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デビュタント編
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「随分甘いんじゃないか、エリアスト?」
途中でアリスが止めたことは、容易に想像できたが。
公爵邸に着く頃には、晩餐も終わろうという時間だった。
馬車の中での公爵の言葉に、エリアストは視線を向けた。
「新たな王家を立てるかと思ったよ」
公爵がそう言うと、エリアストは口の端を上げるだけの笑い方をする。
「あの女がバカなだけで、他はマシでしょう。この国に、現王家を超える存在などない」
「ファナトラタ家は?」
エリアストは嫌そうな顔をした。
「バカなことを」
ディレイガルドの傀儡になどさせるわけないだろう。わかっていてそんなことを言う公爵に、軽く殺意を抱く。
「おお怖い怖い。冗談だ。悪かった」
王国騎士団を束ねる騎士団長である公爵の実力は、この国一番と思われている。そんな公爵が恐れるのは、紛う事なき自分の息子。その視線ひとつで降参したくなる。
「アリス嬢にこの国とディレイガルドとの関係性を説明しておくべきだったね。どうせおまえはアリス嬢を離す気はない。結婚前に説明しても問題はなかった。結婚してから、なんて悠長に構えていたのが間違いだった」
後悔の溜め息を公爵は漏らす。そうすれば、アリスは王族に遠慮なんてせずに済み、こんなことも起こらなかった。
「ま、アリス嬢にお大事にと伝えておいてくれ」
エリアストの膝で眠るアリスの髪を、エリアストはそっと撫でた。
「ああ」
*~*~*~*~*
王家の相次ぐ不幸が世間を騒がせた。
“病気療養”のため、王女は姿を見せなくなった。サーフィア付き女官マージは、“療養の王女”に付いて行った。側妃、第三王子カルセドは、“謀られ毒を摂取”したため、離宮で療養生活。王妃は“馬車で事故”に遭い、両足の腱を断裂。車椅子生活を余儀なくされる。王は、“病巣が見つかった”ため、左足を切断。
「最近の王家は不幸続きだねぇ」
「無事なのは王太子様と第二王子様だけか」
「心を強く持って頑張って欲しいもんだよ」
精神の壊れた王女サーフィアは、女官マージと共に僻地へ送られた。王都の地を踏むことは二度とない。第三王子カルセドは、エリアストの非情に心が折れた。公爵の“お仕置き”に精神を病んだ側妃と共に、離宮から出られなくなった。カルセドの妻も、身重の体でカルセドについて行った。王太子ディアンと第二王子メラルディはトラウマを植え付けられたが、なんとか日常生活は送れている。妻と子どもの存在が救いとなっているようだ。王妃は移動もままならない体に、塞ぎ込むことが多くなった。公爵のご機嫌を損ねた王は、そう遠くない世代交代だけが心の拠り所となっている。何をしたらそうなるのか、ぐちゃぐちゃになった左足は、医師の判断により付け根の少し下辺りからの切断を余儀なくされた。
これが、真実。
*~*~*~*~*
公爵邸でのアリス用の部屋にそっと寝かせる。
本来今日アリスはファナトラタ家へ帰る日だったが、エリアストがファナトラタ家へ早馬を出して、宿泊許可を取っていた。アリスの侍女が先にすべてを説明してくれていたのも良かった。
「エルシィ」
また、危険な目に遭わせた。
左手の包帯が痛々しい。火傷のある甲には触れないように、その手のひらを自身の手のひらにそっと乗せる。
「小さいな、エルシィ」
二回りほど小さな手を、優しく握る。じっとアリスの包帯を見つめる。しばらくして、握る手の向きを変え、アリスの指と自身の指を絡ませた。その指先に、そっとくちづけを落とす。エリアストは、布団の上からアリスのお腹の上に頭を乗せた。顔はアリスの顔の方に向け、痛み止めの効果と疲労で眠るアリスを見つめる。
「難しいな、エルシィ」
しばらくしてから、ポツリとそう零した。
*最終話へつづく*
途中でアリスが止めたことは、容易に想像できたが。
公爵邸に着く頃には、晩餐も終わろうという時間だった。
馬車の中での公爵の言葉に、エリアストは視線を向けた。
「新たな王家を立てるかと思ったよ」
公爵がそう言うと、エリアストは口の端を上げるだけの笑い方をする。
「あの女がバカなだけで、他はマシでしょう。この国に、現王家を超える存在などない」
「ファナトラタ家は?」
エリアストは嫌そうな顔をした。
「バカなことを」
ディレイガルドの傀儡になどさせるわけないだろう。わかっていてそんなことを言う公爵に、軽く殺意を抱く。
「おお怖い怖い。冗談だ。悪かった」
王国騎士団を束ねる騎士団長である公爵の実力は、この国一番と思われている。そんな公爵が恐れるのは、紛う事なき自分の息子。その視線ひとつで降参したくなる。
「アリス嬢にこの国とディレイガルドとの関係性を説明しておくべきだったね。どうせおまえはアリス嬢を離す気はない。結婚前に説明しても問題はなかった。結婚してから、なんて悠長に構えていたのが間違いだった」
後悔の溜め息を公爵は漏らす。そうすれば、アリスは王族に遠慮なんてせずに済み、こんなことも起こらなかった。
「ま、アリス嬢にお大事にと伝えておいてくれ」
エリアストの膝で眠るアリスの髪を、エリアストはそっと撫でた。
「ああ」
*~*~*~*~*
王家の相次ぐ不幸が世間を騒がせた。
“病気療養”のため、王女は姿を見せなくなった。サーフィア付き女官マージは、“療養の王女”に付いて行った。側妃、第三王子カルセドは、“謀られ毒を摂取”したため、離宮で療養生活。王妃は“馬車で事故”に遭い、両足の腱を断裂。車椅子生活を余儀なくされる。王は、“病巣が見つかった”ため、左足を切断。
「最近の王家は不幸続きだねぇ」
「無事なのは王太子様と第二王子様だけか」
「心を強く持って頑張って欲しいもんだよ」
精神の壊れた王女サーフィアは、女官マージと共に僻地へ送られた。王都の地を踏むことは二度とない。第三王子カルセドは、エリアストの非情に心が折れた。公爵の“お仕置き”に精神を病んだ側妃と共に、離宮から出られなくなった。カルセドの妻も、身重の体でカルセドについて行った。王太子ディアンと第二王子メラルディはトラウマを植え付けられたが、なんとか日常生活は送れている。妻と子どもの存在が救いとなっているようだ。王妃は移動もままならない体に、塞ぎ込むことが多くなった。公爵のご機嫌を損ねた王は、そう遠くない世代交代だけが心の拠り所となっている。何をしたらそうなるのか、ぐちゃぐちゃになった左足は、医師の判断により付け根の少し下辺りからの切断を余儀なくされた。
これが、真実。
*~*~*~*~*
公爵邸でのアリス用の部屋にそっと寝かせる。
本来今日アリスはファナトラタ家へ帰る日だったが、エリアストがファナトラタ家へ早馬を出して、宿泊許可を取っていた。アリスの侍女が先にすべてを説明してくれていたのも良かった。
「エルシィ」
また、危険な目に遭わせた。
左手の包帯が痛々しい。火傷のある甲には触れないように、その手のひらを自身の手のひらにそっと乗せる。
「小さいな、エルシィ」
二回りほど小さな手を、優しく握る。じっとアリスの包帯を見つめる。しばらくして、握る手の向きを変え、アリスの指と自身の指を絡ませた。その指先に、そっとくちづけを落とす。エリアストは、布団の上からアリスのお腹の上に頭を乗せた。顔はアリスの顔の方に向け、痛み止めの効果と疲労で眠るアリスを見つめる。
「難しいな、エルシィ」
しばらくしてから、ポツリとそう零した。
*最終話へつづく*
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