乙女ゲームに転生したので、推しの悲恋EDを回避します〜愛され令嬢は逆ハーはお断りです!

神城葵

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本編

悪役令嬢になる為に。

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「……アリー。わたくしにまで、そんな冗談……ではなさそうね」

 エルウィージュことエージュは、切ない溜息を漏らした。まだ十六歳(今は、ゲーム開始の一年前らしい)なのに、気だるげな色気が溢れている。

「うん。だからエージュとも初対面みたいなものなの」

 私は、まずは味方を作りたかった。だけど、こんな突拍子もない話、信じてもらえるはずはないとも思ってた。そんな中、エージュがお見舞いに来てくれて――目が合った瞬間、感じた。彼女にはバレると。私が「アレクシア」じゃないことが。

 だから先に話した。私がアレクシアじゃないこと。この世界のことをゲームの知識として知っていること。来年、「女神」としてミレイという少女が召喚されること。
 エージュは最初は半信半疑だったけれど、彼女は私がアレクシアじゃないことは確信していた。
 そして、私の話を最後まで聞いて、筋道が通っていると判断したらしい。

「正直、驚きはしたの。形式だけの見舞いの文に、会いたいと返事があったことに。わたくしとアリーは幼馴染だけれど、それだけだもの。周りはわたくし達を親友と言っていたけれど、そうではなかったわ。お互い、他に友達がいないだけ」

 雪のような白い肌、流れる銀の髪、薄い水色の瞳。たおやかで淑やかな美少女であるエージュは、いわゆる魔性の女だ。サブキャラとはいえ、殆ど出番のないアレクシアと違い、エージュは何度か登場する。全員のルートで。ヒロインであるミレイと攻略キャラの気持ちがすれ違う時、必ずエージュが絡んでいるのだ。
 そのことを話した時、エージュは私の話を信じることにしたらしい。

 ――エージュは、恋より本が好きなのにね

 私のこの言葉が、エージュの心を動かした。
 そう、エージュは言葉を交わした男のほぼ全員に恋されてしまう魔性の姫君と名高いが、本人にその気はない。むしろ「恋愛とか面倒くさいわー」な干物女子、私の同類である。

「わたくしはね、静かに本を読んで過ごしたいのよ」

 恋愛にエネルギーを費やす暇があるなら、古書や異国の書物を読み解きたい。それがエージュの本心。いわゆる活字中毒なのだ。

「なのに……殿方はどうしてああなの」
「挨拶しただけで好かれるしねえ。ひどいのになると、話したこともないのに熱愛されてるもんね」
「鬱陶しくてたまらないわ。むさくるしいのよ。時間は有限よ、わたくしの貴重な読書時間を削る価値があると思っているのかしら」

 結果、エージュは軽く男性嫌悪症になっている。王太子であるリヒト殿下の妃候補なのに、未だに求婚者は減らない。辟易して、現在既に「お父様がとっとと嫁ぎ先を決めて下さらないなら、わたくしは尼僧になりたいわ」らしい。

「でも、アリーが神竜を好きだとは知らなかったわ。あ、アリーではないのだから当然かしら」
「怖いことに、私、元の名前を思い出せなくなってるのよね。だから、まずはアレクシアとして生きていくわ。あの神じいさんが、何かの拍子に戻せるようになるかもしれないから、希望は捨てないけど。この世界で生きやすくする努力は惜しまない」
「わたくしも協力してもいいわ。神竜なら、古書や禁書の百や二百、知っていそうだもの」
「ありがと、エージュ」
「どういたしまして、アリー」

 こうして、薄ら暗い同盟が成立しました。




 同盟成立の印として、私はゲームプレイヤーならではのメタ視線による情報をエージュに送ることにした。

「あのね、エージュ。嫌なお報せがあります」
「嫌な報せなら聞かなくてはね。知らずに対処はできないわ」

 顔に似合わず男前な答えをくれたエージュに、私はコホンと咳払いした。

「……エージュは、実はリヒト・カール・ルア・カイザーリング殿下の異母妹です」
「え?」
「何かねー。今の国王陛下が、亡き王妃陛下が懐妊中に浮気しちゃったらしいのね。エージュのお母様と」

 エージュにはお兄さんもいる。つまり……ダブル不倫ってやつですね。

「…………」
「それで、来年。ミレイが召喚されてドタバタしてる時に、国王陛下がエージュは自分の娘だ、だから王女として遇する、リヒトの妃にはならないって公表しちゃうのよ」
「…………」
「リヒト殿下は、妹であるエージュを異常なくらい溺愛するようになって、何にしてもエージュ最優先になることで、ミレイとすれ違うのよね」
「……リヒト殿下に、溺愛……」

 既につらそうになっているエージュ。更に追い打ちをかけなくてはいけないのが申し訳ない。

「それで、シルヴィス・ソール・ルア・ナルバエスがものすごく嫉妬する」
「……前々から思っていたけれど、あの大公令息、どう見てもリヒト殿下に……」
「そこは軽い描写だったからわからない。ただ、シルヴィス様のおかーさまがもう亡くなってて、その双子の妹が産んだリヒト殿下は母親そっくりだから、亡き母を思う心がリヒト殿下への深い友愛になっているっていうのが公式の説明だから」
「言葉を選んでいる時点で、そうせざるを得ない種類の愛情ってことでしょ」

 エージュ。それは言わない約束だ。私もそう突っ込んだので、私達の感性は似ているんだなと思った。

「お母様の不倫はいいわ。わたくし、どう見ても王家の血が流れている容姿だし」

 この国は、王家に近い血筋ほど色彩が薄くなる。アレクシアもかなり薄いけど、王家と縁戚である公爵家の出だから違和感はない。だけど、そのアレクシアよりもっと色彩の薄いエージュは、「侯爵家」の令嬢で、ここ三代ほどの近い祖先に王族はいない。

「だけど、そのことを認めるなんて……お父様はおいくらでわたくしと自尊心を売ったのかしら」
「爵位の引き上げ」
「ああ、ご落胤である王女を養育した褒賞ということね、わかりやすいわ。お父様は上昇志向の強い方だから、お母様の不倫も、きっとお父様の勧めね」

 達観した口調のエージュの手を、そっと握った。

「エージュ。私達は仲間よ。同志で、仲間で、親友よ。……無理しないでいい」
「アリー……」
「泣くなら、今にして。その未来を迎えた時にエージュが泣いちゃったら、私、ローラン陥落計画どころじゃなくなるの」
「……自分勝手よ、アリー。あなたの都合が悪いから、今泣けと言うの?」
「うん。今泣かないなら、私の前では泣かないで」
「……ずるいわ」

 そう言うと、エージュは私の手を顔に当てて泣き出した。静かに、声を上げずに泣くエージュは、蠱惑的なほど綺麗だ。

「……エージュ。男の前で泣いちゃ駄目よ。私、今、ちょっとグラッときた」
「それで慰めているつもりなら、アリーは馬鹿ね」

 エージュは、少しだけ微笑んだ。泣き濡れた微笑みは美しくて――慰めじゃなくて、本気が七割くらいだったと自白した私に、エージュは今度は声を立てて笑ってくれた。




「悪役令嬢というものが、どういうものなのかわたくし、わからないのだけど」
「とりあえず敵役。ライバル。私がやってたゲームにはいなかったけど……あ、むしろエージュがその立ち位置?」

 ヒロインから攻略キャラをかっ攫うという意味では、エージュは悪役令嬢だ。

「いやよ、そんな面倒。アリーが頑張ってちょうだい」

 一言で拒絶するエージュ。干物女子には、美形だらけの逆ハー状態すら鬱陶しいものらしい。

「でもね、私が狙ってるのはローランだけだからね。リヒトもシルヴィスもいらないし」
「他はいないの?」

 エージュの問いに、私はすらすらと答える。伊達に二桁回数プレイしてないのだ。

「他は、剣一本で成り上がったぜ!っていうおっさん枠のカイン・シュラウス、三十一歳。それから、竜オタクの神官、オリヴィエ・ステファニアス、二十五歳」
「あら。シュラウス将軍も対象なの?」
「エージュ、お気に入り?」
「気に入っているというか。わたくしに対しても普通に接して下さったから、覚えているの」

 ちなみに、エージュに逆上のぼせあがった男達のことは、全く覚えていないそうである。

「なら、カインはエージュ用に残しとく?」
「そうねえ……王女になってしまうなら、尼僧になるのは無理よね。保険として、シュラウス将軍は頂きたいわ」
「了解。それで、ローランなんだけど。確か、ミレイが来る半年前に召喚されるから、今から半年くらい先に召喚されると思うのよ」

 カインの未来を勝手に仮定させてもらって、私は本題に入る。目指すはローランのみ。他は王太子だろうと宰相の跡取りだろうと、私にとっては雑魚だ。
 特に後者は、従弟に友愛スレスレの愛情を抱いていると公式発表され、「華寵封月」に腐女子ファンを釣り上げた傑物だ。NL派の私としては、関わりたくない。

「ローランを召喚するのがオリヴィエなのね?」
「そう。だからローランの好感度を上げるには、オリヴィエと仲良くせざるを得ないのよ。でも、仲良くし過ぎるとオリヴィエとの恋愛ルートに入っちゃうの」

 その辺の加減が難しいのだ。何度、オリヴィエの好感度を上げすぎて恋愛イベントが発生してしまい、「やっちまった」とセーブデータをロードしたことか……。

「とりあえずは、その神官と仲良くなることから始めたら? あまりに好感度が上がり過ぎたら、わたくしが手伝ってあげる」
「エージュ……!」

 つまり、その魔性の美貌で誑し込んでくれるということだ。竜オタクとはいえオリヴィエも男。ヒロインであるミレイと結ばれるEDがあるし、エージュによってすれ違いが生まれる展開もある。

「ありがとう」
「代わりに、何としても神竜を誑し込むのよ。悲恋は許さないわ。わたくしに、神竜に伝わるという秘文書を読ませてちょうだい」
「うん。努力する。……ただねえ、ローランは神竜の王で戦いでは最強なんだけど、普段は人見知りっていうか……で、なかなか会話できないのよ」
「その為にも、オリヴィエとやらと仲良くなっておきなさいな」
「公爵令嬢と神官の接点がないのよ。ゲームだと、隣国からの宣戦布告を受けて、オリヴィエがローランを召喚したらしいんだけど」

 そう説明した私に、エージュは簡単なことよと言ってのけた。

「あなたが、未来を予知すればいいのよ。ゲームの知識はあるんでしょう?」
「完璧です」
「なら、それを元に、ミレイとやらが来るまでに確実に起こることを予知なさいな。最初は小さなことでいいわ。少しずつ、ラウエンシュタイン家の令嬢は未来視さきみができると知られていくように」

 ミレイが来てからのことは、予知しなくていいとエージュは言った。ミレイの動き次第で展開は変わるのだから、予知が当たるとは限らない為だ。私もそれに賛成。

「わたくしが庶出の王女だということは、リヒト殿下のるーとというものでないと公表されないの?」
「ううん。エージュのことは共通イベント――全員に起こる展開よ」
「それなら、まずは……そうね、来週のあなたのお母様のお茶会にわたくしも招かれているわ。その時に、そんな夢を見た、あまりのことに驚いてしまって寝ついたのだと、わたくしに話しかけなさい。わたくしだけに話そうとして、でも興奮してしまって声を抑えきれないといった演技で、周りに漏れ聞こえるように」

 なかなかに難しい要求だ。だけどやるしかない。何度やっても見つからなかったローランの幸せEDを迎える為に!

「わたくしは、それを一笑に付すわ。その後、お父様にそうお話しする。後は、お父様が陛下にどう働きかけるかだけれど――全員に共通して起こる出来事なら、間違いなく、お父様はわたくしを売るわ」

 自分は(育ての)父に売られると言い切ったエージュは、さっきの涙で全部吹っ切れたという風に、平坦な声で話している。だけど私の手を握ったままだ。私も、エージュの白い手をぎゅっと握り返す。

「その後――そうね、次の宮廷での晩餐会で、シュラウス将軍に、戦の気配はありませんか、何だかとても恐ろしい予感がしますと話しかけなさいな。将軍がどう答えるかわからないから、その先はあなたに任せるけれど、とにかく「近々戦が起こる予感がする」とあなたが感じていることを印象づけるのよ」
「うん。匂わせる程度でいいのね?」
「ええ。確信はない、という風にしておくのがいいわ。でないと、知らないことを訊かれた時に逃げられないから。……今はそこまでにしましょう。アリー、あなたが覚えている限りの、ミレイとやらが来るまでの出来事を書き出しておいてちょうだい。それを見て、また考えるわ」

 エージュという参謀を得たことは、私にとって幸運だと思う。無意識に「この世界のことは何でも知ってる」と私が過信しないよう、適切にストップをかけてくれている。

「それで? あなたがご執心のローランというのは、どんな竜なの?」
「シスコンとマザコンとおっさんとオタクが揃ってる中で、ローランだけは癒し系だったのよ……」

 神竜の中でも最強の神竜王・バハムートの異名を許された、白銀の竜。人型じんけいを取ると、蒼みを帯びた銀髪と、光の加減で色を変えるアレキサンドライトな瞳、周囲を圧倒する神竜のオーラを放つくせに、人見知りで控えめ。戦場では炎と冷気のブレス、招雷やらで大活躍するけれど、宮廷に戻ると神官のオリヴィエかヒロイン以外とは話そうとしない、やや引きこもりな神竜だ。

 最後、神竜王として一族を捨てられないローランと、同じく元の世界を捨てられないミレイが、向かい合って、真っ直ぐに前を見つめたまま互いの未来を模した光へと進み、すれ違う瞬間に立ち止まって「この一瞬だけ、私は王であることを忘れる」ってキスした後、そのまま消えるのよね。まさかあれが正EDだとは思わなくて、何周プレイしたかわからないわ。

「……熱のこもった説明をありがとう。他の方々は?」

 私の熱いローラン語りに、エージュがやや引いている。まあね、この会話は萌え仲間でないとついてこられないのはわかってる。

「リヒトはシスコン化してエージュエージュになる。それにミレイが「もうやってらんないから私帰る」ってキレたところから「本当に必要なのは君だと気づいた」な展開。
 シルヴィスは、リヒトリヒトだったところにリヒトがシスコン化したことでエージュに嫉妬して、思いつめてエージュ暗殺を企てたことをミレイに止められて、「どうして私の計画に気づいた……?」「だって、わたしはずっとあなたを見ていたもの。あなたが他の誰を見ていても」から「おまえは私だけの女神!」なヤンデレになる」
「救いようがないわね」

 冷ややかな感想です。同意です。だから私はシルヴィスのルートは二回しかやってないのよ。二回やった理由は、スチルの取り忘れだ。差分けスチルはね、取り損ねるとつらいのよ……。差分けも回収しないと、コンプスチルは開かないし。

「カインはマシかなあ。将軍っていう地位にはあるけど身分はない俺は、女神という地位にあるけど身分のないおまえとは同じだなって、気さくに接してくれる。最初はミレイはリヒトに惹かれてて、でも身分違いだし……とカインに相談しては慰められたり励まされたり、の繰り返し。そんな時に、エージュがリヒトの妹だって公表されて、国王陛下がカインにエージュを娶って正式に貴族にならないかって誘うの。それを聞いて、ミレイは初めて「わたし……カインさんのこと……」ってなる」
「わかったわ。そのるーととやらのミレイという子は、馬鹿なのね」
「カインはカインで、年齢差もあるし、エージュとの結婚は断るの。けど、この時はエージュが乗り気」
「わたくしが?」

 どうして、と言いたげに首を傾げたエージュに、私は理由を説明した。カインは将軍だ。成り上がりだから、正規軍を任されていないかと言えばそうではない。彼の指揮する軍は精鋭で、志願兵揃い。その中にシェーンベルク大公がいる。王家に次ぐ、古い血筋を誇る超名家の当主が。そしてシェーンベルク大公は、カインに心酔しているのだ。

「……ローゼンヴァルト宮の蔵書室に入れる……」

 悪くないわね、むしろお願いしたいわとエージュは呟き――私ににっこり微笑みかけた。

「わたくし、シュラウス将軍と結婚したくなったわ。その協力はお願いしていいのよね、アリー?」
「はい」

 そしてカインは、二年後くらいに超美少女のお嫁さんを迎えることが私達の中で仮定から決定に変更された。決定です。権力財力にモノを言わせて、ミレイからローランだけでなくカイン将軍もいただきます。これでエージュも立派な悪役令嬢予定だ。

「オリヴィエは、イルディシア伯爵家の三男だけど魔力に秀でてたから神官になった設定だった。カインと仲が良いのよ。カインの弟が神殿勤めなんだけど、その弟の失態をフォローしてあげたことがあって、カインが傭兵時代に戦場で拾ってた輝石をもらうの。それで、隣国との開戦が避けられない、となった時に、その輝石を使って神竜を召喚したら、何故か実力以上の力が発揮されて、神竜の王であるローランを呼べちゃうの」
「理由は?」
「ローランが、「女神」とされるミレイの召喚を予知して、ミレイを守る為に自分も召喚されたの」

 ミレイはいにしえの女神の生まれ変わりで、ローランはその女神の最愛の恋人だった神竜の転生。なのに、ゲームではどうやっても結ばれなかったのよ……!

「ミレイとローランが結ばれないなら、好都合でしょう。ローランは、あなたと結ばれる為にミレイとは悲恋で終わったのよ。そう思いなさい」

 強い。エージュ、強い。

「リヒト殿下とシルヴィス様とオリヴィエは、ミレイという女神サマに引き取っていただきましょう。わたくし達は、それぞれの相手と恋をしましょう」

 私はローランが好きだけど、エージュはカインじゃなくて、カインに付属するシェーンベルク大公の蔵書室が好きなだけでは……。

「フラグとやらの管理も必要になりそうね。ふふ、アリー、わたくし、何だか楽しみになってきたわ」

 そう微笑むエージュは、どこから見ても儚げでたおやかで可憐な花の妖精だけれど、中身は完璧に、私以上に悪役令嬢に変化していた。「華寵封月」には、悪役令嬢はいないんだけどね……。
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