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本編
VS王太子。
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「王太子殿下。女性の居室に、断りなくお入りになるのは感心できませんな」
暴走したリヒト殿下を止めそこなったらしいお父様が、その背後から声をかけた。非難ありありの口調だ。
「妹だ」
「まだ、正式に告示されたわけではありません」
「父上がお認めになったのだ。明日には、エルウィージュは王女として認知される。――エルウィージュ、迎えに来た。王宮へ帰ろう」
怜悧な美貌に愛しげな笑みを湛え、手を差し伸べて近づいてくるリヒト殿下に対し、エージュは怯えたように私に隠れた。言い換えると、イヤなものから逃げる盾にした。
「エルウィージュ?」
「……アリー」
私の背後で、小さく震える演技中のエージュに名前を呼ばれた。何とかしろというサインですね、頑張ります。
「……王太子殿下。申し訳ありませんが、お引き取り下さいませ」
「下がられよ、ラウエンシュタイン公爵令嬢。私はあなたには用はない」
「我が屋敷で、私に下がれと命じることができるのは、父だけです」
反論した私に、リヒト殿下と、お父様が瞠目する。当たり前のことでしょ。いくら王太子でも、勝手に入ってきた闖入者に「下がれ」と命じられる覚えはない。
「エルウィージュは、我がラウエンシュタイン家で療養中です。それは、ラウエンシュタイン家が庇護しているということです。王太子殿下のお言葉とはいえ、公的な命令もないまま、お引渡しはできません。それでは、まるで罪人の扱いではありませんか」
「兄が妹を迎えに来たのだ!」
「でしたら、その旨、国王陛下のご命令を下さりませ。内々に認知したというだけでは、私は納得しません。エルウィージュをお連れになった後、反故になさるかもしれませんもの。……大丈夫よ、エージュ。私、あなたを守るわ」
聞こえよがしに言った私の言葉に、エージュもわざとらしいほど露骨にほっとした表情で、私にしがみつく。私もエージュも、リヒト殿下の好感度なんてどうでもいいので、慇懃無礼な対応を改める予定は、今のところない。
「まだ、体調が万全ではないエルウィージュを、口先だけのお言葉でお渡しするほど、私、友情に薄くはありませんから」
ツンとして言った私に、リヒト殿下は怒りを堪えるように震えた。相手が王太子なのに、私の無礼をお父様が咎めないのは、ここが「ラウエンシュタイン公爵の屋敷」という私的な場所であり、また私の言うことが正論だからだ。
「本当にエルウィージュを王女としてお認めになったなら、相応の待遇でお迎えがあって然るべきです。王家の御方が、まさかその威厳を地に堕とすようなこと、なさるはずはありませんわ」
リヒト殿下がどんなに腹を立てても、私の言い分の方が正しい。国王陛下が内々に「庶子」として認めたばかりのエージュを、その当日に王宮に迎えるという「王女を軽んじた真似」はできない。これは、ゲームでシルヴィスがそう言ってリヒト殿下を窘めたことなので、ヴェルスブルクの社交界マナーとして間違いないし、エージュにも確認済だ。
「それとも、王太子殿下は、エルウィージュを軽く扱うおつもりなのですか」
「……そのようなことはない。確かに、私が軽率だった。だが、エルウィージュが私の妹であることは、明日にも告示される」
「ええ。でしたら、良き日を選び、お迎えにいらして下さいませ。それまで、エルウィージュは大切に守りますから」
そう言ってエージュの細い肩を抱いた私に、リヒト殿下がちょっとイラッとしたのがわかった。羨ましいか、シスコン王太子。
「……王太子殿下。わたくし……王女として認めていただかなくて構いません。ただ、わたくしを育てて下さったバシュラール侯爵に報いてさしあげて下さいませ」
「エルウィージュ、そんなことは……」
駄目だと言おうとしたリヒト殿下に、エージュは怯えた仮面を被ったまま、私にしがみついて顔を伏せた。
「わたくしは……ラウエンシュタイン公爵さえお許し下さるなら、ここにいたい。アリー……アレクシアと離れたくありません」
「エルウィージュ! 君は王女なんだ。異腹とはいえ、私のたった一人の姉妹だ。王宮で暮らすのが当然であって……」
「アリーが一緒でなければ嫌です!」
リヒト殿下の言葉を遮って強く言うと、エージュは私に訴える。
「アリー、アリー、あなたはわたくしを守ってくれると言ったわ。わたくしから離れないで。離さないで」
「ええ。約束よ、絶対に守るわ」
――私達の、この恋人同士のような小芝居は、エージュと離されない為の仕込みだ。王宮かラウエンシュタイン家、どちらになるとしても、一緒に過ごせるように。そうでないと、王女となるエージュと私はなかなか私的に会えないから、打ち合わせや計画・立案の相談ができなくなる。
「……殿下。まずは、姫のお気持ちを国王陛下にお伝えなさってはいかがかと。我が家でお預かりするとなれば、一命に変えてもお守り致しましょう」
「公爵……」
お父様の取り成しに、リヒト殿下は戸惑いを顕わにした。ここでお父様のアシストが得られるとは、予想外の幸運だ。
「ご自分の出生を神問いし、王女であることを誇られる前に、バシュラール侯爵に申し訳ないと毒を煽られるほど、心優しく、芯の激しい姫であられる。そのような御方を、追いつめるようなことはなさいますな。まして兄君ならば、妹君の御心を想われねば」
「……そうか……そうだな……」
自分に言い聞かせるように呟き、リヒト殿下は切れ長の淡い翡翠の双眸でエージュを見つめた。真摯なその表情は、リヒト殿下は対象外な私も一瞬ドキッとしたほど綺麗だ。美形はお得ですね。
「エルウィージュ。君の気持ちは父上に伝える。ラウエンシュタイン公爵の姫と共に過ごせるように、私からもお願いする。だから、王宮に来てほしい」
その言葉に、エージュは顔を伏せたままだ。予定通りすぎる展開に、笑いを堪えている為である。
「殿下。差し出た口をききました。物を知らぬ娘の戯言と、ご寛恕下さいませ」
「いや。ラウエンシュタイン公爵令嬢――アレクシア。私こそ、あなたに不躾な物言いをした。許されよ」
「もったいのうございます」
「エルウィージュをお願いする」
私に頭を下げたリヒト殿下に、さすがにお父様が慌てた。
「殿下!」
「大切な妹の身をお願いするのだ。礼を尽くすのは当然だ」
「……間違いなく、お引き受け致しました」
私も、深く礼を返した。エージュはまだ顔を伏せている。……あのねエージュ、私だって笑いたいのを我慢してるのよ? 私に、この理論武装を指示したのは自分のくせに。
「エルウィージュ。一日も早く、君を迎えに来られるように努める。――では、公爵、令嬢。これで失礼する。突然の訪問ですまなかった」
愛の告白かと突っ込みたくなる言葉を異母妹に向けた後、臣下であるお父様と私にきちんと謝罪する辺り、王太子なのに人格者だ。尊大で傲慢で我儘なキャラではないのよね、リヒト殿下は。ただひたすらにシスコンすぎるだけで、エージュが絡まなければ「理想の王子様」として設定されているだけのことはあるのよ。
「…………」
「エージュ。殿下に、ご挨拶なさってもいいと思うわ」
黙っているエージュに、私は優しく声をかける。これは、リヒト殿下にさりげなく恩を売る為であり、また、「エルウィージュとアレクシアはとても親しい」と強く印象づける目的もある。
「……エージュ」
「よい、アレクシア姫。エルウィージュも戸惑いの方が強いだろう。そのことに思い至らなかった私の浅慮を、改めて謝罪する。……すまなかった、エルウィージュ」
私の促す声に、リヒト殿下は首を振り、エージュに謝罪を重ねた。その言葉に、エージュはやっと顔を上げると、私の後ろに隠れながら、小さく答える。
「……はい。……兄上様」
――この、恥じらいを含んだ愛らしい声で囁かれた「兄上様」の一言で、リヒト殿下は陥落した。
暴走したリヒト殿下を止めそこなったらしいお父様が、その背後から声をかけた。非難ありありの口調だ。
「妹だ」
「まだ、正式に告示されたわけではありません」
「父上がお認めになったのだ。明日には、エルウィージュは王女として認知される。――エルウィージュ、迎えに来た。王宮へ帰ろう」
怜悧な美貌に愛しげな笑みを湛え、手を差し伸べて近づいてくるリヒト殿下に対し、エージュは怯えたように私に隠れた。言い換えると、イヤなものから逃げる盾にした。
「エルウィージュ?」
「……アリー」
私の背後で、小さく震える演技中のエージュに名前を呼ばれた。何とかしろというサインですね、頑張ります。
「……王太子殿下。申し訳ありませんが、お引き取り下さいませ」
「下がられよ、ラウエンシュタイン公爵令嬢。私はあなたには用はない」
「我が屋敷で、私に下がれと命じることができるのは、父だけです」
反論した私に、リヒト殿下と、お父様が瞠目する。当たり前のことでしょ。いくら王太子でも、勝手に入ってきた闖入者に「下がれ」と命じられる覚えはない。
「エルウィージュは、我がラウエンシュタイン家で療養中です。それは、ラウエンシュタイン家が庇護しているということです。王太子殿下のお言葉とはいえ、公的な命令もないまま、お引渡しはできません。それでは、まるで罪人の扱いではありませんか」
「兄が妹を迎えに来たのだ!」
「でしたら、その旨、国王陛下のご命令を下さりませ。内々に認知したというだけでは、私は納得しません。エルウィージュをお連れになった後、反故になさるかもしれませんもの。……大丈夫よ、エージュ。私、あなたを守るわ」
聞こえよがしに言った私の言葉に、エージュもわざとらしいほど露骨にほっとした表情で、私にしがみつく。私もエージュも、リヒト殿下の好感度なんてどうでもいいので、慇懃無礼な対応を改める予定は、今のところない。
「まだ、体調が万全ではないエルウィージュを、口先だけのお言葉でお渡しするほど、私、友情に薄くはありませんから」
ツンとして言った私に、リヒト殿下は怒りを堪えるように震えた。相手が王太子なのに、私の無礼をお父様が咎めないのは、ここが「ラウエンシュタイン公爵の屋敷」という私的な場所であり、また私の言うことが正論だからだ。
「本当にエルウィージュを王女としてお認めになったなら、相応の待遇でお迎えがあって然るべきです。王家の御方が、まさかその威厳を地に堕とすようなこと、なさるはずはありませんわ」
リヒト殿下がどんなに腹を立てても、私の言い分の方が正しい。国王陛下が内々に「庶子」として認めたばかりのエージュを、その当日に王宮に迎えるという「王女を軽んじた真似」はできない。これは、ゲームでシルヴィスがそう言ってリヒト殿下を窘めたことなので、ヴェルスブルクの社交界マナーとして間違いないし、エージュにも確認済だ。
「それとも、王太子殿下は、エルウィージュを軽く扱うおつもりなのですか」
「……そのようなことはない。確かに、私が軽率だった。だが、エルウィージュが私の妹であることは、明日にも告示される」
「ええ。でしたら、良き日を選び、お迎えにいらして下さいませ。それまで、エルウィージュは大切に守りますから」
そう言ってエージュの細い肩を抱いた私に、リヒト殿下がちょっとイラッとしたのがわかった。羨ましいか、シスコン王太子。
「……王太子殿下。わたくし……王女として認めていただかなくて構いません。ただ、わたくしを育てて下さったバシュラール侯爵に報いてさしあげて下さいませ」
「エルウィージュ、そんなことは……」
駄目だと言おうとしたリヒト殿下に、エージュは怯えた仮面を被ったまま、私にしがみついて顔を伏せた。
「わたくしは……ラウエンシュタイン公爵さえお許し下さるなら、ここにいたい。アリー……アレクシアと離れたくありません」
「エルウィージュ! 君は王女なんだ。異腹とはいえ、私のたった一人の姉妹だ。王宮で暮らすのが当然であって……」
「アリーが一緒でなければ嫌です!」
リヒト殿下の言葉を遮って強く言うと、エージュは私に訴える。
「アリー、アリー、あなたはわたくしを守ってくれると言ったわ。わたくしから離れないで。離さないで」
「ええ。約束よ、絶対に守るわ」
――私達の、この恋人同士のような小芝居は、エージュと離されない為の仕込みだ。王宮かラウエンシュタイン家、どちらになるとしても、一緒に過ごせるように。そうでないと、王女となるエージュと私はなかなか私的に会えないから、打ち合わせや計画・立案の相談ができなくなる。
「……殿下。まずは、姫のお気持ちを国王陛下にお伝えなさってはいかがかと。我が家でお預かりするとなれば、一命に変えてもお守り致しましょう」
「公爵……」
お父様の取り成しに、リヒト殿下は戸惑いを顕わにした。ここでお父様のアシストが得られるとは、予想外の幸運だ。
「ご自分の出生を神問いし、王女であることを誇られる前に、バシュラール侯爵に申し訳ないと毒を煽られるほど、心優しく、芯の激しい姫であられる。そのような御方を、追いつめるようなことはなさいますな。まして兄君ならば、妹君の御心を想われねば」
「……そうか……そうだな……」
自分に言い聞かせるように呟き、リヒト殿下は切れ長の淡い翡翠の双眸でエージュを見つめた。真摯なその表情は、リヒト殿下は対象外な私も一瞬ドキッとしたほど綺麗だ。美形はお得ですね。
「エルウィージュ。君の気持ちは父上に伝える。ラウエンシュタイン公爵の姫と共に過ごせるように、私からもお願いする。だから、王宮に来てほしい」
その言葉に、エージュは顔を伏せたままだ。予定通りすぎる展開に、笑いを堪えている為である。
「殿下。差し出た口をききました。物を知らぬ娘の戯言と、ご寛恕下さいませ」
「いや。ラウエンシュタイン公爵令嬢――アレクシア。私こそ、あなたに不躾な物言いをした。許されよ」
「もったいのうございます」
「エルウィージュをお願いする」
私に頭を下げたリヒト殿下に、さすがにお父様が慌てた。
「殿下!」
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「エルウィージュ。一日も早く、君を迎えに来られるように努める。――では、公爵、令嬢。これで失礼する。突然の訪問ですまなかった」
愛の告白かと突っ込みたくなる言葉を異母妹に向けた後、臣下であるお父様と私にきちんと謝罪する辺り、王太子なのに人格者だ。尊大で傲慢で我儘なキャラではないのよね、リヒト殿下は。ただひたすらにシスコンすぎるだけで、エージュが絡まなければ「理想の王子様」として設定されているだけのことはあるのよ。
「…………」
「エージュ。殿下に、ご挨拶なさってもいいと思うわ」
黙っているエージュに、私は優しく声をかける。これは、リヒト殿下にさりげなく恩を売る為であり、また、「エルウィージュとアレクシアはとても親しい」と強く印象づける目的もある。
「……エージュ」
「よい、アレクシア姫。エルウィージュも戸惑いの方が強いだろう。そのことに思い至らなかった私の浅慮を、改めて謝罪する。……すまなかった、エルウィージュ」
私の促す声に、リヒト殿下は首を振り、エージュに謝罪を重ねた。その言葉に、エージュはやっと顔を上げると、私の後ろに隠れながら、小さく答える。
「……はい。……兄上様」
――この、恥じらいを含んだ愛らしい声で囁かれた「兄上様」の一言で、リヒト殿下は陥落した。
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