乙女ゲームに転生したので、推しの悲恋EDを回避します〜愛され令嬢は逆ハーはお断りです!

神城葵

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本編

泣かないで。

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 私は、エージュの部屋に駆け込んだ。まだ眠っていなかったらしく、呼びかけたらすぐに扉を開いてくれた親友の胸に飛び込んだ――やわらかい。十六歳にして完成された肢体を持っている……!

「どうしたの、アリー」

 軽い驚きを含みつつも、優しい声で問いかけられ――私は、はっとしてエージュの胸の谷間から顔を上げた。

「私がミレイでアレクシアになって、でももうリヒト殿下のルートに入りそうなの!」
「……落ち着いて。最初から話して」

 扉を閉めて、室内に私に招き入れると、エージュは飲み物の用意をしてくれた。温かな紅茶は、睡眠前にはよくないのかもしれないけど、少しだけブランデーを入れていたから、ナイトキャップになるのかな。よくわからない。そして、エージュがブランデーを常備している理由も、わからない。聞いてはいけない気がする。

「……私の中に、元々のアレクシアがいたの。私達は元々同じ魂……ではないけど、近い存在なんだって。それで、ローランのの咒で解放されたから、別の人生を生きてみたいって輪廻転生の輪に割り込んだの」
「前向きね」

 荒唐無稽な話を一言で受け入れ、エージュは私に続きを促した。

「私の名前は美玲――ミレイで。今、リヒト殿下からの好感度が、最高レベルの八割に達してるって……」
「あなたがミレイ……女神かもしれないということ? そして、何故かリヒト殿下との未来を迎えそうになっている状態なのね?」

 的確な分析に、私はこくこく頷いた。嫌だ、リヒト殿下は嫌いではないけどシスコン過ぎるし、何より私はローランが好きだ。更に言うなら、リヒト殿下との未来にはあの従兄がくっついてくる。御免です。

「わたくしとしては、歓迎しなくもない展開よ。あなたが、わたくしのお義姉さまになるもの」
「エージュ!?」

 見捨てないでと訴えると、エージュは冗談よと笑った。冗談に聞こえる冗談を言ってほしい。

「どこでリヒト殿下に好意を持たれたのか、全然わからないから余計に怖くて」
「見知らぬ相手に、いきなり愛していると言われる恐怖がわかった?」

 エージュは、今までこんな恐怖に耐えていたのか……大変だっただろうなあ。

「悲観しなくても、リヒト殿下があなたに好意を抱いたポイントはわかるわよ?」

 考えるまでもないと、エージュは言った。
 リヒト殿下の性格。シスコン。裏も空気も読まない、猪突猛進系。つまり単純。

「答えは出ているでしょう? わたくしを、庶出の王女――リヒト殿下の妹だと未来視したのはあなた。そして、わたくしがあなたを頼りにしていることは、散々アピールしてきたわ。だから、単純なリヒト殿下は「妹があんなに信頼しているアレクシアは、よい姫だ」と好印象を持った。好意を持っている相手の言動は、すべてよい方向に解釈できるものよ」

 神竜王の召喚に成功し、けれど国の為の道具にはしないと国王陛下に言ってのけた無礼も、リヒト殿下にとっては「何と純粋で、自分を飾らない姫なのか。信頼に足る人だ」に変換される。
 女神召喚阻止の計画を聞いて、即座に頷かなかったことも「物事を深く考えるからだ。即断即決な自分には、アレクシアのように慎重な人がいてくれた方がいい」になる。

 ――それは、いい意味での錯覚と誤解ではないだろうか。

「恋に恋する王太子殿下、といったところね。本当に異性を好きになったことがないから、好ましいと感じたあなたへの気持ちを、恋だと思っているのではないかしら」

 エージュは、「それでもいいのではない?」と笑った。

「王太子の結婚だもの。恋や相互理解が必要なわけではないわ。リヒト殿下があなたを好ましいと思っていて、あなたもそれに応えるつもりなら、問題はないのよ」
「大ありです。私はローランがいいの」
「あら。ミレイに譲ると言っていたくせに」

 ツンツンと、意地悪く突っ込まれて、私は言い返せない。あの時は、それが最善だと思ったんだもの。まさかローラン自身が、前世の恋は前世のものだと割り切っているなんて思わなかったし。

「前世からの恋人というのも、乙女の憧れではあるわね。けれど、前世も現世も来世も、ずっと同じ人を愛し続けられるかと訊かれたら、わたくしは無理だわ」
「そうなの?」
「シュラウス将軍と結婚したいとは思っているけれど、シェーンベルク大公殿下からお申込みがあったら、そちらを取る程度の気持ちだもの」

 あ、恋より本なんですね。干物女子だものね、わかります。

「……ねえ、アリー。わたくしの王女としての披露目の日まで、我慢してくれるかしら。リヒト殿下のお気持ちを逸らせるかもしれないわ」

 古書や禁書が山ほどあるというローゼンヴァルト宮に思いを馳せていたエージュは、解決策を見つけたらしい。

「それまでは、リヒト殿下には接しないようになさい。神殿の方には、レフィアス様にお会いしに行くのでしょう? 行き帰りには気をつけるのよ」
「シルヴィス辺りに相談するとかは? あの人、リヒト殿下の恋なら全力で叩き潰してくれそうだし」
「そのシルヴィス様の好感度も、五割なんでしょう。下手に好意を深められたらどうするの」

 一長一短。あちらを立てればこちらが立たない。私は、シルヴィス頼りは諦めることにした。確かに、ヤンデレ化するクール男子に近づくのは危険だし。

「シュラウス将軍とオリヴィエはシルハークに発ったらしいから、しばらくは会わずに済むでしょうし、好感度とやらも問題ないと思うわ。好感を持っているという程度のようだし」
「リヒト殿下はともかく、シルヴィスにそんなに好かれる理由がわからない」
「簡単よ。リヒト殿下が、あなたを気に入っているからだわ」

 リヒトが好きなもの(私)は、自分も好き。話題を共有できるから。でも、好き過ぎるもの(エージュ)は嫌い。リヒトを独占できないから。
 そういうことでしょ、とエージュは冷淡に言った。シルヴィスって、価値基準を、全部「リヒト殿下」に置いているんだなあ……。

「さ、不毛な会話はこれくらいにして、もう休みましょう」

 ベッドを整え直しながら、エージュが言う。一緒に寝てくれるの? どうして?
 疑問を口にした私に、彼女はやれやれと肩を竦めた。

「だってあなた、さっきからずっと泣いているもの」
「え」
「アレクシアがいなくなったことが、そんなに淋しいの?」
「……それは違うと思う」

 私は、アレクシアが私の中にいることに気づいてなかったんだもの。いなくなったからって、淋しいと思う理由はない。
 だけど――私の頬が、涙に濡れているのは事実だ。
 アレクシアはああ言ってくれたけれど、彼女からこの体と家族、すべてを奪ってしまったという後ろめたさがあるのも、否定できない。

「泣き虫な、わたくしのアリー。大丈夫よ。アレクシアは大丈夫。あなたと似た魂なら、わたくしと似た魂の誰かが、アレクシアを好きになるわ」

 ベッドの上に座り、私とこつんと額を合わせて、エージュはやわらかく言い聞かせる。さらさらの銀髪が零れ落ちて、シーツの上に銀の光を作った。

「きっと、出逢うわ」
「……エージュ」
「だから泣かないで、わたくしの大好きなアリー」

 子守唄のように囁いて、エージュは私に額に口唇を押しあてた。

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