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本編
不安。
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――そんなわけで、私はエージュの部屋で朝を迎えた。
そして、私の部屋に私がいない、ということに気づいたローランが、半泣きで駆け込んできた。エージュの部屋にいると確信したわけではない。ローランが、私がいなくても話をできる相手はエージュだけだからだ。
「アレクシアはひどい」
ローランは、エージュの部屋で私を見るなり、そう言った。アレキサンドライトの瞳は、くるくると色を変えている――金になったり、紅くなったり、蒼くなったり、翠になったり、忙しい。ローランが自分の感情を決めあぐねているからだ。
「アレクシアの部屋の前で、私は何度も呼んだのに」
ずっと呼び続けていたローランに、見かねたリリーナが「お部屋にいらっしゃらないのかもしれません」と合鍵を使ったところ、鍵は何の抵抗もなく開いた――そうよね、私、鍵をかけていなかったもの。
そして、室内には私の姿はないわけで。ローランは、私が、ミレイや前世のことを気にしていたことから、「アレクシアがいない!」と心配――不安になった。
なのに、当の私は、エージュがローランを招き入れても、すやすやと熟睡していたのだから、怒られても仕方ない。
「アレクシアは、本当に私を好きなのか」
真顔で訊かれた。ちなみにエージュは我関せずと紅茶を堪能中だけど、しっかり話を聞いていることはわかる。
――好きかと訊かれたら、好きなんだけれど。
でも、それって恋なのかな。「華寵封月」の中では一番好きなキャラクターだけど、それはあくまで「キャラクター」だ。こうして生身のローランを前にして、恋しているかと訊かれたら――わからないという答えになった。
「ねえ、アリー。神竜王陛下」
エージュは、紅茶を飲み終えると、にっこり笑った。
「痴話喧嘩はよそでやっていただきたいの。二人で、お出かけでもなさって?」
「エージュ」
「そういうことはね、人目のない場所でひっそりと行いなさい」
「わかった。アレクシア、出かけよう」
エージュの「外でやれよおまえら」という言外の言葉に頷きを返し、ローランは私の手を取って歩き出した。扉を閉める前にエージュに「邪魔をしてすまなかった」と謝罪し、そのまま廊下をすたすた歩いて、中庭――お母様の薔薇園を通り抜け、先にある広い園庭に出ると、私の手を離した。
そして、すうっと空中に浮き上がりながら、竜型に変じていく。朝焼けの空の中、白銀の鱗を煌めかせた美しい神竜王は、その大きな手の中に私を包み込むと、力強く羽ばたいた。
ゆっくりとローランが降下していくのがわかる。竜の手のひらって、意外に温かくて気持ちいい。
降下しながら人型に戻るローランは、私をふわりと空中に浮かせた。その後、完全に人型に戻ってから抱き留めてくれた。
降りた先は、王宮の敷地の端っこ。神の涙と言われる泉のほとりの、濃い緑が茂る木陰だった。――ローランのお気に入りの場所は、ゲームと変わりないらしい。
「ローランの好きな場所ね」
「そう。ここは空気が清涼で、落ち着くから」
答えて、私を見つめた。
「アレクシアは、私のことは何でも知っている。なのに、私はアレクシアのことを知らない。馬鹿だということしか知らない」
ひどい言われようだけど、否定できない。私をそっと地上に下ろして、ローランは木陰に座った。隣に座ると、肩にくっつかれた。
「デュランドの記憶があることは、アレクシアを不安にさせるか?」
「……わからない」
「かつて、ミレジーヌを愛していたのは事実だ。それは、デュランドの真実だから、私が何を言うこともできない」
頷いた私に、ローランは拗ねたような、困ったような顔を見せる。
「だからといって、私がミレイという女神を愛するとは限らない。なのに、アレクシアはそれが確定しているように言う」
私の巻き毛を軽く引っ張る。痛いと思う直前で、力が緩められた。
「私が、アレクシアにとって「げーむ」の「きゃら」だからか?」
「え」
「……王の姫から聞いた。アレクシアは、この世界の人間ではないと。この世界を、げーむだと認識している存在だと」
エージュぅぅぅぅぅ!? いつの間に、そんな秘密をバラしてたの!?
「その知識で、色々なことを成したから――アレクシアは、知らぬということが恐ろしいのだと、王の姫は言っていた。私との出会いも、げーむとは違うから、怖いのだと」
……エージュは、私のことをよく理解している。攻略キャラ達に関することなら、些末な情報まで把握済だと思っていた私は、「想定外」のことに弱い。勢いで乗り切ったこともあるけれど、基本的にはパニックになる。だって、「正しい選択肢」を知らないから。
「生きるというのは、そういうことではないのか? すべてが既知なら、繰り返すことに飽くだろう」
ローランの不思議そうな言葉は、私の胸に刺さった。私は、未知が怖い。推理小説も最後から読んで、犯人を確認してから読みたい。ドラマも小説も漫画も、完結してから一気に見たり読んだりしてきた。乙女ゲームは、評価やネタバレ感想を見てからプレイした。
「……怖い、の」
知らないという、ただそれだけのことが、とても怖い。
私の中にいたアレクシアは、別の体で別の人生を生きてみたいと笑った。それがとても眩しかったのは、私にはそんな勇気はないからだ。
「アレクシア」
そう呼んだ後、ローランは静かに私に問いかけた。
「そなたはもう、アレクシアだ。ミレイではない。それは、もう一人のアレクシアが持っていった。ここにいるそなたの真名は、アレクシア・クリスティン・ルア・ラウエンシュタイン」
私はもう美玲ではないと、ローランは残酷に優しく言う。
「王の姫は優しい。そなたをアレクシアと呼ばないのは、そう呼べば、そなたから「美玲」――ミレイが消える未来が早まる。そなたをそなたのままにと望むから、王の姫はそなたをアリーと呼ぶ」
私の巻き毛に、ローランの蒼銀の髪が絡む。透きとおった金と銀の髪は、木漏れ日の光を受けて輝いている。
「だけど、私はアレクシアと呼ぶ。それがそなたの真名だから」
ローランの言いたいことがよくわからなくて、私は何も答えない。
「真名を交わせる相手はただ一人。だから、そなたがアレクシアでないと、私は召喚の契約に縛られなくなる」
「……ローラン?」
「召喚の契約がなくなれば、私は亜界に帰らなくてはいけない」
帰りたいと願っていたから、私の望みを叶えようとしていたはずのローランらしからぬ言葉に、私は疑問符を浮かべた。
「アレクシア。私も、この先のことは知らない。アレクシアのことも知らない。だから、アレクシアと一緒に知っていきたい」
「私、知らないことが怖いの。私は、美玲からアレクシアになって、どうなるの? 元の世界のことも、もう思い出せなくなってきたわ。わかるのは、この世界がゲームの世界だということだけ」
そのゲーム知識を駆使して、好きなようにやりたいと我儘なことを考えて、実行してきた。結果だけ言うなら、今の状態は、ほぼ文句なしのはずだ。リヒト殿下のルートにはまだ入っていないし、そこそこ好感度もあって、ローランは私と恋がしたいと言ってくれた。
けれどそれは、本来の物語――この世界の在り方をねじ曲げたものだ。
「アレクシアがやり直したいなら、私が時間を巻き戻す。だけど、ただ間違えてしまったと思うなら」
――神に問えばいいと、ローランは厳かに告げた。
そして、私の部屋に私がいない、ということに気づいたローランが、半泣きで駆け込んできた。エージュの部屋にいると確信したわけではない。ローランが、私がいなくても話をできる相手はエージュだけだからだ。
「アレクシアはひどい」
ローランは、エージュの部屋で私を見るなり、そう言った。アレキサンドライトの瞳は、くるくると色を変えている――金になったり、紅くなったり、蒼くなったり、翠になったり、忙しい。ローランが自分の感情を決めあぐねているからだ。
「アレクシアの部屋の前で、私は何度も呼んだのに」
ずっと呼び続けていたローランに、見かねたリリーナが「お部屋にいらっしゃらないのかもしれません」と合鍵を使ったところ、鍵は何の抵抗もなく開いた――そうよね、私、鍵をかけていなかったもの。
そして、室内には私の姿はないわけで。ローランは、私が、ミレイや前世のことを気にしていたことから、「アレクシアがいない!」と心配――不安になった。
なのに、当の私は、エージュがローランを招き入れても、すやすやと熟睡していたのだから、怒られても仕方ない。
「アレクシアは、本当に私を好きなのか」
真顔で訊かれた。ちなみにエージュは我関せずと紅茶を堪能中だけど、しっかり話を聞いていることはわかる。
――好きかと訊かれたら、好きなんだけれど。
でも、それって恋なのかな。「華寵封月」の中では一番好きなキャラクターだけど、それはあくまで「キャラクター」だ。こうして生身のローランを前にして、恋しているかと訊かれたら――わからないという答えになった。
「ねえ、アリー。神竜王陛下」
エージュは、紅茶を飲み終えると、にっこり笑った。
「痴話喧嘩はよそでやっていただきたいの。二人で、お出かけでもなさって?」
「エージュ」
「そういうことはね、人目のない場所でひっそりと行いなさい」
「わかった。アレクシア、出かけよう」
エージュの「外でやれよおまえら」という言外の言葉に頷きを返し、ローランは私の手を取って歩き出した。扉を閉める前にエージュに「邪魔をしてすまなかった」と謝罪し、そのまま廊下をすたすた歩いて、中庭――お母様の薔薇園を通り抜け、先にある広い園庭に出ると、私の手を離した。
そして、すうっと空中に浮き上がりながら、竜型に変じていく。朝焼けの空の中、白銀の鱗を煌めかせた美しい神竜王は、その大きな手の中に私を包み込むと、力強く羽ばたいた。
ゆっくりとローランが降下していくのがわかる。竜の手のひらって、意外に温かくて気持ちいい。
降下しながら人型に戻るローランは、私をふわりと空中に浮かせた。その後、完全に人型に戻ってから抱き留めてくれた。
降りた先は、王宮の敷地の端っこ。神の涙と言われる泉のほとりの、濃い緑が茂る木陰だった。――ローランのお気に入りの場所は、ゲームと変わりないらしい。
「ローランの好きな場所ね」
「そう。ここは空気が清涼で、落ち着くから」
答えて、私を見つめた。
「アレクシアは、私のことは何でも知っている。なのに、私はアレクシアのことを知らない。馬鹿だということしか知らない」
ひどい言われようだけど、否定できない。私をそっと地上に下ろして、ローランは木陰に座った。隣に座ると、肩にくっつかれた。
「デュランドの記憶があることは、アレクシアを不安にさせるか?」
「……わからない」
「かつて、ミレジーヌを愛していたのは事実だ。それは、デュランドの真実だから、私が何を言うこともできない」
頷いた私に、ローランは拗ねたような、困ったような顔を見せる。
「だからといって、私がミレイという女神を愛するとは限らない。なのに、アレクシアはそれが確定しているように言う」
私の巻き毛を軽く引っ張る。痛いと思う直前で、力が緩められた。
「私が、アレクシアにとって「げーむ」の「きゃら」だからか?」
「え」
「……王の姫から聞いた。アレクシアは、この世界の人間ではないと。この世界を、げーむだと認識している存在だと」
エージュぅぅぅぅぅ!? いつの間に、そんな秘密をバラしてたの!?
「その知識で、色々なことを成したから――アレクシアは、知らぬということが恐ろしいのだと、王の姫は言っていた。私との出会いも、げーむとは違うから、怖いのだと」
……エージュは、私のことをよく理解している。攻略キャラ達に関することなら、些末な情報まで把握済だと思っていた私は、「想定外」のことに弱い。勢いで乗り切ったこともあるけれど、基本的にはパニックになる。だって、「正しい選択肢」を知らないから。
「生きるというのは、そういうことではないのか? すべてが既知なら、繰り返すことに飽くだろう」
ローランの不思議そうな言葉は、私の胸に刺さった。私は、未知が怖い。推理小説も最後から読んで、犯人を確認してから読みたい。ドラマも小説も漫画も、完結してから一気に見たり読んだりしてきた。乙女ゲームは、評価やネタバレ感想を見てからプレイした。
「……怖い、の」
知らないという、ただそれだけのことが、とても怖い。
私の中にいたアレクシアは、別の体で別の人生を生きてみたいと笑った。それがとても眩しかったのは、私にはそんな勇気はないからだ。
「アレクシア」
そう呼んだ後、ローランは静かに私に問いかけた。
「そなたはもう、アレクシアだ。ミレイではない。それは、もう一人のアレクシアが持っていった。ここにいるそなたの真名は、アレクシア・クリスティン・ルア・ラウエンシュタイン」
私はもう美玲ではないと、ローランは残酷に優しく言う。
「王の姫は優しい。そなたをアレクシアと呼ばないのは、そう呼べば、そなたから「美玲」――ミレイが消える未来が早まる。そなたをそなたのままにと望むから、王の姫はそなたをアリーと呼ぶ」
私の巻き毛に、ローランの蒼銀の髪が絡む。透きとおった金と銀の髪は、木漏れ日の光を受けて輝いている。
「だけど、私はアレクシアと呼ぶ。それがそなたの真名だから」
ローランの言いたいことがよくわからなくて、私は何も答えない。
「真名を交わせる相手はただ一人。だから、そなたがアレクシアでないと、私は召喚の契約に縛られなくなる」
「……ローラン?」
「召喚の契約がなくなれば、私は亜界に帰らなくてはいけない」
帰りたいと願っていたから、私の望みを叶えようとしていたはずのローランらしからぬ言葉に、私は疑問符を浮かべた。
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「私、知らないことが怖いの。私は、美玲からアレクシアになって、どうなるの? 元の世界のことも、もう思い出せなくなってきたわ。わかるのは、この世界がゲームの世界だということだけ」
そのゲーム知識を駆使して、好きなようにやりたいと我儘なことを考えて、実行してきた。結果だけ言うなら、今の状態は、ほぼ文句なしのはずだ。リヒト殿下のルートにはまだ入っていないし、そこそこ好感度もあって、ローランは私と恋がしたいと言ってくれた。
けれどそれは、本来の物語――この世界の在り方をねじ曲げたものだ。
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