

『リアナはその場ですぐに感情を発散させる素直なタイプだけど、基本的に女の子は不満を溜め込んで後からまとめて発散するものよ。瞬間的に怒りを爆発する男とは違うの』

――とのこと。
 その理屈には釈然としなかったが、そういうモノかと飲み込んで参考として脳の片隅に置いておくことにしだ。
 結局打ち合わせはそこそこに、「とりあえず、蔑ろにしたことだけでも謝っとけ」とカイルたちからアドバイスを貰って帰ったのだが……宿に帰ってきた俺を出迎えたのはフィリアによる脅迫じみた説得だった。

『アゼルが【血濡魔術ブラッティー・マジック】のことを隠したがっているのは知ってるよ? でももうリアナには血追いの徒とか夜王の遺物とか話しちゃってるし、それを知っていて誘ってくれてるんだから、今更無関係だって言って遠ざけるのは無理があるでしょ!』
『いくらあなたが疑り深い性格だからって、あんな風に拒絶するのはやりすぎよ。いろいろお世話になっておいて、あの物言いはどうかと思うわ』
『まずはきちんと謝りなさい! リアナ、傷付いてたわよ!』
『…………はい』

 この二つのやり取りを経た結果が、合流したリアナに開口一番に放った言葉というわけだ。
 いちおう俺の方に非があった自覚はあったために、冒険者協会のホールで周囲の目も気にせず深々と頭を垂れたのだ。
 その際、「アンタって、人に謝るとかするんだ……」とリアナには驚かれた。俺を何だと思ってやがる……。

「それにしても、まさか昨日の今日でアゼルを説得してみせるなんて。流石はフィリアね! アタシに比べてフィリアに対して対応が甘いのがちょーっと腹がたたないでもないけど、流石のアゼルも幼馴染には勝てないってことね!」
「けっ、ほざけ。今はまだだ。本格的にパーティーを組むかどうかは、この仕事が終わってから考えることだろ?」
「べーっ! それもんだから、もう決定したも同然じゃない!」

 リアナの反抗に俺はぐうの音も出ず苦い顔をする。
 彼女がここまで機嫌が良くなった最大の理由。それは「俺の固有魔術ユニークマジックの本当の特性を聴いて、それでも気持ちが変わらなかったならパーティーを組んでもいい」と提案したためだ。

 俺が頑なにリアナの提案を拒んでいた理由であり、冒険者として共に過ごす以上は隠し通すことはできない話だ。人目につかないように魔術の使用そのものを制限することは村を出た時点で止めたが、かといってその名を無闇矢鱈に明かしていいものではない。村の皆には何とか受け止めて貰えたが、やはり血の魔術に悍ましいイメージが付いている事実は変わらない。だから必要に迫られない限り、固有魔術ユニークマジックの詳細についてはこれまで通り秘することにしていたのだ。
 迂闊にもフィリアが付いて来てしまった以上、俺のせいで彼女までも異端の対象として見られるのはできる限り避けたい。
 だから完全に村の外の人間を仲間に引き入れるのは色々なリスクが頭を過ぎってこれまで拒絶していたんだが……フィリアの説得とリアナの身の上を聞いてしまっては、流石の俺も悪い気の一つや二つはするというもの。
 だったらせめて俺の能力がどういったものかを理解して、その上でついて来ると言うのなら受け入れよう。そう考えて「固有魔術ユニークマジックの本当の特性を受け入れたら」という条件を提示したというわけだ。
 そんな経緯があっての現在――町中では話しづらいと言って、ずるずると森の中まで先延ばしにしていたのだが、その誤魔化しもそろそろ難しくなってきた。

「それで? アンタの固有魔術ユニークマジックの本当の力って何よ? ほらほら、勿体ぶってないで言いなさいよ。ま、聞いたところでアタシの意志は変えられないけどね~」

 リアナは自分の意見を変えないと確信しているためか、まるでパーティーを組むことが既に決定したかのようにご機嫌である。
 正直、カイルたちが居いるこの場で話すのは気が引けるのだが……まあ、こいつらも俺に対し何らかの違和感を感じているみたいだし、仕方ないか。

「わかったよ……あー、実はだな――」
「しっ! ……静かに」

 俺がいざ白状しようとしたタイミングで、メリルの静止がかかる。
 その声を聞いたカイルとエマは素早く動きを止め警戒の体制をとった。俺たちもそれに習って耳を澄ませてみたが、これといって何か異音が聞こえるわけでもない。
 しかしそれに対し俺たちが不審に思うことはなかった。

「魔物か?」
「うん」
「こっちに来る?」
「ううん。範囲に入っただけ。しばらく待てば通り過ぎるはず」

 声を潜めて必要なことだけを話す「ステップトレイル」の三人。その姿はまさしく熟練の冒険者であり、俺は思わず感心する。

「さすが本職。俺の知覚じゃあ何も感じないが、やっぱり探知系の魔術は優秀だな」

 森に入った時から常にメリルが展開していたのは【生配の図譜プレゼンス・マップ】という風属性中級魔術だ。術者を中心に半径五十から百メートルの範囲にいる生物を感知し、その配置を点や靄のように脳内に浮かび上がらせる魔術だ。なお、虫やトカゲといったあまりに小さい生き物は術式から外れる。

「しかし……ちっ、間が悪いな。いや、逆に良いのか?」

 せっかく覚悟を決めたばかりだというのにと若干の不満が出たが、すぐに考えを改めた。
 百聞は一見如かず。口で説明するよりも、実際に見せてしまった方がわかりやすというものだ。
 俺は彼らに習って声を潜めてメリルに確認を取る。

「近くに居るのはどんな奴だ? 数はどれくらい居る?」
「数はだいたい十から二十くらいです。ですが、何が居るかまではこの魔術ではわかりません」
「ふむ……まあいい。そいつらのところに案内してくれ」
「え?」
「口で説明するより俺の固有魔術ユニークマジックを実際に見せてやった方がわかりやすいと思ってな……駄目か?」
「なるほど、そういうことでしたら……」

 メリルが判断を仰ぐようにカイルを見やると、カイルは軽く頷いて見せた。

「大丈夫だろう。メリル、案内してやってくれ。ととっ、その前に……念のため、いつものやつ頼む」
「そうね――【香消デオーレ】」

 メリルが俺に杖を向けると、一瞬ひんやりとした空気が肌を撫でた。

「今の魔術は?」
「臭い消しの魔術です。魔物と動物はにおいに敏感ですから」

 そう説明しながらメリルは、ひとりひとりに魔術をかけていく。水属性の魔術っぽいが、身体の表面を見えない霧で包んでいるような感覚がするだけで、外套コートが濡れた様子はない。

「便利な魔術だな」
「そうだろう? 下級魔術らしいが、覚えるとこれがなかなか便利なんだ。お前のその外套コートの臭いも、一時的にではあるがきれいに消してくれる」
「……やっぱり、気付いていたか。いつからだ?」
「疑問に感じたのは昨晩からだが、確信したのは森に入ったあたりだ。アゼルにしては少し派手な色だと思ってな……職業柄、においには敏感でな」

 やはり、においか。可能な限り防臭処理をしたが、鼻の良い奴は誤魔化しきれないか。

「人間の俺ですら気付いたんだ、獣人なんかは一発でわかるぞ? 面倒臭いのはわかるが、洗濯くらいはしておけ。そんなんじゃ女に嫌われるぞ?」
「うるさいな、いきなり何言ってやがる……別に洗濯をサボってるわけじゃない。洗えない理由があるんだよ」
「洗えない理由? なんだそりゃ?」
「それも固有魔術ユニークマジックに関することだ」

 全員分に魔術をかけ終わったようで、メリルが慎重な足取りで先導し始めた。メリルのすぐ後ろを俺がついて行き、残りがその後ろに続く。
 しばらく無言で進んでいたが、俺はおもむろに口を開く。

「さっき言おうとしていた話の続きなんだが……その前に、リアナは俺の魔術の名前を憶えているか?」
「えーっと、確か【武具製造クリエイトウェポン】だったかしら? 魔力から武器を作るって話だったと思うけど?」

 リアナの答えに対し先頭を進むメリルが興味深げに、前を向いたまま反応する。

「私も、カイルとエマからも聞きました。なんでも壁ほどもある大きな盾や大型弩弓バリスタまでも作り出せるとの話でしたが……出かける前に言っていた「本当の特性」という言葉から察するに――」
「察しの通り嘘だ。ついでに言うと、俺の固有魔術ユニークマジックの【武具製造クリエイトウェポン】なんて名前じゃない」
「ええっ、そうなの⁉」
「あんまり言いふらせるような名前じゃないんでな。隠させてもらった。俺の家族ふくめても村でこの固有魔術ユニークマジックの名前を明かしたのは、フィリアと領主様の二人だけだ」
「それは……随分な警戒具合ですね。そんなにも人に言えない危険な魔術なのですか?」
「いや。危険という意味ではそうでも……普通の攻撃系魔術よりも少し特殊って程度だ。言えないのは、魔術の発動条件が理由でな……」

 そんな話している内に、俺の耳にも件の魔物の鳴き声が聞こえてきた。見つからないように警戒しながら近付くと、その姿を捕らえることができた。

樹冠脚竜セルヴァダイノか……ちと数が多いな」

 鹿のような枝分かれした角を頭部に生やした獣脚類の魔物。足から頭頂までの高さは人間並と、爬虫類系の魔物としては控えめな大きさをした火属性の魔力を宿したDランクの魔物だ。
 脚力が強く獲物をどこまでも追いかける執拗さと、不利を悟れば逃走を選ぶだけの賢さを持ち合わせている。火属性の魔力の多くは角に宿っており、その角を用いた攻撃は人の腹をやすやすと貫くことができる。
 群れの規模は十から二十となかなかの数で、狩りを終えたばかりなのかそれぞれがリラックスした様子を見せている。

「さてと。えーっと……メリル、さん」
「メリルで大丈夫です。なんですか?」
「今回はひとりで戦いたいんだが……あれ、全部討伐しても大丈夫だよな?」
「え? え、ええ、討伐自体は問題ないですけど……あの数を相手におひとりで?」

 環境や冒険者の規則的に問題ないのならそれでいい。
 メリルはあの数をひとりで対処することに不安があるようだが、たかだかDランク程度の魔物が二十ぽっち群れたところで、万が一にも不覚は取らん。

「よし……リアナ」
「何よ?」
「せいぜいよく見て、そして考えろ。お前が組もうとしている人間が、どんな力をどんな風に振るっているかをな……」

 それだけ言い放ち、樹冠脚竜セルヴァダイノの群れに向かう。
 メリルの防臭の魔術のおかげで樹冠脚竜セルヴァダイノの姿が見える距離まで近付いても気付かれなかったが、流石に姿も隠さずに近付けば当然見つかる。

「ッ! ギャア ギャア!」

 樹冠脚竜セルヴァダイノの一匹が鋭い声を上げると、その瞬間に群れ全体が即座に警戒の態勢に入る。
 最初に俺に気付いた樹冠脚竜セルヴァダイノともう何匹化が「シャァー……」という警戒の唸りを上げて、軽く角を振るう仕草を見せつけながら俺への牽制と注意を引くことを同時に行う。
 その隙に、仲間の樹冠脚竜セルヴァダイノが静かに俺を取り囲み、死角からいつでも襲えるように控えている。
 そんな樹冠脚竜セルヴァダイノの動きをすべて捉えながらも、俺は変わらず散歩でもする足取りでなおも歩みを止めない。

「すまんな、俺の都合に付き合わせちまって」

 襲われたからでもない。腹が減ったからでもない。金を得るためでもない。
 ただ力を見せつけるためだけにこれらの命を刈り取ってしまうことに、一抹の申し訳なさを感じる。
 
「悪いと思っている。思っているが……その命、摘ませてもらう」

 樹冠脚竜セルヴァダイノの眼前に立った俺は、そう宣言して剣を鞘から抜き放った。
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