41 / 72
結婚編
3
しおりを挟む
「あ、女神」
エリアストに呼ばれ、登城して回廊を歩いていた時だ。聞き覚えのある声に、アリスは振り向いた。相変わらずの騎士服で、満面の笑みで走り寄ってくるのは、クロバレイス国第二王女ララだ。アリスはつい、全力で尻尾を振って喜ぶ大型犬を想像してしまった。
「まあ殿下。先日は有意義なお時間をいただき、ありがとうございました」
カーテシーをすると、ララがピタリと止まった。
「殿下?」
アリスが不思議そうに首を傾げる。
「見た?レンフィ。女神のお辞儀はこの世のものとは思えないほど美しいよ。女神だから?」
「左様でございます」
何を言っても無駄なのだろう。レンフィは肯定する。
「あ、アリス嬢、その髪飾り、もしかして簪?」
「はい。ご存知でしたか。婚約者からの贈り物にございます」
アリスは幸せそうに、柔らかく微笑む。その顔に、ララはキュン死しかけた。
「はああああ。アリス嬢、私に会いに来てくれて嬉しいよ」
自己都合の言葉と感嘆の息と共にアリスを抱き締めようとして止まる。
アリスの後ろに凍てつく空気を纏わせた、この世のものとは思えない美しい男がいた。レンフィとシャールは息を呑む。見たこともない、圧倒的な美。恐ろしいほどの美しさだ。そんな男が、ララを射殺さんばかりに見ている。
「エルシィに触るな。何者だ、貴様」
今にも抜剣しそうな声音に、ララは臆することなく言う。
「心の狭い男は嫌われるよー」
「誰だと聞いている」
「そっちこそ人に聞く前に名乗ったらどう?」
一触即発の空気を破ったのは、アリスだ。
「お止めくださいませ。殿下、こちらはわたくしの婚約者、エリアスト・カーサ・ディレイガルド公爵令息様です。エル様、この方はクロバレイス国の第二王女、ララ・クロバレイス殿下です」
「王女?」
格好から男だと思っていた。確かに声も男にしては高い。
「そうか。女なら、まだいい。だがエルシィにむやみに触れるな。気安く名を呼ぶな。いいな」
エリアストの発言に、ララとララ付きの女官レンフィは頬を引きつらせた。曲がりなりにもと言ったら失礼だが、一国の王女に対する発言ではない。
「ちょ、アリス嬢、こんなのが婚約者で大丈夫?ウチにおいでよ。私が面倒見るし」
「おい、貴様。寝言は寝て言え」
ララの発言に、回廊の温度が明らかに下がった。エリアストが凍てつく冷気を放っている。
「ひぃぃっ、で、殿下、戻りましょう、ええ、早く戻りましょう」
レンフィがガタガタと震えながらララの背中をグイグイ押す。
「ディレイガルド公爵令息様。殿下への無礼な発言、許し難い。即刻謝罪を求めます」
シャール隊長が頑張って抗議する。だが、エリアストに一瞥されただけで回れ右をしてレンフィを手伝う。
「殿下、部屋、早く!ハウス!」
二人に押されながら、ララは、またね、とアリスに手を振った。
騒がしかった回廊が、再び静寂を取り戻す。
「エル様。あの方が、先日お話をいたしましたクロバレイス国の王女です」
「何かされなかったか、エルシィ。私が呼んだばかりにすまない」
「はい、大丈夫です、エル様」
微笑むアリスをそっと抱き締め、腰に手を回して並んで歩く。
「お迎えに来てくださったのですね、エル様。嬉しいです」
「少しでも早くエルシィに会いたかった」
目を合わせて微笑みあう。
数日後、再び父のディレイガルド公爵と共に登城すると、また回廊でララに会った。エリアストは眉を顰める。
「わあお。仮にも公賓にそれはないでしょ。まあいいや、ちょっと時間ある?」
ララは臆することなくエリアストに話しかける。レンフィは泣きそうだ。もう関わりたくない、と如実に物語っている。
エリアストは無視をして通り過ぎようとした。
「アリス嬢に関することなんだけどなあ」
ピクリとエリアストの耳が反応した。
*つづく*
エリアストに呼ばれ、登城して回廊を歩いていた時だ。聞き覚えのある声に、アリスは振り向いた。相変わらずの騎士服で、満面の笑みで走り寄ってくるのは、クロバレイス国第二王女ララだ。アリスはつい、全力で尻尾を振って喜ぶ大型犬を想像してしまった。
「まあ殿下。先日は有意義なお時間をいただき、ありがとうございました」
カーテシーをすると、ララがピタリと止まった。
「殿下?」
アリスが不思議そうに首を傾げる。
「見た?レンフィ。女神のお辞儀はこの世のものとは思えないほど美しいよ。女神だから?」
「左様でございます」
何を言っても無駄なのだろう。レンフィは肯定する。
「あ、アリス嬢、その髪飾り、もしかして簪?」
「はい。ご存知でしたか。婚約者からの贈り物にございます」
アリスは幸せそうに、柔らかく微笑む。その顔に、ララはキュン死しかけた。
「はああああ。アリス嬢、私に会いに来てくれて嬉しいよ」
自己都合の言葉と感嘆の息と共にアリスを抱き締めようとして止まる。
アリスの後ろに凍てつく空気を纏わせた、この世のものとは思えない美しい男がいた。レンフィとシャールは息を呑む。見たこともない、圧倒的な美。恐ろしいほどの美しさだ。そんな男が、ララを射殺さんばかりに見ている。
「エルシィに触るな。何者だ、貴様」
今にも抜剣しそうな声音に、ララは臆することなく言う。
「心の狭い男は嫌われるよー」
「誰だと聞いている」
「そっちこそ人に聞く前に名乗ったらどう?」
一触即発の空気を破ったのは、アリスだ。
「お止めくださいませ。殿下、こちらはわたくしの婚約者、エリアスト・カーサ・ディレイガルド公爵令息様です。エル様、この方はクロバレイス国の第二王女、ララ・クロバレイス殿下です」
「王女?」
格好から男だと思っていた。確かに声も男にしては高い。
「そうか。女なら、まだいい。だがエルシィにむやみに触れるな。気安く名を呼ぶな。いいな」
エリアストの発言に、ララとララ付きの女官レンフィは頬を引きつらせた。曲がりなりにもと言ったら失礼だが、一国の王女に対する発言ではない。
「ちょ、アリス嬢、こんなのが婚約者で大丈夫?ウチにおいでよ。私が面倒見るし」
「おい、貴様。寝言は寝て言え」
ララの発言に、回廊の温度が明らかに下がった。エリアストが凍てつく冷気を放っている。
「ひぃぃっ、で、殿下、戻りましょう、ええ、早く戻りましょう」
レンフィがガタガタと震えながらララの背中をグイグイ押す。
「ディレイガルド公爵令息様。殿下への無礼な発言、許し難い。即刻謝罪を求めます」
シャール隊長が頑張って抗議する。だが、エリアストに一瞥されただけで回れ右をしてレンフィを手伝う。
「殿下、部屋、早く!ハウス!」
二人に押されながら、ララは、またね、とアリスに手を振った。
騒がしかった回廊が、再び静寂を取り戻す。
「エル様。あの方が、先日お話をいたしましたクロバレイス国の王女です」
「何かされなかったか、エルシィ。私が呼んだばかりにすまない」
「はい、大丈夫です、エル様」
微笑むアリスをそっと抱き締め、腰に手を回して並んで歩く。
「お迎えに来てくださったのですね、エル様。嬉しいです」
「少しでも早くエルシィに会いたかった」
目を合わせて微笑みあう。
数日後、再び父のディレイガルド公爵と共に登城すると、また回廊でララに会った。エリアストは眉を顰める。
「わあお。仮にも公賓にそれはないでしょ。まあいいや、ちょっと時間ある?」
ララは臆することなくエリアストに話しかける。レンフィは泣きそうだ。もう関わりたくない、と如実に物語っている。
エリアストは無視をして通り過ぎようとした。
「アリス嬢に関することなんだけどなあ」
ピクリとエリアストの耳が反応した。
*つづく*
264
あなたにおすすめの小説
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
これって政略結婚じゃないんですか? ー彼が指輪をしている理由ー
小田恒子
恋愛
この度、幼馴染とお見合いを経て政略結婚する事になりました。
でも、その彼の左手薬指には、指輪が輝いてます。
もしかして、これは本当に形だけの結婚でしょうか……?
表紙はぱくたそ様のフリー素材、フォントは簡単表紙メーカー様のものを使用しております。
全年齢作品です。
ベリーズカフェ公開日 2022/09/21
アルファポリス公開日 2025/06/19
作品の無断転載はご遠慮ください。
あなたの愛が正しいわ
来須みかん
恋愛
旧題:あなたの愛が正しいわ~夫が私の悪口を言っていたので理想の妻になってあげたのに、どうしてそんな顔をするの?~
夫と一緒に訪れた夜会で、夫が男友達に私の悪口を言っているのを聞いてしまった。そのことをきっかけに、私は夫の理想の妻になることを決める。それまで夫を心の底から愛して尽くしていたけど、それがうっとうしかったそうだ。夫に付きまとうのをやめた私は、生まれ変わったように清々しい気分になっていた。
一方、夫は妻の変化に戸惑い、誤解があったことに気がつき、自分の今までの酷い態度を謝ったが、妻は美しい笑みを浮かべてこういった。
「いいえ、間違っていたのは私のほう。あなたの愛が正しいわ」
廃妃の再婚
束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの
父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。
ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。
それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。
身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。
あの時助けた青年は、国王になっていたのである。
「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは
結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。
帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。
カトルはイルサナを寵愛しはじめる。
王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。
ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。
引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。
ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。
だがユリシアスは何かを隠しているようだ。
それはカトルの抱える、真実だった──。
どなたか私の旦那様、貰って下さいませんか?
秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
私の旦那様は毎夜、私の部屋の前で見知らぬ女性と情事に勤しんでいる、だらしなく恥ずかしい人です。わざとしているのは分かってます。私への嫌がらせです……。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
政略結婚で、離縁出来ないけど離縁したい。
無類の女好きの従兄の侯爵令息フェルナンドと伯爵令嬢のロゼッタは、結婚をした。毎晩の様に違う女性を屋敷に連れ込む彼。政略結婚故、愛妾を作るなとは思わないが、せめて本邸に連れ込むのはやめて欲しい……気分が悪い。
彼は所謂美青年で、若くして騎士団副長であり兎に角モテる。結婚してもそれは変わらず……。
ロゼッタが夜会に出れば見知らぬ女から「今直ぐフェルナンド様と別れて‼︎」とワインをかけられ、ただ立っているだけなのに女性達からは終始凄い形相で睨まれる。
居た堪れなくなり、広間の外へ逃げれば元凶の彼が見知らぬ女とお楽しみ中……。
こんな旦那様、いりません!
誰か、私の旦那様を貰って下さい……。
本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います
<子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。>
両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。
※ 本編完結済。他視点での話、継続中。
※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています
※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります
悪役令嬢の涙
拓海のり
恋愛
公爵令嬢グレイスは婚約者である王太子エドマンドに卒業パーティで婚約破棄される。王子の側には、癒しの魔法を使え聖女ではないかと噂される子爵家に引き取られたメアリ―がいた。13000字の短編です。他サイトにも投稿します。
ヤンデレ旦那さまに溺愛されてるけど思い出せない
斧名田マニマニ
恋愛
待って待って、どういうこと。
襲い掛かってきた超絶美形が、これから僕たち新婚初夜だよとかいうけれど、全く覚えてない……!
この人本当に旦那さま?
って疑ってたら、なんか病みはじめちゃった……!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる