美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛

らがまふぃん

文字の大きさ
60 / 72
番外編

囚われの身の上 2

しおりを挟む
 エリアストが取調室に入ると、女を連れて来た看守が恐ろしく緊張しながら敬礼をした。
 「矯正監きょうせいかん、本日収監となりました囚人の資料になりますっ」
 「出て行け」
 渡された資料を見ることなく、エリアストは看守に退室を言い渡す。通常であれば資料に目を通し、質問などを交えながら囚人の情報を共有する。しかし、エリアストはそれをしない。看守は再度敬礼をして、部屋を後にした。
 エリアストはゆっくり囚人の女を見た。幾分顔色は悪いが、毅然と顔を上げ、背筋を伸ばして座っている。エリアストは、机越しに女の顎を掴んだ。
 「名を言え」
 微かに震える女は、それでも真っ直ぐにエリアストを見て言った。
 「アリス・コーサ・ファナトラタと申します」
 優しい、穏やかな声、そして黎明れいめいの瞳がエリアストを捉えた。目深まぶかに被る帽子でその目は見えないが、口元は確かに笑っていた。
 「美しい女だ」
 アリスは何を言われたかわからなかった。微かに首をかしげる。エリアストはアリスから手を離した。
 「こちらへ来い、アリス」
 アリスはわからないながらも、言われるままに立ち上がり、恐る恐るエリアストの側へ行く。
 「もっとこっちだ。私の手の届くところへ来るんだ」
 アリスは怖ず怖ずと近付いた。途端、エリアストはアリスを机に押し倒し、その両手を顔の横で押さえつける。驚きに目を見開くアリス。
 「なぜ、こんなところに来た、アリス」
 エリアストの質問に、アリスは悲しそうに眉を下げた。それを見たエリアストは、アリスの唇を塞いでいた。
 「ふ、ぅっ」
 真っ赤な顔で、苦しそうな息を漏らすアリス。エリアストは嬉しそうに笑うと、アリスの唇から離れる。
 「そんな顔をするな、アリス。襲ってしまいたくなる」
 再び唇を重ねた。
 エリアストの思うままに、アリスの口内は蹂躙じゅうりんされる。アリスがいよいよ酸欠になりかけた頃、ようやくエリアストの唇が離れた。互いの唾液が伝うアリスの頬を拭う。手袋を外すと、真っ赤に熟れた果実のようになったその唇を、愛おしそうに指でなぞる。苦しそうに肩で息をするアリスは、涙で潤む目で、それでも毅然とエリアストを見た。
 「なぜ、このようなことを。わたくしを、辱めたいのですか」
 「おまえの声は、美しい」
 アリスはキョトンとした。
 「おまえのその、真っ直ぐに私を見る目が美しい」
 不思議そうに首をかしげるアリスを、エリアストはゆっくり抱き起こす。そしてその首筋に顔をうずめ、舌を這わせた。
 「お、お止めくださいませ、ディレイガルド様」
 真っ赤になりながら、震える声でアリスが言うと、エリアストは止まった。
 「私を知っているのか」
 「先程、看守の方が、矯正監と、お呼びしておりました」
 「ふむ、そうか」
 エリアストはアリスから顔を離すと、目深に被った帽子を取る。美しいダイヤモンドのような髪が現れる。春の空のように澄んだ水色の瞳は、なぜか真冬の凍てつく海に見える。とても美しい、言葉では表せない美しさだと聞いてはいた。しかしアリスには、恐ろしい人にしか見えない。それでも、アリスはその恐ろしい男から目を離さなかった。
 「やはりおまえは美しいな、アリス」
 その顎に手を添え、顔を近付ける。
 「名を呼べ、アリス。私の名を」
 逆らうことは許さない。強い目がアリスを捕らえる。
 「え、り、あすと、さま」
 「エル。エル、だ、アリス」
 顔がさらに近付く。
 「え、エル、様」
 「よく出来た、アリス。おまえは私のものだ」
 食らいつくように、アリスの唇を貪る。再び机に押し倒し、アリスの両手を頭の上で一つにまとめて片手で押さえつける。空いた片手で自身の制服のボタンを外していく。後ろに撫で付けた髪が乱れ、一房額に落ちる。
 苦しそうに眉を寄せるアリスも、羞恥に顔を染めるアリスも、漏れる声を必死にとめようとするアリスも。何もかもがエリアストの欲情をあおる。
 そしてアリスの服に手をかけたとき。
 アリスは頭を強く振り、エリアストの唇から逃れる。
 「は、あ、エル、さま、おやめ、ください」
 潤む瞳が羞恥と怯えに揺らめく。その複雑な揺らめきに、エリアストは息を呑んだ。
 「エル様。このまま、わたくしを、辱めるのであれば、わたくしは、舌を噛みます」
 エリアストは目を見開く。アリスは尚も毅然と告げる。
 「もし。もし、たわむれではなく、わたくしを、望んでくださるのであれば、正当な手順を、踏んでくださいませ」
 ただでさえ伯爵家と公爵家。家格が違いすぎる。して罪人に堕とされた自分が、筆頭公爵家の嫡男と結ばれることはない。罪人になど手を出してしまっては、エリアストが嗤われてしまう。信用を失いかねない。戯れにしては、リスクが大きい。一時の気まぐれなんぞで失うには大きすぎる。アリスのそんな思いに気付いたのか。エリアストはアリスの手を解放し、抱き締めるように起き上がらせた。
 「アリス」
 低く名前を呼ばれ、ゾクリと背中に何かが這い上がる。
 耳にくちづけられ、甘く噛まれ、舐められる。
 「え、える、さま」
 羞恥にビクリと肩を震わせるアリスが愛おしい。首筋を舐め、強く吸う。所有のあかしに、エリアストは満たされる。
 「気高い女だ。なあ、アリス」
 首筋に息がかかり、無意識にピクリと体が反応してしまう。
 「私に我慢をさせるとは」
 ククッ、と喉の奥で笑うと、再びアリスの唇を塞いだ。
 淫靡な水音が響く。
 腕の中には愛しい人。
 エリアストは笑う。
 「なあ、アリス」
 私から逃げられると思うなよ。


 *3につづく*

しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

これって政略結婚じゃないんですか? ー彼が指輪をしている理由ー

小田恒子
恋愛
この度、幼馴染とお見合いを経て政略結婚する事になりました。 でも、その彼の左手薬指には、指輪が輝いてます。 もしかして、これは本当に形だけの結婚でしょうか……? 表紙はぱくたそ様のフリー素材、フォントは簡単表紙メーカー様のものを使用しております。 全年齢作品です。 ベリーズカフェ公開日 2022/09/21 アルファポリス公開日 2025/06/19 作品の無断転載はご遠慮ください。

本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います <子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。> 両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。 ※ 本編完結済。他視点での話、継続中。 ※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています ※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります

悪役令嬢の涙

拓海のり
恋愛
公爵令嬢グレイスは婚約者である王太子エドマンドに卒業パーティで婚約破棄される。王子の側には、癒しの魔法を使え聖女ではないかと噂される子爵家に引き取られたメアリ―がいた。13000字の短編です。他サイトにも投稿します。

どなたか私の旦那様、貰って下さいませんか?

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
私の旦那様は毎夜、私の部屋の前で見知らぬ女性と情事に勤しんでいる、だらしなく恥ずかしい人です。わざとしているのは分かってます。私への嫌がらせです……。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 政略結婚で、離縁出来ないけど離縁したい。 無類の女好きの従兄の侯爵令息フェルナンドと伯爵令嬢のロゼッタは、結婚をした。毎晩の様に違う女性を屋敷に連れ込む彼。政略結婚故、愛妾を作るなとは思わないが、せめて本邸に連れ込むのはやめて欲しい……気分が悪い。 彼は所謂美青年で、若くして騎士団副長であり兎に角モテる。結婚してもそれは変わらず……。 ロゼッタが夜会に出れば見知らぬ女から「今直ぐフェルナンド様と別れて‼︎」とワインをかけられ、ただ立っているだけなのに女性達からは終始凄い形相で睨まれる。 居た堪れなくなり、広間の外へ逃げれば元凶の彼が見知らぬ女とお楽しみ中……。 こんな旦那様、いりません! 誰か、私の旦那様を貰って下さい……。

あなたの愛が正しいわ

来須みかん
恋愛
旧題:あなたの愛が正しいわ~夫が私の悪口を言っていたので理想の妻になってあげたのに、どうしてそんな顔をするの?~  夫と一緒に訪れた夜会で、夫が男友達に私の悪口を言っているのを聞いてしまった。そのことをきっかけに、私は夫の理想の妻になることを決める。それまで夫を心の底から愛して尽くしていたけど、それがうっとうしかったそうだ。夫に付きまとうのをやめた私は、生まれ変わったように清々しい気分になっていた。  一方、夫は妻の変化に戸惑い、誤解があったことに気がつき、自分の今までの酷い態度を謝ったが、妻は美しい笑みを浮かべてこういった。 「いいえ、間違っていたのは私のほう。あなたの愛が正しいわ」

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

廃妃の再婚

束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの 父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。 ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。 それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。 身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。 あの時助けた青年は、国王になっていたのである。 「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは 結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。 帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。 カトルはイルサナを寵愛しはじめる。 王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。 ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。 引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。 ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。 だがユリシアスは何かを隠しているようだ。 それはカトルの抱える、真実だった──。

処理中です...