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6話:狩りと遭遇
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「げっ、肉にカビ生えてやがる」
朝食の準備をしながら保存していた干し肉を確認すると、ものの見事にカビが生えていた。慌てて他の食料を確認したが、幸いなことにカビは広がっていなかった。しかし保存していた干し肉はすべて駄目になったか。
最近暖かくなってきたからなあ、仕方がない。
「魔物狩りに行くかあ」
そうと決まればさっそく行動だ。俺は手早く朝食を食べたあと、装備を整え家を出る。ついでに実家に寄って、俺の予定を伝えることにする。
「母さんいるかー?」
実家の玄関の扉を叩くと中から返事が聞こえ、しばらくしたあと扉が開いた。
「おはようアゼル。朝からどうしたの?」
笑顔で出迎えたのは母親のマルセラだ。働き者で明るい、しかし怒る時は子どもだろうが他所の旦那だろうが、眼前に立って叱りつける芯の強い女性だ。
「おはよう。俺ん家の肉が無くなったから、村の外に行ってくる。何か欲しいものがあったらついでにとって来るけど?」
「あら本当? それならお肉を多めに、それかおいしい木の実かなんか採ってきてくれるとうれしいわね。この前オルガさんから料理をおすそ分けしてもらったから、そのお礼をしたくて」
「カムラさんとこの奥さんか。わかった、見つけたら何個か採ってくるよ」
「お、アゼル。狩りに出るのか」
母さんと話をしていたら奥から兄のダリオンが顔を覗かせた。
ダリオンは俺の五つ年上で、この家の長男だ。優しく堅実な男で、顔立ちは少し整っていて村の娘からの評価が高い奴だ。しかしそんな整った顔からは、なんだかくたび様子が見て取れる。
「おはようダリオン。顔色が悪いように見えるが、風邪でもひいたか?」
「あはは、昨晩父さんと酒場で飲んでいてね。二日酔いだ」
「酒場に……ははーん」
ダリオンの返答を聞いた俺は――我がことながら珍しく――にんまりとからかうような笑みを浮かべた。そういえば酒場の主人の娘はそれはそれは可愛らしい人だったなあ。そして我が兄はその女性に対し密かな恋心を抱いているとか、いないとか。
「な、なんだよ」
「別に? まあ、なんだ、頑張れよ」
「こほん……あー、森に行くなら父さんの好きな鹿を持ってきてくれると嬉しいな」
「鹿か、それは良いなあ」
「あ、父さん」
「やあアゼル。この前は畑を手伝ってくれてありがとう」
ダリオンの後ろから素朴で少し気の弱そうな印象を感じさせる男性、父親のサイモンが出てきた。顔色の悪いダリオンと違い、父さんは調子を崩した様子はない。
なよっとした雰囲気とは違い、村屈指の酒豪なのである。
「鹿かあ。冬も過ぎてだいぶ暖かくなってきたし、もしかしたら見つかるかもな。でもこの時期は子持ちが多くなるから、狩っていいやつが見つかるかわからないな。あまり期待しないでくれ」
「なに、無理はしなくていい。一番大事なのは無事に帰ってくることだからね。普通の人にはない固有魔術を持っているからとは言え、十分に気を付けるんだよ?」
「わかってるよ。それじゃあ行ってくる」
軽い挨拶をするつもりが、いつの間にか家族総出での見送りになってしまったなあ。うちの家族は人が良い。
実家に寄ったあとは、村の警備をしている兵士の詰め所へ向かう。村民が村の外へ出る際は、警備兵へ外出の許可をもらう必要があるのだ。そこで外出の目的と期間をあらかじめ伝え、帰ってきたときに帰還報告をする。そうすれば外出中に不測の事態が起こっても、兵士がすぐに察知し捜索に動いてくれるのだ。
また魔物や以前のような野盗の情報なんかも一緒に知らせてくれるから、外出する者の注意喚起も行える。
ちなみに狩猟は一般に広く許可されている。動物はもちろん、魔物なんかも気軽に狩っていい。地域によって禁止事項なんかはあるだろうが、自然界はとても広く魔物に関してはほっといたらポコポコ増える。
俺も狩猟に出かけるのは初めてではないため、詰め所での手続きもスムーズに済んだ。
「――よし、確認した。しっかし、相変わらずの軽装だな。弓は持っているくせに、矢の一本もないなんてな。やっぱり固有魔術って便利なのか?」
「少なくとも普通の動物を狩るくらいなら便利だぞ。鈍らでも矢くらいなら十分刺さるし、こういう時に【武具製造】を使った方が安上がりだしな」
「鍛冶師泣かせだな。一本でも多く矢を買って貰ってほしいだろうに」
「鍛冶師のおっちゃんには悪いと思ってる。まあおっちゃんは定期的に領主様からの注文があるから良いだろ」
兵士の皆が使っている剣や鎧も鍛冶屋のおっちゃんが打った物だしな。定期的に武器の研ぎもやっているから、他の村人よりも懐は温かいだろ。
「そりゃそうか。じゃあ行ってこい。最近魔物も活発化しているようだから、気を付けろよ」
その言葉に礼を言いつつ、俺は村の外へと向かった。
村を出てしばらく歩くと森に入る。そこからさらに数時間森の中を進むと木が生い茂り、そこからは獣たちの領域になる。
木々の間隔はそれなりに広く鬱蒼としている訳ではない。それに村人がよく出入りするため獣道が形成されている場所もあるから、素人でもなければ迷うこともないだろう。
この森にはよく動物がいるし、野草なども豊富だ。しかし安全かと言われればそうでもなく、狼や低級の魔物なんかも出るため注意が必要だ。
昔、村人の一人がこの森に狩猟に行って帰ってこなかったこともある。
「俺がここいらの魔物に後れを取るわけがないが、血染めのローブは家に置いてあるし用心はしておくか」
そもそもアレは滅多に出さない俺の戦闘服であり、先日の件がなければもしかしたら一生使うこともなかったかもしれない物だった。
先日の野盗の討伐にも活躍した血染めのローブは元を辿れば、村にいた魔術師の婆さんから貰ったボロボロの古着だ。幼少期から家族の目を盗んでは少しずつ俺の血を吸わせ、独り立ちをしてからは魔物なんかの血を吸わせてようやく完成させた物だったのだ。
これを作るため自身で傷を作っていたので、おかげで家族からは「よく怪我をする子供」だと心配されていた。当時の俺は生まれ変わったばかりで前世の気性が抜けておらず、色々とすれた子供だったからさぞ扱いづらかっただろう。
今思えば、皆の優しさが怖かったのかもしれない。あんな風に接してもらったことなんて、本当に久しぶりだったからな。
「……ん、あれは」
幼少期を振り返っていたところで、遠くの木陰で何かが動いたように見えた。立ち止まり目を凝らしてみると鹿のように見える。
「まさか、さっそく当たりか? 子持ちとかじゃないといいな」
身を潜めて慎重に近付く。距離が近くなるにつれて、その姿がはっきりと確認できた。子持ちではないようだが、ただの鹿でもないようだった。
「地穿鹿か」
見た目は痩せた鹿のようだが、目が赤く光っており、耳はやや裂けている。角は小さいが複雑に枝分かれしており、動物の鹿よりも歪んだ形状をしている。
地を掘ったり踏み荒らして植物を食べる魔物で、時折畑に入り込んでは荒らしてくる俺たち農民の仇のような魔物だ。
冒険者協会が定めた危険度を表すランクでは、SからFランクの七段階評価のうち最低のFランクだ。
跳躍力が高く、人程度の高さなら飛び越えることができる。臆病な性格かつ群れで行動するため、危険を察知したら鳴き声をあげて素早く群れごと逃げ出す。
その性質ゆえに駆逐はかなり難しい魔物だが、肉の味は悪くない。
「一番デカそうなやつは……あいつか」
俺は腰につけたポーチを探り、そこから赤く細い布切れを一本取り出した。
「【血織刃:紅穿】」
魔力を流すと布が捩れて先端が鋭くなり、片側は二股に割れる。あっという間に一本の矢が出来上がった。
矢を持ってきた弓につがえて矢を放つと、狙い通り胸にに命中する。
「ッ⁉︎ グゥヴォォーー!」
危機を察知した仲間が、悲鳴に似た濁った鳴き声を上げるとあっという間に走り去って行った。
矢が当たったヤツは少しふらついた後、ばたりと倒れて動かなくなった。
「仕留められたか。早めに見つかって助かったが、欲を言えばもう少し後になってから出てきて欲しかったな……」
魔物ではあるが鹿は鹿。父さんも喜んでくれるだろうが、この荷物を持ったままでは母さんが欲しがった木の実を探すのは難しい。かと言ってこの場に放置すると、肉食系の魔物に横取りされるかもしれない。
いつもならばこの時点で帰るのだが……
「だけどせっかくだから、母さんのために果実かなんか採ってきてやりたいし……かくなる上は【血骸操】で俺が戻るまでしばらく待ってもらうか?」
【血骸操】は死体を動かす俺が開発した魔術だ。先日の野盗の住処を探した時のネズミも、その後に倒した夜狩熊を動かしたのもこの魔術を使った。
【血濡魔術(ブラッティー・マジック)】の特性上、体表の五から六割以上を血で染めないといけないという制限があるものの、その条件さえクリアすればたとえ竜だろうが操れる。脳の特定の位置に血の針を刺せば、俺の命令を認識して自律的に動くこともできる。
生前の俺がよく使っていた、世間には知られるわけにはいかない禁忌レベルの魔術だ。
まあもっとも、世間様からすれば【血濡魔術(ブラッティー・マジック)】そのものが禁忌に値するのだがな。だからこそ俺は周囲に【武具創造】などと固有魔術を偽っているし、魔術を使う際には常に周囲を警戒している。
その習慣が功を奏した。魔術を使うより先に、俺の耳に生き物の足音が届いたのだ。
「っ……何かが近づいて来る」
地穿鹿ではない。アイツらは逃げ出したらしばらくは戻ってこない。
狼系の魔物か? いや音からしてもっと大きい。それに四足獣の足音ではない。
となると選択肢は限られる。
「誰だ!」
人型の魔物か、人そのものか。俺は苦手なパターンを想定して、地穿鹿から【紅穿】を抜いて鋭い声を上げた。
小悪鬼はこの森にはいないはずだが、なまじアイツらは繁殖力が高い分、他所の土地から流れ着いてきてもおかしくはない。
果たして結果は――
朝食の準備をしながら保存していた干し肉を確認すると、ものの見事にカビが生えていた。慌てて他の食料を確認したが、幸いなことにカビは広がっていなかった。しかし保存していた干し肉はすべて駄目になったか。
最近暖かくなってきたからなあ、仕方がない。
「魔物狩りに行くかあ」
そうと決まればさっそく行動だ。俺は手早く朝食を食べたあと、装備を整え家を出る。ついでに実家に寄って、俺の予定を伝えることにする。
「母さんいるかー?」
実家の玄関の扉を叩くと中から返事が聞こえ、しばらくしたあと扉が開いた。
「おはようアゼル。朝からどうしたの?」
笑顔で出迎えたのは母親のマルセラだ。働き者で明るい、しかし怒る時は子どもだろうが他所の旦那だろうが、眼前に立って叱りつける芯の強い女性だ。
「おはよう。俺ん家の肉が無くなったから、村の外に行ってくる。何か欲しいものがあったらついでにとって来るけど?」
「あら本当? それならお肉を多めに、それかおいしい木の実かなんか採ってきてくれるとうれしいわね。この前オルガさんから料理をおすそ分けしてもらったから、そのお礼をしたくて」
「カムラさんとこの奥さんか。わかった、見つけたら何個か採ってくるよ」
「お、アゼル。狩りに出るのか」
母さんと話をしていたら奥から兄のダリオンが顔を覗かせた。
ダリオンは俺の五つ年上で、この家の長男だ。優しく堅実な男で、顔立ちは少し整っていて村の娘からの評価が高い奴だ。しかしそんな整った顔からは、なんだかくたび様子が見て取れる。
「おはようダリオン。顔色が悪いように見えるが、風邪でもひいたか?」
「あはは、昨晩父さんと酒場で飲んでいてね。二日酔いだ」
「酒場に……ははーん」
ダリオンの返答を聞いた俺は――我がことながら珍しく――にんまりとからかうような笑みを浮かべた。そういえば酒場の主人の娘はそれはそれは可愛らしい人だったなあ。そして我が兄はその女性に対し密かな恋心を抱いているとか、いないとか。
「な、なんだよ」
「別に? まあ、なんだ、頑張れよ」
「こほん……あー、森に行くなら父さんの好きな鹿を持ってきてくれると嬉しいな」
「鹿か、それは良いなあ」
「あ、父さん」
「やあアゼル。この前は畑を手伝ってくれてありがとう」
ダリオンの後ろから素朴で少し気の弱そうな印象を感じさせる男性、父親のサイモンが出てきた。顔色の悪いダリオンと違い、父さんは調子を崩した様子はない。
なよっとした雰囲気とは違い、村屈指の酒豪なのである。
「鹿かあ。冬も過ぎてだいぶ暖かくなってきたし、もしかしたら見つかるかもな。でもこの時期は子持ちが多くなるから、狩っていいやつが見つかるかわからないな。あまり期待しないでくれ」
「なに、無理はしなくていい。一番大事なのは無事に帰ってくることだからね。普通の人にはない固有魔術を持っているからとは言え、十分に気を付けるんだよ?」
「わかってるよ。それじゃあ行ってくる」
軽い挨拶をするつもりが、いつの間にか家族総出での見送りになってしまったなあ。うちの家族は人が良い。
実家に寄ったあとは、村の警備をしている兵士の詰め所へ向かう。村民が村の外へ出る際は、警備兵へ外出の許可をもらう必要があるのだ。そこで外出の目的と期間をあらかじめ伝え、帰ってきたときに帰還報告をする。そうすれば外出中に不測の事態が起こっても、兵士がすぐに察知し捜索に動いてくれるのだ。
また魔物や以前のような野盗の情報なんかも一緒に知らせてくれるから、外出する者の注意喚起も行える。
ちなみに狩猟は一般に広く許可されている。動物はもちろん、魔物なんかも気軽に狩っていい。地域によって禁止事項なんかはあるだろうが、自然界はとても広く魔物に関してはほっといたらポコポコ増える。
俺も狩猟に出かけるのは初めてではないため、詰め所での手続きもスムーズに済んだ。
「――よし、確認した。しっかし、相変わらずの軽装だな。弓は持っているくせに、矢の一本もないなんてな。やっぱり固有魔術って便利なのか?」
「少なくとも普通の動物を狩るくらいなら便利だぞ。鈍らでも矢くらいなら十分刺さるし、こういう時に【武具製造】を使った方が安上がりだしな」
「鍛冶師泣かせだな。一本でも多く矢を買って貰ってほしいだろうに」
「鍛冶師のおっちゃんには悪いと思ってる。まあおっちゃんは定期的に領主様からの注文があるから良いだろ」
兵士の皆が使っている剣や鎧も鍛冶屋のおっちゃんが打った物だしな。定期的に武器の研ぎもやっているから、他の村人よりも懐は温かいだろ。
「そりゃそうか。じゃあ行ってこい。最近魔物も活発化しているようだから、気を付けろよ」
その言葉に礼を言いつつ、俺は村の外へと向かった。
村を出てしばらく歩くと森に入る。そこからさらに数時間森の中を進むと木が生い茂り、そこからは獣たちの領域になる。
木々の間隔はそれなりに広く鬱蒼としている訳ではない。それに村人がよく出入りするため獣道が形成されている場所もあるから、素人でもなければ迷うこともないだろう。
この森にはよく動物がいるし、野草なども豊富だ。しかし安全かと言われればそうでもなく、狼や低級の魔物なんかも出るため注意が必要だ。
昔、村人の一人がこの森に狩猟に行って帰ってこなかったこともある。
「俺がここいらの魔物に後れを取るわけがないが、血染めのローブは家に置いてあるし用心はしておくか」
そもそもアレは滅多に出さない俺の戦闘服であり、先日の件がなければもしかしたら一生使うこともなかったかもしれない物だった。
先日の野盗の討伐にも活躍した血染めのローブは元を辿れば、村にいた魔術師の婆さんから貰ったボロボロの古着だ。幼少期から家族の目を盗んでは少しずつ俺の血を吸わせ、独り立ちをしてからは魔物なんかの血を吸わせてようやく完成させた物だったのだ。
これを作るため自身で傷を作っていたので、おかげで家族からは「よく怪我をする子供」だと心配されていた。当時の俺は生まれ変わったばかりで前世の気性が抜けておらず、色々とすれた子供だったからさぞ扱いづらかっただろう。
今思えば、皆の優しさが怖かったのかもしれない。あんな風に接してもらったことなんて、本当に久しぶりだったからな。
「……ん、あれは」
幼少期を振り返っていたところで、遠くの木陰で何かが動いたように見えた。立ち止まり目を凝らしてみると鹿のように見える。
「まさか、さっそく当たりか? 子持ちとかじゃないといいな」
身を潜めて慎重に近付く。距離が近くなるにつれて、その姿がはっきりと確認できた。子持ちではないようだが、ただの鹿でもないようだった。
「地穿鹿か」
見た目は痩せた鹿のようだが、目が赤く光っており、耳はやや裂けている。角は小さいが複雑に枝分かれしており、動物の鹿よりも歪んだ形状をしている。
地を掘ったり踏み荒らして植物を食べる魔物で、時折畑に入り込んでは荒らしてくる俺たち農民の仇のような魔物だ。
冒険者協会が定めた危険度を表すランクでは、SからFランクの七段階評価のうち最低のFランクだ。
跳躍力が高く、人程度の高さなら飛び越えることができる。臆病な性格かつ群れで行動するため、危険を察知したら鳴き声をあげて素早く群れごと逃げ出す。
その性質ゆえに駆逐はかなり難しい魔物だが、肉の味は悪くない。
「一番デカそうなやつは……あいつか」
俺は腰につけたポーチを探り、そこから赤く細い布切れを一本取り出した。
「【血織刃:紅穿】」
魔力を流すと布が捩れて先端が鋭くなり、片側は二股に割れる。あっという間に一本の矢が出来上がった。
矢を持ってきた弓につがえて矢を放つと、狙い通り胸にに命中する。
「ッ⁉︎ グゥヴォォーー!」
危機を察知した仲間が、悲鳴に似た濁った鳴き声を上げるとあっという間に走り去って行った。
矢が当たったヤツは少しふらついた後、ばたりと倒れて動かなくなった。
「仕留められたか。早めに見つかって助かったが、欲を言えばもう少し後になってから出てきて欲しかったな……」
魔物ではあるが鹿は鹿。父さんも喜んでくれるだろうが、この荷物を持ったままでは母さんが欲しがった木の実を探すのは難しい。かと言ってこの場に放置すると、肉食系の魔物に横取りされるかもしれない。
いつもならばこの時点で帰るのだが……
「だけどせっかくだから、母さんのために果実かなんか採ってきてやりたいし……かくなる上は【血骸操】で俺が戻るまでしばらく待ってもらうか?」
【血骸操】は死体を動かす俺が開発した魔術だ。先日の野盗の住処を探した時のネズミも、その後に倒した夜狩熊を動かしたのもこの魔術を使った。
【血濡魔術(ブラッティー・マジック)】の特性上、体表の五から六割以上を血で染めないといけないという制限があるものの、その条件さえクリアすればたとえ竜だろうが操れる。脳の特定の位置に血の針を刺せば、俺の命令を認識して自律的に動くこともできる。
生前の俺がよく使っていた、世間には知られるわけにはいかない禁忌レベルの魔術だ。
まあもっとも、世間様からすれば【血濡魔術(ブラッティー・マジック)】そのものが禁忌に値するのだがな。だからこそ俺は周囲に【武具創造】などと固有魔術を偽っているし、魔術を使う際には常に周囲を警戒している。
その習慣が功を奏した。魔術を使うより先に、俺の耳に生き物の足音が届いたのだ。
「っ……何かが近づいて来る」
地穿鹿ではない。アイツらは逃げ出したらしばらくは戻ってこない。
狼系の魔物か? いや音からしてもっと大きい。それに四足獣の足音ではない。
となると選択肢は限られる。
「誰だ!」
人型の魔物か、人そのものか。俺は苦手なパターンを想定して、地穿鹿から【紅穿】を抜いて鋭い声を上げた。
小悪鬼はこの森にはいないはずだが、なまじアイツらは繁殖力が高い分、他所の土地から流れ着いてきてもおかしくはない。
果たして結果は――
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