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デビュタント編
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デビュタントから二ヶ月、秋も深まり、冬支度を考え始める頃。
「サーフィアの様子はどうだ」
王が近衛にそう尋ねた。
「大人しく部屋におります。叱られたことを反省しているようですよ。懸命に歴史書を読んでおります」
王は少し考え、サーフィアを連れてくるよう命じた。
久しぶりに見るサーフィアは、少し痩せていた。王は眉を寄せた。少し、叱りすぎたかも知れない、と。もう少し早く赦しても良かったかも知れない、と。
「サーフィア、久しいな。どうだ。自分の行いを省みることは出来たか」
サーフィアはゆっくり視線を父である王に向けた。そして悲しそうに眉を下げる。
「はい。わたくしの行いは、軽率でした。もっと、考えるべきでした」
その言葉に、王は嬉しくなった。早々に見切りをつけずに良かった、と安堵の息を漏らす。これなら、さすがに同じ過ちは繰り返すまい。
「サーフィア、毎日しっかり勉強をしていたと聞いた。歴史を諳んじろとは申したが、良い。その言葉だけで、おまえがしっかり反省しているとわかった。謹慎を解く」
サーフィアは頭を下げた。
「お父様、ありがとうございます。今後はこのようなことがないよう、よく考えて行動いたします」
王はうんうんと上機嫌に頷いた。
サーフィアはニッコリと笑った。
*~*~*~*~*
アリスが成人するまでは、今まで通りの生活をすることとなっている。平日は学園が終わる頃の時間までファナトラタ家で過ごし、エリアストが迎えに来たら、ディレイガルド家で過ごす。学園が休みの日はディレイガルド家へお泊まりだ。
学園は卒業しているが、アリスは花嫁修業や孤児院訪問などで、それなりに忙しくしていた。エリアストも、領地経営を学ぶため忙しくしている。
エリアストは不満だった。
卒業をすれば、もっと一緒にいられると思っていたからだ。
結婚するまでは今の生活スタイルを、と二人で決めていたから、一緒に暮らせないことは納得している。だが、もう少し二人の時間があってもいいのではないか、と少々不機嫌だった。
「エリアスト、そんなに冷気を漂わせるな」
苦笑する公爵に、エリアストはひとつ、息を吐く。
学園で常に一緒にいたためだろう。隣にアリスがいることが当たり前になっていたがゆえ、余計に不満が募った。
「今に流されるな。本当にアリス嬢を幸せにしたいなら、戦う武器も守る盾も、ひとつでも多い方がいい。ディレイガルドの名は、その最たるものだ」
エリアストは公爵を見た。
「だが空のディレイガルドでは意味がない。名に負ける自分であってはならない。国をも平伏させるディレイガルドだ」
公爵はエリアストを真っ直ぐに見た。
「望みのすべては我らの手にある」
そういう国を、創ってきた。
*~*~*~*~*
王族の義務の一環として、孤児院訪問がある。王都内三カ所にある孤児院を、サーフィアは定期的に訪れていた。サーフィアの謹慎が解けて三ヶ月が経つ頃のことだ。本格的な冬を迎え、王都も雪景色になる。
その日は定期交流の日ではなく、本や衣類の寄付に三カ所全部を回る予定だった。通常は寄付の場合、王妃や王女は出向かず、使用人などに任せる。だがサーフィアは、謹慎が解けてからは自分も同行するようにしていた。その熱心さに、王は感心していたが、母である側妃は訝しんだ。あんなに愚かな娘が、こうも急激に変わるのだろうか、と。しかし、一生懸命なサーフィアに、次第に態度は軟化していく。余程謹慎が堪えたのだろう。叩かれ、誰にも庇われることなく部屋に連行されたことが、とてもよいお灸になったのだと、そう安心した。王妃や王子も同じだった。
「あら、ファナトラタ家の。アリスさん、でしたかしら」
院内に入ると、そこにはいてはいけない人物がいた。サーフィアの女官マージは、スッとサーフィアの前に立つ。警戒していることがありありと伝わってくる。その背に大丈夫よ、と声をかけると、マージは眉を顰めつつ、不承不承下がる。それを見て、アリスに声をかけた。
アリスはカーテシーをする。
「はい。ファナトラタ伯爵が娘、アリス・コーサ・ファナトラタにございます。王女殿下におかれましてはご機嫌麗しく」
「ええ。あなたも寄付かしら」
「いいえ。本日は訪問にございます」
「そう。精進なさい」
「ありがとうございます」
もう一度カーテシーをして、アリスは子どもたちの元へ行った。
女官マージは、詰めていた息をそっと吐いた。サーフィアは、本当に変わったのかも知れない。偶然とは言え、アリスに会ってしまった。またとんでもないことをしでかすのではないかと危惧したが、サーフィアはいつも通りだった。そのことにマージは安堵した。
「さあ、荷物を降ろしましょう。ここで最後よ。頑張ってちょうだい」
サーフィアの号令で、次々と荷物が運ばれてきた。
「マージ、院長の部屋へ行きますわよ」
部屋に入ると、院長が歓迎と感謝の言葉を述べ、ソファへ促す。荷下ろしの間、談笑をして過ごしていた。少しすると、扉を叩く音がする。用件を聞くと采配のわからないものがあるという。
「申し訳ありません、少し席を外します」
マージが頭を下げて部屋を出た。
「ええ、いってらっしゃい、マージ」
サーフィアは嗤った。
*つづく*
「サーフィアの様子はどうだ」
王が近衛にそう尋ねた。
「大人しく部屋におります。叱られたことを反省しているようですよ。懸命に歴史書を読んでおります」
王は少し考え、サーフィアを連れてくるよう命じた。
久しぶりに見るサーフィアは、少し痩せていた。王は眉を寄せた。少し、叱りすぎたかも知れない、と。もう少し早く赦しても良かったかも知れない、と。
「サーフィア、久しいな。どうだ。自分の行いを省みることは出来たか」
サーフィアはゆっくり視線を父である王に向けた。そして悲しそうに眉を下げる。
「はい。わたくしの行いは、軽率でした。もっと、考えるべきでした」
その言葉に、王は嬉しくなった。早々に見切りをつけずに良かった、と安堵の息を漏らす。これなら、さすがに同じ過ちは繰り返すまい。
「サーフィア、毎日しっかり勉強をしていたと聞いた。歴史を諳んじろとは申したが、良い。その言葉だけで、おまえがしっかり反省しているとわかった。謹慎を解く」
サーフィアは頭を下げた。
「お父様、ありがとうございます。今後はこのようなことがないよう、よく考えて行動いたします」
王はうんうんと上機嫌に頷いた。
サーフィアはニッコリと笑った。
*~*~*~*~*
アリスが成人するまでは、今まで通りの生活をすることとなっている。平日は学園が終わる頃の時間までファナトラタ家で過ごし、エリアストが迎えに来たら、ディレイガルド家で過ごす。学園が休みの日はディレイガルド家へお泊まりだ。
学園は卒業しているが、アリスは花嫁修業や孤児院訪問などで、それなりに忙しくしていた。エリアストも、領地経営を学ぶため忙しくしている。
エリアストは不満だった。
卒業をすれば、もっと一緒にいられると思っていたからだ。
結婚するまでは今の生活スタイルを、と二人で決めていたから、一緒に暮らせないことは納得している。だが、もう少し二人の時間があってもいいのではないか、と少々不機嫌だった。
「エリアスト、そんなに冷気を漂わせるな」
苦笑する公爵に、エリアストはひとつ、息を吐く。
学園で常に一緒にいたためだろう。隣にアリスがいることが当たり前になっていたがゆえ、余計に不満が募った。
「今に流されるな。本当にアリス嬢を幸せにしたいなら、戦う武器も守る盾も、ひとつでも多い方がいい。ディレイガルドの名は、その最たるものだ」
エリアストは公爵を見た。
「だが空のディレイガルドでは意味がない。名に負ける自分であってはならない。国をも平伏させるディレイガルドだ」
公爵はエリアストを真っ直ぐに見た。
「望みのすべては我らの手にある」
そういう国を、創ってきた。
*~*~*~*~*
王族の義務の一環として、孤児院訪問がある。王都内三カ所にある孤児院を、サーフィアは定期的に訪れていた。サーフィアの謹慎が解けて三ヶ月が経つ頃のことだ。本格的な冬を迎え、王都も雪景色になる。
その日は定期交流の日ではなく、本や衣類の寄付に三カ所全部を回る予定だった。通常は寄付の場合、王妃や王女は出向かず、使用人などに任せる。だがサーフィアは、謹慎が解けてからは自分も同行するようにしていた。その熱心さに、王は感心していたが、母である側妃は訝しんだ。あんなに愚かな娘が、こうも急激に変わるのだろうか、と。しかし、一生懸命なサーフィアに、次第に態度は軟化していく。余程謹慎が堪えたのだろう。叩かれ、誰にも庇われることなく部屋に連行されたことが、とてもよいお灸になったのだと、そう安心した。王妃や王子も同じだった。
「あら、ファナトラタ家の。アリスさん、でしたかしら」
院内に入ると、そこにはいてはいけない人物がいた。サーフィアの女官マージは、スッとサーフィアの前に立つ。警戒していることがありありと伝わってくる。その背に大丈夫よ、と声をかけると、マージは眉を顰めつつ、不承不承下がる。それを見て、アリスに声をかけた。
アリスはカーテシーをする。
「はい。ファナトラタ伯爵が娘、アリス・コーサ・ファナトラタにございます。王女殿下におかれましてはご機嫌麗しく」
「ええ。あなたも寄付かしら」
「いいえ。本日は訪問にございます」
「そう。精進なさい」
「ありがとうございます」
もう一度カーテシーをして、アリスは子どもたちの元へ行った。
女官マージは、詰めていた息をそっと吐いた。サーフィアは、本当に変わったのかも知れない。偶然とは言え、アリスに会ってしまった。またとんでもないことをしでかすのではないかと危惧したが、サーフィアはいつも通りだった。そのことにマージは安堵した。
「さあ、荷物を降ろしましょう。ここで最後よ。頑張ってちょうだい」
サーフィアの号令で、次々と荷物が運ばれてきた。
「マージ、院長の部屋へ行きますわよ」
部屋に入ると、院長が歓迎と感謝の言葉を述べ、ソファへ促す。荷下ろしの間、談笑をして過ごしていた。少しすると、扉を叩く音がする。用件を聞くと采配のわからないものがあるという。
「申し訳ありません、少し席を外します」
マージが頭を下げて部屋を出た。
「ええ、いってらっしゃい、マージ」
サーフィアは嗤った。
*つづく*
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