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学園編
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国有数の資産家に生まれたルシアは、欲しいものは何でも手に入った。両親は多忙で滅多に家には帰らず、帰ったときは目一杯甘やかしてくれた。たくさんの使用人たちも、両親から不自由のないようにと言いつけられていたため、誰からも厳しく叱責を受けることがなかった。妹が一人いるが、お互いわがまま放題に育ったため、お互いが気に入らない。それ故、関わることもなかった。
お互いがお互いを鏡だと気付き、しっかりその行動を見つめることが出来たなら、問題はなかった。人を慮ることを知らずに育ったタリ家の姉妹。姉のルシアは、決して望んではいけないものを望んでしまった。決して願ってはいけないことを願ってしまった。
あの美しい男性を自分の側に置いておきたい。
学園に入ってすぐ、そんなことを言い出したルシアに、使用人たちは焦る。タリ家では、跡継ぎにはなれない貴族の子息子女が結構な数、使用人として働いている。だが貴族であれば知らないはずがない。デビュタント前でまだ顔は広く知られずとも、ディレイガルド公爵家嫡男の噂は社交界を賑わせている。最近の噂は、美しい公爵令息に婚約者が出来、その婚約者を溺愛している、というもの。少し前までは、美しくも冷酷な令息と言われていた。
その令息を欲しいと言う。
その婚約者を排除しろと。
ディレイガルド公爵家を敵に回すことがどういうことかわからないのだ。他の公爵家を引きずり下ろせる権力が、どんな意味を持つのか。この国で、公爵の筆頭を長く掲げている意味を。家名にカーサをいただくその権力を。世界を股にかける商会が何だというのか。巻き込まれたらたまらない。宥め賺し、気を逸らせようとするが、うまくいかない。
ルシアの両親に急ぎ手紙で状況を知らせる。曲がりなりにも商売人だ。情報は命。ディレイガルド公爵家に手を出すことの危険性は熟知しているはずだ。両親が戻るか何かしら指示の手紙が届くかするまでは、何とかルシアを抑えなくては。
すぐに両親は帰国し、ルシアに注意をした。絶対に手を出すな、特に婚約者に関わることは許さない、と、いつも甘やかす両親が厳しい顔で。
言うことを聞けば良かった。
わからない頭で考えたことが、それだった。
自分の何が悪かったのか。何がいけなかったのか。考えてもわからない。ただ、親の言うことを聞いて関わらなければ、今の状況にならなかったことだけはわかった。
言うことを、聞けば良かったっ。
涙が止めどなく流れる。
痛い、苦しい、誰か助けて。
エリアストはルシアの頭から何かをかけた。少しベタつく微かに甘い匂いのする液体が顔を伝い、首から胸へと流れる。視線をずらしてエリアストの手元を見ると、何かの植物を握り潰し、その汁をかけている。エリアストは絞った植物と手袋を投げ捨てると、そのままルシアから離れた。
「エルシィ」
アリスの近くに寄るが、手が届かない距離だ。
「すまない、手を貸せないが立ち上がれるか、エルシィ。私は汚れ」
アリスは素早く立ち上がり、その勢いでエリアストに抱きついた。驚きに目を見開くエリアストを余所に、アリスはしがみついた。エリアストが怪我をしていることはわかっているが、抑えられなかった。
「え、エルシィ、ダメだ、汚れてしまうっ」
珍しく慌てるエリアストに、ますますアリスはしがみつく。汚れている自分が綺麗なアリスを汚してしまうと、立ち上がってもらう際にも手を貸すことが出来なかったというのに。
「エルシィ」
「えるさま、えるさまえるさま、ふえ、えるさまあ」
泣きじゃくるアリスの背中に、怖ず怖ずと手を回す。震えるアリスを感じると、もう駄目だった。肩の怪我など気にもせず、華奢な体をかき抱く。
ああ、そうか。
エリアストは唐突にわかった。
こういうときは、迷わず抱き締めていいのか。
安心させるために。
安心したいために。
何も気にせず、抱き締めていいのか。
「エルシィ、すまない、すまない、怖い思いをさせた。エルシィ、エルシィッ」
「こ、こわ、かっ、ぅえっ、える、さま、がっ」
しがみつく腕が、必死にエリアストを離すまいとしている。
「し、死んで、しまうか、と」
エリアストはその言葉に満たされる。異形に襲われたことよりも、脅され命を狙われたことよりも。
私を失うことを恐れたのか。
*つづく*
アリスが襲われたとき剣を投げつけなかったのは、万が一にもアリスにあたることを危惧したためです。
投げた方が早いんですけどね。
投げられないなら割り込まずに刺せば良かったのでは、とも思いますが、体が庇うように動いてしまったのでしょう。そんな事情だと思ってください。
お互いがお互いを鏡だと気付き、しっかりその行動を見つめることが出来たなら、問題はなかった。人を慮ることを知らずに育ったタリ家の姉妹。姉のルシアは、決して望んではいけないものを望んでしまった。決して願ってはいけないことを願ってしまった。
あの美しい男性を自分の側に置いておきたい。
学園に入ってすぐ、そんなことを言い出したルシアに、使用人たちは焦る。タリ家では、跡継ぎにはなれない貴族の子息子女が結構な数、使用人として働いている。だが貴族であれば知らないはずがない。デビュタント前でまだ顔は広く知られずとも、ディレイガルド公爵家嫡男の噂は社交界を賑わせている。最近の噂は、美しい公爵令息に婚約者が出来、その婚約者を溺愛している、というもの。少し前までは、美しくも冷酷な令息と言われていた。
その令息を欲しいと言う。
その婚約者を排除しろと。
ディレイガルド公爵家を敵に回すことがどういうことかわからないのだ。他の公爵家を引きずり下ろせる権力が、どんな意味を持つのか。この国で、公爵の筆頭を長く掲げている意味を。家名にカーサをいただくその権力を。世界を股にかける商会が何だというのか。巻き込まれたらたまらない。宥め賺し、気を逸らせようとするが、うまくいかない。
ルシアの両親に急ぎ手紙で状況を知らせる。曲がりなりにも商売人だ。情報は命。ディレイガルド公爵家に手を出すことの危険性は熟知しているはずだ。両親が戻るか何かしら指示の手紙が届くかするまでは、何とかルシアを抑えなくては。
すぐに両親は帰国し、ルシアに注意をした。絶対に手を出すな、特に婚約者に関わることは許さない、と、いつも甘やかす両親が厳しい顔で。
言うことを聞けば良かった。
わからない頭で考えたことが、それだった。
自分の何が悪かったのか。何がいけなかったのか。考えてもわからない。ただ、親の言うことを聞いて関わらなければ、今の状況にならなかったことだけはわかった。
言うことを、聞けば良かったっ。
涙が止めどなく流れる。
痛い、苦しい、誰か助けて。
エリアストはルシアの頭から何かをかけた。少しベタつく微かに甘い匂いのする液体が顔を伝い、首から胸へと流れる。視線をずらしてエリアストの手元を見ると、何かの植物を握り潰し、その汁をかけている。エリアストは絞った植物と手袋を投げ捨てると、そのままルシアから離れた。
「エルシィ」
アリスの近くに寄るが、手が届かない距離だ。
「すまない、手を貸せないが立ち上がれるか、エルシィ。私は汚れ」
アリスは素早く立ち上がり、その勢いでエリアストに抱きついた。驚きに目を見開くエリアストを余所に、アリスはしがみついた。エリアストが怪我をしていることはわかっているが、抑えられなかった。
「え、エルシィ、ダメだ、汚れてしまうっ」
珍しく慌てるエリアストに、ますますアリスはしがみつく。汚れている自分が綺麗なアリスを汚してしまうと、立ち上がってもらう際にも手を貸すことが出来なかったというのに。
「エルシィ」
「えるさま、えるさまえるさま、ふえ、えるさまあ」
泣きじゃくるアリスの背中に、怖ず怖ずと手を回す。震えるアリスを感じると、もう駄目だった。肩の怪我など気にもせず、華奢な体をかき抱く。
ああ、そうか。
エリアストは唐突にわかった。
こういうときは、迷わず抱き締めていいのか。
安心させるために。
安心したいために。
何も気にせず、抱き締めていいのか。
「エルシィ、すまない、すまない、怖い思いをさせた。エルシィ、エルシィッ」
「こ、こわ、かっ、ぅえっ、える、さま、がっ」
しがみつく腕が、必死にエリアストを離すまいとしている。
「し、死んで、しまうか、と」
エリアストはその言葉に満たされる。異形に襲われたことよりも、脅され命を狙われたことよりも。
私を失うことを恐れたのか。
*つづく*
アリスが襲われたとき剣を投げつけなかったのは、万が一にもアリスにあたることを危惧したためです。
投げた方が早いんですけどね。
投げられないなら割り込まずに刺せば良かったのでは、とも思いますが、体が庇うように動いてしまったのでしょう。そんな事情だと思ってください。
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