美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛

らがまふぃん

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デビュタント編

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 ディレイガルドが本気を出したら、国は簡単にひっくり返る。今自分たちが王家として存続しているのは、ディレイガルドが王家に目を向けていないからだ。
 傀儡くぐつ
 放置という名の操り人形。
 自由に見えるがそうではない。柵だらけの王家。出来ることならディレイガルドに睨まれて、さっさと潰れてしまいたい、というのが本音だ。だが、自分たちが潰れると、国を巻き込む。そして新たな王家犠牲者が立つだけ。決してディレイガルドが頂点に君臨することはない。自分たちは、ディレイガルドに王家をやらされている存在に過ぎない。ディレイガルドが遊ぶための箱庭をせっせと用意している、面倒ごとを押しつけられた存在でしかないのだ。
 そんな彼らの虎の尾、いや、龍の尾を踏まずにいるために、最善を尽くす。代ごとに龍は変わる。次代の龍はとびきりの災厄。だが救いはあった。龍の尾というか、逆鱗げきりんが分かり易いことだ。
 アリス・コーサ・ファナトラタ。
 この扱いさえ間違えなければ、とりあえずは何とかなるかも知れない。安心するには程遠いが、歴代の手探り状態よりも状況はいい、と言っていいのかも知れない。
 だが、身内にとんでもない爆弾がいた。
 「何と言うことをしてくれたのだ、おまえは!」
 いつもサーフィアのすることは笑って許してくれる父が、顔を真っ赤にして怒鳴っている。王妃も側妃も兄たちも、難しい顔で見つめるだけで庇うことはしない。
 「な、なんですの?何をそんなに怒っていらっしゃるの?」
 一歩間違えれば王家が、国が滅んでいたかも知れない。大袈裟ではない。わかっていないのはサーフィアだけ。
 「マージ!貴様は何をしていた!ディレイガルドの危険性を知らないなどあり得ん!!」
 怒りの矛先が、サーフィアの女官マージにも向く。マージはひたすら頭を下げて申し訳ございませんと繰り返している。
 「お父様、マージは関係ありませんわ!何を怒っていらっしゃるのかわかりませんが、悪いのはすべてあのエリアストの婚約者です!!」
 全員がサーフィアを見た。何を、言っているのだ。
 「あの女は魔女よ!」
 「ま、魔女?」
 側妃が引きつった顔で問う。
 「そうよ、お母様。あの女は嫌がるエリアストを無理矢理婚約者にした悪い魔女なの!」
 突拍子もない話に、誰もついていけない。
 「可哀相なエリアスト。悪い魔女の魔法で、無理矢理側にいさせられて」
 サーフィアは、何を見ていたのだろう。誰がどう見ても相思相愛だったではないか。しかも、婚約はエリアストが無理矢理結んだと聞いている。アリスの髪が他の子女たちより短いことも、その辺りの事情があるらしい。
 「でももう大丈夫だわ!だって、わたくしが気付きましたもの!わたくしはこの国の王女。一番高貴な女性よ。エリアストを救ってあげることが出来るの!」
 言っている意味がわからない。一番高貴な女性は王妃だがとりあえずそこはいい。高貴な女性だと救えるのか。何故。相手が魔女だというなら、対抗する術は。高貴な女性だと対抗出来るのか。何故。
 「サーフィア、本当に、何を言っている?この兄にもわかるよう説明してくれ」
 メラルディが額に手を当てながら混乱している。
 「もう、メルお兄様ったら。ですから、エリアストを悪い魔女から救うために、魔女から引き離して差し上げるのよ。それがわたくしの護衛騎士という職務よ」
 誰も何も言えないでいる。
 「護衛であれば、わたくしから離れるわけにいかないでしょう?いついかなる時も、片時も離れずにいれば、魔女だって手が出せない。違いますか?」
 素晴らしいアイディアだと言わんばかりに胸を反らすサーフィア。
 「そうすれば、魔女から救い出したわたくしに、エリアストの家も感謝することでしょう。そうして魔女から引き離している間に、王国騎士団にあの魔女を討伐させるのです!」
 王国騎士団に討伐?その騎士団を率いているのは誰だと思っているのか。
 みんなが頭を抱える。
 当然だ。誰にもわかるはずがない。
 夢見る少女の話など、わかるはずもない。
 勉強が苦手なことはわかっていた。わからないものをわからないと言える素直さが、可愛いと思えた。他国に嫁ぐことが出来る頭ではない。酷なことを言えば、恥曝しになってしまうからだ。政略にも使えそうもないが、それでも良かった。好きな人と自由に結婚させてやろうと考えていた。
 だが、違う。これは、ただの“おバカさん”で済む話ではなかった。
 害ある無能。
 油断をしていると後ろから刺される、などという表現では足りない。滅多刺しにされた上で笑いながら崖から突き落とされる、そんな存在。
 「だからお父様、わたくし、エリアストを救いたいの。あの魔女から救えるのは、王女であるわたくしだけなのよ」
 パチン。
 「え?」
 王はサーフィアの頬を叩いた。
 「連れて行け。王国の歴史をそらんじることが出来るようになるまで、部屋から出すことは許さん」
 衛兵にそう下した。サーフィアは叩かれたことが信じられなかった。
 「いいな、サーフィア。わかったな」
 ショックで呆然としたまま連れて行かれた。
 王は疲れたように、ドサリと椅子に座った。側妃が床に平伏している。
 「王、申し訳ございません。あのような者であったと気付かず、本当に申し訳ございません」
 泣きながら頭を床にこすりつけている。
 「アレは、害にしかなりませぬ。どうか、どうかわたくし共々毒杯を」
 「母上だけのせいではありません。アレを正しく導けなかったのは私も同じです。父上、私も共に」
 カルセドも側妃に続き、頭を下げる。
 「そなたらを失うことは出来ぬ」
 重く息を吐きながら、王は言った。
 「今は様子見だ。アレがこの出来事をどう受け止めるかで判断しよう。これは決定だ。異を唱えることは許さぬ。わかったな」
 二人は頷くしか出来なかった。
 これは王が決めたこと。王の判断だ。万が一があったら、すべてのとがは、王が引き受けるつもりでいた。



 *つづく*
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