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その後その1
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地下牢。それは、平民が罪を犯したときに入れられる場所。
「ヤーナ・ドゥグルターニュ」
兵士に名を呼ばれ、無礼者、と怒りを露わにしながら顔を上げたヤーナは、帝国の筆頭侯爵家である自分を平民扱いでこんなところに入れるとはどういうことか、と喚き散らす。
そうしてふと、兵士たちの後ろ、暗がりの方を見て、不機嫌さが一転した。兵士たちの後ろに立つアントラシットを見つけ、その顔に喜色を浮かべる。
「ああ、やはりわたくしを助けに」
「式典の際、私のまわりをうろちょろしていたのは貴様だったか?」
ヤーナの言葉を聞くことなく、アントラシットは何の感情もない顔でそう言った。
「え?」
ヤーナは何を言われたのか、理解できなかった。
「貴様はドゥグルターニュの娘と聞くが、間違いないか?」
「え?え?」
続く言葉も、意味が分からない。ただ茫然と、アントラシットを見つめる。
「ふむ。受け答えも碌に出来ぬ者。おい、この娘は本当にドゥグルターニュの娘か?」
「はっ。間違いありません」
兵士に問うと、兵士ははっきりとそう答えた。
「ア、アントラシット、さま?わ、わ、わたくしを、おわかりに、ならないなんてこと、ございませんわよ、ね?」
帝国で、常に一緒にいた。婚約者でもないのに近づくなと、触れてはならないと周りやアントラシットの側近・護衛に侍従までもがそう言った。他人の言葉なんて気にならない、なぜなら自分は筆頭侯爵家。アントラシット本人にまで言われてさえ、それは照れ隠しだと、皇家からの言葉だって、諸事情によりまだ婚約者として発表できないからだと、そう思ってきた。時間の問題というだけで、婚約者は間違いなく自分になるのだと、疑うことなどなかった。
「ああ、許可もなく私の名を呼ぶ無礼者。なるほど、貴様がドゥグルターニュの娘で間違いないな」
なんだろう、これは。
これではまるで、わたくしを知らない、みたいではないか。
「では、祖国でも私の周辺を騒がしくさせていたのはこの娘か」
感情の欠片もない、ただそこにあるだけのものを見る目に、ヤーナは何かを言おうとし、何を言っていいかわからず、唇を戦慄かせる。そんなヤーナに、アントラシットは尚も続ける。
「これが帝国筆頭貴族の娘か。“他国で問題を起こすようであれば筆頭侯爵家から子爵へ降格、ドゥグルターニュ家三代に渡り皇城への出入りを禁止する”と伝えたはずだが、理解する頭がなかったか」
帝国も質が落ちたものだ、と呆れたように息を吐く。
「帝国での皇城出禁が何を意味するか知らぬとは」
城を出禁となった貴族が存続し続ける確率は、ゼロ。可能性がゼロ、ではない。今のところいないというだけだ。長い帝国の歴史、やらかした貴族たちもそれなりにいる。やらかした本人はいずれにせよ、その家族たちも愚か者とは限らない。皇族に出禁を撤回させる功績をあげれば良いのだ。まあ、それが出来ないからこそ、国内は愚か、国外からもそっぽを向かれたまま、没落するのだ。貴族という枠組みにさえ囚われなければ起死回生の機会はあるが、そこに気付いても、出禁を撤回させる功績を残せない。ただ、そこに気付けた者たちは、平民として逞しく生き延びることは出来た。ドゥグルターニュはどうか。
「まあよい。もうかかわることもない者」
アントラシットは踵を返す。侯爵たちはどうかわからない。けれどヤーナへの評価は、”かかわることのない者”で間違いないだろう、と。ヤーナは言葉が出ないままに、無意識にその背に手を伸ばしていた。
もう、二度と会えない。
そんな予感がして。
ヤーナの想いなど何一つ伝わることのないまま、アントラシットは歩きながら兵士たちに言った。
「私のリアに、妄言だの愚か者だの、挙句に処刑とは。そっくりそのまま己の身に返るだけだ。おまえたち、こんなのでよければくれてやる。生死は問わん。好きにせよ」
それは、死なせてしまっても罪に問うことはないということ。すでに死者として扱われていることを指す。
世界の帝国ヴァロッサリカの貴族、それも筆頭の、貴族最高位の女。
人はそれぞれに性癖がある。
どんな性癖を持っているか、本人すら気付かぬものだってあるのだ。
アントラシットの言葉を受けた兵士たちは、さあ、何を思っただろうか。
「アントラシット、さま」
ヤーナの伸ばした手は、気づかれることなく。
もう、二度と会えない。
そう思ったヤーナは、正しい。
*おしまい*
「ヤーナ・ドゥグルターニュ」
兵士に名を呼ばれ、無礼者、と怒りを露わにしながら顔を上げたヤーナは、帝国の筆頭侯爵家である自分を平民扱いでこんなところに入れるとはどういうことか、と喚き散らす。
そうしてふと、兵士たちの後ろ、暗がりの方を見て、不機嫌さが一転した。兵士たちの後ろに立つアントラシットを見つけ、その顔に喜色を浮かべる。
「ああ、やはりわたくしを助けに」
「式典の際、私のまわりをうろちょろしていたのは貴様だったか?」
ヤーナの言葉を聞くことなく、アントラシットは何の感情もない顔でそう言った。
「え?」
ヤーナは何を言われたのか、理解できなかった。
「貴様はドゥグルターニュの娘と聞くが、間違いないか?」
「え?え?」
続く言葉も、意味が分からない。ただ茫然と、アントラシットを見つめる。
「ふむ。受け答えも碌に出来ぬ者。おい、この娘は本当にドゥグルターニュの娘か?」
「はっ。間違いありません」
兵士に問うと、兵士ははっきりとそう答えた。
「ア、アントラシット、さま?わ、わ、わたくしを、おわかりに、ならないなんてこと、ございませんわよ、ね?」
帝国で、常に一緒にいた。婚約者でもないのに近づくなと、触れてはならないと周りやアントラシットの側近・護衛に侍従までもがそう言った。他人の言葉なんて気にならない、なぜなら自分は筆頭侯爵家。アントラシット本人にまで言われてさえ、それは照れ隠しだと、皇家からの言葉だって、諸事情によりまだ婚約者として発表できないからだと、そう思ってきた。時間の問題というだけで、婚約者は間違いなく自分になるのだと、疑うことなどなかった。
「ああ、許可もなく私の名を呼ぶ無礼者。なるほど、貴様がドゥグルターニュの娘で間違いないな」
なんだろう、これは。
これではまるで、わたくしを知らない、みたいではないか。
「では、祖国でも私の周辺を騒がしくさせていたのはこの娘か」
感情の欠片もない、ただそこにあるだけのものを見る目に、ヤーナは何かを言おうとし、何を言っていいかわからず、唇を戦慄かせる。そんなヤーナに、アントラシットは尚も続ける。
「これが帝国筆頭貴族の娘か。“他国で問題を起こすようであれば筆頭侯爵家から子爵へ降格、ドゥグルターニュ家三代に渡り皇城への出入りを禁止する”と伝えたはずだが、理解する頭がなかったか」
帝国も質が落ちたものだ、と呆れたように息を吐く。
「帝国での皇城出禁が何を意味するか知らぬとは」
城を出禁となった貴族が存続し続ける確率は、ゼロ。可能性がゼロ、ではない。今のところいないというだけだ。長い帝国の歴史、やらかした貴族たちもそれなりにいる。やらかした本人はいずれにせよ、その家族たちも愚か者とは限らない。皇族に出禁を撤回させる功績をあげれば良いのだ。まあ、それが出来ないからこそ、国内は愚か、国外からもそっぽを向かれたまま、没落するのだ。貴族という枠組みにさえ囚われなければ起死回生の機会はあるが、そこに気付いても、出禁を撤回させる功績を残せない。ただ、そこに気付けた者たちは、平民として逞しく生き延びることは出来た。ドゥグルターニュはどうか。
「まあよい。もうかかわることもない者」
アントラシットは踵を返す。侯爵たちはどうかわからない。けれどヤーナへの評価は、”かかわることのない者”で間違いないだろう、と。ヤーナは言葉が出ないままに、無意識にその背に手を伸ばしていた。
もう、二度と会えない。
そんな予感がして。
ヤーナの想いなど何一つ伝わることのないまま、アントラシットは歩きながら兵士たちに言った。
「私のリアに、妄言だの愚か者だの、挙句に処刑とは。そっくりそのまま己の身に返るだけだ。おまえたち、こんなのでよければくれてやる。生死は問わん。好きにせよ」
それは、死なせてしまっても罪に問うことはないということ。すでに死者として扱われていることを指す。
世界の帝国ヴァロッサリカの貴族、それも筆頭の、貴族最高位の女。
人はそれぞれに性癖がある。
どんな性癖を持っているか、本人すら気付かぬものだってあるのだ。
アントラシットの言葉を受けた兵士たちは、さあ、何を思っただろうか。
「アントラシット、さま」
ヤーナの伸ばした手は、気づかれることなく。
もう、二度と会えない。
そう思ったヤーナは、正しい。
*おしまい*
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さやえんどう様、再度の感想ありがとうございます。
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妹ちゃん、作者的には好きな子です。
あと二話ほど投稿予定ですので、
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ありがたいです。
妹がよくあるこの手の小説のクズかと思って辟易していたら、レビュー見たら違う模様。えー。苛つくけどがんばって読みます!!
さやえんどう様、感想ありがとうございます。
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こちらこそありがとうございました。